ぜっさん・01
『ぜっさんの性分』
停電になるとは思わなかった。
ほんの十秒ほどだったけど、この二十一世紀に停電などあるはずがない。もちろん生まれて初めてのことよ。
まして、ここは広島県立平和劇場。観客の大半もビックリしてざわついた。
非常口をあらわす緑色の避難指示だけが浮かび上がり、周囲は真っ暗闇。映画館の上映中だってここまでの闇にはしない。
パッと光りが蘇った。
目の前にマイクが突き付けられ、マイクの向こうには、マイクを捧げ持った実行委員の女生徒が健気な女子高生の代表みたいに蹲踞している。
「どうぞ、学校名とお名前を」
「え、あ、あ……」
停電になるまで、わたしの横には瑠美奈が居た。その瑠美奈が居ないので、同じ制服を着たわたしが間違われたようだ。
「どうぞ」
「は、はい」
こういう時に、間違いを指摘しないで受けてしまうのが……わたしの癖だ。スックと立ち上がると、最初からわたしが指名されていたようにマイクを持った。
「日本橋高校の敷島と申します。水瀬高校のみなさんお疲れさまでした。えと……原爆を扱った反戦劇として絶賛いたします。ひしひしと水瀬高校のみなさんの想いが伝わってきました(ここで止めときゃよかったんだけどね)。反戦としては一分の曇りもなくピュアだと……思うんです……が、えと、ピュアすぎて日常のみなさんの姿が見えてこないんですよね。わたしたちは21世紀の高校生で、普段はスマホとかスマップの解散とかに夢中になったりポケモンGOなんかにハマっちゃったりしてるわけじゃないですか。そういうわたしたち高校生が戦争とか原爆とかに立向いたら、やっぱし、おのずと今の高校生ってか若者としての呼吸とか息吹が出てくると思うんですよね。そういうとこが紋切り型ってかステレオタイプってか、演劇って人間を表現するものだから……あ、すみません。生意気言っちゃいました。舞台は良かったです、大絶賛です。えと……以上です」
あきらかに会場は当惑とシラケとヒンシュクの空気が漂った。結婚式の披露宴で縁起の悪い言葉を連発したらこんなだろうって感じ。原爆とか反戦とかの批判、とくにドラマの根幹のとこは批判しちゃいけない。分かってんだけどなあ……。
「ぜっさん、今のはないで」
手を拭きながら席に戻って来た瑠美奈が困り眉毛になりながら咎めてきた。
「だって、瑠美奈いなくなっちゃうんだもん」
「しゃあないやろ、手ぇ上げたらトイレ我慢してたん気ぃついてしもてんもん」
「じゃ、どうすりゃ良かったのよ?」
「……ま、ぜっさんの性分やったらしゃあないんやろけど、もっと当たり障りのないことでよかったんちゃう?」
「ムーーーーー」
そこで幕間交流が終わったので、ロビーに出た。
高校演劇も全国大会になると人出が多い、ロビーには全国各地から様々な制服の高校生が集まっている。この五月まで通っていた神楽坂高校の制服を見つけた時は、思わず駆け寄ってしまったけど、ぜんぜん知らない子なので「オッス!」を言うために吸いこんだ空気をフッと吐き出す。写メを撮られた気配がすると、スマホを構えた瑠美奈がニシシシと笑っている。
「もう、お昼食べに行こ、お昼!」
「よっしゃー、ほんならグルメツアーに切り替えや!」
あたしと瑠美奈の共通点は切り替えが早いこと、この切り替えと反射の良さで転校初日に友だちになったんだ。
会場のガラスを通して道路向かい側のフードパークにピントが合ったときに声を掛けられた。
「あの、日本橋高校の敷島さんですよね?」
振り返るとミスター高校生のタイトルをあげてもいいような男子生徒が立っていたのだった。