goo blog サービス終了のお知らせ 

大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小説学校時代・03 大人扱い・2

2020-05-28 15:35:50 | エッセー

小説 

03 大人扱い・2   


 

 もう40年前もむかしになりますでしょうか、一年間に三人の生徒が自殺したことがありました。

 一件は異性との交際を反対されて、もう一件は不登校の果て、三件目の原因は不明です。

 三件目が起こった時、さすがに新聞社の車が学校を取り巻きました。
 三件の自殺に関連は無いように思います。が、この年齢の多感な心理からくる連鎖であったかもしれません。

 しかし、その土壌の、ある成分は共通だと思いました……大人扱い。

 生徒がなにか悩んでいる気配があっても、教師が積極的に関わりを持とうとすることは無かったように思います。「いつも通りで、自殺の気配など無かった」「いつもは普通の子で、こんな飛躍をするとは思わなかった」というのが先生たちの大方の反応だったように記憶しています。
 ここでいう「いつも」と言うのは、日常、あまり生徒と関わろうとしない先生たちの「いつも」です。

 朝礼をやる習慣も六限終了後の終礼もありません。必要な時は昼休みと五限の間に担任が行って一分に満たない昼礼で諸連絡の伝達があるだけです。掃除に付き添うこともありません。月曜と木曜にあるホームルームも担任不在ということが多かったように思います。

 先生たちと生徒の接触の場は、生徒会活動、部活、生徒と教師のサロン(改めて取り上げます)などでした。帰宅部でコミニケーション苦手な生徒は懇談の時ぐらいしか先生と話す機会はありませんでした。

 あの頃の先生は1時間目と6時間目の授業を嫌がりました。

 遅く来て早く帰りたいからです。

 わたしが初めて、週11時間の非常勤講師をやった時、教務から受け持ち時間の希望を聞かれました。
 わたしは学校大好きニイチャンだったので「特に希望はありません」と答えました。
 数日後いただいた時間割表は、見事に1時間目と6時間目で埋まっていました( ´艸`)。つまり1時間目に授業をやったら6時間目までありません。

 大学を出たばかりで、授業内容に自信のなかったわたしは、空き時間で教材研究や教案が作れるので苦にはなりませんでした。

 一か月もすると、わたしを常勤講師だと思い込む先生ばかりになった。

 常勤講師と云うのは、担任業務が無い以外は正規の先生と同じです。分掌の仕事もあれば、会議にもでなければなりません。

 非常勤講師にとってはオフである定期考査の日に家にいると「試験監督入ってるから出てこならあかんがな」と教務の先生から電話が入って来ました。当時非常勤講師が試験監督をすることはあり得ません。常勤講師と勘違いされていました(;^_^A

 三学期に別の高校で休職者が出て非常勤講師の掛け持ちをすることになりました。

 午前中の授業を終えて次の学校に行こうとすると、年配の先生に呼び止められた。

「あんた、こんな早よ帰ったらあかんやろ?」
「え……次の学校の授業なんですけど」
「……え?」

 当時の教職員組合はストをやりました。

 ストの朝「出勤されている先生方、視聴覚教室にお集まりください」と放送が入ったので、非組の先生たちといっしょに視聴覚教室に向かいました。
「今朝は授業が成立しません、ご出勤されている先生方で全教室を周って頂き、出欠点呼をお願いいたします」
 教務部長からお達しがあり、わたしも出席簿を持って2クラスほどの出欠確認に行きました。生徒の校内生活の点検確認ができるのは専任の教師に限られます。厳密な言い方をすれば、わたしが取った出欠点呼は無効とまでは言いませんが、ちょっとイレギュラーです。

 話が逸れかけてきました(^_^;)。

 生徒への対応としての「大人扱い」は、非常勤であるわたしへの対応と近似値であったのではと思います。

「非常勤講師の試験監督はあり得ないと思うんですが」
「え……君が非常勤講師やて思てへんかった!」

「〇〇が自殺しました」
「え……〇〇が自殺するなんて思てへんかった!」

 この項つづく

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・156『壬生 オモチャの城・2』

2020-05-28 12:10:04 | 小説

魔法少女マヂカ・156

『壬生 オモチャの城・2』語り手:マヂカ     

 

 

 脊髄反射というのがあるよね。

 

 熱いものに触れた時、思わずで手を離して耳たぶを掴むような。なにかに躓いた時、思わず手を突いて身を庇うような。ボールが顔面に飛んだ時、思わず目をつぶってしまうような。

 人が緊急事態に陥ったとき、身体が脳みその指令を待つことなく脊髄神経の反射だけで回避行動とることを云う。

 目とか耳とかの感覚器官から危険情報が脳みそに伝わって、それから脳みそが対処法を選択して回避していてはとっさに間に合わないからだ。

 だから脊髄反射の発動を表現すると『思わず』という枕詞が付く。

 魔法少女にも脊髄反射がある。脊髄魔法と言ってもいい。

ドッカーーーーーーーーーーーーーン!!

 いきなりの衝撃が来て、その脊髄魔法を使ってしまった。

 

 緊急脊髄魔法、空蝉の術!

 

 セミの抜け殻のように自分の抜け殻だけを吹き飛ばし、敵が抜け殻に気をとられているうちに敵の足許や懐近くに忍び寄って、敵の息の根を止める。あるいは遁走する。

 わたしは敵の足元に這い寄った。

 這い寄れニャルカさん! いや、這い寄れマジカ! 

 なんかパクリっぽい……行ってる場合か! 今は緊急事態なんだ!

 

 映せの術のため一肌脱いでしまったので、ちょっと描写を憚られるような姿になって、敵を見上げる。

 

 シロの母親が言った通り、敵の足はコンクリートの下駄を履いた鉄骨のトラス構造だ。

 あまりに下から見上げたので、微かに見え隠れする首のあたりを確認することは出来ない。

 しかし、この佇まいは紛れもなく東京タワー。

 春日部の送電鉄塔が化けた銀龍や赤白龍でも、あれだけの苦戦を強いられたのだ。

―― 足を狙っては手間取るばかり、一気に首に迫ろう! ――

 決めると行動は早い。

 セーーーーーーーーーーイッ!

 跳躍すると、猿(ましら)の如く鉄骨を蹴って上を目指す。

 トラスを構成する鉄骨は、守備という点では無類の強さを発揮するが、敵に攻撃の足場を与えるという点では、大きな弱点だ。

 セイ セイ セイ セイ セイ セイ セイ セーーイッ!

 たちまちのうちにメインデッキ(第一展望台)を過ぎてトップデッキ(第二展望台)に迫る。

 ユオーーーン ヤオーーーン ヤンユヨーーーン

 タワーは身をよじって、振り落とそうとするが、大きな図体では機敏さに欠ける。

―― わたしを足許に転がしたのが間違いだったわね ――

 トップデッキに手を掛けると同時に風切丸を抜いて、息つく間もなく薙ぎ払う!

 

 トップデッキから上が消し飛んだ!……と思った。

 

 しかし、あまりにも手応えがない。

 確かに、首を刎ねたよな?

 数秒呆気にとられていると、再び首であるるアンテナ部分が現れた。

「小癪なあ!」

 渾身の力で、さらに一閃! 一閃! 一閃!

 一閃した直後の二三秒、首は姿を消すが、すぐに回復する。

 おかしい、回復力があるとしても、切断した首は吹き飛ぶか、転げ落ちるかするはずだ。

 ユヨーーーン!

 一塊のトラスが、生き物のように伸びて、わたしを薙ぎ払おうとする。

 セイ!

 あれは?

 跳躍して分かった。

 トップデッキの四隅から光が伸びて、ホログラムのように像を結んでいるのだ。

「クソ!」

 旋回しながら降下して、四隅の光源を粉砕する。

「やっぱりホログラム!」

 では、こいつの首は?

 一秒に足らない混乱、敵は思いもかけない反撃に出た。

 膝を屈するようにして、敵の背丈が低くなっていくのだ。

 グゴゴゴゴゴ…………

 メインデッキのトラスにしがみ付いたまま足許を窺う。

 ポリゴン崩壊?

 足元は、無数のポリゴンに変換されて崩れていく……のではなかった、ポリゴンたちは、数多の戦車に変身して、砲身をあり得ないほどの仰角にとって、わたしを狙い始めたのだ!

 くそ、させるか!

 上りの十倍の速度で駆け下り、足もとに群がる戦車たちに切りかかる。

 シュパ シュパ シュパ

 トップデッキから首を狙ったほどではないが、手ごたえが薄い。

 仮にも戦車、いかに風切丸が名刀とは言え、鋼鉄を切るのだ、それなりの手ごたえがあるはず。まるで、プラスチックを切っているように緩いのだ。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 空から地響き?

 

 アア!

 

 タワーが一気に崩壊し始めた。

 ポリゴンに分裂したように見えるが、単なるポリゴンではなく、一つ一つの単位が質量を持っている。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

 圧倒的な数と速度と脊髄魔法も間に合わず、圧倒的なそれに魔法少女は声をあげる間もなく埋もれていく。

 なにを客観描写しているんだ……それに埋もれて自嘲してみるが、東京タワーを構成していたそれは、天文学的な数、層となって、わたしの身じろぎさえ奪っていく。

 くそ、七十五年の眠りから覚めて一年あまり、カオスやバルチック魔法少女たちとの決着もつけずに、神田明神の期待にも何一つ応えられないまま果てるのか……。

 クソオオオオ!

 吠えた口の中に、たちまち、それが、それらが入り込んでくる。

 これはヤバイと観念しかける自分がもどかしい。

 わたしは……魔法少女マヂカなのだ……ぞ……

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あたしのあした05『春風さやか……だよね?』

2020-05-28 06:22:19 | ノベル2

05『春風さやか……だよね?』      

 

 

 その人はICUのガラスの向こうで眠っていた。

「風間さんていうんだ。あの人が救けてくださったのよ……」
 

 風間さんが救けてくれなかったら、今頃はあなたのお葬式だよ……と、看護婦さんの言葉は続いただろう。

 救けてくれた人がいるのを知って、無理を言って連れてきてもらった。

 いつものあたしからは考えられない積極性だと、自分でも思った。

「ありがとう、風間さん……」

 さすがに、ひとこと呟くようにお礼を言うのがやっとだ。
「さ、お礼も言えたんだし、そろそろ行こう」
 お母さんが気遣って耳元で囁く。
「あたし、お花買ってくる」
 肩にかかったお母さんの手を振り払うようにして振り返った。
「気持ちは分かるけど、花の持ち込みは禁止されてるのよ」
「え、どうしてですか?」
「衛生上の問題なの」
「花は汚いんですか?」
「もう、恵子!」

 いつになく食い下がるあたしを、お母さんがたしなめる。
 お母さんが、たしなめるなんて何カ月、何年ぶりだろう。あたし自身戸惑っているけど、おくびにも出さずに畳みかけた。

「なぜ、お花はいけないんですか?」
「花自体にばい菌やバクテリア付いているし、替えるのを忘れたら水もすぐに腐っちゃうしね」
「じゃ、そういうお花でなきゃいいんですね」
「でもね……」
「大丈夫よ、看護婦さん。あたし行ってくる」

 病院を出ながら「あれ?」っと思った。看護婦さんなんて言い方はしたことが無かった。看護師さんだよね……?

 深く考えている間は無かった。病院の筋向いに花屋さんが見えてきたのだ。

「アーティシフルフラワーありますか?」
 聞いたこともない言葉(造花という意味)がスルっと出てくるので、またビックリ。
「あ、お見舞いですね。はい、取り揃えておりますよ」
 花屋のオネエサンが、自然な笑顔で対応してくれる。

 サンプルを見ながら、五分ほどで花束を作ってもらった。
 店を出ると、看板に「アーティシフルフラワーあります」の文字が見えた。あたしは知らないうちにこの文字を見ていたんだろうと納得し、淀みなく注文が出来たのも、オネエサンの客あしらいがうまいからだと思った。

 病院のエントランスに戻ると、御供を連れた女の人が急ぎ足で出てくるのとすれ違った。

 あれって……春風さやか……だよね? 民権党の代表になったばかしの。

 え……でも、どうして民権党なんて知ってるんだろう……そういうことにはぜんぜん知識も興味も無かったのにさ……。
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メタモルフォーゼ・6『風は吹いている』

2020-05-28 06:13:39 | 小説6

メタモルフォ
『6 風は吹いている』              

 

 


 ミキちゃん、AKBの試験受けたって、ほんと?

 タコウィンナーをお箸で挟んだとき、口が勝手に動いてしまった。
 おまけに「ミキちゃん」って呼んでる。昼休みのお弁当の時間。一瞬しまったと思う。

「うん、中学のとき受けたんだけど、おっこちゃった」
「なんで、美紀ちゃんだったら、あの秋元康さんだって一発だと思うのに!?」
 あたしの、つっこんだ質問に由美ちゃんも、帆真ちゃんも真剣に耳をそばだてている。ひょっとしたら、タブーな質問だったのかもしれない。
「狙いすぎてるんだって」
「それって?」
「簡単に言うと、カッコヨク見せようとしすぎるんだって。それが平凡で、逆に緊張感につながってるって」
「ふーん……難しいんだね」
 あたしは、正直に感心してタコウィンナーを咀嚼した。俗説の「美人過ぎ」とはニュアンスが違う。
「ミユちゃんの、そういう自然なとこって大事だと思うの」
「あ、仲間さんもミユちゃんて呼んでる」
 ユミちゃんが感想を述べる。
「ほんとだ、あたしたちって、なんてっか、愛称で呼んでも漢字のニュアンスでしょ」
「そ、どうかすると、仲間さんとか勝呂さんとか、よそ行きモードだもんね」
「アイドルの条件、知ってる?」
 あたしは急に思いつかなかった。正直に言えば「あなたたちみたいなの」が出てくる。
「歌って、踊れて……」
「いつでも笑顔でいられて……」
「根性とかもあるかも」
「うん、言えてる」
 二人の意見に、ミキちゃんは、おかしそうに笑ってる。

「ねえ、ミキちゃん、なに?」

「根拠のない自信だって!」

 そう言うと、ミキちゃんは、ご飯だけになった弁当箱にお茶をぶっかけてサラサラと食べた。
「ハハ、二人ともオヤジみたいでおもしろ~い!」
 ホマちゃんが言った。それで自分もお茶漬けしてるのに気がついて、ミキちゃんといっしょに笑ってしまった。

 昼からは体育の授業。朝、業者から受け取った体操服を持って更衣室に行く。

 ここもまあ、賑やかなこと。2/3ぐらいの子は、器用に肌を見せないようにして着替える。残りは、わりに潔く着替えている。それでもハーパンなんかは穿いてからスカートを脱いでいる。
 気がつくと、みんなの視線。パンツとブラだけになって着替えているのは自分だけだと気づいて笑っちゃう。
 まだ進二が残っているのか、美優ってのが天然なのか……でも、女子の着替えのど真ん中にいて冷静なんだから、多分美優が天然なんだろう。

 体育は、男子の憧れ、宇賀ちゃん先生だ。で、課題は……ダンス!?

「渡辺さんは、初めてだから、今日は見てるだけでいいわ。他の人は慣らしにオリジナル一回。いくよ!」
 曲はAKBの『風は吹いている』だった。さすがにミキちゃんはカンコピだった。ユミちゃんもマホちゃんもいけてるけど、全体としてはバラバラだった。あらためてAKBはエライと思った。
「じゃ、班別に別れて、創意工夫!」
 あちこちで、ああでもない、こうでもないと始まった。班は基本的に自由に組んでいるようで、あたしはすんなりミキちゃん組になった。

「あー、どうしてもオリジナルに引っ張られるなあ」
 ミキちゃんがこぼす。

「みんな、表面的なリズムやメロディーに流されないで、この曲のテーマを思い浮かべて。これは震災直後に初めてリリースされたAKBの、なんてのかな……被災した人も、そうでない人も頑張ろうって、際どくてシビアなメッセージがあるの。そこを感じれば、みんな、それぞれの『風は吹いている』ができると思うわ。そこ頭に置いて頑張って!」
「はい!」
 と、返事は良かった。

 練習が再開された。しかし、返事のわりには、あちこちで挫折。メロディーだけが「頑張れ」と流れている。あたしの頭の中にイメージが膨らみ、手足がリズムを取り始めた。
「先生。あたしも入っていいですか?」
「大歓迎、雰囲気に慣れてね!」
「はい!」
 と、言いながら、雰囲気を壊そうと、心の奥で蠢くモノがあった。

 二小節目で風が吹いてきた。

 哀しみと、前のめりのパッションが一度にやってきた。気づくと自分でも歌っていた。
――これ、あたし!?――
 そう感じながら、気持ちが前に行き、表現が、それに追いつき追い越していく。心と表現のフーガになった。

 気づくと、息切れしながら終わっていて、みんなが盛大な拍手をしている。
 みんな、見てくれていたんだ……。
「えらいこっちゃ、渡辺さんが、突然完成品だわ……」
 宇賀ちゃん先生が、ため息ついた。

 賞賛の裏には嫉妬がある。あたしの本能がそう言っていた……。

「じゃ、今日はここまで。六限遅れないように、さっさと着替えるいいね。起立!」
 そこで悲劇がおこった。
 あたしは、放心状態で体育座りしながら、壁に半分体を預けていた。で、その壁には、マイク用のフタがあり、そのフタの端っこがハーパンに引っかかっていた。それに気づかずに起立したので、見事にハーパンが脱げてしまった。
「渡辺さん!」
「え……ウワー!」
 同情と驚き、そしておかしみの入り交じった声が起こり、顔真っ赤にしてハーパンを引き上げるあたしは、ケナゲにも照れ笑いをしていた。で、宇賀ちゃん先生も含めて大爆笑になった。

 放課後は、秋元先生(演劇部顧問の)のところへ直行した。

「先生、一度見て下さい!」
「台詞だけ入っていても、芝居にはならないぞ」
 先生は乗り気じゃなかったけど、あたしの勢いで稽古場の視聴覚室へ付いてきてくれた。一年の杉村も来ている。
 準備室で三十秒で体操服に着替えると、低い舞台の上に上がった。

「小道具も衣装もありませんので、無対象でやります。モーツアルトが流れている心です」

ノラ:もう、これ買い換えた方がいいよ、ロードするときのショック大きすぎる!
 
 最初の台詞が出てくると、あとは自然に役の中に入っていけた。
 先生と杉本が息を呑むのが分かった。演っている自分自身息を呑んでいる。
 これは、やっぱり優香だ。そんな思いも吹き飛んで最後まで行った。
「もう、完成の域だよ。あとは介添えと音響、照明のオペだな」
「それ、ボクがやります!」
 杉村が手を上げて、演劇部の再生が決まった。

 帰りに、受売(うずめ)神社に寄った。
 ドラマチックなことが続いて、正直まいっていたんだ。
「こんなんで、いいんですか、神さま……」
 もう、声は聞こえなかった。
「いまの、こんなんと困難をかけたんですけど……」
 神さまは、笑いも、気配もせず。完全に、あたしに下駄を預けたようだ。

 明くる日、とんでもない試練が待っていることも、受売命(うずめのみこと)は言ってくれなかった。

 

 つづく

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新・ここは世田谷豪徳寺・24《尾てい骨骨折・1》

2020-05-28 05:59:57 | 小説3

新・ここ世田谷豪徳寺24(さくら編)
≪尾てい骨骨折・1≫    



 

 今日は、年に数回しかない不快な日だ。

 小学校の頃から思ってんだけど、なんで日曜と祭日の間の日って休みにならないのかなあ。
太っ腹に三連休にして残りの日に集中してやった方が絶対効率がいい。
 先週は敬老の日のハッピーマンデーの三連休だったことと、もう一つの事情で、余計に感じる。
 ここんとこ、由美(学級員の米井由美)と佐伯君のことで気を使ったせいかもしれない。
 昨日は起きたら三時だった。午後の三時。あたしの日曜はどこへ行ったんだ!?って感じ。
 それもすっきりした目覚めではなかった。なんだか頭がボーっとして、まだ寝たりない。
 シャワーでも浴びてすっきりしようと思って階段を降りたら、下から二段目で踏み外した。

 ウ……

 しばらく声が出ないで、数秒たってから「アタタタ……」になった。
 尾てい骨をしたたかに打ってしまったようで、あたしの遠いご先祖がお猿さんであったことを久々に思い出す。
「何やってんのよ、こんな時間に」
 とパソコン見てたさつきネエが顔を出す。
「なによ、あれだけ寝といて、そのブチャムクレ顔は!?」
「せっかくの休みだから寝ダメしてたの!」
「ハハ、ねだめカンタービレだ」
 古いギャグを言う。
「お姉ちゃんだって、五十歩百歩の時間に起きたんでしょうが」
「昼には起きてたわよ。どうしたオケツ打ったか?」
「ちょっちね。ご先祖がお猿さんだってこと自覚した」
「さくらはマンマだけどね。それにしても痛そうだね、あたしが見たたげようか?」
「けっこうです!」
「尾てい骨骨折だったら、お医者さんに診てもらわなきゃダメだよ」
「大丈夫だったら!」
 ふと、お医者さんに行ってお尻丸出しで診てもらってる様子が頭に浮かんで、どーしよと思ったけど、お姉ちゃんのニクソイ笑顔の前で弱みは見せられない。
 平気な顔して浴室へ。
 しだいに痛みが薄れてきたのでシャワー浴びてリフレッシュ! オーシ、残りの休日を取り戻さなきゃと思って着替えに手を伸ばす……と、パンツが無かった。寝ぼけて忘れたんだ。仕方ないんでバスタオル巻いて取りに行く。

 階段の下までいくとパンツが降ってきた。

「さくら、あんた、もう高2なんだからキャラプリのおパンツなんかよしなよ」
「も-、取りに行くとこだったの!」
「タンスの前に落っことしてたのよ、あんた」
「お姉ちゃんに関係ないよ!」

 アミダラ女王とレイア姫のは、あたしのラッキーアイテムなんだ。
 スターウォーズは後から観たんだけど、メグ・キャボットの『プリンセスダイアリー』でハマってしまった。主人公のミアは、このおパンツでジェノヴィアの王女になったんだ。あたしも、入試はこれで合格した。リラックスしたいときや、ここ一番の勝負のときは、これに決めている。あ、勝負たって、世間がいうとこの勝負とは違うので念のため。

 部屋に戻ってパソコン起こして座ろうとしたら激痛!「ウッ!!」尾てい骨を忘れていた。

 少し前かがみで座ると、痛みがない。その姿勢で『尾てい骨骨折』を検索。自然治癒を待つ以外に手が無いことを知り、安心したり落胆したり。
「そんな姿勢で見てると目わるくするよ。お医者さんに……」
「自然治癒しか手が無いの!」
「アハハ、明日から学校どうするつもりよ。タチッパで授業受けるわけにいかないでしょ……」
 そうだ、学校で、こんなみっともない姿勢で座っているわけにはいかない。しばし研究の結果、座るときに気を付けることや、座っているときは左右どちらかに重心を寄せればヘッチャラということに気づく。
 でも、慣れて忘れたころに姿勢を正しくすると、また「ウッ!!」ということになる。
 で、夕べは安静第一と、9時にはベッドに入った。

 で、延べ10時間近く寝たというのに、まだ眠い。

 豪徳寺で電車に乗ったら、奇跡的に目の前のシートが空いていた……が、座るわにわいかない。すると、なんという偶然、四ノ宮クンが横にやってきて、あたしが座る意思が無いとみて、さっさと座ってしまった。
「あ、やっぱさくらだ。良かった、おれ?」
「あ、いいですよ。今日から健康のために車内では立つことにしたんです」
「ふうん、でも、ホームで何回もアクビしてたけど、徹夜で勉強?」
「あ、まあ、そんなとこです」

 本当のことなんか言えない。

 こうして、あたしの『ねだめカンタービレ』が始まった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする