オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
一時間かけて山を下りると登った時とは違う場所に出た。
小学校のグラウンドほどの広場になっていて、ちょっと不自然。
山の傾斜が途切れていて、そこだけが水平で、自然な地形ではないように思われた。
「このあたりの五つの山から切り出した原木が集められるところなのさ。四百年前にご先祖が切り開いて、ずっと使っている。シーズンになればトラックやら重機で賑やかになる。ここで枝を払って長さを整えて甲府の駅やら関越自動車道やらに運ばれて行くんだ」
大お祖母ちゃんの説明を思い出す。
貯木と製材を兼ねた広場なのだろうけど、美晴には適当な言葉が浮かばない。それだけ美晴の日常からはかけ離れた所なのだ。
広場の下り斜面の方から自動車の音が響いてきた。十台くらいかと思ったら、上って来たのは二台の四輪駆動車だった。
「周りがみんな山だから、木霊して多く感じるんだよ。それにしても猛々しい」
美晴も感じた、先頭の車は怒ったカブト虫のようにガチャガチャして、後ろの車は、それを見守っているように思えた。
「やっと会えたです、瀬戸内さん」
最初の車から妙なアクセントの男がダークスーツを従えて降りてきた。後ろの車からは穴山さんと、夕べの宴会で見かけた男が心配顔で下りてきた。
「林(りん)さん、話の続きは明日のはずでしたが」
「申し訳ありません、どうしてもとおっしゃるので……」
穴山さんが申し訳なさそうに付け加える。林(りん)さんと言うのだから中国の人なんだろう、その林さんが、穴山さんたちがダメだと言うのも無視してやってきたんだろうということが美晴にも想像できた。
「ごめんなさいね穴山さん、みなさん。チンタオ公司が動き始めてるので先を越されると心配なのです。きのう提示した金額に三億の上乗せします。どうか、この私に売ってください」
「ご心配なく、どこが来ても、この案件には同意しません」
「ん……こんなことを言ってはなんなのですが、あの山の所有者は惟任(これとう)さんです。慣習上瀬戸内さんの了解が必要、それは尊重しますが、法的には私と惟任さんだけの取引でもできますよ。でも、わたし日本の人たちと仲良くやっていきたい思うからです。チンタオ公司はもっとビジネスライクにやってきますよ」
「そうはいきませんよ、商取引、特に山林売買に関しては慣習が重視されます。無視すれば、その後の業務で日本の、少なくとも瀬戸内の協力は得られませんよ。そうなれば山の木一本運び出せない」
「あーーーでも、山の木は切りださなきゃ、九州豪雨のようなことになるんじゃないですか。300ミリちょっとの雨で山崩れとかありえないでしょ」
「そうなれば、持ち主である林さんの責任になるでしょう」
「んーーーかもしれないけど、林道や入会権は瀬戸内さんの裁量、裁判になったら五分五分でしょね」
林さんは、けして無理を言っているのではないと美晴にも分かる。ハキハキものを言うけど、どこかすまなさそうに眉をヘタレさせるところなどクマのプーさん思わせるところがある。
「とにかくチンタオ公司は相手にしません。ここで言いあっても仕方がない、今夜はうちにお泊りなさいな、温泉にでも浸かれば、いい考えが浮かぶかもしれない」
「……ハーー、そうしましょうか。おーい美麗」
林さんは4WDの後部座席に声をかけた。
「わたし、日本の温泉好きよ」
そう言いながら4WDから出てきたのは、美晴と同年配の黒髪少女だった。