大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・087『仮面アミダー!』

2019-11-03 13:35:29 | ノベル

せやさかい・087

 

『仮面アミダー!』 

 

 

 

 二日でダミアの涙が止まった。

 

 血液検査までしてアレルゲンの特定をしたんやけど、特定はでけへんかった。

 ま、治ったんやから文句なし。

 人間とちごて、ネコに健康保険はきかへんさかい、ちょっと出費やったけど、仕方がない。

「なんか、申し訳ないね」

 留美ちゃんが気にする。

「まあ、無事やったんやさかい、ええやんか」

 ようやく深まってきた秋風みたいな爽やかさで言っとく。

「血液検査だけど二万円はするよ」

「うん、でも、お寺は弱いもんの味方やから」

 子供番組で正義の味方を讃えるような返事をする。

「ハハ、仮面ライダーとか出てきそう」

 さすがに、吹きだす留美ちゃん。

 

 ちょっと意識のずれがある。

 

 留美ちゃんはダミアの事を文芸部のネコやと思てるフシがある。

 そもそもダミアは、体育の授業のあと、留美ちゃんと二人で見つけた子ネコ。

 さすがに、学校で飼うわけにはいかへんから、うちで引き取った。

 うちの家族も喜んでくれた。名前は伯父さんが付けてくれたし、ダミアいう名前は、むかしお寺で飼ってたネコの名前やし。

 せやさかい、あたしの意識の中では『うっとこのダミア』やねん。

 でも、これはハッキリさせへんほうがええ。「うっとこのネコやから、留美ちゃんが気にすることないよ」なんて言うたら、角が立つ、隙間風が吹く。そういうことが分かるくらいには成長した。

 

 仮面アミダーーーーーーやぞ!!

 

 下段の上にジャンプして、テキトーな変身ポーズをとる。

「アハハハハ」

 ますます留美ちゃんのツボにハマる。

「アミダさんの後光ビーム!」

 背中から後光が指すように両手で表現する。手ぇだけでは足らんさかい、お相撲さんがしこを踏むようにドタドタ。過呼吸になりそうなくらいヒーヒー言いながら笑い転げる留美ちゃん。

 アハハハハハハハ

 留美ちゃんとはちがう笑い声。瀬田と田中が笑うとる。指ささんでもええやろ!

「パンツ見えるぞお」

「うっさいわ!」

 怒りながら、自分でも笑てしまう。

 二学期も半ばを過ぎて、クラスメートらとも、ええ感じの距離感。

 

「ごめーん、また待たせちゃった!」

 

 昇降口から頼子さんが走って来る。

 揃って学校を出ようとしたら、また校内放送があって、頼子さんは引き返した。

「また、おばあ様から電話ですか?」

 留美ちゃんは勘がええ。

「うん……お祖母ちゃん、日本に来るんだって」

「「ええ!?」」

 

 頼子さんのお祖母ちゃんはただもんやない。

 ヤマセンブルグの女王陛下やし……。

 

 

 

 

 

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真夏ダイアリー・59『鼻が膨らむ幸せ』

2019-11-03 06:42:37 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・59
『鼻が膨らむ幸せ』
    


 

 ジーナさんは四阿(あずまや)の中で横倒しになっていた。

「おかえり……」
 ジーナさんの声で平衡感覚が戻ってきた。横倒しになっているのは、わたしの方だ。子猫のように丸まって四阿のベンチに戻ってきた……そして、ジェシカのことが思い出された。

 勢いで、最後の一面が見えた。なぜだかジェシカの顔が写った……しまった!

 わたしの記憶は、そこで途切れている。
「ジェシカ、ジェシカは、どうなったんですか!?」
「サイコロは六面。その六面が見えた時にジェシカのことを思ってしまったのね」
「はい、ジェシカのこと助けたかったから……つい」
「サイコロに写ってしまったから、原爆といっしょにネバダ砂漠には行ってはいない」
「じゃ、ジェシカ、助かったんですね……」
「命はね……でも、大きな時空の流れの中に放り出されて、どこにいるのか分からない」
「じゃ……?」
「生きてはいるわ。あとは時間を掛けて探すだけ……ちょっと時間はかかるかもしれないけど」
「わたしってば……」
「奇跡よ。たった三秒で、鎖を切って、原爆を始末。トニーと省吾を分離させ、それぞれ、あるべきところにテレポ。そして、自分も無事にここに戻ってきた。あたりまえなら、ニューヨ-クの上空、原爆の爆発で蒸発していたところよ……」
「でも、ジェシカを……こないだは、ジョージ(ワシントンのお巡りさん)を見殺しにして、そして、なんにも変えることもできない」

「それほど難しいんだよ。歴史を変えるということは……」

 四阿の入り口で、省吾のお父さんの声がした。
「お父さん……白髪がなくなったんですね」
「いや、ボクは省吾だよ」
「え……?」
「お父さんは、帰ってしまわれたのね」
「ええ、ジーナさんにも真夏にも会わせる顔が無いって……ボクは真夏のおかげで、老化はこのレベルで済んだ」
 疲れていたんだろうか、もう怒る気持ちも湧いてこなかった。
「ニューヨークの港で原爆を爆発させる。多少の犠牲者は出るが、広島や長崎の数百分の一で済んだ。そして、その二日後のミッドウエー海戦を日本の勝利にする。ハワイは三ヵ月で占領。そこで講和が成立するはずだった」
「……あの戦争で、日本を勝たせたいの?」
「勝つんじゃない、講和だよ。無条件降伏したんじゃ……」
「それ以上は、真夏さんには言わないで」
 ジーナさんが、きっぱり言った。
「ですね、もう真夏の時代でもひずみが出始めている……じゃ、ボクはこれで」
「また行くの?」
「ご心配なく、もう原爆を持っていったりしませんから……じゃあな、真夏」
 省吾は、後ろ姿で手を振りながら行ってしまった。そして、その姿は海への階段に差しかかったあたりで、モザイクになり、数秒で消えてしまった。
「もう、あなたの世話にならずに済めばいいんだけど……」

 ジーナさんの言葉は、最後までは聞こえなかった。わたし自身、元の世界に戻っていったからだ。

「ブログは、ちゃんと更新してる?」
 潤は、自分の部屋に入るなり、スリープのパソコンをたたき起こして言った。
「ううん、あんまし……ウワー、潤のブログって可愛いじゃん!」
「ベースは事務所の人に作ってもらったの。あとは、その日その日あったことテキトーに書いとくだけ」
「わたしも作ってもらおうかな……」
「そうしなよ、わたしなんか季節ごとに替えてもらってんの。あ、スクロールしたら、前のバージョンなんか分かるわよ」
「ふーん……なるほど」

 以前は、ここでバグって、「司令第二号」が出てきた。

 今度は、何事もなく、潤の可愛くも他愛のないブログが出てくる。
「いま、他愛もないこと書いてると思ったでしょう?」
「そんなこと……」
「あるある。真夏が、そんなこと思う時って、鼻が膨らむんだもん」
「うそ……!」
 そう言いながら、わたしは、しっかり自分の鼻を手で隠していた。
「ほらほら、それってわたし達二人共通のクセ。メンバーの中じゃ評判なんだよ。いい、こういうさりげない内容が……」

 そう熱心に説明してくれる異母姉妹を、とても愛おしく思った……。

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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・24『幽体離脱』

2019-11-03 06:34:12 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・24   
『幽体離脱』 


 
「なんで、ちゃんとたたまないのかなあ!」

 くしゃくしゃになった衣装を広げながら、衣装係のイト(伊藤)ちゃんがぼやいた。
「ボヤくなって、大ラスで、審査長引いて……」
 と、山埼先輩。
「結果があれだったんだからな」
 と、勝呂先輩がうけとめる。

 放課後の倉庫。夕べは、とりあえずの片づけしかできなかったので、本格的な片づけと衣装やらの天日干し。

 衣装は一見きらびやかそうにできているけど、洗濯できないものがほとんどで、天日干しにして除菌剤をスプレーする。シワの寄ったものは平台を尺高(約三十センチ)にして、その上でアイロンをかける。
 昨日の疲れと審査結果で、一年が三人と、二年が一人休んでいる。そのうちの二人は学校には来ていたのに、クラブには「休みます」と舞監の山埼先輩にメールをよこしただけ。
 思えば、これが演劇部崩壊のキザシだったのかもしれない。
 里沙は峰岸先輩とマリ先生といっしょに、道具や衣装の置き場所を相談している。
「新しい倉庫が欲しいですね」
 ポーカーフェイスの峰岸先輩がつぶやく。
 たとえポーカーフェイスでも、たとえつぶやきであったとしても、峰岸先輩が口に出して言うのは、わたしたちなら「やってらんねー!」と叫んだのと同じなんだ。
「進駐軍だって、手をつけなかったってシロモノだもんね」
 マリ先生もつぶやく。
 マリ先生がつぶやくのは命令と同じなんだけど。さすがにこれは単なるボヤキでしかない。
「進駐軍って、なんですか?」
 里沙が真面目な顔で聞く。一拍おいてポーカーフェイスと、空賊の女親分が爆笑した。

――明るさは滅びのシルシであろうか。

 はるかちゃんの言葉がなんの脈絡もなく思い出された。
「ま、峰岸クンが卒業して出世したら、寄付してよ」
「先生こそ……」
「ん……!?」
「失礼しました」
「え?」
 里沙一人分かっていない。わたしも、そのときは分かっていなかった。

「まあ、やっぱり大きな変更はできませんね」

 峰岸先輩が結論づけて、三人が倉庫から出てきた。
「ち、アイロンきれちゃった」
 イトちゃんが舌打ちした。
「ボロだからな」
 と、中田先輩。
「それ、去年アンプ買ったポイントで買ったから、まだ新しいよ」
 カト(加藤)ちゃん先輩。
「電源じゃないのか……」
 山埼先輩がつぶやいた。
「……なんか、焦げ臭くないか?」
 ミヤ(宮里)ちゃん先輩が、コードをたどって倉庫へ……。
 ストップモーションをかけたような間があった。

「火事だああああああああああ!」

 ミヤちゃん先輩が駆け出してきた。
「え!?」
 みんなが同じリアクションをした。
「ヌリカベ一号が、上の方から燃えてます!」
「あ、あそこ、天井の配線が垂れ下がっていたんだ!」
 山埼先輩が思い出した。
「だれか、火災報知器を鳴らして! あとの者は消火器集めて!」
 マリ先生が叫ぶ!
「危険です。火のまわりが早い!」
 誰かが叫んだ。もう倉庫の軒端から白い煙が吹き出しかけていた。火災報知器が鳴った!
「あ、わたしの、潤香先輩の衣装!?」
 自分が叫んでいるようには思えなかった。ただ、頭に病院で見た潤香先輩の姿が浮かび、どうしても、あの衣装だけは取りに行け! と、悪魔だか神さまだかが命じている。
「だめ、もう間に合わないよ!」
「やめとけ!」
「まどか!」
 そんな声々が後ろに聞こえた。大丈夫、衣装ケースは入り口の近く。すぐに戻れば……。

 うそ……定位置に衣装ケースがない!? 

 そうだ、修理に出す照明器具を前に持ってきたんで、衣装ケースは奥の方だ……今なら、まだ間に合う。火はまだ天井の方を舐めているだけだ。体の方が先に動いた。とっさの判断。いや、反射行動。
 衣装は一まとめに袋に入れておいたのですぐに分かった。すぐにとって返そうと、スカートひらり……とはいかなかった。だれか悪魔みたいなのが、わたしのスカートを掴んでいる。ク、クソ……少し冷静になって見ると、スカートの端っこがパネルの角にひっかかっているのが分かった。
 他のスタッフのようにジャージに着替えていないことが悔やまれた。わたしは衣装整理の仕事だったんで、制服のまんま。
 普段だったら、こんなものすぐに外せる。でも、今のわたしってパニクってる。いっそスカート脱いじゃえば、あっさり逃げられるんだろうけど、こんなとこで半端な乙女心が邪魔をする……ワッ、パネルがまとまってわたしの上に落ちてきた! もう火は、立っていたときの頭の高さほどのところにきている! もうスカートを脱ぐどころか身動きもとれない。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」
 息が苦しくなってきた……かろうじて、首にかけたタオルで口を押さえた。朝、しこたま汗を拭いて、ヨダレや鼻水も拭った。その自分の匂いが懐かしい……遠くでみんなが呼んでいる……背中が熱くなってきた。パネルに火がまわったようだ……かすむ意識……ごめんなさい、潤香先輩。先輩の衣装……燃えちゃいます……。

 その時、急に背中の重しがとれて、体が軽くなったような気がした……これって、幽体離脱……。

 わたし死ぬんだ……。
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宇宙戦艦三笠・50[そして再びの始まり]

2019-11-03 06:04:30 | 小説6
宇宙戦艦三笠・50
[そして再びの始まり] 



 
「キャ!」「イテ!」

 ぶつかったことと、二人で悲鳴を上げたことだけが現実だった……あとは唐突に覚めた夢のよう。
 さっきまでいたピレウスも、たった今ぶつかって二人そろって尻餅をついている横須賀国際高校の校門の前が現実なのかよく分からなかった。

 街の喧騒と、例年にない早い木枯らしに頬をなぶられて、現実感が蘇ってきた。
「なんか、唐突な帰還ですね……」
「いつまでひっくり返ってるの。みんな見てるわよ」
 美奈穂に言われて、トシは意外な素早さで立ち上がった。
――やっぱ、旅立ち前のトシとは変わってる。あの時は電柱の陰に隠れて、目が合うと逃げ出したもんな――
 美奈穂は、そう思ったが、もうひとつのことが気になった。
「修一と樟葉はやっぱり、ピレウスに残ったんだ……」
 取り出したスマホで、今が2019年11月29日であることと、スマホに二人が出ないことを確認した。
「美奈穂先輩、三笠に行ってみましょう!」
「もう閉艦時間過ぎてるわよ」
「外側だけでも、オレたち20年以上、あの船に乗っていたんですよ。行けばなにか分かる……感じられるかもしれない」

 二人は学校に置きっぱにしている自転車に乗って、三笠を目指した。

「……先輩、まだ開いてますよ」
「ほんとだ……でも人気がないね」
 三笠は、いつも通り三笠公園の海側に喫水線から下をコンクリートで埋められた姿だったけど、舷灯が点いていて、なんだか、たった今帰港してきたという風情だった。
 タラップを登って艦内。明かりは点いているけど人影は無かった。
 ホールには神棚はあったが、みかさんの気配は無い。
 ブリッジに上がる。窓から見える景色が横須賀の街でなければ、そのまま宇宙にいるような錯覚にとらわれる。
「懐かしいけど、本当にオレたち、ピレウスに行ったんでしょうか……」
「行ったのよ。だってトシ全然変わっちゃったじゃん。あの引きこもりが、あたしをここまで引っ張ってきた。行く前のトシは、電柱の陰からあたしたちを見て、見つかるとこそこそ逃げ出したんだよ……それに、樟葉と修一がいない。ピレウスに残ったんだ」
「……地球の寒冷化は止まるんですよね」
「そう、あたしたちみんなでなしとげたんだ。いろんなものを犠牲にしてきたけど」
「もう一度ホールに行ってみよう。みかさんには、もうあ会えないだろうけど、あそこにみかさんがいるんだから」
「はい」

 ホールに向かおうとして、体を捻った刹那、艦首の方に人影が見えた。

「あ……」
「どうした?」
「ああ、錨甲板に樟葉先輩と、修一先輩が!」
「ああ、どうして!?」
 二人はベテランの乗組員のように、素早くタラップを降りて錨甲板に走った。
「どうして、あんたたち……!?」
「おまえらが、ピレウスを出てから二十五年がたった」
「でも、どうして……?」
「オレたちピレウスじゃ歳を取らないんだ。だから、あのときのままさ」
「ワケ分かんない、ピレウスはどうなったのよ?」
 修一が目配せして、樟葉が、少し大人びた口調で言った。
「子供たちも、上は、もう24歳。あれからジェーンがテキサスで連れてきた子たちも合わせて18人。もうあの子たちだけで、ピレウスはやっていけるわ。で、銀婚式を機に、子供たちもレイマ姫も『地球に戻りなさい』って」
「見かけは18歳の高校生だけど、中身は43のオッサンとオバハン」
「でも、明日からは元の高校生やるからね!」
「地球の寒冷化防止がきちんと進むように、オレたちも居た方が……とも思ってな」
「理屈だか郷愁だか分からないんだけどね」
「ま、そのなんだ……」
「修一……」
 樟葉が東郷さんの銅像の方をうながした。
 銅像の傍に、修一に似たオニイサンが立って手を振ったかと思うと、すぐに消えてしまった。
「次男だ。オレたちを、ここまで送ってくれた」

 そして、11月29日は、何事もなく30日になった。

 なにもかももとのまま。でも、ただ一つ前の日と違ったことがあった。トシのクラスは41人だったが、42人になっていたのだ。
 野中クレアという女の子が居て、なにくれとなく久々に登校してきたトシの面倒を見てくれた。半日不思議に思っていたトシだったが、午後には慣れてしまった。

 もう三週間もすればクリスマスがやってくる、横須賀の商店街には気の早いクリスマスソングが流れ始めた。

 
 宇宙戦艦三笠……第一期 完
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小悪魔マユの魔法日記・83『期間限定の恋人・15』

2019-11-03 05:47:09 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・83
『期間限定の恋人・15』     



 その夜は、明日のスタジオ撮りの準備のため、黒羽は帰ってこなかった。
 
 あらかじめ分かっていたことではあるけれども、美優はとても寂しかった。人生の一日一日がこんなに大事なものだと思ったのは初めてのことである。
 美優は、黒羽の下宿部屋になった父の部屋で一晩過ごした。ドロシーのお下げを四回叩き『オーバーザレインボー』を繰り返し聞いた。

――四日で、虹の彼方にたどりつかなきゃ――

 そう思っているうちに美優は眠りにおちてしまった。
「まあ、こんなところで寝てしまって……」
 明け方になって気づいたマダムは、美優の手からドロシーの胸像をそっと取り、見かけよりも強い力で美優を抱き上げ、美優の部屋まで抱き上げて連れて行った。
「マダム……」
 黒羽の声が聞こえたのは、美優を抱きかかえたまま、どうやって美優の部屋のドアを開けようかと苦心している最中だった。
「ボクが代わります」
 黒羽は、ドアを開けてからマダムの手から美優を受け取り、ベッドに寝かしつけた。
「……可愛い寝顔だ。むかしのまんまだな」
「黒羽さん。あなたスタジオの方は?」
「あ、会長命令で、もどってきました」
「ミツルクンが?」
「あんまり、わたしが働きすぎると、若い者が育たんと言われました」
「そうね、その気持ちは分かるわ」
「マダムだって、美優ちゃんをそうやって育てて居るんでしょ。昨日のロケの衣装直しは、美優ちゃん一人に任せていたし」
「……黒羽さん、お疲れのところ悪いんだけど、少しいいかしら」
「え、ええ」

「この店は、わたし一代でおしまい」

「じゃ、美優ちゃんは……」
「東の空があかるくなってきた……この朝とも夜ともつかない時間は、墓場の死人でさえ、起きあがって真実を語る」
「シェ-クスピアですか?」
「わたしよ……シェ-クスピアらしく聞こえたら光栄だわ。こう見えても、若い頃は女優志望だったの。オタクの会長さんが、田中米造の本名でフォークやってたころの大昔の話」
「そうだったんですか、道理で魅力的な人だと思ってました」
「美優のことは、どう思ってるの?」
「そりゃあ、可愛い、チャーミングな子だと……」
「そんな営業用の言葉じゃなく、本当のところを聞かせて……!」
「マダム……」
「あなたのお父さんのために、かりそめの婚約者をやっているけど……美優は本気よ」
「それは……」
「もし、あなたに、その気がないなら、お父さんには悪いけど、もうおしまいにしてやって……あの子の命は、あと三日とちょっとしかないの」

「え……治ったんじゃないんですか」

「薬……新薬なの。末期のガン患者を、その命の灯が消えるまで元気でいさせてくれる。だから、その瞬間まで、あの子の好きなようにやらせようって決心したの。好きなところに行って、好きなことやりなさいって、わたしのゴールドカード渡してあるの。でも、あの子は、病院から、ここに戻ってくるタクシー代に使っただけ。あとは自分の貯金。あの子全額下ろしてる。あの子には、あと三日とちょっとが一生の全て。だから、たとえお父さんのためでも、偽りの恋人なら、もう止してあげてちょうだい。あの子は見た目には昇る朝日だけど、もう日没寸前の夕陽なのよ」

 昇り始めた朝日に照らされた黒羽は、しばらく言葉もなかった。

 マユは、もう少しで二千万個目のガン細胞をやっつけるところだった……。
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