大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・131「谷六のホームにて」

2020-05-22 10:30:17 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

131『谷六のホームにて』松井須磨   

 

 

 けっこう大変なんだ。

 

 気軽な温泉旅行だと思っていた。

 南河内温泉は、学校からの直線距離で十キロもない。車だと三十分、電車を乗り継いでも一時間あれば楽勝だ。

 ところが、念のために学校に届け出ると意外な反応。

「……下見に行くから」

 ちょっと間をおいて顧問の朝倉先生が宣言したのだ。

「個人的な旅行だからいいですよ」

「わたしも行きたいから、ね」

「でも、景品のクーポン券は四人分しかないし」

「いいわよ、自分のは出すから! 赴任してから温泉なんか行ったことなかったし。ね(^▽^)/」

 他の子の手前もあるので「じゃ、よろしくお願いします」お礼を言っておしまいにした。

 

 帰りの地下鉄、八尾南行きが先だったので、ひとりホームで大日行きを待つ。

 

 そして、一本見逃す。

 予想通り、朝倉先生がホームに降りてきた。

「あら、いま帰り?」

 自然なかたちで話しかける。

「あ……」

 ちょっとビックリしたような顔になる先生。いや、朝倉さん。

「無理してるんじゃない?」

「え、あ、ううん、そんなことないわよ(^_^;)」

「遠慮しないで言ってね」

 学校を出ると昔に戻る。

 だって、朝倉さんとは同級生だ。

 わたしって、過年度生で入学して五回目の三年生をやってるからね。ま、事情を知りたかったらバックナンバー読んで。

「うちって、バリアフリーのモデル校でしょ、部活とかの校外活動にも気を配らなくちゃならないのよ」

「あ、そか……(千歳のことか……分かったけど声には出さない)」

「温泉だったら当然入浴とかもあるし、その辺のバリアフリーの状況とか、必要な介助のこととかね」

「なるほどね」

 その辺は、すでに調べてある。ホームページも見たし、疑問のある所は事前に問い合わせて確認も済ませた。

 伊達に高校七年生をやっているわけじゃない。それなりに大人なんですよ。朝倉さんへの返事も、いま気が付いたようにする。

「でも、福引で当てるってすごいわね」

「あ、それはダメもとでね。ま、部員を見渡したら、一番運がよさそうなのは小山内くんだから」

「小山内くんて、運がいいの?」

「いいわよ、五月で潰れるはずの演劇部残っちゃったし、こんな美少女にも取り囲まれてさ(^▽^)/」

「ああ、そうね!」

「アハハ、真顔で受け止められると、ちょっと辛い(*ノωノ)」

「でも、福引十回も引けたのよね、ずいぶん買い物したのね」

「ああ、あれはね、薬局のオッチャン。四月のミイラ事件のお詫びだって」

 そう、あれは連日警察やらマスコミが来て、空堀高校は『美少女ミイラ発見!』とか『空堀に猟奇殺人事件!』とか大騒ぎになったけど、結局は、二十年以上昔に演劇部が作った小道具だったって話。そのミイラを作ったのが現在は薬局をやっている先輩だったというわけ。

 わたしたちには楽しい出来事で、演劇部の存続を間接的に助けてくれたんだけど、本人のオッチャンは気にしていたというわけ。

「下調べ、わたしも付き合おうか?」

「いいわよ、ちょこちょこって行っておしまいだから」

「いつ行く?」

「あ、近場だから今から。明日は土曜だし、ゆっくり温泉に浸かってくるわ」

「あ、えと……だったら、八尾南方面じゃないかなあ」

「え、あ……つい、いつもの調子で、こっち立っちゃった(^_^;)」

「あ、もう来るわよ!」

「あ、ほんと! じゃね!」

 

 慌てて反対側の八尾南方面の停車位置に移る朝倉さん、頭上の電光案内板を見る。

 大日方面行は谷九を出て間もなく着くと電車のマークが点滅していた。

 

 

☆ 主な登場人物

 啓介      二年生 演劇部部長 

 千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー     二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 須磨      三年生(ただし、四回目の)

 美晴      二年生 生徒会副会長

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新・ここは世田谷豪徳寺・18《最後の七不思議・1》

2020-05-22 06:40:33 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・18(さくら編)
≪最後の七不思議・1≫    



 

 

「起立、礼、着席」の声で気づいた。
 
 いつもの米井さんの声じゃなくて、副委員長の加藤さんだったから。

 米井さんは休んだことが無い。まして今日は七不思議の最後を取材しなきゃならない日だ。こんな日になんの連絡もなしに休むわけがない。
 あたしと米井さんは、夏休みにTデパートで佐伯君といっしょのところを見かけるまでは、ただのクラスメートだった。それがチェーンメールのことが問題になることによって、その容疑者と思われ、怖い顔で文句言われた。でも、それがきっかけで、その容疑が晴れると共に友達になっていったんだ。

 それからは文化祭の『帝都の七不思議』を一緒に取り組むようになった。

 メアドの交換もやり、恵里奈、マクサの次くらいの親友になりかけていた。

「米井さん、なんでお休みなんですか?」
「ご家庭の事情……としか言えないわ。ごめん」
 朝礼終わって、担任の水野先生に聞いても要領を得ない。先生も詳しいことは分からないようだった。
水野先生は、普段は亜紀ちゃんと呼ばれている。歳が近いせいもあるけど、ウソを言うときには女子高生みたいに目線が逃げるので、非常に分かりやすい。その亜紀ちゃんの目線が逃げなかったので、本当に知らないのだろう。
 想像力のたくましいあたしたちだけど、お父さんの会社の問題とかお父さんの浮気がバレて大変なことになってるとか、強盗が入って人質になり、学校にも「家庭事情」としか言えないとか、今思えば下衆の勘繰りみたいなことしか頭に浮かばなかった。いかに普段から安物のラノベくらいしか読んでいないことが分かる。ちなみに強盗説はバレー部の恵里奈。こいつは吉本新喜劇の観すぎ。

―― 兄が亡くなりました。詳しくは後で。由美 ――

 昼休みに、このメールが入ってきた。米井由美は弟と二人姉弟だ。兄と言えば、この夏に双子の兄と分かった佐伯君しかいない。
 そうだ、佐伯君は不治の病で入院していて、七不思議の取材協力も病院から来ていたんだ。見かけ元気で乃木坂の制服着てるもんで、あたしたちは頭から抜けていた。帝都の女生徒らしい抜け方だ。昨日気まずいことがあっても、今日が楽しければ、そんな気まずさは忘れてしまうという長所でもあり、短所でもある。

「いまSセレモニー会館に兄といっしょにいます。明日は通夜で込み合うので、来てくれたら嬉しいです」

「え、亡くなった夜がお通夜とちゃうのん?」
 恵里奈の素朴な質問にマクサが答えた。
「亡くなった夜は、故人と、ごく親しい者だけで過ごす、仮通夜ともいうの。いわゆるお通夜は本通夜と言って儀式だから、本音の話なんかできない。由美、きっとあたしたちに話があるのよ」
 さすがにお茶の家元。洞察力が違う。

 地下鉄を一回乗り換え三つめの駅で降りる。地上に出ると「Sセレモニー会館→」の案内が目に飛び込んでくる。ファミレスやパチンコのそれと違ってモノトーンの案内板は、地味だが、かえって目立つ。
 会館に着くと「佐伯家控室」の白地に黒の案内が出ていた。
 旅館の入り口みたいなところに『佐伯家』のぼんぼりがあった。
「失礼します」あたしが代表で声をかける。

 入ったところで畳の上に座ったけど、それ以上の声がかけられない。米井由美は兄の骸の前で俯いて、必死に悲しみに耐えていた……。
 

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乙女と栞と小姫山・53『風立ちぬ・いざ生きめやも』 

2020-05-22 06:25:14 | 小説6

乙女小姫山・53
『風立ちぬ・いざ生きめやも』    

 

 

 

 男は暗い決心をした……こいつのせいだ。

 そして、これは千載一遇のチャンスだ。

「ほんとうにありがとう。新曲発売になったら、よろしくね!」
 そう言って、栞たちメンバーはバスに乗り込もうとした。
「すみません。せっかくだから記念写真撮ってもらっていいですか!?」

 ハーーーーイ!

 元気のいい声がいっせいにした。ここまでは織り込み済みである。いわばカーテンコール。

 まずは、メンバーと生徒たちがグランドに集まって集合写真。それからは気に入ったメンバーと生徒たちで写真の撮りっこ。
「どうも、ありがとう。がんばってくださいね!」
 そんな言葉を五度ほど聞いて、わずかの間栞は一人になった。
「ごめん、鈴木君」
 めずらしく苗字で呼ばれて、笑顔で栞は振り返った。

 その直後、栞は、顔と、思わず庇った右手に激痛を感じた。
「キャー!!」
 痛さのあまり、栞は地面を転がり回った。左目は見えない。やっと庇った右目には、自分のコスから白煙が上がり、右手が焼けただれているのが分かった。そして、白衣にビーカーを持って笑っている、その男の姿が。
「バケツの水!」
 スタッフで一番機敏な金子さんが叫び、三人ほどに頭から水をかけられた。その間に、他のスタッフが、ホースで水をかけ続けてくれた。
「その男捕まえて! 救急車呼んで、警察も! これは硫酸だ、とにかく水をかけ続けろ!」
 金子さんは、そう言いながら自分もホースの水に打たれながら、コスを脱がせてくれた。
「栞、右の目みえるか!?」
「……はい」
 そう返事して栞は気を失った。

 気がつくと、時間が止まっていた……走り回るスタッフ、パニックになるメンバーや生徒たち。
 救急車が来たようで、救急隊員の人が、開き掛かけたドアから半身を覗かせている。
 パトカーの到着が一瞬早かったようで、白衣の男は警官によって拘束されていた。

 その男は……旧担任の中谷だった。

 噂では、教育センターでの研修が終わり、某校で、指導教官がついて現場での研修に入っていると聞いていた。それが、まさか、この口縄坂高校だったとは。

 中谷は、憎しみの目で栞を見ていた。栞は、思わず顔を背けた。本当は逃げ出したかったんだけど、金子さんが、硫酸のついたコスを引きちぎっているところで、それが、カチカチになっていて身を動かすこともできない。時間が止まるって、こういうことなんだと、妙に納得しかけたとき、フッと体が自由になった。
「イテ!」
 勢いでズッコケた栞はオデコを地面に打ちつけた。

「ごめんなさい先輩……」

 数メートル先に、さくやがションボリと立っていた。
「さくや、喋れるの……って、さくやだけ、どうして動いているの?」

「時間を止めたのは、わたしなんです」
「え……」
「もう少し早く気づいていたら、こうなる前に止められたんですけど。マヌケですみません」
「さくや……」

 そのとき、ピンクのワンピースを着た女の人が近づいてきた。

「あ、さくやのお姉さん……」
「ごめんなさいね、栞さん。とりあえず、そのヤケドと服をなんとかしましょう」

 お姉さんが、弧を描くように手を回すと、ヤケドも服ももとに戻った。

「これは……」
「わたしは、学校の近くの神社。そこの主、石長比売(イワナガヒメ)です。この子は妹の木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)です。この春に乙女先生が、お参りにこられ、その願いが本物であることに感動したんです。そして、わたしは希望を、サクヤは憧れをもち、人間として小姫山高校に入ったんです」
「先輩や、乙女先生のおかげで、とても楽しい高校生活が送れました。本当にありがとう」
 さくやの目から涙がこぼれた。
「時間を止めるなんて、荒技をやったので、もうサクヤは人間ではいられません。小姫山ももう少し見届けたかったんですけど、もう大丈夫。校長先生や乙女先生がいます。学校はシステムじゃない、人です。だから、もう大丈夫……じゃ、少し時間を巻き戻して、わたしたちはこれで」

 お姉さんとさくやが寄り添った。そして時間が巻き戻された。

「ウ、ウワー! アチチチ!」

 オッサンの叫び声がした。

 ビーカーの破片が散らばり白い煙と刺激臭がした。どうやら白衣のオッサンが、硫酸かなにかの劇薬をビーカーに入れて、転んだようである。幸い薬液が飛び散った方には人がいなく、コンクリートを焼いて、飛沫を浴びた中谷が顔や手に少しヤケドを負ったようで、大急ぎで水道に走っていった。
「おーい、MNBはバスに乗って!」
 金子さんに促され、メンバーは別れを惜しみながらバスに乗った。
「だれか、残ってませんか……?」
 栞は思わず声に出した。
「みんな、隣近所抜けてるのいないか?」
 そう言って、金子さんは二号車も確認に行った。
「OK、みんな揃ってる!」
 バスは、口縄坂高校のみんなに見送られて校門を出た。

 栞は、横に座っている七菜に軽い違和感を感じた。同じユニットの仲間なんだから、そこに居たのが七菜でおかしくはない。
「七菜さん、来るときもこの席でしたっけ?」
「え、たぶん……どうかした?」
「ううん、なんでも……」

 その日から、MNBのメンバーからも、希望ヶ丘高校の生徒名簿からも一人の名前が消えた。そして、その違和感は、栞の心に微かに残っただけで、それも、いつしかおぼろになっていく。

「風たちぬ……か、そろそろ夏かな」

 そう呟いて坂道を曲がった。

 校門の前には登校指導の乙女先生が叩き売りのように「おはよう!」を連呼している。

 小姫山の、いつもの朝が始まる……。


 乙女と栞と小姫山 第一部 完

 

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