撮影で本物の火(本火というらしい)を使うのには消防署の許可が要る。
だから火は、あとからCGで合成するらしい。
じゃ、飛び降りるのも合成……なんだけど、そうでもない。
水路閣のアーチの上で飛ぶふりをするのだ。
アーチの上は幅3メートルほどで、中央の1メートルほどは琵琶湖から流れてくる水路になっている。両脇が歩道になっているんだけど、手すりとかは無く、いつもは危険なので通ることができない。
正直立っているだけでお尻がムズムズする。
――ジャンプの予備動作だけでいいから!――
10メートル下で、モニターを見ながら監督が叫ぶ。
監督は「視聴者はテレビのフレームで絵を見ているのだから、フレームを通して見なければいけない」と言って、地上から指揮している。
でも、それは言い訳で、このカットに限っては高所恐怖症なんだろうと思うんだけどね。
「じゃ、イッセーの! でいこうか?」
メガちゃんが、お気楽に言う。
「で、でもセンセー、怖いですぅ~~」
「こんなもの勢いだって!」
どうもメガちゃんは、高いところではテンションの上がる性質のようだ。
「大丈夫よ、下でクッションとかあるから」
他のシーンで使うスタント用のクッションが置かれている。でも、そんなのは気休めにもならない。アーチの上から見たら、クッションなんて葉書の大きさにしか見えないんだもん!
「あたし、生命保険とか掛けてたかなあ……」
瑠美奈が情けないことを言う。
「じゃ、テストいきまーす!」
助監督さんが、水路閣が陸地に繋がったところで元気に言う。カメラさんとかのスタッフはポーカーフェイスだけど、気にかけてカメラの後ろで見てくれている望月美姫さんは眉を寄せてくちびるを噛んでいる。
「じゃ、いきまーす! 5・4・3・2……(1は言わないで、手でGOのサイン)」
ぐわーーーーーーー!!!
なんとかジャンプのまね事をやった。
「ジャンプはいいけど『ぐわーーーーーーー!!!』は無しで!」
「「「は、はい!」」」
跳べたのは最初の一回だけで、そのあとは何度やってもヘッピリ腰になってアウト。7回めには監督自身が上がって来た。ただし安全なカメラのとこまでだけど。
「監督、ちょっと」
美姫さんが監督に耳打ちした。
「ここは後日ワイヤーで撮り直し!」
ということで、瑠美奈は生命保険の心配をせずに済み、メガちゃんはちょっちつまらなさそう。
わたしは、感想など言えず、ただびっしょりと汗をかいた。
「加倉井さん、なんでセンセーなんて呼ばれてたの?」
美姫さんがフレンドリーに聞いてきた。ヤバ、聞こえてたんだ!
「あ、たぶん、あたし一人ビビんなかったから……思わず尊敬しちゃったんでしょうね」
「な~る、可愛顔してやるもんだね~って感じなんだ!」
「そうよね、あたしってば、アハハハ」
東京のころから思ってたけど、教師ってのは嘘つきだよね!
主な登場人物
敷島絶子 日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
加藤瑠美奈 日本橋高校二年生 演劇部次期部長
牧野卓司 広島水瀬高校二年生
藤吉大樹 クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
妻鹿先生 絶子たちの担任