大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小説学校時代・02 大人扱い

2020-05-23 08:10:52 | エッセー

小説時代 02 

大人扱い       


 

 良くも悪くも大人扱い

 わたしの時代、中学と高校の違いを一言で言うと、このフレーズになる。

 今の高校と違って、ホームルームというのは、ロング、ショート共に生徒任せだった。
 学級委員が三か月ぐらいのスパンでスケジュールを組んでホームルームを運営していて、ホームルームの時間に担任が来ないこともしばしばだった。中には授業以外では、ひと月近くクラスの生徒と接触のない担任も居た。

 もう高校生なんだから

 先生たちの建て前は、この言葉に集約された。
 本当に生徒の自主性を思っている先生も居たが、かなりの先生が意味のない放任であった。
 三年生の担任の中には生徒との接触が少なすぎ、卒業式の名簿でクラスの生徒の名前が読めないという豪傑も居たから恐れ入る。

「佐藤信子、高井美代子、小鳥遊(え、なんて読むんやったかな!?)……」という具合。

 委員長の朝一番の仕事は職員室前の『本日の授業』という黒板を確認することだった。全クラスのマス目があって、一日の授業偏向が書かれている。そこに自習時間の表示があると、委員長は六時間目の先生と交渉して授業を繰り上げてもらって早く帰ったりしていた。六時間目の融通が効かないと、他の時間の先生と交渉して入れ替えてもらい、なんとか六時間目が空くようにする。稀に自習が二コマもあると五限も空きにして昼前に下校することもあった。
 昼休みに限らず校門の出入りは自由で、食堂がいっぱいの時などは近所のお好み焼き屋さんなどに行っていた。そういう店は売り上げのかなりの部分を高校に頼っているので、学校もムゲに禁止に出来ないという事情もあったのかもしれない。

「放課後職員室に来るように」

 担任のF先生に申し渡された。
 正直者のわたしは、その日の放課後に職員室に向かった。
 ドアノブに手を掛けてフリーズしてしまった。

『定期考査一週間前につき生徒の入室禁止』の札がかかっていたのだ。

 わたしは、F先生が説明を間違えたのだと思った。また改めて指示があるだろう。
 二日たっても指示が無く、その二日目の昼礼で、こう言われた。
「テスト前だというのにたるんどる。成績悪いから呼び出したのに来ないやつが居る! クラスの順位を一人で下げて自覚も無い!」
 名指しではなく、クラス全員に言うのである。ほかのクラスメートは事情を知っているので、まるで晒し者、凹んだことは言うまでもない。

 十数年後、自分が担任になった。

 朝礼と終礼は毎日やった。成績などで呼び出すときは必ず時間と場所を書いたメモを渡し、入室禁止の部屋に入る時のお作法も教えた。
 
「おまえが、こんな成績とるとは思わんかった」

 生徒の時によく言われたお説教の枕詞だ。

 教師になって、こういう枕詞を使ったことはない。この枕詞は、教師が生徒の実態を把握していないことを自白したようなもので、意識はしていなかったけれど(お前のことはしっかり分かってんねんからな)という意識で接していた。事実成績だけではなく、欠時数・欠課字数・遅刻・早退、他の教師からの指導や注意、本人や保護者との連絡履歴などはリアルタイムで把握していた。中には生徒相互の関係のソシオメトリを付けている先生も居て、本人だけでは無くてマスとしてのクラスを把握しておられた。

 いつの時代であったか、ある高校で一年間に三人の生徒が死ぬという事態に至ったことがあった……。

 この項つづく
 

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メタモルフォーゼ 1・『負けたら女装』 

2020-05-23 06:25:56 | 小説6

メタモルフォ

1・『けたら装』          

 

 


 ここまでやるとは思わなかった!

 ツルツルに剃られた足がヒリヒリする。なけなしの産毛のようなヒゲまで剃られた。
 なによりも、内股が擦れ合う違和感には閉口した。

 なんというかクラブのディベートに負けてオレは女装させられている。

 ワケはこうだ。コンクールを目前にして、わが受売(うずめ)高校演劇部の台本が決まらない。そんな土壇場に、やっと顧問の秋元先生が書き上げた本にオレはケチを付けてしまったのだ。

 他の部員は、先生の本がいい(本当のところは、なんでもいいから、とにかく間に合わせたい)ので、反対はオレ一人だった。
 
 オレが反対したのは、作品がウケネライだからだ。これが喜劇のウケネライなら、多少凹んだ本でも反対しない。

 でも、タイトルも決まっていない秋元先生の本をざっくり読んで、このウケネライはダメだろうと思った。

 震災で疎開した冴子。冴子は必死で津波に抗っているうちに妹の手を離してしまう。妹はそのまま流されてしまった。それが、冴子のトラウマになり、疎開先で妹の姿を見るようになる。むろん幻だ。
 妹の幻が無言で現れはじめてから、ある男の子と仲良くなって、疎開先で少ない友だちの一人になる。やがて、その子にも妹の姿が見えていることが分かる。
「実は、ぼくは幽霊なんだ。交通事故で死んだんだ。冴子ちゃんに見えているのが幽霊か幻か、ぼくには分からない。でも、これは言える。冴子ちゃんが妹を殺したんじゃない。震災も交通事故も事故死ということでは、ぼくも冴子ちゃんの妹も変わらない。だから、そんなに気に病むことはないよ」
 そう言うと、男の子と妹はニコニコしながら、消えていく……ファンタスティックな大団円。

 オレが反対したのは、交通事故と、あの震災で死んだのは……うまく言えないけど。違うと思ったからだ。
 秋元先生の本は、最初に和解によるカタルシスがあって、そのための材料としてしか震災を捉えていない。だから読み終わって後味が悪かった、これが反対の理由。

 カタルシスを得んがためのウケネライはダメだろうと思った。そのために震災をもってくるのはもっと悪い。

 また、変な験担ぎかもしれないけど、秋元先生はフルネームで秋元康という。そうAKBのドンと同姓同名。で、去年も先生の本で県大会までいった。「作:秋元康」のアナウンスではどよめきが起こったぐらい。
「まあ、みんなで話し合えよ」
 先生は、そう言って職員室に戻ってしまった。
 で、ディベートみたくなって、「負けたら女装して、女子の場合は男装して、校内一周!」と言うことになった。
 で、6:2で負けてしまった。
 勝ったのは全員女子。もう一人の杉村という男子はガタイがデカく、用意した女子の制服が入らない。それに一年生なのでおとなしくオレが引き受けることになった。

 オレにはこういうところがある。いちおう自己主張はしてみるものの、もうダメだと思うと、焼けたフライパンに載せた氷のように自分を失ってしまう。五人姉弟の末っ子で、十二も年上で早くから家を出た兄の進一を除いて上三人が姉という環境のせいかもしれない。
「ひとのせいにしないでくれるう!」
 姉たちに言われては引っ込んでしまう平和主義のせいかも。

 で……こういうとき、女子というのは残酷なもので、目に付くむだ毛は全部剃られてしまった。髪もセミロングのウィッグ。カチュ-シャまでされて、もう、どうにでもしてくれという気持ち。

「あ、これって優香のじゃん……」
「当たり前じゃん。自分のって貸せないわよ」
 ヨッコが言うと、杉村以外、みんなが頷く。

 上着を着せられるとき、身ごろ裏の名前で分かった。優香は、この春に大阪に転校。制服一式をクラブに蝉の抜け殻のように置いていった。身長は同じくらいだったけど、こんなに適うとは思わなかった。
「あたしが後ろから付いていく。ちゃんと校内回ってるの確認」

「「「「トーゼン!」」」」

 女子の声が揃った。

 部室を出て、いったんグラウンドに出て、練習まっさかりの運動部員の目に晒される。

「そこのベンチに座って」
 意地悪くヨッコが言う。チラチラ集まる視線。自分でも顔が赤くなるのが分かる。
「次ぎ、中庭」
 あそこは、ブラバンなんかが至近距離で練習している。正直勘弁して欲しかった。
 でも、中庭のブラバンは秋の大会のために、懸命なパート練習の最中で、女装のオレに気づく者はいなかった。同級の鈴木がテナーサックスを吹きながらスゥィングしていた。

「後ろ通る」

 ヨッコは容赦がない。
 鈴木の後ろは桜の木があって、隙間は四十センチも無かった。

 あに図らんや、やっぱ、鈴木の背中に当たってしまった。
「ごめんなさい!」
 頭のテッペンから声が出た。
 鈴木は怒った顔でこちらをみて、そして……呆然とした。後ろで、ヨッコが笑いをかみ殺している。
「次ぎ、食堂行ってみそ……」
「え……」

 こんなに食べにくいとは思わなかった。

 髪がどうしても前に落ちてくる。ソバを音立てて食べるのもはばかられた。ここでも帰宅部やバイトまでの時間調整に利用している生徒が多く、視線を感じる。中にははっきりこっちを見てささやきあっている女生徒のグループもいる。
「カオルちゃん、食べにくそうね」
 ヨッコがニタニタ笑いながら、前髪を後ろでまとめてくれる。これは断じて親切ではない。完全なオチョクリである!
「次ぎ、職員室」
「ゲ!」
 どうやらヨッコは、仲間とスマホで連絡を取り合い、仲間は分からないところから観賞して、指示を出しているようだ。

 職員室の前には芳美が待っていた。

「部室閉めたから鍵返してくれる。荷物とかは、あの角で他の子が持ってるから」
「さあ、行って」
 ヨッコが親指で職員室のドアを指す。芳美がノックして作り声で言う。
「演劇部、終わりました。鍵を返しにきました」
 部室の鍵かけは教頭先生の横にある。なるべく顔を伏せていくんだけど、ここでも惜しみない視線を感じる。
 なんとか終わって「失礼しました」と、囁くような声で言う。で、ドアを開けると、なんと顧問の秋元先生。
「うん……?」
 万事休す。ヨッコたちはカバンとサブバッグだけ置いて影も形もない。
 秋元先生は、幸いそれだけで職員室に入った。
 
 もうトイレで着替えるしかない。

 男子トイレに入ろうとすると、まさに用を足している三年生と目が合う。きまりが悪くなって、今は使っていない購買部の横に行く。
 そこで気がついた。カバンまで優香のと替えられていた。

 そして、あろうことか、オレの制服が無かった……!?

 つづく

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・19《最後の七不思議・2》

2020-05-23 05:52:40 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・19(さくら編)
≪最後の七不思議・2≫     



 控室は12畳ほどの和室だった

 正面の幅広の床の間みたいなところで、佐伯君は首までお布団掛けられれて、胸のあたりが盛り上がっていた。多分胸のところで手を組ませてあるんだろう。
 マクサが無言のまま焼香した。手を合わせお香を一つまみくべて、もう一度手を合わす。みんなもそれに倣った。最後にあたしがお焼香し終えたとき、由美は初めて口を開いた。
「……月の初めにはダメだって言われてたの。でも七不思議の話をしたら「オレもいっしょにやる」そう言って痛み止めの注射だけしてもらって帝都に通ってくれた。聖火ドロボーの話、一番気に入ってた。最後は、これを超えるやつがトドメにあればな……」

 由美が語る佐伯君の言葉は由美の口を借りた間接的なものだけど、声の響きは兄貴としてのそれだった。あたしに彼はいないけど、惣一って兄貴が一匹いる。兄貴の言葉遣いだと感じた。

「夕べは七不思議のことで話が盛り上がってね、つい病室に泊まり込んだの……今朝方様態が急に変わって。最後に酸素マスクしながら言ったの……そうだ、オレと由美のことをトドメの七不思議にしようって……ふとしたことで知り合って、いい感じで付き合い始めたら、双子の兄妹ってことが分かってさ、そしてまた兄妹に戻れた。七不思議のお蔭で……オレたち二人でトドメの七不思議になろう。そう言ってあたしの手をとったのが最後だった」

「……そうなんだ」

 やっぱ、東京の女子高生として精一杯寄り添った気持ちで言うと、この言葉になる。

 本通夜は焼香だけで失礼した。

 親族の人や乃木坂学院の制服がいっぱいきていた。あたしたちは昨日の由美の言葉で十分だった。由美も落ち着いたいつもの顔にもどっていた。この夏休みまでだったら「冷たい」と思うほどの落ち着きだったけど、今は分かる。由美が表面張力いっぱいで心が溢れるのを耐えていると、ああいう顔になるんだ。
「さくら、いつの間にか『米井さん』と違うて『由美』て呼ぶようになったんやね」
 恵里奈に言われて、初めて気がついた。

 今日のお葬式では引き留められた。

「マイクロバスに乗って斎場まで付いてきて。お兄ちゃんの遺言だから」

 あたしたち8人はマイクロバスの後ろに固まった。故人の遺言とは言え、周りは親族の人ばかり、場違いな緊張は、どうしてもしてしまう。
 火葬炉の前で最後のお別れをした。棺の小窓が開けられ、花に埋もれた佐伯君の顔が見えた。まるで眠っているような表情が不条理だ。泣いている子もいたけど、あたしの中では佐伯君が死んだことが、まだ腑に落ちない。由美は優しく微笑みかけていた。万感の思いが籠った微笑みだった。

 ガシャン

 炉の三重になった最後の扉が閉じられた。瞬間みんなの嗚咽が漏れた。でも由美は泣いていなかった。兄の佐伯君と語るように少し唇が動いたような気がした。

 三時間後の骨あげにも加わった、炉から出された台車の上には、かろうじてそれが人の骨と分かる程度に焼きつくされた佐伯君が載っていた。去年お婆ちゃんが亡くなった時と同じだった。あんなにボロボロになるのは年寄りだからだと思っていた。若くてもいっしょだ、不条理で不思議だ。
 由美は、まだ語り合っているような顔をしながらカラカラになった骨を拾っていた。

 これで七不思議の全てが揃った。

 斎場の上の空は雲一つない、むやみな青空だった……。

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