オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
間に合わなくてよかった……。
遠ざかる機影を見ながら思う。
あいつは、誰にも言わずに日本を去ろうとしていた。
わたしが知ったのは、たまたまだった。
五通届いたクリスマスカードの一通に書いてあった。送り主はタナカさんのおばあちゃん。となりの家のお婆ちゃんで、わたしに日本語を教えてくれて日本への興味をかき立ててくれた日系一世。
――サンフランシスコでは慰安婦の銅像騒ぎの中、市長さんがポックリ亡くなるわ、大阪市との姉妹都市が解消されるとかで、サンフランシスコから大阪に行ってる留学生に帰国の指示が出てるようで大変みたい。全員とちがうらしいねんけどスポンサーがアジア系の子ぉらだけらしい、ミリーはオルブライト系の奨学金やからよかったね。せやけど、たまにはシカゴに帰っといでよ……――
サンフランシスコといえば……ミッキー。
奨学金は何種類もあるから、まさかとは思ったんだけどメールしてみた。
すると、そのまさかで――午後の飛行機で帰る――と返事してきた。
すぐに電話をかけて聞きだすと出発まで一時間しかない。
Stupid !
母国語で罵声を浴びせ、千代子のお母さんに無理を言って車を出してもらった。車の中で演劇部のみんなにメールやら電話。
そして、出国ゲートに並んでるミッキーを見つけたのは搭乗開始八分前。
淋しそうに肩を落としたミッキーは、わたしに気づくと泣きそうな顔になった。
せめて美晴にグッドバイくらい言っていけ!
思っていた。先月から甲府の田舎に行ったきりだけど、電話くらいはできるだろう! ほかにも色々言ってやりたいことはあったけど、情けないミッキーを見ていると、出てきた言葉はこれだった。
Heartless!
ミッキーの胸倉をつかんで、いっぱいいっぱい言ってやろうと思っていた。
胸倉をつかむつもりが抱きしめてしまった……。
何年かぶりで英語で罵倒してしまった。そして自分も泣いてしまった。
シカゴ女の感覚では泣くところじゃない、でも、ミッキーは腹立たしいほど悲し気で、わたしは泣きながら罵倒した。
ミッキーに帰国を余儀なくさせたものへの怒りもあったし、それを悲しそうに受け入れてしまい、友だちに一言も言わないで帰ってしまうミッキーが腹立たしい。こいつは半年も居なかったけど、去り際がすごく日本人だ。そいで、そんなミッキーが歯がゆくて可哀想で、出国ゲートが開くまで引きずってしまった。
飛行機が大きく旋回して東を目指し始めたころにみんながやってきた。
松井先輩、啓介、千歳と、その車いすを押すお姉さん。
その後ろで千代子ママがひっそりと見守ってくれていた。
「うん、意外に元気そうに行ったよ」
白々しい嘘を白い息とともに吐いて、そして誰もそれを咎めることも無く、クリスマスの雪が降りつのってきた。