大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:034『隠し忘れて宇治神社・1』

2020-05-05 14:59:01 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:034

『隠し忘れて宇治神社・1』  

 

 

 

 宇治神社に行きたい!

 

 おづねが言う前に言ってやった。

 前回は、口にする前に先読みされて八坂神社になったから。

 八坂神社で不足はないんだけど、心の内を読まれたことがシャク! 

 だから、読まれる前に口にする。

 心の奥では、別の所に行きたがっているのかもしれないけど、読まれるってのはやだ。自分の意思で自分の行きたいところを命令してみたい。

「ほう、宇治か……宇治十条、源氏物語最終章の地だな」

「最終章じゃないわよ、始りの地よ」

「分かった、準備しながら目を閉じろ」

「う、うん」

 目をつぶると、風が吹いてきた。前回と同じく、そよ風程度なんだけど、少し強い。前よりも速く飛んでいるのかもしれない。

『なんで宇治神社なんだ? 由緒ある神社だが、八坂神社ほど面白みのある神社ではないぞ』

「……始りの場所だから」

「始まり……あそこで始まると言ったら、源平の争乱だな。源三位頼政(げんざんみよりまさ)が以仁王の令旨を受けて挙兵したはいいが、平等院に立てこもり早々と白髪首を打ち取られたところだ」

「そう言うんじゃなくて……」

『着くぞ、玉砂利の上だから立っておけ』

「う、うん」

 

 ジャリ

 

 ウ……素足は痛い、直ぐに持っているスニーカーを履く。

 目の前に朱塗りの鳥居があって、背後には宇治川が流れる音がする。

『ここで、なにが始まったのだ?』

「『響け! ユーフォニアム』だよ、黄前久美子が北宇治高校に入って、吹部に入ろうかと思うんだけど、あまりの下手さに迷って、でも、滝昇って先生が赴任して来るんだけど、第一回目の終わりで滝先生が、ここにお参りに来るんだ。滝先生はおみくじの読み方が分からないアベックに、おみくじの意味を教えてあげて、その時アイポッドを落として、それがスイッチ入って音が流れるんだけど、それが『天国と地獄』って曲。運動会の徒競走とかリレーとかの定番曲でね、ちょっとコミカルで、これから徒競走みたいなドラマを暗示、雰囲気だけじゃなくて、これからのドラマが天国と地獄なんだぞって、そういう暗示でもあって、そして、主人公の黄前久美子が中学の吹部で、この曲の練習にがんばってる姿とも被って……」

『ようは、憧れたのよね』

 え!?

 突然の割り込みに、わたしもおづねも振り返った。

 河川敷に通じる石段を上がってきたのは……え、黄前久美子? 一瞬勘違いしたのは、セーラー服のシルエットだったから。

「チカコ!?」

 チカコ、それも、いつもの1/12のフィギュアサイズでは無くて等身大だ。

『ジジ、おまえ左手を隠すのを忘れたな』

「え!?」

 あ、おづねに先越されるのやだったから……左手隠すのは魔よけのためで、それで、出てきたってことは?

 

 チカコって、魔物!?

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・121「大お祖母ちゃん・1」

2020-05-05 06:35:06 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

121『大お祖母ちゃん・1』   

 

 

 大お祖母ちゃんは十二年のブランクを感じさせない元気さだ。

 

 こんな夜中に帰ってくるのだから、こなした仕事は片手では足りないかもしれない。

「両手の指ほど難儀な人たちに会ってきたよ……」

 見透かしたように大お祖母ちゃん、きちんと挨拶しようと思っていた美晴は吸った息を言葉に出来ずに呼吸が止まってしまった。

「どうも、顔が怖いままのようだね。でも美晴も子供じゃない、深呼吸してごらん」

 素直に深呼吸一つ。

 ゆっくり息を吐きだすと、大お祖母ちゃんも微かに笑顔になった。

「制服でやって来たということは、美晴なりに気持ちがあってのことなんだね……校章の横にバッジが付いていた痕があるけど、なんのバッジを付けていたの?」

「先月まで生徒会の副会長をやっていました。丸二年もやっていたので痕が残って……」

 そこまで言ってハッとした。

 風呂上がりに、瀬奈さんが新品の制服を出してくれて着替えたはずだ。バッジの痕が残っているはずがない……しかし、手を伸ばしてみると、いつものようにバッジを付けた痕が感じられる。

 思い違いかと混乱したが、制服の生地の感触は新品のそれだ。

「自分には、まだまだ役割があるという意味ね」

「私服で来るのは、なんだか憚られてしまったんです」

 もっと積極的な意味が制服にはあるのだが、大お祖母ちゃんを前にすると言えなかった。

 大お祖母ちゃんの前では、そんな制服一つのツッパリなど、ひどく子どもじみた意地にしか感じられないのだ。

 有り体に言えば、美晴は位負けをしている。それほど大お祖母ちゃんから受ける人格圧は凄かった。血のつながりを自覚していなければ逃げ出しているかもしれない……。

 大広間でもない大お祖母ちゃんの部屋が学校の体育館ほどの広さに感じる美晴だった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《ただいま》第十一回・由香の一人語り・9

2020-05-05 06:29:45 | ノベル2


第十一回・由香の一人語り・9   


※主な人物:里中さつき(珠生の助手) 中村珠生(カウンセラー) 貴崎由香(高校教諭)


 思い切って、ひまわり園に行った。

 0歳から十八歳まで、五十人ほどの子どもが居る。少子化で子どもの数は減っているのに、この園の子どもの数は変わらない。

 三十人ほどの、年齢バラバラな子供たちが話を聞いてくれた。どの年齢層にも分かり易いように、園の木に登って、そのとき見えた「世の中って広いんだ」と思った話や、思った瞬間落っこちた話し。食事の盛方の難しい話など、今でも現物があって共感してもらえる話を中心にした。
 小さい子どもが多いので、二十分ほどで話は終えたけど、十五から十七歳までの子が四人の残って、話の続きを聞きたがった。

「どうやったら、生きていけるんですか?」

 切実で、ストレートな疑問をぶつけられた。この四人は卒園が間近、将来の心配は現実的である。

 私は、一人ずつ丁寧に話を聞いた。一人一人、個性も事情も違う。私の生き方が、そのままこの子達の生き方の参考にはならない。
 でも、ひまわり園を出て、きちんと生活できている私が聞いて上げるだけで自信に繋がる。珠生先生から、教えもされないのに、自然に身に付いた対話の方法。
「よかったわ、あの子達は、サッチャンのこと、ここにいた頃から知っているでしょ。そのサッチャンが立派な大人になって、自信を持って話してくれるだけで効果があるわ」
 園長先生は、そう言って喜んでくれた。

 そして、思いがけないものをもらって帰った。

「へえ、これがサッチャンが赤ちゃんの時着てた……」
「はい、今なら、もうトラウマになることもないだろうって、くださったんです。信じられません、私が、こんなに小さなベビー服を着ていたなんて」
「大事にしなはれ。これが、あんたの原点だす」

「ただいま!」
 元気な声で由香先生が入ってきた。今日は大人っぽい茜色のコートを着ていた。
「ほう、見てるだけで温もりそうなコートだすなあ」
「で、暖めてきました。昔のあたし……ジャーン!」

 なんと、コートの下は、高校の制服だった!

「ちょっと、やりすぎ?」
「いいえ、違和感ないですよ!」
「まあ、意気込みはけっこうだす。ほな、今日もいきまひょか」
「はい……」

 

 もしもし、田……あ、お母さん……いいよ帰ってからでも。

 大丈夫、もう家出なんかしないから……でも、さっきのお母さんメチャクチャだったよ。
 筋道通ってないよ……クソババアだった。
 え、親としては筋道通ってる?
 ……分かったよ、聞かなきゃ話しにならない……だけど言っとくよ。たとえ、どんなに、どんな理由で反対しようと、結婚はするからね。四カ月したら、お母さんの言う筋道通さなくっても、自分の意思で結婚できるんだからね……あのね、どんなに反対したって……。
 認められない!?
 どうして!? 言ってるでしょ何度も!

 ……え……なにそれ。

 一瞬由香先生は、目を見開いた。そして呼吸が速くなり、涙が溢れてきた。
 珠生先生は、固唾を呑んで、次の言葉を待った。

 うそ……うそだよね……お母さん、そんなうそ信じると思う!?
 ……だって、ありえないよ。

 田中さんが、あたしのお父さんだなんて!!

 お父さんは、あたしが生まれる前に死んだって、とっくの昔に死んだって、バイクで転んで死んだって、ずうっと、そう言ってきたじゃない!
 ずうっと、そう信じてきたんだよ。バイクで転んで、豆腐の角に頭ぶつけるようなバカな死に方してきたんだって……。

 ほんとうは別れただけ……?

 ケンカして、流産したってウソついて、豆腐屋さんの角でケンカ別れした……。
 娘の婚約者に会いに行ったら、それが二十年前に別れた自分の恋人だった……。
 そんなバカなこと信じられないよ! 信じられないよ!
 お母さん聞いてる! 聞いてる!? お母さん! ひどいよ、ひどすぎるよ。信じらんない、どうして、どうして、どうして……!

「今日は、そこまでにしときまひょ……」

「全て思い出しました……」

 由香先生の制服姿が痛々しかった……。

「あたし、あたしの過去の高校時代に問題があると思って……」
「あんたさんの、あずかり知らん、もっと過去に問題がおましたんやな。ある程度の予想はしとりましたけど、ここまでとはな……堪忍しとくれやすや、貴崎先生」
 珠生先生は、目を赤く腫らしていた。
「中村先生……」
「堪忍いうのは、あんたさんに辛い記憶を呼び覚ましたことやおまへん。ウチらの世代がお母さんらの世代に伝えそこのうたんですわ。あてらの世代の……主題にもどりまひょか」
「……はい」
「貴崎さんは、この記憶を、ずっと封じ込めて生きてきはったんでんなあ。それを生徒さんの自殺で思いだしかけはって、鬱になることで、自分の心が壊れるのんを押さえてきはったんでんなあ……ここからは、催眠療法やのうて、話の中から思い出していきまひょ」

「それ……次回にしていただけませんか。なにか、その整理がつかなくって……」

「よろしおまっせ、ここまで来たんや、ゆっくりいきまひょ」
「じゃ、今日は、これで失礼します」
 由香先生は、震える手でドアを開け帰っていった。
「サッチャン、貴崎先生の学校に電話して、生徒さんの自殺について聞けるだけ聞いてくれまっか。でけるだけ資料を持って次ぎにかかりまひょ」

 私は、助かったと思った。今日は由香先生が帰る姿はとても見ていられないから……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新・ここは世田谷豪徳寺・1《ふたたびの始まり》

2020-05-05 06:18:40 | 小説3

 ・ここは世田谷豪徳寺・1(さくら編)
 ≪ふたたびの始まり≫        


 

「女子バレーボールワールドグランプリ」日本代表は20日、強豪ロシアを撃破した。

 そして、夕べはブラジルを破って波に乗っているトルコを3セットで落とした。歳は少し上だけど、同じ日本の女性として胸が熱くなった。山口恵里奈は、文字通り帝都女学院バレー部のセッターなので「見た!! 見た!? 勝った!!」と、興奮丸出しのメールを送ってきた。
「やったね! 日本の女は大したもんだ!」と返しておいた。

 それから、ルンルンと気分よくお風呂に入って、頭にタオル巻き付けて洗面でガシガシ歯を磨く。鏡の前には当然若いということだけが取り柄の、たいして美人でも可愛くもない自分の顔が映っている。

 瞬間、別のものが映った。

 冬の制服で家を出て豪徳寺の駅に向かうあたし、駅に向かう最後の路地のところで水道工事をやっている。若いオニイチャンのガードマンが交通整理をやっている。ライト付きの指示棒を慣れない手つきで振っている。
 注意しないと、あの指示棒でスカートが引っかけられそうだ。そう思って、あたしは鞄でスカートを庇い、オニイチャンの傍を通過……そこだけスローモーションになった。指示棒は数ミリの差で鞄にもスカートにも触れないで通過した。

 あっという間のことだったけど、変なデジャブだった。もう忘れてしまったのかもしれないけど、こんなことがあったのかもしれない。

 昨夜は夢を見た。スカートに指示棒が引っかかり、スカートがめくれ上がり、ひと悶着あったあと、あたしは女優になって泣いたり笑ったり。学校と芸能生活の両立に苦労した。おそらく半年ぐらいかと思われる波乱万丈の季節。

 目が覚めると、当然あたしは当たり前の女子高生。
「宿題溜まってんでしょ。さっさと片付けないと、また去年みたいになるわよ」
「分かってる。朝ドラ観たらやる……」
 あたしは反抗的な子ではないけど、やっぱ、親には軽くタテをつく。

 朝ドラの主人公は坂東はるかという売り出し中の女優さんがやっていた。もちろん直に会ったことなんかないんだけど、なんだか親近感が湧く。

 夏休みの宿題は、山口恵里奈と佐久間マクサの三人でシェアしている。テレビ観終わって、昨日仕上げた社会の宿題を恵里奈とマクサにメールの添付で送る。未読のメールを見ると恵里奈から数学、マクサからは英語の宿題が送られてきていた。
「恵里奈も女バレ観ながら、よくできたな……」
 感心しながらプリントアウト。そこで、玄関のピンポンが鳴った。
「さくら、かわりに出て!」
 お洗濯で手の離せないお母さんが、少しいらついて言う。
「ハーイ……」と間延びした返事。
 返事をしながら「この返事の仕方は、お母さんいらつかせただろうなあ」と思う。言ってしまってから反省するのは、あたしの悪いクセ。
「佐倉さくらさんに、宅配です。サインお願いします」

「来たー!」

 宅配はコンビニ決済で注文しておいた『はるか ワケあり転校生の7カ月』だった。さっき観てた朝ドラの主人公やってる坂東はるかさんをモデルにした中編小説。四六判で今時嬉しい799円。これを種に、こればかりはシェアできない国語の読書感想を書く。

 見上げた空にはぽっかり白い雲。もう終わりに近い夏休みなんだけど、なにか新しく始まったような気がした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乙女と栞と小姫山・36『美玲(みれい)』 

2020-05-05 06:10:02 | 小説6

乙女小姫山・36  

『美玲(みれい)』      
 

 

 今日は、カタを付けなければならない……車窓を飛んでいく景色を見ながら、乙女先生はため息をついた。
 

 ほんの五日ほど前のことである。『美玲友の会』から手紙が来ていた。宛名は佐藤正一、つまり亭主のことである。いつもなら亭主の机の上にそっと置いておく。いつもなら……。
 

『美玲友の会』とは、前々任校から続く教師仲間の親睦会で、数か月に一度泊まりがけで、青臭いというか阿呆くさい話題を種に飲み明かす会である……と、亭主の正一は言っていた。封筒も大判の定形最大のもので、表には会の名前から「事務局」の先生の住所や、メルアドまで緑のインクで印刷されていて、宛名もパソコンで打ち出したシールで貼ってあった。そして、それはいつも月の初めに来ることが決まりのようになっていた。

 それが、四月の中旬過ぎ、それに宛名もいつものシールではなく、幼いといっていいような女の子の字で書かれている。ピンと来た乙女先生は、封筒のお尻に蒸気をあてて中身を取りだして読んでみた。
 

 そして、長浜行きの快速に乗り、近江八幡を目指している。
 

 その子は、タクシー乗り場の近くに自転車に跨ったまま乙女先生を待っていた。
 乙女先生を見つけると、自転車を降りて深々と頭を下げた。悪戯な春風がスカートをなぶっていき、「あ」と、その子は小さな声を上げた。

「お久しぶり、大きなったわね」

 満面の笑みで、乙女先生はその子を見た。母親似の小顔が愛くるしいが目に光がない。でも、怯えの色がうかがえないので、とりあえずは成功だと思った。
 

「今日は制服で来たのね……」

「伯父さんには部活だって言ってあります」

 駅前の甘いもの屋さんに入って、最初の会話がこれであった。

「奥さんから、直接電話もらったときは、びっくりしました」

「わたしは、全てお見通し……というか、あんな時期に手紙が来るのは初めてやし、宛名が、美玲ちゃんの字やねんもん。大丈夫、今日はわたしが全部話をつけたげる」

「あの、おと……佐藤先生は?」

「仕事、この春から教頭先生やさかいに。それに、これは定時連絡と違うから本人にはなんにも知らせてないの。それから、お父さんて言うていいのよ。正真正銘、美玲ちゃんのお父さんやねんさかい。あ、言いそびれるとこやった。お母さんのことは、ほんまに……ご愁傷様でした」

 美玲の目から、大粒の涙がホロホロとこぼれはじめた。
 

 

「いやあ、お別れっちゅうことになると、送別会ぐらいしてやりたい思いますねけんど」

「いや、ほんま、急なお話やよってに。これ、あんたら表で遊んどいで!」

「はーい……と、小遣い」

「もう、こんなときに」

「そやかて、美玲ちゃんは、たんとお父さんから小遣いもろて……」

 そのとき、父親の平手が飛んだ。

「もう、これで、夕方まで帰ってきたらあかんで!」

 母親は、平手を上手にかわした年かさの男の子に千円札を隠しながら渡した。

「おー、みんないくぞ!」

 賑やかに、男の子ばかり五人が飛び出していった。

「すんませんな、てんごばっかりしくさってからに」

「それでは、ひとまずこれで美玲さんをお預かりしてまいります。手続きなどは仕事柄慣れてますんで、わたしどもの方でさせていただきます。ほんなら、美子さん……お参りさせてもろてよろしいでっしゃろか」

 乙女さんは、そう言いながらバッグの中から、分厚いご仏前の袋を取りだし仏壇に向かった。

「ほんまに、長い間、正一のスカタンが……ごめんなさいね、美子さん……」

 ゆっくり手を合わせ振り返ると、いっしょに仏壇に向かっていた美玲の後ろに、学校のサブバッグが置かれていた。

「当面の着替えとか、入れといたさかい。あとの荷物はまたゆっくりと、改めてお話させていただくおりにでも」

 義伯母は、にこやかに念を押した。

「はい、それはそれで……ほなタクシーを」

「あ、もうおっつけ……来ました来ました」
「あ、あれ……!」

 タクシーのドアが閉まる寸前に美玲は、義伯母を突き飛ばすようにして、家の中に戻った。

「すみません、これだけ、持って行かせてください」

「なんや、アルバムかいな。かんにんな気いつかんで」

 そして、タクシーが走り出すと、美玲はアルバムだけを握りしめ、一度も後ろを振り返らなかった……。
 

 電車の中でも、美玲は一言も口をきかなかった。
 

 大阪が近づくにしたがって、乙女先生の心の中にも溜まっていた澱が浮き上がってくるように、怒りとも寂しさともつかぬ感情が湧いてきた。
 

「これ、よかったら使ってください」 「え……」 「マスカラが……」

 窓ガラスに映る自分の顔が狸のようになっていることに初めて気づいた。

「ありがと」

 そういうと、乙女先生は、渡されたティッシュで化粧を直した……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする