オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
宿泊を伴う部活には顧問の付き添いが原則である。
宿泊と言っても、商店街の福引に当って、大阪府内の温泉に一泊。
やかましく『原則』を振り回さなくてもいいと思うんだけど、職員室に来て報告されたんじゃ「あ、そう」というわけにはいかないわよ。
まして、参加メンバーの中には車いすの沢村千歳がいる。
温泉というからには入浴するんだろうから介助が必要でしょう。
空堀高校はバリアフリーのモデル校。
つまり、身障者の教育環境には大阪でいちばん気を配ってますって学校。
その空堀の演劇部が部員揃って宿泊する。それに顧問が付き添わないのはまずいでしょ(;'∀')。
反射的に言ってしまった「……下見に行くから」と。
「しゃくし定規にやらんでもええですよ」
横の席のB先生は松井さんが出ていくのを待って言ってくれた。
「個人旅行なんだから、関与しなくても。ね」
前の席のM先生も目配せしてくれる。
でもね、聞こえてるはずの教頭先生は無言。
無言と言うのは、なにか起こった時には「教頭としては承知していません」と言い逃れるためで、そう言う時には、聞いていながら手を打たなかった顧問の責任になるんだ。
ああ、知らせになんか来ないで、勝手に行ってくれればよかったのに。
煮え切らない気持ちのまま仕事を終えて駅に向かう。
ホームに降りると、ギョッとした。
松井さんが待っているではないか!?
「あら、いま帰り?」
まるで同僚に話しかける口調。
松井須磨は三年生の生徒なんだけど、わたしの同級生でもある。
最初は気づかなかった。
向こうから挨拶されたときは心臓が停まるかと思った。
本人には悪いけど『化け物か!?』と慄いたわよ。
風のうわさで松井さんが留年したとは聞いていたけど、ふつう女子が留年したら退学する。だから、とっくに退学して別の人生を歩んでいると思ってた。その後も留年を繰り返して、わたしが新任教師として赴任して出くわすとは思わなかった。
これだけでもとんでもないことなのに、何の因果か、松井さんが所属する演劇部の顧問になってしまった。
正直苦手なのよ、松井さんは。
だから、ホームで出くわして「あ、今から下見」とか、見っともなく言ってしまった。
帰宅するのとは逆方向の八尾南行きの電車に乗ってしまった(;^_^A
いまさら、谷九で乗り換えて家に帰るわけにもいかないでしょ。
いやあ、まいったまいった、お母さんが体調悪いって電話なんかしてくるんだもん、帰らないわけにはいかないでしょ(^_^;)
なんて、松井さんには通用しないわ。
「すみません、空堀高校の朝倉と申しますが、今夜一泊でお願いできるでしょうか」
谷九を過ぎて、南河内温泉に電話をいれるわたしだった。
☆ 主な登場人物
小山内啓介 二年生 演劇部部長
沢村千歳 一年生 空堀高校を辞めるために入部した
ミリー・オーエン 二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生
松井須磨 三年生(ただし、四回目の)
瀬戸内美晴 二年生 生徒会副会長
朝倉美乃梨 演劇部顧問