大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベル・あたしのあした03『か、鏡を……』

2020-05-26 06:08:48 | ノベル2

03『か、鏡を……』      


 

 

 この子は跳び込まないだろうと思った。

 思い詰めた緊張感がない。ただ、くたびれて戸惑っているような感じしかしない。
 中学に入ったばかりのころ、まだ小学一年生だったさやかにせがまれて遠出をした時に似ている。

「あの角まがって」「ビルのむこうがわはどんなの?」「道路のむこうがわまで」「あの雲の下まで行って」そんなわがままに付き合って、気が付いたら知らない街だった。
 さやかはくたびれ果ててしゃがみ込んでしまい、わたしは「だいじょうぶだから」と、さやかの頭をなでてやることしかできなかった。
 事務所に電話をすれば、だれかが迎えに来てくれる。だけど親父に叱られるのは御免だ。さやかの母の名前を出せば「ああ、春風議員の!?」と助けてもらえることは分かっていたが、それはできない。どんなことで春風議員の名前に傷がつくかわからないからだ。

 けっきょくは、さやかをオンブして四時間歩きとおし、迷いまくって帰りついた。

 柱一本向こうの女生徒は、あの時のわたしのようだ。くたびれているだけならば死にはしない。
 
 が、一瞬女生徒に力がみなぎった! ホームには電車が入りかけている!

 大学でやっていたラグビーの感覚が蘇り、わたしはプラットホームを蹴った。
 タックルのタイミングはぴったりだった。ただ三十年以上昔の瞬発力ではない。線路の向こう側までは跳べない。
 とっさに女生徒を投げ飛ばした。

 よし、大丈夫だ!

 そこでわたしの意識は途絶えてしまった。



 気が付いたら、病院のベッドの上だった。
 気が付くと言っても、パチッと目が覚めたわけじゃない。
 濁った泥水の中から、ノロノロと浮かび上がったような感じだ。目を開けても幕が張ったようにはっきりとしなかった。
 ぼんやりとぼやけた輪郭に焦点が合いはじめると、白衣の医者と看護婦だということが分かってきた。
 医者の手が伸びてきて、目の前でペンライトを点けた。

「う……まぶしい」
「よし、大丈夫だ」
「お身内の方をお呼びしますね」
「ああ、そうして」

 すぐに人が入ってくる気配がした。

「お世話になります……よかった、意識が戻ったのね」
 女の人……なのだが、だれだか分からない。
「意識が戻ったばかりなので、多少の混乱はあると思います。無理にあれこれ聞かないようにしてください」
 そう言うと医者は、看護婦と女の人を残して出て行った。
「ほんとうに良かった! 電車にはねられたって聞いた時は、もうダメかと思ったわ」
「電車に……!?」

 一声出てびっくりした。これは自分の声じゃない……!

「か、鏡を……」

 女の人が手鏡を出して、顔の前に掲げてくれる。

 そこに映っていたのは、あの女生徒の顔だった……!
 
 

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メタモルフォーゼ・4・一人称が「あたし」になった

2020-05-26 05:57:22 | 小説6

メタモルフォゼ・4
一人称が「あたし」になった      

        


 レミネエが貸してくれたのは、ギンガムチェックのワンピースだ。

「やだよ、こんなシーズン遅れのAKBみたいなの!」
「同じ理由で、進……美優に貸すんだって」
「どうせなら、パンツルックにしてよ。Gパンかなんかさ」
「まあ、先生に診てもらうまでの辛抱。下鳥先生に診てもらったら、案外簡単に治るような気がする。あんたら姉弟を子どもの頃から診てもらっている先生だから」

 確かに下鳥先生は名医だ。オレの髄膜炎も、早期に発見して危ないところを助けてもらった。でも、この突然の変異は治療する以前に、信じてもらえないだろう。

 家を出たところで、向かいのオバサンに掴まってしまった。
「お早うございます、浅間さん、親類の子? 可愛いわねえ」
「ええ、姉の子で美優って言いますの。いえね、進二と国内交換留学で……ええ、最近流行らしいですのよ」
「美優です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。そのギンガムチェック似合ってるわね。そうだ、ちょっと待っててね」
 オバサンは家の中に入っていった、入れ違いにマルチーズのケンが出てきて、さかんに尻尾を振る。昨日の朝までは、ボクを見ては吠えていたバカ犬だ。
「まあ。ケンたら、カワイイ子には目がないんだから。これ付けてみて……」

 あっと言う間にポニーテールに、あつらえたようにお揃いのギンガムチェックのシュシュをさせられた。

「由美子が、なんかの景品でもらったんだけど、恥ずかしいからって、そのままになってたの。ウワー似合うわ! で、美優ちゃん。上のお名前は?」
「え、あ……渡辺です」
「渡辺美優、まるでAKBみたいね!」

「うちの姉ちゃん渡部だわよ」
「でも、名前が美優で、とっさに苗字聞かれたら渡辺になっちゃうよ」
「あんた、足が外股……」
 で、下鳥医院に着いた。

 さすがに下鳥先生で、最初こそ、ビックリされたものの直ぐに理解してくれた。

「血液型もいっしょだし、何より手相がいっしょだもんね」
 ルミネエが手相に詳しくなったのは、この先生のせい。先生は「手相を見て上げる」と言っては注射をする。だから、ボクの手相の記録も持っている。
「奥さん、進二君を孕んだときに、遺伝子検査表持ってきたでしょう、二回も」
「ええ、高齢出産だったもんで、心配で二カ所の産婦人科で……それが?」
「今だから言うけど、最初の性染色体は♀だたのよ。それが二度目は♂だった」
「え……!?」
「推測だけど、進二君は二卵性の双子だった。それが、発育のごく初期に♀の方が♂に取り込まれ、それが、何かの刺激で♀の因子が急に現れた」
「そんなことって、あるんですか?」
「双子じゃないけど、そういう両性の因子を持って生まれてくる子は時々いるの。でも、体の変化は、こんなに早くはないわ。ま、きわめて、きわめて希な解離性同一性障害……」
「なんですか、それ?」
 フライングして、ボクが聞いた。
「多重人格。しんちゃんの場合は、体の変化が先に起こって、心が後に現れるのかも……医学的には、そうとしか理論づけられない」
「先生、それで診断書書いてください!」
 お母さんが叫んだ……。


「……というわけなんです先生」

 先生と言っても、下鳥先生ではない。我が担任のウッスンこと臼居先生である。で、ここは校長室。従ってウッスンの隣りにはバーコードの校長先生が座っている。

 ボクは、ここで一つ学習した。大人は書類に弱い。下鳥先生の「疑解離性同一性障害」の診断書はテキメンだった。目の前の怪異を書類一枚で簡単に信じた。

「生徒には、転校生と説明しましょう。元に戻れば、元々の浅間進二君が帰ってきたことにして。それで行きましょう」
「運営委員会にかけなくていいですか?」
「教務部長と保健室の三島先生にだけは事情説明しておきましょう」
「しかし、長引くと……」
「わたしが責任をとります。生徒の利益が第一です。伏線をはります。今から校内を見学してください。臼居先生、付き添いよろしく」
「はい、では、こちらに」
「臼居先生」
「は?」
 校長先生は、ズボンを揺すり上げる仕草をした。ウッスンは腹が出ているので、すぐに腰パンになる。

 校長室前の姿見を見て驚いた。ボクの、美優の人相が微妙に違う……。

「お母さん、顔が変わってきた……」
「……目尻や口元が……気にしない、なんとかなるよ先は!」
 お母さんが、思い切り背中をどやした。お母さんの不安と頑張れという気持ちがいっぺんに伝わった。
 勝手知ったる学校を、物珍しく歩くのには苦労した。で、生徒のみんながジロジロ見て行くのには閉口した。途中で「やってらんねえ!」という顔のヨッコに出会った。ボクがいないので部活も苦しいんだろう。
 五メートルほどで目が合った。びっくりした顔をしている。

「マジ、カワイイ……」

 昨日自分が引き回した進二だとは分かっていないようだ。でも、この姿形カワイイのか?
「もう、このへんでけっこうです」
 みんなの視線が痛くて、もう耐えられなくなった。ウッスンはクソ正直に学校の隅から隅まで連れて行くつもりだ。もういい!

 学校からの帰り受売(うずめ)神社が目に入った。夕べ転んだ時に聞いた声を思い出した。
「お母さん、お参りしていこう」

 不思議なんだけど「元に戻して」じゃなくて「無事にいきますように」と祈っていた。
「まあ、頑張りい~な」
 そんな声が頭の中で聞こえた。お母さんに聞こえた気配がないので、何も言わなかった。
「あたし、お守り買ってくる」

 お守りを買って、一人称が「あたし」になっていることに驚いた……。

 つづく 

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・22《かまっちゃいらんない!》

2020-05-26 05:41:59 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・22(さつき編)
≪かまっちゃいらんない!≫    



 かっまちゃいらんない!

 というのが正直な気持ちだった。
 だけど、トムと最後に会ったのはあたしだ。
 そのとき、あたしの聖地である山下公園で、焼き芋食べながら一発かましたクサイやつだけど、その何倍もトムの性格の弱さなんかを遠慮なくえぐってしまった。高坂先生も直々に電話されてきたことだし捨て置くこともできず、あたしは当たりをつけた。

 イギリス大使館の前……ビンゴだった。

 イギリス大使館は皇居に面する半蔵門から千鳥が淵公園沿い一番町の広大な敷地に建つ。高い建物は無く煙突のついた建物やテニスコートもあって、アメリカ大使館や二番町のイスラエル大使館などのように厳しい警備の重苦しい雰囲気は無い。その閑静な大使館前にグデングデンになったトムが居た。
「あ、あなた知合いですか。じゃ、あとよろしくお願いします」
 大使館前で、警備に当たっていたお巡りさんが渡りに船とばかり、あたしに押し付けてきた。
「あのーー! あなたの国の分裂寸前だったスコットランドの若者なんですけど、しばらくロビーの片隅にでも休ませてやっていただけませんか!?」

 ダメ元で、門の向こうのイギリス人職員に怒鳴ってみた。

 すると、あろうことかその中年のイギリスのオッサンが、門を開けて出てきてくれた。
「彼の身元は自主的に見せてくれた留学ビザで分かっています。昨日から何人もスコットランドを含む我が国民がいたので、とうに引き上げてくれたと思ったんですけどね……」
 オッサンは、あたしに押し付けたそうに語尾を濁しながら、あたしの目をうかがった。
「第一義的にはイギリスの一部であることが確認されたばかりのスコットランド人なんです。大学にも連絡して引き取ってもらえるようにします。それまでの間でいいんです。もし拒否されるようなら、イギリスは心神耗弱なスコットランドの若者を路上に放置したって、直ちにFacebookに写真付きで投稿しますけど。拡散希望で!」
「オオ、もちろんですよ。スコットランド人は我が国民です。酔いがさめるまでお休みになってください」

 イギリス大使館、苦悩のスコットランド青年を保護する!

 キャプション付けて、Facebookに投稿した。むろんかいがいしくトムを介抱するオッサンとトムのツ-ショット付で。
 控室みたいなとこで休ませてくれた。その間にあたしは高坂先生に電話。先生は30分ほどでやってきてくれた。トムは半分ほどしか覚めてなかったけど、オッサンが手伝ってくれて、なんとか先生のセダンに乗せた。
「イギリス大使館のセキュリティーは甘かっただろう」
「はい、ボディーチェックとか無かったでしたし」
「実は、最新式のセキュリティーになってて、入館者は全て特殊なカメラでチェックされてるんだ」
「え、どんな?」
 バイトの取材者意識丸出しで、あたしは聞いた。
「三方向にカメラがあって、それが入館者の服を透かして3Dの映像で見えるようにしてあるんだ。ほら、これが駐仏大使館の映像」
 先生は運転しながらパッドを見せてくれた。十秒ほどの動画だったけど、スッポンポンのオジサンやオネーサンが歩いているのがはっきり写っていた。ちゃんとブラやパンツの食い込んだとこまで写ってる!
「こ、これって、プライバシーの侵害じゃないですか!?」
「まあ、これだけテロがあると仕方ないね。それ、右方向に手をスライドしてごらん……」
「ギョエ!」
 なんと、人の姿が骸骨になった!
「早すぎるんだ。もうちょっとゆっくりやると内臓が分かる。最近の自爆テロは体の中に爆弾入れてるやつもいるからね」
 ゆっくり戻すと内臓に、さらに戻すと下着姿になった。
「こんな恥ずかしいもの撮られてたんですか!?」
 イギリスはジェームスボンドの国だ、これくらいのことはやりかねない。すると先生は大笑いした。
「それはエープリルフールの日にBBCが流したイタズラだよ。教材のためにとっておいたんだ」

 なるほど、わがゼミのテーマは『ユーモアの力』であった……。

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