大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・144『閃いた!』

2020-05-08 14:34:53 | ノベル

せやさかい・144

『閃いた!』         

 

 

 テイ兄ちゃんのテレワークは、さらに熱が入ってきた。

 

「ちょっと袋詰め手伝うてくれるか」

 坊主頭以外は坊主には見えへん腰パンのジャージ姿で段ボール箱を抱え、足で襖を開けながらテイ兄ちゃんが入ってきた。

「また、何か送るの?」

 詩(ことは)ちゃんが、ちょっと迷惑そうな上目遣いで兄を見る。

 詩ちゃんは、学校再開に向けて勉強中。勉強いうても教科の勉強と違って吹部のレパートリー曲の勉強。今までのレパの確認と、新しくレパにできそうな曲の検討。なんせ、学校が始まったら本格的に吹部の部長やさかいに、邪魔はされとない。

「お香とお線香送ろと思てな……これが本山から送ってきた『龍臥香』、ちょびっとずつやけどええ匂いがする」

「いやあ、ほんま、めっちゃ爽やか!」

「月参りの時に持っていこ思たんやけど、待ってたら香りが飛んでしまうからなあ」

「ほかには?」

 お香の匂いに触発されて、詩ちゃんも段ボール箱の中を覗きはじめる。

「あ、お線香がいっぱい」

「これも送るんや、僕がお経上げてる時に、同じ線香使うてもろたら臨場感あるやろ?」

「せやけど、テレワークやったら匂いまでは分からへんのんちゃうん」

「そこはムードや、『よかったら、お送りしたお線香使てもらえますか?』て言うとくんや、それで、同時にお線香に火ぃ着けたら雰囲気やろ。お香も香りを楽しみながら『この龍臥香の由来は……』とか手短に説明したら雰囲気出るやろ」

「なんや、イチビリみたい」

「イチビリでええねん、ちょっと遊びめいたとこから雰囲気が出てくるんや」

「お兄ちゃん、これ、なにかヒントがあったんじゃない?」

 詩ちゃんは鋭い、こんな気の利いたことをテイ兄ちゃんが考えるわけがないと踏んでる。

「ハハ、実はな。テレワークの後に、みんなでバーチャル飲み会やってるのんを動画で見てな」

「アハハ、知ってる! あらかじめ、お酒と肴を送っておいて、みんなで乾杯とかするんだよね。雰囲気が出てきたら、みんな自前のお酒と肴に切り替えて」

「せや、最初だけ同じもの呑んで食べとくと雰囲気ちゃうらしいで」

「テイ兄ちゃん、下の重たそうな箱は?」

「ああ、タブレットや。スマホはみんな持ってはるけど、スマホやったら画面小さいから、環境の整ってない檀家さんには、これも送るんや」

「どうしたの、たくさんあるけど?」

「こんどのテレワークブームで、機材を更新する企業もあってなあ、そういうとこから譲ってもろたんや」

 こういうイチビリのネットワークにテイ兄ちゃんは強い。いつやったか、留美ちゃんにカラオケの訓練させた時とか、大晦日の除夜の鐘撞ツアーとか、お寺の落語会とか。

 あ、そうや!?

 閃いた!

「テイ兄ちゃん、まだ、タブレットある?」

「ああ、全部引き取る条件でもろてきたから。なんか使うんか?」

「うん、頼子さんを喜ばそ思て!」

「よ、頼子さんか!」

 テイ兄ちゃんの目の色が変わった。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・124「美晴がお風呂で溺れかけた件」

2020-05-08 06:33:01 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

124『美晴がお風呂で溺れかけた件』  

 

 

 林さんと書いて「りん」さんと読む。

 

 お父さんの方が林評(りんぴょう)、娘さんの方が林美麗(りんびれい)。

 韓国の人みたいに向こうの読み方はしなくていい。

 毛沢東なんて、向こうの読み方だとマオツォートンだけどモウタクトウでOKだ。

 文在寅さんなんて、いまだに慣れない美晴は「ぶんざいとら」などと読みかけて、なんだったけ? と止まってしまう。

 

「ほんとうに日本の音読みでいいのかしら?」

 

 勢いよく素っ裸になった美麗の背中に声をかけた。

「うん、中国と日本は昔からそうだし」

 素っ裸のまま、こちらを向いて言われるものだから、美晴はたじろいでしまう。

「わたし、日本で生まれて、中国には通算で二年ほどしか帰らなかったから、音読みの方が馴染んでるし」

 愛くるしく笑って美麗はカラカラと浴室のドアを開ける。

 

 カッポーーーーーン

 

 かかり湯の桶を置く小気味よい音を響かせて美麗が湯に浸かったころに美晴は入って来た。

「美晴って一人っ子でしょ?」

「え、分かるの?」

「そりゃ、脱ぐのゆっくりだし、今だって……」

「ん?」

「ふふ、そろりそろりとお湯に浸かって……」

「だって、美麗ったら……この浴槽は熱い方から二番目だよ。ひょっとして、美麗って兄弟多かったりするでしょ」

「ううん、一人っ子だよ。中国って最近まで一人っ子政策だったしね」

「あ、そうだったわね……グヌヌヌ(熱っついーーーーー)」

「ふふ、一人っ子だけど家族というか、親類が多いからね。それがいっしょに住んでるから、イトコトかハトコとか、日本だけでも五人いっしょに住んでるんだよ」

「え、なにそれ?」

「うちの家は古いから、昔からの習慣が残ってるのよ。お父さんは胡同(フートン)だって喜んでるけどね」

「フトン?」

「フートン」

「なんだかフワフワしたお布団みたいね(^▽^)」

「あ、云えてるかも。お布団の温もりってフートンに通じるよ」

「で、フートンて?」

「昔の中国の家は四方に建物があって、うちみたいに親類ぐるみで何十人も住んでてさ、真ん中に庭があって憩いの場所になってんの。中国人のアイデンテティーはその胡同の中にあるんだよ」

「なるほど」

「中国って昔から何度も国が替わってるじゃない、大きくなったり小さくなったりしながらさ」

「そうだね……」

 世界史で習った歴代中国王朝の表が頭に浮かんだ。

 

 夏 殷 周 秦 漢 魏・蜀・呉が三国で、隋 唐 宋 元 明 清……だったっけ?

 

「ふふ、声に出てるわよ」

「はは、暗唱して覚えたから」

「中国人でも、そんなにきっかり覚えてる人は少ないわよ、お見事でした!」

 拍手されて、美晴は照れてしまう。

「王朝が替わるたんびに国は乱れるでしょ、だから、中国人は国の事を頼りになんかしてないの……頼りになるのは自分たちしかない。だから、中国人は鬱陶しいほど親類を大事にするのよ」

「聞いたことがある、だから中国の苗字は少ないって……少ないってことは一族の人数が多いってことなのよね」

「うん、林だけでも数百万人いるでしょうね。お父さんが今の会社作った時、二百年前は兄弟だったって人が来たわ」

「信じられない!」

「中国に汚職が多いのは、そういう途方もない身内意識があるから……けして、みんな悪党だってことじゃないのよ」

 

 美晴は思ってしまった。

 自分は数少ない親類の大お祖母ちゃんの希望も受け入れていない、もっとも受け入れて瀬戸内宗家の家督を継ぐ気なんかないんだ、ないんだけども、美麗の話を聞いていると、ちょっぴりだけど後ろめたくなってしまう。

「その林一族の未来を守るために、お父さんは必死にやってるの。そうなのよ、お父さんが日本の山林を買うのは中国のためなんかじゃない、林の胡同を守りたいためだけなのよ。脂ぎった親父は嫌いだけど、そこんとこは理解してるのよ、美晴……美晴? ちょ、美晴ーーーー!!」

 美晴は熱い湯に浸かり過ぎ、美麗の横で沈み始めていたのであった……。

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・4《え ちょっとなに!?》

2020-05-08 06:21:34 | 小説3

新・ここは世田谷豪徳寺・4(さくら編)
≪え ちょっとなに!?≫    



 

 え、ちょっ、なに!?

 いきなり米井由美に手をひっぱられて廊下に連れ出され、そう返すのが精いっぱいだった。

「あんたは、がさつで女らしくない!」と常々言われる。
 流行りの若者言葉は嫌いだ。「暑!」「眠!」「寒!」「やば!」などの、いわゆる「いぬき言葉」なんかは使わない。「いぬき言葉は」単に終助詞の省略じゃない。話し相手との関係を最後の直前で断ち切っている。最後まで言うと、相手は反応する。「暑い!」と言えば「そうでもないよ」てな、自分の感性とは違う反応が返ってきて、傷ついたり「でもさ」を頭に付けて議論になったりする。だから「い」を抜いて独り言のようにしておく。これだと相手は反論しない。つまり傷つくのが嫌な言い方。

 この米井由美の場合「ちょっと何よ!?」と「よ」あるいは、強調の助詞として「い」をつけ「ちょっとなにい!?」にしなければ言葉としては完成しないし、伝える意志も弱くなる。
 いつもなら、いまさっき言ったみたいに、あたしは、言葉を尻尾の先まで言う。

 言わなかったのは相手の米井由美のことを、とっさに思ったからだ。
 これは、一昨日渋谷のデパートで出くわしたことと関係ありそうに思ったから、あのとき米井由美は、あきらかに「このことは人に言わないで!」という顔をしていた。それ以外に、ほとんど口をきいたこともない学級委員長の米井さんとは接点がない。

 予想は当たった。

「あんたでしょ、佐伯君とあたしのことメールで回してんの!?」
「佐伯君て、一昨日Tデパートで見かけた、あの……?」
「やっぱ、知ってんじゃない。あんたが面白がって、拡散させちゃったんじゃない!」
「ち、ちょっとこっち!」
 教室の前じゃ、みんなに聞こえる。人通りが少ない北階段まで米井さんを引っ張って行った。
「どんな噂がたってるか知らないけど、あたしじゃないわよ」
「だって、こんな写メ!」

 米井さんは、スマホを出して、何枚かの写メを矢継ぎ早に見せた。Tデパートの中の二人の姿が何枚も写っていた。
「あたし、絶対に許さないから!」
 そう言われながら、違和感があった。

「あ、そうだ!」

 あたしは、ときに反応がひどく鈍い。一時間もしてから違和感の正体に気づいた。
 米井さんに見せられた写メの一番最後のやつは、あたしとマクサが体半分切れて写っていた。あれって、あたしとマクサ以外の誰かが撮らなきゃ写せっこない。一瞬腰が浮きかけた。言ってやろう……!

 でもやめた。

 多分米井さんには通じない。「他にも、もう一人いて撮ったに決まってる!」になり、興奮した米井さんは、廊下で喋る余裕も無くて、その場で叫んでしまうだろう。クラスのみんなが知ってしまう。それは避けなきゃ……。

「あのね、お姉ちゃん」

 マクサにも言わなかったけど、そのまま胸にしまい込めるほど佐倉さくらは人格者ではない。風呂に入ろうとしてるさつき姉に言った。
「他に見てたやつがいるに決まってんじゃない。さくらが写ってる写メがあるなら、クールダウンしたら米井さんも分かるって」
「だって」
「こういうのは、騒がないことが一番なのよ」
「でもね……」
「あたし、今日はボランティアで汗みずくなの。とりあえずお風呂に入れさせて!」

 さつき姉は、そそくさとお風呂に行った。

 そして、しばらくして、あたしのスマホが鳴った。なんと、米井さんと佐伯君の写メがチェ-ンメールで送られてきた。送り主はクラスのA子。「これを拡散させると、この二人はハッピーになれるんだって」というコメントまでついている。なんちゅうこっちゃ!

「もう、さくらがゴチャゴチャ言うからパンツの替え忘れたじゃんよ!」
 さつき姉が、バスタオル巻いただけの姿で湯気たてながらやってきた。
「お姉ちゃん、こんなチェ-ンメールが来た!」
「ん!?」
「これが米井さんで、これが佐伯君!」
「あ、この子!」
 そういうと、さつき姉のバスタオルがストンと落ちてしまった。

 あたしは、何年かぶりで、姉のスッポンポンを見てしまった。で、タイミング悪いことには後ろにお父さんがいた……。

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乙女と栞と小姫山・39『乙女先生の休暇』

2020-05-08 06:09:13 | 小説6

乙女小姫山39
『乙女先生の休暇』               
   


 

 盲腸を罹ったとまで噂が立った。

 それほど乙女先生が仕事を休むのは珍しい。
「ご家庭の事情です」
 教頭の田中は、昨日の午後から十回は人に言っている。
 教頭も、転勤後わずか一カ月で、乙女先生が学校には無くてはならない存在になっていることを認めざるを得なかった。しかし、いったいなんの家庭事情なのか、教頭にも分からなかった。で、鬼の霍乱から、家庭不和、あげくは急性盲腸炎まで噂がたってしまった。
 生指部長代理の桑田など、遅刻者がやってきても叫ぶしかなかった。
「入室許可書は、どこにあるんやあ!?」

 昨日は午前中授業があったので、それが済むと、銀行へ行って、幾ばくかのお金を下ろして、我が家へと急いだ。
「ごめん、一人で心細かったやろ。さあ、忙しいで。まずは腹ごしらえ!」
 乙女さんは、牛丼のお持ち帰りを、テーブルにドンと置いた。
「心細くなんかなかったです。パソコンでネットサーフィンやってましたから」
 ふと目をやったパソコンの画面には、民法の親権について書かれたサイトが出ていた。それには気づかないふりをして学校の話を面白おかしく話してやり、美玲もかすかに笑ったりした。栞やさくやが絶好の話の種で、MNBの研究生をやっているというと正直な興味を示した。
「よっしゃ、今日のシメはそれでいこ!」
 乙女さんは亭主に電話して午後六時には学校を出るように厳命した。そして芸能事務所に勤めている卒業生に電話し、なんとかMNBの今日のチケットを三枚無理矢理確保した。

 それからの数時間、乙女さんは楽しかった。

 古巣の岸和田に行き、実家に寄りたい気持ちはグッと抑えて、ゴヒイキの小原洋装店を訪れ、美玲のよそ行きを二着注文。プレタポルテの普段着を三着買った。しかし、今時の子、もっとラフな服も必要だろうとユニクロに寄ることも忘れず。上下セットで三着買って、フィッテイングルームで着替えさせ、靴も同じフロアーの靴屋でカジュアルなパンプスに履きかえさせた。欲を言えば美容院に連れて行ってやりたかったが、先のことを考えて、明日以降の課題とした。

「おう、美玲……!」
 我が娘の変わりように、MNB劇場の前で、亭主は驚いた。
「そんなに見ないでください、恥ずかしいです」
 美玲は、乙女さんの陰に隠れてしまった。

 ショーが始まると、美玲は夢の中にいるようだった。自分と年の変わらない女の子達が、こんなにイキイキと可愛く歌って踊っていることに圧倒されてしまった。
――こんな世界があったんだ――
 帰りの握手会では、迷わずチームMのリーダー榊原聖子のところへ行った。
「よ、よかったです!」
「ありがとう」
 たったこれだけの会話だったけど、美玲は、なんだか、とても大きな力をもらったような気がした。

「ミレちゃん、よっぽど嬉しかったんやろね、右手ずっと見てるよ」
「え?」
 気配に気づいたんだろうか、美玲は、帰りの電車の中で、夢の途中にいるような上気した顔でこちらを見た。

「意外と簡単でしたよ」

 その晩、手島弁護士が電話してきた。
「養育費の総額を言うとおとなしくなりました。問題は、相続権の放棄だけです。これだけは一応お話してからと思いまして」
「はい、美子さんの分も、そちらのお家の相続権も放棄……その線でお願いします」
「分かりました、明日中に書類を揃え、連休明けに処理しましょう。あと美玲ちゃんの学校を……あ、こりゃ、釈迦に説法でしたな」
「アハハ、では、よろしくお願いします」
 その夜、昨日とはうってかわって明るくMNBの話などをする美玲であった。
「ミレちゃん、水差すようやけど、ちょっとこの問題やってくれるかなあ」
「え、テストですか?」
 美玲の顔色が変わった。
「どないしたん?」
「このテストに落ちてしもたら……」
「え……?」
 乙女さん夫婦は顔を見合わせた。
「……いいえ、なんでもないです」
 美玲は必死の形相でテストに取り組んだ。その間、乙女さんはパソコンで、なにやら検索し、亭主は新聞を読むふりをして、娘とカミサンを見比べていた。
「一ついいですか?」
「なんだい?」
 亭主は、よそ行きの声を出した。
「新聞が、上下逆さまですけど……」
「ぼ、ボクは逆さまでも読めるんや」
「へー!」
 純な美玲は、まともに感心した。乙女さんは、お腹が千切れるくらいおかしかったが、涙を流しながら笑いを堪えた。
 美玲は、一時間ちょっとで、英・国・数・英の四教科を仕上げた。
「あんた、数・英」
 亭主と二人で採点した。美玲は俯いて震えていたが、採点に熱中している二人の教師は気づかなかった。
 さすがに現職の教師で、十分ほどで採点を終えた。乙女さんの目は輝いていた。
「ミレちゃん……」
「は、はい……」
「あんた、天才やで。なあ、あんた偏差値70はいくよ」
「いいや、75はいくだろう」
「あの……わたし、この家に居てもいいんですか?」
「え……?」
「そのテストに落ちたら、もう、この家に置いてもらえないんじゃないかと、心配で、心配で……」
 美玲の目から。涙がこぼれた。
「アハハハ、なに言うてんのよ。これは、ミレちゃんにどこの学校いかそうかと思うて……学力テスト」
「な、なんや、そうやったんですか……中学校に入学テストなんかあったんですか?」
「ミレちゃんには、テストのいる中学に入ってもらいます!」

 それから、夫婦は夜遅くまで私立の中高一貫校を捜した。公立高校の教師である二人は、自分の子供を行かせるなら私立だと決めていた……。

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