大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・119「家老諏訪甚左衛門」

2020-05-03 06:22:57 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
119『家老諏訪甚左衛門』   
                

 

 

 部屋に戻ると、お寿司屋さんの湯呑みたいなのとオニギリが置いてあった。

 

「これは?」

「お食事には、お役目の方々や里の主だった方々が同席されます……」

「あ、そか。偉い人が並んでちゃ、うかうかと食べても居られないものね」

 瀬奈さんは、ちょっと困った笑顔で応えた。瀬奈さんの心づくしなんだと美晴は思った。

 おにぎりの中は野沢菜で、湯呑のお茶もたっぷりと飲み頃に冷ましてあって、なんだかホッとした。

 

 通されたのは、さきほどさんざん待たされた広間だ。

 

 百人近い人たちが、温泉地の宴会のようにお膳を前にして居並んでいる。

 みんな和やかな顔をしているのだが、醸し出されるオーラはいかめしい。

 美晴の席は上段のすぐ下、時代劇なんかだと御家老さまあたりのポジションで、一人でみんなの方を向いている。

 美晴が入ると、みんなが手を付いて平伏した。よく見るとお役目らしい二十人余りの人は、それこそ時代劇のように直垂を着ている。里の人たちもフォーマルない出たち、息が詰まる。

――おにぎり正解、こんな席、喉に詰まっちゃう――

「美晴様には、ようこそのお出まし。家老職諏訪甚左衛門喜びに耐えません、役目の者、里の者、みな同じ気持ちでございます。今夕は、ささやかながらではございますが宴の用意をいたしました。あいにく御屋形様はご帰還されておられませんが、よしなにとのお言葉を賜っております。まずは、一同をご引見いただき、お言葉を賜りまするが、なにぶん大勢でございますので、お言葉は一同の挨拶を受けられたあとで頂戴いたしとう存じます。それでは、次席家老の……」

 穴山さんの家令という肩書でもびっくりしたのに、それより大時代な家老、次席家老には驚いた。

 それから一人二十秒余り、全員で三十分かけての挨拶を受けた。

 いつもなら五分も正座していれば、感覚が無くなるほど足がしびれるのだけど、そうはならなかった。場の雰囲気か、それとも痺れすぎて間隔がなくなったのか……まあ、どっちでもいい。大お祖母さまには会えなかったけど、きちんと気持ちは伝えなきゃならない。

「みなさん、ご丁寧なごあいさつありがとうございます。本当なら大お祖母さまに直接お話しなければならないことなのですが、このように、みなさんお集まりですので、申し上げたいと思います……」

「それは宜しゅうございます」

 家老諏訪甚左衛門が制した。

「美晴様は制服にてお出ましになられました。それでお気持ちは察せられます。それは、御屋形様にお会いになられてからで良いと存じます……これで良いのであろう、穴山殿」

 家令の穴山が無言で頷いた。どうやら穴山さんが一苦労してくれているようだ。

「さ、これからは無礼講じゃ!」

 家老さんが手を叩くと、奥女中のような揃いの矢絣姿のメイドさんたちが、一同の膳を整え始める。

 つい今までメイド服で傍に居た瀬奈さんが矢絣になっていたのには驚いた。瀬奈さんは早着替えの名人だ。

 そう思って瀬奈さんを見ていると、かすかな笑顔で――大丈夫ですよ――という顔をした。

 

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《ただいま》第九回・由香の一人語り・7

2020-05-03 06:15:48 | ノベル2


第九回・由香の一人語り・7   


※主な人物:里中さつき(珠生の助手) 中村珠生(カウンセラー) 貴崎由香(高校教諭)



「わあ、髪切っちゃったんですか!?」

 あやうく飲みかけのコーヒーにむせかえりそうになった。
「イメチェン、どーよ!」
 前回のギンガムチックにサロペットスカートのままに、今度は思い切りのショートヘアになっている。軽くアイラインなんか入っているせいもあるんだけど、とても四十を過ぎた高校の女先生には見えない。由香先生は記憶を取り戻すのに従って若くなっていく。最初の頃のくすんだオバサンオーラは、かけらもなかった。
「すんまへん、今日はうちが遅なってしもて。さ、始めまひょか」
 珠生先生は、入って来るなり、そう言って温くなったコーヒーを飲み干した。そして、急いで来た割には、いつもより念入りに由香先生を催眠状態にいざなった。


 桜を切る先頭に立っているのはお母さん……チェーンソー持ってる。

 まるで、女ジェイソンだ。
 あ、例の用事かな……居なくなっちゃった。
 あ……アハハ、ごめんなさい。見える幸子さん? あの半天に鉢巻きのオジイサン、倍率上げるね……。
 タバコ屋の源蔵ジイチャン。気合い入ってんなあ、ハハハ、お母さんのお仲間タジタジだ……惜しいなあ、いたら見応えのあるケンカになったでしょうね。

 え……うん、今日は田中さんに会いに行ってる。
 日頃は、女性の自立とか自主性とか言ってるけど、いざ、自分の娘のことになったら、あの源蔵ジイチャンとドッコイドッコイ。
 自分で確かめなきゃいられない。
 え、無理もない……?
 ちょっと、この結婚たきつけたの幸子さんでしょうが……!

 エヘヘ、いいんです。これもお母さんの愛情だろうって……思えるぐらいには成長したんですよ、この二年間で。
 それに、会えば、きっと田中さんが、いい人だって分かってもらえる……あ、電話。

 もしもし……あ、お母さん?
 どうだった? あたしが言ったとおりの人だったでしょ!? ぶっきらぼうだけど真面目に考えて、真っ直ぐな……。

 え…………どうしてダメなの、なにが気に入らないの?

 え、全部、全てが…………そんなの説明にならないよ。

 お母さん、いつも言ってるじゃない、筋道たてて、きちんと説明しなさいって……。
 え、親権? なにそれ……そう、親だよお母さんは。未成年の結婚には親の承諾……そんなの、あたし、あと四カ月で二十歳だよ。
 田中さんも、ケジメを付けて、あたしが二十歳になってから……。
 え、交渉? 交渉って……性交渉!?
 侮辱よ! そんなこと、たとえ、お母さんでも答える義務ない!
 ダメなものはダメ!?
 お母さん! お母さん!

 すみません……聞こえちゃいましたね。電源入れっぱなしだったから。
 母は、いつもああなんです。こっちに言うだけ言わせて、最後にピシャリ。
 服を選ぶことから、受験校選びまで……。
 筋道立てて説明させて、その矛盾を突いてくるんです。どこかのニュースキャスターみたい……。

 今度は、分かってもらえたと思ったのに……。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 珠生先生は、十分ほどで止めてしまった。
「えらいことが分かってきましたな」
「はい……あたし、田中さんと結婚するつもりだったんだ」
「その先は……その顔やったら、まだ思い出してないようでんな」
「カウンセリングが進んで、田中さんに憧れ持ったとこまでは思い出しましたけど……まさか、結婚だなんてね。わたしもビックリです」
「貴崎さんは、ただの鬱とはちゃいます。ちょっと呼び戻す記憶の順番考えならあきまへんな」
「わたし、なんだか、ときめいてきました。二十歳にもならないのに、そんなこと考えていたなんて!」

 由香先生の目は、いつも以上にキラキラしていた。

「あ、これ、下のホールで、若い男の先生に」
 珠生先生は、一枚の名刺を由香先生に渡した。
「県立Y高校 山埼豊……ああ、十年くらい前の教え子です。へえ、先生になったんだ」
「で、同じ鬱で、隣の先生にかかってはるんですけどね。貴崎さんのこと見て、ボーっとしてはったんで声かけたんですわ」
「山埼クンに?」
「はいな。アハハ、ほんなら、『あの子、貴崎っていうんじゃないんですか?』やて」
「え、あの子!?」
「はいな。あんまり若こう見えるし、よう似てるさかい、貴崎さんの娘さんと勘違いしたみたいだすなあ」
「ハハ、昔から、こういう子でしたから。でも、娘とはまいったな!」
「だって、そんなイメチェンしてんですもん。事情を知らなきゃ、私だって勘違いするくらい若いですよ」
「まあ、こんなことに気を取られてるようなら、山埼クンの病状は軽いですね」
「あんさんのも、もうちょっとですやろな」

 由香先生は、弾むような足どりで帰っていった。なんだか私のほうが年上になったような気がしてきた。

「あ、サッチャンに手紙きてましたで」
「私にですか?」
 珠生先生は、郵便物を整理しながら渡してくださった。

 え……?

 私は、その封書を複雑な気持ちで手に取った……。 

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ここは世田谷豪徳寺・98『さくらのアイドリングな日々・1』

2020-05-03 06:06:12 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・98
『さくらのアイドリングな日々・1』   



 

 このごろアイドリングのような毎日だ。

『長徳寺の終戦 ファーストレインボウ』以来、ドラマや映画の仕事が無かった。かと言って、まとまった休みが取れるわけでもない。
 ワイドショーや、トーク番組、ラジオの仕事などが単発で入っている。いわばアイドリング状態である。

 この日は『プロフェッショナル日本』という番組のロケ取材だった。タイトルは地味だが、関東ローカルで18ぐらいの数字を取っている。8月放送分からは全国ネットになる。その記念すべき第一回のレポーターに、あたしが選ばれた。
 むろんメインではない。メインレポーターは『はるか ワケあり転校生の7カ月』でいっしょになった坂東はるかさん。

『世界一のドール制作』というのが今回のテーマで、気楽なお人形さんの取材だと思っていた。

「えー、こんなのがあるんですかあ!?」

 はるかさんと同時に小さく叫んでしまった。ほんとは「キャー!」と言いそうなのを、職業意識で堪えた。
 葛飾にあるその工場は一見普通の三階建ての中小企業。アイボリーの外壁は、そろそろ塗りなおしたほうがいいんじゃないかと思われるくらいの……老舗の会社で、看板も「帝都ドール」と真面目に椅子に腰かけたような名前。
 ところが、清純そうな広報担当のオネーサンが出迎えてくれて、最初に通されたショールームでぶっタマゲタ。
 12畳ほどのスペースには、ベッドやカウチが並べられていて、等身大の女の子がいろんな衣装で、寝たり、座ったりしていた。

「これって、言われなきゃ人間だと思っちゃいますね!?」
「驚いたー……触っていいですか?」
「フフ、ええどうぞ」
「あ、なんか可笑しかったですか?」
 はるかさんが、赤い顔をして聞いた。
「わたしが入社した時も、そっくり同じことを社長に聞きましたから」
「ハハ、ですよね……ウワー、プニプニだあ。さくらちゃんも触ってみな」
 はるかさんは、ネグリジェで寝ている女の子の胸を揉みしだきながら言った。あたしは、横で座っているカットソーに短パンの女の子の太ももに触ってみた。体温が低いことを除いて本物そっくり。
「キャ!」
 はるかさんに、いきなりお尻を掴まれた。
「柔らかさ、いっしょよ!」
 そういうことは言ってからやってほしい……でも、これくらいはレポートを面白くするための演出だと納得する。
「この子たちは、ドイツ製の最高のシリコンで出来てるんです。中はシリコンだけだと重くなるのでウレタンのお肉とジュラルミンの骨格が入っていて、一応人間がとれるポーズは、たいていとれるようになってるんです」
 広報のオネーサンは無造作に女の子の足を持ち上げて、曲げたり開いたり。で、なんちゅーか大事な部分もリアルに作られているので、目のやり場に困った。
「えー、こんなとこマジマジ見たことないけど……この子のはきれいですね!」
 と、はるかさんは平気でご覧になっている。
「ここは完全にボカシですね」
 カメラさんが黙ってうなづいた。
「今度一緒にお風呂入ったら見せっこしよう!」
 はるかさんは計算している。清純そうな自分が、そう言ったときのインパクトを。
「でも、シリコンというのはたいへん静電気を帯びやすいもので、愛情を持ってお世話してあげないといけないんです」
「ほんとだ、あたしが触ったとこ、もうホコリが付いてる」
「そういう時は、軽く水拭きしたあと、ベビーパウダーをはたいてあげるんです」
 オネーサンがやると、赤ちゃんのような匂いがした。

 仕事だけど、なんだか、とんでもない世界に飛び込んだような気がした。そのとき、セーラー服を着た人形が起きだして口をきいた。

「じゃ、社長にきていただきます」

 ええええええええええええ!!?

「ハハ、社長のお孫さんです。ゲストが来られたとき、ああやって遊んでるんです」

 ああ、訳の分からん世界だ!

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乙女と栞と小姫山・34『謎の旅行鞄』

2020-05-03 05:56:58 | 小説6

乙女小姫山・34  

『謎の旅行鞄』       

 

 

 足を踏み出したところで空と地面がひっくり返った……。
 

「イッテー……!」  

 栞は、薮の中の穴に落ちてしまった。じきに制服に水が染みこんできて気持ち悪くなって立ち上がった。

 穴の底は細いひび割れになっているようで、あまり水は溜まっていなかった。 

「水が溜まっていたら、溺れて死ぬとこだよ」 

 なんとか、足場か手がかりになるものを見つけて上に這い上がろうと思った。 

「ええと……ええと……ん……なんだこりゃ?」 

 土混じりの根っこたちの間に何かトッテのようなものに触った。わりとしっかりしているので、栞は、思い切って、それを掴んで上に這い上がろうとした。 

「うんこら……キャー!!」  

 トッテは急に外れて、栞は、再び穴の底に尻餅をついた。 

「あれ……」 

 トッテには先が付いていた。かなり古いタイプの旅行鞄だ。お尻が冷たくなるのも忘れ、鞄を開けようとしたが、鍵がかかっていて開けることができない。
 

「キミ、そんなとこでどうしたんだ?」穴の上から声がした。 

「え、あ、で、その、つまり……」 

 状況のどの部分から話そうとしていると、手が差しのべられた。 

「とりあえず、穴に落ちて、困っていることから解決しよう」
 

 その人は、駅前交番のお巡りさんだった。切り通しの薮のところまで来ると、靴と靴下が行儀良く並んでいて、なんだろうと思っていると悲鳴が聞こえてきたということらしい。
 

 真美ちゃん先生が着替えのジャージと運動靴を持って交番にやってきた。栞は、交番のシャワーを借りて体を洗って着替えた。 

「金ばさみは……?」 

 タオルで髪を拭きながら出てくると、一番にそれを聞いた。なんといっても技師の鈴木のオッサンは苦手だ。 

「栞ちゃんが、ずっと持ってたわよ。トランクといっしょに」 

「トランク……ああ、これのために」 

「助かったんだよ。あの悲鳴を聞いていなきゃ、自分も薮の中まではいかなかっただろうなあ」 

「これ、いったいなんなんですか?」 

「やっぱり、キミも知らんのか」
 

 そのとき交番に二人の人間が入ってきた。
 

「すみません、小姫山高校の出水です」 

「本署の田所。ヨネさん、これか?」 

 保健室の出水先生と鑑識のお巡りさんだった。 

「湯浅先生、授業が終わったら見にくるて。手島さん、怪我とかは?」 

「あ、それ大丈夫です。穴の中ジュクジュクでしたから。よかったら家に帰って、本格的に着替えたいんですけど」 

「ああ、かめへんよ。お家には、わたしから電話……」 

「いえ、いいです。ここんとこ、お騒がせばかりだから。自分でします」 

 後ろで、写真を撮る気配がした。交番と本署のお巡りさんが、鞄の写真を撮ったり、寸法を測って記録していた。 

「これ、あんたが見つけたん?」 

「え、まあ、結果的には……」 

「じゃ、解錠します」  

 田所という本署の鑑識さんは、二本の針金のようなもので器用に開けていく。

 やがて……。 

「開いた……」 

 みんなが固唾を呑んで、鞄が開くのを待った。
 

 ウワー!!!
 

 居合わせた全員が同じテンションで声をあげた。 

 中身はビニールで何重にもくるまれた札束だった……。 

 あまりの大金だったので、本署からパトカーがやってきて、栞共々本署に連れて行かれた。 

 出水先生は学校に電話したが、大金、栞がパトカーで、という二点しか伝わらなかったので、生指部長代理の桑原と、担任の湯浅、教頭の田中、そして、なぜか乙女先生が、学校から。父が家から。そして、新聞記者やら芸能記者までが地元の警察署に押しかけた……。

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