オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
119『家老諏訪甚左衛門』
部屋に戻ると、お寿司屋さんの湯呑みたいなのとオニギリが置いてあった。
「これは?」
「お食事には、お役目の方々や里の主だった方々が同席されます……」
「あ、そか。偉い人が並んでちゃ、うかうかと食べても居られないものね」
瀬奈さんは、ちょっと困った笑顔で応えた。瀬奈さんの心づくしなんだと美晴は思った。
おにぎりの中は野沢菜で、湯呑のお茶もたっぷりと飲み頃に冷ましてあって、なんだかホッとした。
通されたのは、さきほどさんざん待たされた広間だ。
百人近い人たちが、温泉地の宴会のようにお膳を前にして居並んでいる。
みんな和やかな顔をしているのだが、醸し出されるオーラはいかめしい。
美晴の席は上段のすぐ下、時代劇なんかだと御家老さまあたりのポジションで、一人でみんなの方を向いている。
美晴が入ると、みんなが手を付いて平伏した。よく見るとお役目らしい二十人余りの人は、それこそ時代劇のように直垂を着ている。里の人たちもフォーマルない出たち、息が詰まる。
――おにぎり正解、こんな席、喉に詰まっちゃう――
「美晴様には、ようこそのお出まし。家老職諏訪甚左衛門喜びに耐えません、役目の者、里の者、みな同じ気持ちでございます。今夕は、ささやかながらではございますが宴の用意をいたしました。あいにく御屋形様はご帰還されておられませんが、よしなにとのお言葉を賜っております。まずは、一同をご引見いただき、お言葉を賜りまするが、なにぶん大勢でございますので、お言葉は一同の挨拶を受けられたあとで頂戴いたしとう存じます。それでは、次席家老の……」
穴山さんの家令という肩書でもびっくりしたのに、それより大時代な家老、次席家老には驚いた。
それから一人二十秒余り、全員で三十分かけての挨拶を受けた。
いつもなら五分も正座していれば、感覚が無くなるほど足がしびれるのだけど、そうはならなかった。場の雰囲気か、それとも痺れすぎて間隔がなくなったのか……まあ、どっちでもいい。大お祖母さまには会えなかったけど、きちんと気持ちは伝えなきゃならない。
「みなさん、ご丁寧なごあいさつありがとうございます。本当なら大お祖母さまに直接お話しなければならないことなのですが、このように、みなさんお集まりですので、申し上げたいと思います……」
「それは宜しゅうございます」
家老諏訪甚左衛門が制した。
「美晴様は制服にてお出ましになられました。それでお気持ちは察せられます。それは、御屋形様にお会いになられてからで良いと存じます……これで良いのであろう、穴山殿」
家令の穴山が無言で頷いた。どうやら穴山さんが一苦労してくれているようだ。
「さ、これからは無礼講じゃ!」
家老さんが手を叩くと、奥女中のような揃いの矢絣姿のメイドさんたちが、一同の膳を整え始める。
つい今までメイド服で傍に居た瀬奈さんが矢絣になっていたのには驚いた。瀬奈さんは早着替えの名人だ。
そう思って瀬奈さんを見ていると、かすかな笑顔で――大丈夫ですよ――という顔をした。