ぜっさん・12
『当然凹む』
大阪に来て三か月ちょっと。
転校してきたその日に瑠美奈って親友ができたこともあって、大阪には疎い。
だって、そうでしょ、基本的には家と学校の往復だし、出かけるときも瑠美奈といっしょ。
たまの外出も出かけるというよりは、連れてもらっている感じ。
だから大阪のことには慣れない。特に地理的にはね。
地理的どころか、エスカレーターでも失敗する。
うっかり右側を空けて、後ろから咳払いされることがある。
なんで大阪は左側を空けるんだ! 最初はそう思った。瑠美奈には言えないけど、大阪は野蛮だ! と思ったよ。
ま、理屈じゃないんだけどね。横断歩道のフライング、これはいただけない。梅田の横断歩道で実感、なんたって信号の横に「青信号まで〇秒」ってシグナルが出る。それが出ているのに大勢がフライングする。この時の憤りがあるので、エスカレーターの左空けにも腹が立つ。
「ハハハ、ほんでも左側空けるのが、世界的には標準やねんで!」
「うそだ!」
瑠美奈に言われて検索したら、その通りだったので、余計にムカつくのよ!
で、たまには一人で出かけて大阪に慣れようと努力をするのだ!
お気に入りのワンピにストローハットで家を出る。
目指すは天王寺公園。ゆっくり季節の花を愛でることにした。
エスカレーターも、ちゃんと左側を空け、無事に四天王寺前夕陽ヶ丘の駅に着く。
ほんとうは、もう一駅向こうの天王寺なんだけど、ある程度歩いておかなきゃ距離感や方向感覚が成長しない。
えと……こっちだな。
地下鉄の階段を上がって、一度だけスマホで確認。
地下鉄の出口を間違えると、うっかり南北を間違えて反対側に行ってしまう。
方角を見定めて歩きはじめると、押しボタン式の横断歩道でお婆さんがオロオロしている。押しボタン式というのは青の時間が短い。きっと渡るきっかけを失ってテンパってるんだ!
「お婆さん、おぶさって!」
ちょうど信号が青になったので、わたしはしゃがんでオンブするようにお婆さんを促した。
「行きますよーーーーー!」
四車線を跨いでいる横断歩道を、お婆さんをおんぶして、小走りで渡る。
信号待ちしている車の運ちゃんが、微笑ましそうに笑っているのがこそばゆい。
美少女がお婆さんを助ける爽やかな夏の一コマ! うん、絵になるだろうなあ……なんて妄想してしまう。
「はい、お婆ちゃん、渡れましたよ!」
吹き出す汗も清々しい。
「あのなあ……さっき苦労して、あっちに渡ったとこやねんがな」
「え、えーーー!?」
「もー、きょうびの若いもんは」
で、押しボタンを押して、次の青で渡りなおした。
当然凹む。
「ごめん、遅くなっちゃった!」
天王寺公園の前で待っていた瑠美奈に謝る。
「どないしたんよ?」
「いや、実はね……」
遅れた理由を言うと、笑い声がステレオになった。
いっしょに待ちをきっていた藤吉が瑠美奈といっしょになって笑っている。
「もーー、なによ二人して!」
「あのお婆ちゃんは有名人でな……」
この界隈では有名なお婆ちゃんで、若い者をおちょくっては喜んでいるお滝婆さんということだった。
もーーーーー! 大阪って嫌いだーーーーーー!
主な登場人物
敷島絶子 日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
加藤瑠美奈 日本橋高校二年生 演劇部次期部長
牧野卓司 広島水瀬高校二年生
藤吉大樹 クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
妻鹿先生 絶子たちの担任
毒島恵子 日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド