大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・132「正直苦手なのよ」

2020-05-27 14:32:36 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

132『正直苦手なのよ朝倉美乃梨   

 

 

 宿泊を伴う部活には顧問の付き添いが原則である。

 

 宿泊と言っても、商店街の福引に当って、大阪府内の温泉に一泊。

 やかましく『原則』を振り回さなくてもいいと思うんだけど、職員室に来て報告されたんじゃ「あ、そう」というわけにはいかないわよ。

 まして、参加メンバーの中には車いすの沢村千歳がいる。

 温泉というからには入浴するんだろうから介助が必要でしょう。

 空堀高校はバリアフリーのモデル校。

 つまり、身障者の教育環境には大阪でいちばん気を配ってますって学校。

 その空堀の演劇部が部員揃って宿泊する。それに顧問が付き添わないのはまずいでしょ(;'∀')。

 反射的に言ってしまった「……下見に行くから」と。

「しゃくし定規にやらんでもええですよ」

 横の席のB先生は松井さんが出ていくのを待って言ってくれた。

「個人旅行なんだから、関与しなくても。ね」

 前の席のM先生も目配せしてくれる。

 でもね、聞こえてるはずの教頭先生は無言。

 無言と言うのは、なにか起こった時には「教頭としては承知していません」と言い逃れるためで、そう言う時には、聞いていながら手を打たなかった顧問の責任になるんだ。

 ああ、知らせになんか来ないで、勝手に行ってくれればよかったのに。

 

 煮え切らない気持ちのまま仕事を終えて駅に向かう。

 

 ホームに降りると、ギョッとした。

 松井さんが待っているではないか!?

「あら、いま帰り?」

 まるで同僚に話しかける口調。

 松井須磨は三年生の生徒なんだけど、わたしの同級生でもある。

 最初は気づかなかった。

 向こうから挨拶されたときは心臓が停まるかと思った。

 本人には悪いけど『化け物か!?』と慄いたわよ。

 風のうわさで松井さんが留年したとは聞いていたけど、ふつう女子が留年したら退学する。だから、とっくに退学して別の人生を歩んでいると思ってた。その後も留年を繰り返して、わたしが新任教師として赴任して出くわすとは思わなかった。

 これだけでもとんでもないことなのに、何の因果か、松井さんが所属する演劇部の顧問になってしまった。

 正直苦手なのよ、松井さんは。

 だから、ホームで出くわして「あ、今から下見」とか、見っともなく言ってしまった。

 帰宅するのとは逆方向の八尾南行きの電車に乗ってしまった(;^_^A

 いまさら、谷九で乗り換えて家に帰るわけにもいかないでしょ。

 いやあ、まいったまいった、お母さんが体調悪いって電話なんかしてくるんだもん、帰らないわけにはいかないでしょ(^_^;)

 なんて、松井さんには通用しないわ。

「すみません、空堀高校の朝倉と申しますが、今夜一泊でお願いできるでしょうか」

 谷九を過ぎて、南河内温泉に電話をいれるわたしだった。

 

 

 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

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ライトノベル・あたしのあした04『生きてて良かったな!』

2020-05-27 06:31:30 | ノベル2

04『生きてて良かったな!』      


 

 二十年ほど前、党の青年部が震災被災者のために巡回慰問をやっていたときのこと。

 ボランティアで参加してくれていたアイドルの美倉希美(みくらのぞみ)が急病で出られなくなったことがあった。
 急きょユニオシ興行からお笑い芸人を派遣してもらったが、いかんせん華がない。

 そこで白羽の矢が立ったのがさやかだった。

 さやかは衆議院のスケバンと言われた春風富貴子のジュニアとして名前が知られ始めていたが、本人は嫌がっていた。
 当時のさやかは、内気な中学生で、富貴子の娘と思われるだけで気が滅入ってしまった。
 そして、二学期からは不登校になってしまっていた。
 母親の富貴子議員は「引きこもっていちゃだめでしょ!」ということで、巡回慰問の手伝いをさせていた。
 さやかは美倉希美が好きで、引き籠り中でも、気分の良いときは、小さく希美の歌を口ずさんだりしていた。慰問の時も、照明や音響のテストの時には希美の代わりにステージに立っていた。

「そうだ、さやかちゃんならイケるよ!」

 慰問団長が思いついた。

 で、嫌がるさやかに衣装を着せメイクを施してステージに立たせた。

 憑依ったというのはこういうことだろう!

 さやかは完璧に美倉希美になってしまった。
 少し小柄なので、あきらかに本物とは違うのだけれど、好きこそもののなんとかで、歌もダンスも立ち居振る舞いも美倉希美だった。
 カーテンコールの後、袖に戻って来たさやかの目は、今まで見たこともないほどイキイキしていた。
「おつかれ、さやか!」
 声を掛けても、さやかは反応しなかった。「さやか」を「希美」に変えると、溢れるような笑顔を返してきた。
 そして、これがさやか自身アイドルになっていくきっかけになっていったのだった。

 いまの自分は、あの時のさやかのようだ。

 手鏡に映った顔も、発する声も風間寛一のものではない。とっさに助けたいと願った女生徒のそれだ。
 目をつぶったせいか、回復しきらない事故のショックか、自分は再び昏睡に陥ってしまった……。


 …………懐かしい寝息で目が覚めた。

 寝息のする方に頭を向けると、座ったまま舟をこいでいるお母さんの姿があった。
――あたし……生きてる……生きてるの?――
 お母さんを起こして、生きていることを確かめたかったけど、疲れ切っているお母さんを起こすのは気が引けた。
 それに申しわけない……そう、申しわけないんだ。

 駅のホームから線路に飛び込んだことがよみがえって来た。

 野坂昭如さんの小説を読んで、ここまで痩せたら死ぬんじゃないかと、合わせ鏡で自分のお尻を見た。
 普通に立ってお尻の穴が見えるようなら死期が近いからだ。
 あたしのお尻は、まるまちくって、まだまだ健康的だった。
 

 そして、三か月引きこもっていた家が、おぞましくなって、あてもなく家を出たんだ。

 そして駅のホームに来たところで、気力も体力も尽き果てて、もう終わりにしようって、思ったんだ。
 それまで電車に飛び込もうなんて思わなかった。ほんとだよ。
 電車には乗るつもりだった。ただ、どこで降りるか決心がつかなかったんだ。
 それを考えることにもくたびれて、跳び込めばいいんだと閃いたんだ。コロンブスの卵だったんだ。

 跳び込んだら、だれかがいっしょに跳び込んできて、あたしを捕まえると、線路の向こうまで放り投げたんだ。

 生きろ!

 そう聞こえたんだ……その時にね、

 生きてて良かったな!

 え……今の声は……あたしの頭の中からしたよ!?
 

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メタモルフォーゼ・5『序列がハイソになった』

2020-05-27 06:18:32 | 小説6

メタモルフォゼ・5
『5 序列がハイソになった』              

 

 


 美優って名前は、あんたが女の子だったら付けようと思っていたんだよ。

 昨日、帰りの電車の中で、お母さんがしみじみと言った。
 半分は同様にしみじみとし、半分はいい加減だと感じた。 

 ウチの女姉妹は、上から留美、美麗、麗美。これに美優ときたらまるで尻取りだ。
「一字ずつで、みんなが繋がってるだろ。いつまでも仲の良い姉妹でいてほしくてさ」
「あのう……」
「うん?」
「なんでもない……」
 あたしは(受売神社にお参りしてから、一人称が『あたし』になった)単に呼びやすいからだろうと思った。でも車内にいる受売高校の男子が、こっちを意識しながらヒソヒソ言っているので、視線を除けて俯いてしまった。

 帰りに、当面の衣料とノートを買った。教科書は転校した優香が未使用のまま学校に置いていった奴を、指定されたロッカーに入れてある。体操服はネームが入っているので、業者に発注した。明日は体育が無いので、ノープロブレム。

 家に帰ると、あたしの女性化にいっそうの磨きがかかったので、三人の姉にオモチャにされた。四回ヘアースタイルを変えられ、けっきょくは元のポニーテールがいいということになり、ルミネエとミレネエがメイクしようと言って迫ってきたが、高三のレミネエが、取りあえずリップの塗り方だけでいいということで収まった。
「お母さん、ミユのブラ、サイズ合ってないよ」
 どうやら、あたしはレミネエより発育が良さそうだ。
「ね、今度の休みにさ、四姉妹で買い物にいこうよ」
 お母さんが買ってくれたのは、取りあえずだったので、キチンとしたのを買おうということで、話がついた。
 さっそくネットで検索したりで大さわぎ。
 トドメは、お風呂に入るときのむだ毛処理。いくら姉妹でも屈辱的!

 朝は、自分でブラッシング、キッチンで新品の弁当箱を渡された。食器棚の進二時代の弁当箱が、なんだか抜け殻のように思えた。
 制服は、優香の保科の苗字が、渡辺に変えられていた。

「ええ、ご家庭のご都合で、今日からうちのクラスの仲間になる渡辺美優さんです。みんなよろしくな」

 ウッスンが、紹介してくれて教壇に。みんなの視線を感じる。みんな知った顔なのに発しているオーラがまるで違うので、戸惑う。女子の大半は頭の中で、点数を付け、男子は、女子のランキングを考えている顔だった。
「渡辺美優です。二学期の途中からですけど、よろしくお願いします」
 短い挨拶だったけど、反響は凄かった。この学校に入って、こんなに拍手してもらったことは初めてだ。
 席は、昨日までの進二のそれ。窓側の前から三番目に移された。

 進二の転校がウッスンから簡単に説明されたが、これには誰も反応しない。ちょっと寂しいってか、進二が可愛そうになった……で、進二を客体化している自分にも驚いた。

 進二は、成績は中の上ってとこで、授業はノートをきっちりとる程度。で、試験前にちょこっとやってホドホドの成績。ノートを書いて驚いた。字が完全に女の筆跡で、たいていの女子がそうであるように、字がきれい。教科書の図版を見ていろいろ想像している自分にも驚いた。
 例えば、日本史で元寇を見ていると、鎌倉武士の鎧甲の美しさに目を奪われ、資料集の鎧の威し方の違いをメモったりする。紫裾濃(むらさきすそご)なんてオシャレだなあと思う。ワンピでこの配色なら、相当日本的な女子力が無いと着こなせないと感じる。
 現代国語の宮沢賢治では挿絵の『畑にいます』という賢治のメモを見て、淡々と春の東北の景色を感じてしまう。あたしって空想家なんだなあと感心したりする。

 授業に来る先生のほとんどが、呼名点呼で、あたしの姿に驚くのはサゲサゲだった。職員朝礼で、あたしの「転校」の話は出ているはずなのに、みんなろくに聞いていないんだ。
 トイレは気を付けていたので男子トイレに行くような失敗は無かった。しかし、休み時間の女子トイレが、こんなに騒がしいとは思わなかった。
 でも、クラスで一番美人の仲間美紀にトイレで声を掛けられたのには驚いた。今まで、口をきいたことがない。噂では中学のときAKBの試験を受け「美人過ぎる」ことで落ちたらしい。

「お昼、いっしょに食べよう」

 ということで、昼は仲間美紀を筆頭に町井由美、勝呂帆真の美人三人組といっしょにお弁当を開いた。これで、あたしの女子の序列がハイソになったことを周りの視線と共に意識した。

――二年A組、渡辺美優さん、保健室まで来て下さい――

「失礼します」

 保健室に入ると、三島先生がにこやかに出迎えてくれた。
「保健の記録書書かなきゃならないから、ちょっと計らせて」
 で、上着を脱いだだけで、身長、座高、体重、視力、聴力の測定をした。
「これ、既往症とか、子どものころの疾患、アレルギーとかあったら家で書いてきて。うん、それだけ……あ、困ったことがあったらいつでも来てね」
 三島先生がウィンクした。三島先生は分かってくれている。先生の味方ができたのは嬉しかった。

 放課後は、自然に部室に足が向いた。

 で、部室は閉まっていた。

「あたしって、何してんだろう……」
 そう思いながら、職員室の秋元康先生のところに足が向いた。
「秋元先生、二年A組の渡辺です。演劇部に入りたいんです」
 自分ではない自分が喋った。
「演劇部、昨日で解散したよ」
「え……?」
 と、言ったわりには驚いていない。
「浅間って男子が転校。君と入れ違いの男子、目立たないやつだったけど、クラブの要だったんだな。みんな……一年の杉村って男子は残ってるけど、辞めちまった。一人じゃなあ……」
「あたしが入ったら二人になります。やりたい本があるんです」
 え、なに言ってんだろ!?
「『ダウンロード』って一人芝居があります。これならやれます、もう台詞も入ってますし」

 あたしは、こうして急遽演劇部に入ることになった。

 で、気がついた。『ダウンロード』は優香がやりたがっていた芝居だった……。


 つづく

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・23《牛乳が切れていたので》

2020-05-27 05:59:24 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・23(幸子編)
≪牛乳が切れていたので≫     



 

「牛乳きれてるよ」

 亭主が平板な声で言った。若いころは落ち着いたバリトンに惚れたもんだけど、今はただの鈍いオヤジにしか見えない。
「さつきじゃないの? スコットランド人を助けたとかなんとか言いながら冷蔵庫開けてたから」
 今日は日曜だ……けど、亭主は図書館勤務なので仕事がある。今からコンビニに買いに行っては出勤に間に合わない……こともないんだけど面倒だ。

「……インスタントコーヒーにしとくか」

「ペットボトルのがあったわよぉ……」

「……ないぞぉ」

「え、ペットボトルのも空なの?」
「これは、さくらだな。昨夜は遅くまで本読んでたみたいだから」

 あいかわらず平板な声でそういうと自分でスクランブルエッグを作り始めた。やや脂肪肝なので油を控えてレンジでスクランブルエッグを作っている。なるほど、これなら油使わずにすむけど、あとでドッチャリマヨネーズを入れたら同じことだと思うんだけど、男のこういうこだわりにはチャチャを入れない方がいいのは28年も夫婦やってれば分かる
 
「行ってきまーす」

 鉋くずのような平板声で亭主は出勤。娘たちは昼近くまで寝てるだろうから、ここからはあたしだけの時間。
 あんまり……ほとんど売れていないけど、これでも作家の端くれ。来月末までと期限を切られた短編のプロットを考える。洗濯はそれから、娘二人の目覚まし代わりにかけてやればいい。

 今日は宮沢賢治の命日……それだけで、いい話が……浮かんでこない。

 だいたい、この作家の大先輩の命日も、朝一番に見た新聞のコラムから。
 アイデアが浮かばないときは、やたらに他のことがしたくなる。たっぷりの牛乳が入ったカフェオレが飲みたくなる。で、財布掴んで駅前のコンビニを目指す。

 コンビニの前で運命に出会ってしまった。

 直観で、ジョバンニだと思ってしまった。

 チノパンにカーキグリーンのシャツ。髪は自然な褐色で、憂いを湛えた横顔は、まさにジョバンニ。こんな朝っぱらから銀河のお祭りに行くわけでもないだろうけど、なんだか気になってあとを着けてしまう。
 ジョバンニは、路線図を見て切符を買った。豪徳寺に来て間もない子なんだろうか、不慣れな様子がとても初々しい。ついスイカを使って改札をくぐってしまう。

 で、けっきょく渋谷まで付いてきてしまった。

 まだ渋谷は9時をまわったところで、渋谷としては一番閑散とした時間だ。ジョバンニはぐるっと駅前を見渡すとハチ公の近くに寄った。あたしの中で妄想が膨らむ。これはカムパネルラと待ち合わせているに違いない。
 こういう追跡観察は、程よく距離を取って付かず離れずが大事だ。あたしは視野の端でジョバンニを捉えてカムパネルラが現れるのを待った。

 5分ほどして現れた!

 男の子ではなかったけど、サロペットが良く似合う女の子だ。
 あたしは年甲斐もなく完全に銀河鉄道の世界に入り込んでしまった。
 そこに、洗いざらしのシャツのオッサンが二人に近寄って、一言二言。すると、とたんに二人はジョバンニでもカムパネルラでもない、ただの若者になってしまった。
 そして、あろうことか、あたしに近寄ってきた。
「すみません、僕たちテレビの撮影なんです。まわりの人たちに意識されないように、遠くから撮ってるんですけど、オバサン豪徳寺からずっと付いてこられたでしょ。すみませんけど、被っちゃうんで、ご遠慮願えませんか」
「え、テレビの撮影!?」
「はい、こういうの撮ってます」
 オッサンは、丸めた台本を見せた。『渋谷銀河鉄道』と書かれ、銀河放送のロゴが入っていた。
「どうもすみませんでした。良い雰囲気の子だったんで、つい……あ、あたし、こういうものです」
 普段めったに使わない名刺を出した。
「あ、作家の佐倉幸子さんだったんですか。おーいみんな、こっちこっち!」
 二人の役者さんの他にもカメラマンや音声さんなどが集まってきた。で、10分ほど立ち話して別れた。

「あーあ、なんだテレビの撮影だったのか」
 そう独り言ちて一瞬空を見上げ、視線を戻すと、撮影班の姿はどこにもなかった。全部で10人近くいた人たちが忽然といなくなった。
「え、ええ……?」

 冷静に考えたら銀河放送なんて聞いたこともない。念のためスマホで検索。やはり出てこない。だいいちあたしのことを作家だと知っている人などほとんどいないのに、あの撮影班は、あたしの作品をかなり読んでいる形跡があった。

 まあ、牛乳が切れていたからおこった奇跡だと、思えるほどの大人子どもなあたしです。

 そうだ、お洗濯しなくっちゃ! 

 急いで豪徳寺に戻るあたしでした。

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