大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・150『越谷の峠』

2020-05-06 14:01:28 | 小説

魔法少女マヂカ・150

『越谷の峠』語り手:マヂカ   

 

 

 越谷を過ぎ、峠の岩に腰かけて休んでいるとツンの姿が見えない。

 

 ツンとは、神田明神を出たところで現れた西郷隆盛が託していった犬だ。

 西郷は狩りが趣味で、故郷の鹿児島では鉄砲片手に猟犬を何匹も連れて野山を駆け巡っていた。その猟犬の代表みたいなのが、この中型犬で、上野の西郷さんの横に控えている。

 旅に出てからは(妖や物の怪を退治しながらだが)付かず離れずで、将来、この旅が本になるとしたら、わたしと友里の横にツンが並んで歩いている姿が表紙を飾ることは間違いない。

 そろそろ出立しようかというころに峠の向こうから帰ってきた。

「あれ? だれか連れてきたみたい」

 峠の向こうを振り返り振り返りするツン。だれかを気遣っている様子だ。

『まってくれ、こんな遠くまで来るのは初めてなんだ、ああ……息が苦しい……』

 オッサンの声がした後、峠に姿を見せたのは真っ白い犬だ。きっと後ろから息の上がったご主人様が現れるのだろう。

 そう思って待っていると、白い犬が顔を上げて首を傾げた。

『後ろには誰もいません。ボクがツンさんに無理を言って連れてきてもらったんです』

「おまえは喋る犬なのか?」

『はい。えと、シロって言います。腰越の向こうの春日部に住んでいます。ツンさんが越谷まで来られたのでテレパシーを送って来ていただいたんです』

「可愛い割には、しっかりしてて、なんだか議員秘書みたい」

『恐れ入ります』

「わざわざ来たからには、なにか頼みごとがあるんだな?」

『ご明察、恐れ入ります。実は、春日部の地下神殿に巣食う魔物を退治していただきたいんです』

「魔物?」

「春日部に地下神殿があるのか?」

『はい、表向きは「首都圏外郭放水路」と申しますが、実は魔物の住処なのです。「首都圏外郭放水路」は中川・倉松川・大落古利根川などで溢れた水を、延長約6.3kmの地下水路で横軸につなぎ、この「調圧水槽」で一時貯留し江戸川に排水するという大規模な施設なのですが、この繋がりを良いことに魔物が住み着いたのです。いまは、まだ力を貯めているところですが、機を見て坂東一帯に災いをもたらそうと手ぐすねを引いております』

「なんという魔物なの」

『はい、それは……』

「口には出来ないのだな? その名を口にすれば気取られてしまう……」

『おっしゃる通りです。どうでしょうか?』

「悪いが、他を当ってくれ。我々は、神田明神の依頼で旅をしている。あまり道草を食っているわけにはいかないのだ」

『そのことはツンさんからも伺っています。いささかの難敵を相手にしておられるご様子、しかし、その怨敵の力の元になっているのが、道々の物の怪、妖なのではないかと存じます』

「マヂカ、話に乗ってあげようよ」

「しかし、草加煎餅のように簡単にはいかないぞ」

 ワン ワンワン 

「ツンが何か言ってる」

『「わたしの猟犬としての勘と経験では、マヂカさんと友里さんの力で倒せる」と言っています』

「そうなの?」

 ワン!

『そうだと言っています、お願いします。退治していただければ〔宇都宮のギョウザ券〕を進呈いたします!』

「ジュル、宇都宮のギョウザって美味しいんだよ! 調理研としては外せないわよ!」

「わかったわかった、ヨダレを拭け」

 

 二匹の犬に先導されて、春日部を目指すことになった。

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・122「大お祖母ちゃん・2」

2020-05-06 06:34:45 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

122『大お祖母ちゃん・2』    

 

 

 どこまでが瀬戸内家の山か分かるかい?

 

 まだ息も整わない美晴は、すぐには声も出せない。

 知ってか知らでか、大祖母は答えを急かせもせず、上りきった瀬戸内山の頂で巌のように立っている。

 年が明ければ米寿という瀬戸内美(よし)はまるで山の精霊の長ようだ。

 夕べは、大祖母に気おされて言いたいことの半分も言えなかった。

 予想していたことなので制服を着てきたのだ。古いだけしか取り柄のない空堀高校だが、美晴が寄って立つ場所は学校しかない。

 学校こそが美晴の公(おおやけ)なのだ、生徒会の副会長を四期連続で務めたことが美晴の制服に込められた公の大きさと重さを高めている。大祖母は公にやかましい人であることは子どものころから知っている。

 母も祖母も美晴の年頃に瀬戸内の家を捨てた。大祖母も若かったので娘と孫のわがままを許した。二人とも瀬戸内の名前を捨てようとしたが、大祖母は、それだけは許さなかった。瀬戸内の姓から逃れられないということは瀬戸内家嫡流としての責務からは逃れられないということを示している。

「継体天皇は応神天皇の五世孫であった」

 十二年前、甲州の屋敷に行った時、祖母と母と三人並んだところで言われた。

「だけど、五世の末まで待てるほどの長生きはできないよ。いま直ぐにとは言わないが、ゆくゆくは美晴に瀬戸内家当主の座を譲りたい」

「それなら、お祖母ちゃん、わたしが家に戻ります」

 母の美代は、それまで俯いていた顔を上げて宣言した。いつも軽すぎるくらいに陽気な母がNHKの女性アナウンサーが皇室に関わるニュースを言うような穏やかさで言った。

「美代は俗世間に馴染みすぎている、素養にも乏しいし、これから磨くには歳も取り過ぎている。美晴の目には光がある、瀬戸内家棟梁の光が、美晴なら、まだわたしが育てられる」

「お祖母ちゃん!」

「瀬戸内家には信玄公以来の甲州の山々を守る役目があるんだよ、甲州は日本の真ん中、甲州の山を守るということは、とりもなおさず日本を守るということでもある。わずか六つの美晴には可哀想だけど、親子二代にわたって逃げてきたツケなんだ。そうだろ美好」

 美好は平伏したまま固まってしまった。あんなに苦しそうな祖母は初めてだった。いつも母以上に陽気な祖母が痛ましくて美晴はまともに見ることができなかった。

「まあいい、今すぐにどうこうなるわたしでもない。だが、今度使いを出した時は猶予はないと思っておくれ」

「それはいつ?」

「五年先か十年先か……わたしも人間だ、ひょっとしたら明日になるかもしれないね。ま、それまでは美晴に公に生きることの意味を覚えさせておくれな。朝に道を聞けば夕べに死すとも可なりというからね」

 

 そして一昨日、甲州の使いがやってきた。母も祖母も付いていくと言ったが、美晴は一人でやってきたのだ。

 十二年前の、あの惨めな思いを二人にはさせたくなかったから。

「本来ならお嬢様のご卒業まで待つとおっしゃっていたのですが、もう猶予が無いご様子でして」

 使いにやって来た穴山さんの息子は静かに言った。

 美晴は思った、大祖母は美晴の公を大事にしてくれている。

 

「富士のお山を除く全てです」

 

 やっと息を整えた美晴が答えた。

「では、存在の危機に瀕している山は……分かるかい?」

「え、えと……」

「富士のお山を含むすべてだよ」

「え…………」

 ゆっくり振り返った大祖母は憂いを含んだ眼差しで美晴の肩に手を置いた……

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《ただいま》第十二回・遠雷の果て

2020-05-06 06:22:53 | ノベル2

第十二回
 遠雷の果て    


※主な人物:里中さつき(珠生の助手) 中村珠生(カウンセラー) 貴崎由香(高校教諭)


 

 自殺した生徒は女生徒だった。遺書は残っていなかったが、メモが残っていた。

――生むか生まないかは、君の自由だ……寂しい、怖い、これが本音――

 そう、この子は妊娠していたんだ。自殺の仕方は省略。とても書けない。
 あとは、自殺した現場と時間だけを書いて珠生先生に報告した。
「すみません、不十分なもので」
「これで十分だす」
 意外にも、先生は、何かを確信したようだ。

 その日から、催眠療法は止めて対話によるカウンセリングになった。

「あたし、母の電話を受けた後眠ってしまったんです。その間に母は帰ってきたようです。丘の上でチェ-ンソ-が唸っていました。母は、髪振り乱して、桜の木を切る集団の先頭でした。反対派の源蔵ジイチャンなんか、軽蔑通り越してあきれていました……あ、これが、その時母が書き置いていった手紙です」
「読んでも、よろしおまっか?」
「どうぞ」

 珠生先生は、ゆっくり手紙を開いた。遠くで季節はずれの遠雷がした。

「よく眠っているので、桜の木を先に片づけてきます。終わったらじっくり話し合いましょう……今は、あえてやりません……お母さんの顔が見たくなければ、また家出してもいいわよ。今のお母さんに、それを止める資格はありません……でも、出て行くんだったら、しっかり顔を洗ってからにしなさい。涙で顔がゴワゴワだよ。洗面に新しい石けんを置いておきました。お母さんも、それで顔を洗ったところです。由香へ。お母さんより……追伸。でも、やっぱりごめんなさい。そして、じっくり話し合いましょう。共通の理解を得て、互いの信頼を取り戻すために」

 遠雷が、近くなってきた。私は雨が吹き込む前に、窓とカーテンを閉めた。

「そのあと、幸子さんから電話がありました。田中さんが酔いつぶれているということでした『タイムマシンがあったら、昔の自分を殺したい』と言ってたそうです……」

 遠雷のせいだろうか、私は、何かを予感しました。

 由香先生が、なにか一つ大事なことを思い出すんじゃないかって。
 昔から、この予感は当たってきました。ひまわり園の木に登ったときも、落ちることを予感していました。それは高いところに登る恐怖心かとも思いましたが、どうも違う……予感でした。
 就職試験を受けるときも、直前に見た問題集の中から二題も同じ問題が出てきました。そのときは、単にラッキーと思っただけでしたが、この時の予感は本物だと感じました。
 自分自身のことではないのに、なにか胸が押しつぶされそうな震えがきました。

 そのとき、いきなり間近に落雷。カウンセリング室で三人は悲鳴をあげました。

「思い出した……思い出した!」
 由香先生は、頭を抱えて床にひっくり返ってしまった。
「サッチャン、貴崎さんの脚持って、ベッドに寝かすんや」
 身もだえする由香先生を、私と珠生先生で、なんとかベッドに載せた。泣きじゃくり過呼吸になる由香先生。
「サッチャン、酸素吸入器! 医務室に電話!」

 医務室の先生の処置もあって、由香先生は、少し落ち着きをとりもどし、大変なことを言った。

「あたし……赤ちゃんを産んだんです。田中さんの子を……」
「……やっぱりなあ。予想はしてましたで」
 私は、さほど驚かなかった。予感の正体が分かったからだ。
「赤ちゃんは、見せてももらえませんでした。生物学的には娘が父の子を産んだんです……重い障害があって、数時間とは生きていないと言われました。そして麻酔がかけられ、意識が戻った時には、子宮筋腫で入院したんだと思いこんで……思いこまされていました」

 まだ雨は続いていたけど、雷は遠くなっていました。

「落ち着きましたか」
「はい、もう大丈夫です」
「ほんなら、今日は、全てを明らかにしときまひょ」
「え……これが全てじゃないんですか?」
「貴崎はん、あんたが産んだ子は死んでまへん」
「え……!?」
「本人も、なんとなく分かってまっしゃろけど……貴崎はんが産んだ子は目えの前に居てます」

「お母さん……なんですか、由香先生?」
「サッチャンが……!?」

 私は、直前に予感していた。でも、胸はドキドキしていた。

「父親の子が産まれると、劣性遺伝子を両方から受け継いで死産になることが多いんだす。せやけど、逆に優性遺伝子ばっかりが組み合わさって、並の子とは違う力をもってることもありますねん。サッチャンのちょっとした予感と、まれに見る優しさ。サッチャンは気いついてへんやろけど、ここの窓からセンターの門は見えしまへん。ウチは合わせてきましたけどな。ほんで、ひまわり園にも話し聞きました。病院にも話は聞きました……二人は親子であって、姉妹だす」

 私は爆発した。

 予感なんか超えた大きな感情が湧いてきて、一人でお母さんとお姉さんを兼ねている人に抱きついて泣きじゃくった……。

 私は、由香さんと養子縁組して親子になりました。今日からは貴崎さつきです。

 もう、お会いすることは無いと思います。ありがとうございました。

 《ただいま》……完

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新・ここは世田谷豪徳寺・2《ゴジラの迫力》

2020-05-06 06:12:52 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・2 (さつき編)
≪ゴジラの迫力≫        


 

 また、やっつけだ……。

 久方ぶりに机に向かっている妹のさくら。

 あたしの母校帝都女学院の二年生。選んだ理由が通学途中の渋谷、定期でいつでも遊びに行けるから。それと、あたしと同じ学校なら、表も裏も情報が良く分かる。で、要領よく高校生活を送りたいという横着な気持ちからで、けして、帝都女学院の伝統やら特色にほれ込んでのことではない。
 でも入ってからは、帝都の値打ちが少しは分かったみたい。その理由も一年のとき電車の中で痴漢にあい。がっちり腕捕まえて、駅員さんに引き渡してから。犯人の言い分が「帝都の制服に、ついクラっとして」だったから。
 痴漢を捕まえたことでも分かるけど、本質的に女子高生の「可愛い」とか「萌」とかからは縁遠い。見かけは、あたしの妹だけあって、そこそこ。でも、本人に、その自覚は乏しい。今も机には向かってはいるが、椅子の上に立膝ついて、体を正しい位置から90度、こっちに向いて本を読んでいる。人の目を気にしないというと美点のように聞こえるかもしれないけど、さくらの女としての自覚は小学校の二年生ぐらいで止まったままだ。

 ああ、またぐらを掻きだした。ショートパンツの隙間から下着が覗く。

「さくら、ちょっとはね……」
「ん……?」
「ショーパンの間からパンツ丸見え」
「ん」
 と膝を立て替える。右が左に替わっただけ。
「明日始業式なんだろ、読書感想なんて時間かけて本読まなきゃ書けないよ。去年も言ったけど……」
 もう耳に入っていない。よく見ると『はるか ワケあり転校生の7カ月』を読んでいる。大橋むつおの最新小説。悪くはないけど、この作者はマイナーで、ネットでしか手に入らない。注文して届くまでに10日ぐらいはかかる。逆算すると、盆前にやつは読書感想を書く気にはなったらしい。だったら図書館(父の惣次郎が勤めている)で借りるとか、定期で行ける渋谷で文庫買うときゃすればいいのに……。

 おっと、自分の副業が止まってる。あたしはパソコンに向き直った。

——― 楽しめる映像ではあります。ただし、色んな物を諦めるか無視すれば……と、条件付き。 画像の作りは良く出来ているのですが、残念ながら説得力に欠ける、そのままリアリズムと書いても良い。要するに“全く怖く無い”のです。困ったもんです。
 まず、音がいかん。ここは効果音やろ~と思う所に“音楽”が入ってます。マァジですかいのう。音楽にした所が、作曲家は伊福部さんのオリジナルを聞き込んで、オマージュを捧げたと言うておりましたが……どこが? 私、音楽素養全く0で、もっぱら聴くのみです。私には判らん何かがあるんかもしれませんが、聴いてる限りにおいて「どこがオマージュ?」です。オマージュなどと考えなければ、スリルを盛り上げる作品だと思えますが、いかんせん、使う場所を間違えています。54年のオリジナルにインスパイアされ、リスペクトしているのは、そこいら中に認められます……――

 映画に詳しい人なら分かると思うんだけど、これアメリカ版『ゴジラ』の映画評。あたしは、趣味の映画鑑賞が功を奏し、クラブの映画研究部の映画評が、さる雑誌に認められ月に3本ほど映画評論のGR(ゴーストライター)をやっている。ギャラはコンビニで働いた方がいいけど、時間が自由になることと、映画がタダで観られることで、この副業に満足している。

 よっしゃー!

 突然隣で妹の気合いが入る。
 どうやら読み切ったようだ。本立てから原稿用紙を取り出し、シャーペンを構えだした。
「余計なことかもしれないけど、その『はるか』には戯曲が何本か出てるでしょ。今から読めとは言わないけど、You Tubeに出てる上演作品ぐらい観といた方がいいよ。『すみれの花さくころ』なら50分もかからないし。
「そういや、これって坂東はるかのドキュメントでも……あれ、出てこないよ」
 お下がりのパソコンを叩きながら言う。
「作者名入れなきゃ。作者マイナーだから」
「なるへそ……」
 検索しながら、今度はTシャツたくしあげて、お腹をポリポリ。肉付きに無駄が無いのがうらやましい。ま、姉妹そろって、昼過ぎには終わりそう。

 女子バレーの、最終戦はライブで観られそうだ。

※:映画評は滝川浩一氏のを参考にさせていただきました。

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乙女と栞と小姫山・37『美玲、父との対面』

2020-05-06 06:03:27 | 小説6
乙女小姫山・37
『美玲、父との対面』         


 
 人が固まるというのを初めて見た。

 家の玄関を開けて、美玲を招じ入れたとき、亭主の正一は呼吸するのも忘れたかのように固まってしまった。
「勝手なことをして、もうしわけありませんでした。そやけど、これが一番ええ思てやりました!」
 乙女先生は、余計な気持ちが表れないように、大きな声で一気に詫びた。
「な、なんで……」
「美玲ちゃん。靴脱いで、スリッパ履いてついといで。正一さん、あんたもな」
 有無を言わせなかった、これからが二番目の勝負である。濁った言葉や、後腐れのある言葉は言ってもいけなかったし、言わせてもいけない。

 リビングのソファーに座らせると、乙女先生はペットボトルのお茶を三本置いて、直ぐに話に入った。

「この十五日に美子さんが亡くなりました。その手紙が四日前いつもの封筒で……これです」
 封筒の表の、美玲の字を見ただけで、正一には分かったようだ。
「すみません、勝手に手紙なんか……」
 美玲が言いかけた。
「悪いけど、美玲ちゃんは、話だけ聞いてて」
 すると、乙女さんは、ペットボトルのお茶を一気飲みした。
「美玲ちゃんのことは生まれた時から知ってました。毎月くる『美玲の会』の封筒のことも。ウチは一生知らんふりしよと心に決めてました。そやけど美子さんが亡くなった今、第一に考えならあかんのは美玲ちゃんのことです。実の母が亡くなったら、実の父が面倒みるのが当たり前。そんで、ウチが美子さんには及ばへんけど、美玲ちゃんのお母さんになります」
 
「すまん乙女」 
 
「謝らんでよろしい。大事なことは美玲ちゃんのこと。そんだけ。ここまでよろしいな」
「う、うん」
「あんたは、毎月美玲ちゃんの養育費として十万円を払ろてきた。ほんで、あんたは実の父親や。とくに問題はあれへん。若干法的な手続きはあるけどな。それは全部ウチに任せて。ここまでよろしおまんな」
「う、うん……」
「よっしゃ、これで決まりや。美玲ちゃん、お父さんの側いき。もう、もう遠慮することはあれへんねんさかいな」
「……はい」
「なにをグズグズ、チャッチャとしなさい!」
「美玲……!」
「お父さん……お父さん!」
 美玲は、向かいのソファーに行くと、しがみつき、長い時間泣き続けた……。

 乙女先生は二階にいくと、栞の父親に電話をした。
 

「伯父夫婦が、親権について言い出す前に、こちらから動きましょう。とりあえず養育費の支払いを証明する通帳かなにか……」
「はい、これが亭主の通帳。十五年分です。それから、これが美子さんの受け取りのコピーです」
「ほー、準備万端だ。では明日……は休み。あさって関係の役所を回ります。場合によっては向こうの家にも伺います。スム-ズに行けば連休明けには、親権の確認、戸籍の処理、住民票、修学手続き全部できるでしょう」
「よろしくお願いします。正直割り切れない気持ちもあるんです。せやけど諦めてた子供が授かった思うて、頑張りますわ」
「ハハ、乙女先生らしい。じゃ、こちらもビジネスライクにやらせてもらいます」
「おー怖い。ところで栞ちゃんは?」
「はあ、昨日MNBの事務所から電話がありまして、今日からレッスンですわ」
 
 そのとき、玄関のドアが開き、ボロ雑巾のようになった栞が戻ってきた。
 
「ああ、もう死ぬう……」
「そういう目に遭うてみたかったんやろ?」
「え、あ、先生。どうして家に……わたし、またなんかやりました!?」
「さあ、どないやろ。ほなお父さん、くれぐれもよろしく」
「はい、いつも娘が、すみません」
 
 深々と頭を下げる両名。その間で不安顔で、恩師と父親の顔を見比べる栞であった……。
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