魔法少女マヂカ・170
パンダ橋を渡って東京文化会館と上野の森美術館の間に入って左に折れる。
夏の日差しは、まだ十分の明るさだけど、そこはかとない寂しさを感じるのは、上野公園が有数の桜の名所であるせいかもしれない。美術館か博物館の見学の後、集合時間に間があるのだろうか、小学生たちが所在なげというよりは、暑さにげんなりしたように柵にもたれたりしゃがんだりしている他は、上野駅への木陰のショートカットする人たちが疎らに通るばかり。
上野公園は、ブリンダと七十年ぶりの邂逅でガン飛ばし合ったところだし、擬態したケルベロスと初めて会った場所だ。思えば、覚醒して以来、戦いに関わることでしか来たことが無い場所で、シーズン中に桜を愛でるという悠長なことをしたことが無いせいかもしれない。
「そうね、次のシーズンにはツンやみんなも誘ってお花見してもいいわね」
綾香姉の声でケルベロス。
「さて、西郷さんが見えて来たわよ、銅像と何のお話?」
「待って、魔法陣を書くから」
綾香姉は、指先から魔光(レーザーみたいなの)を出して、銅像の前にうっすらと魔法陣を掻き始める。
「魔光なんか出して、跡が残るよ」
「明日の朝には消えている……西郷さんを出すには、これでも弱いかもしれない……」
描き終えて、綾香姉は――エロイムエッサイム……エロイムエッサイム……――と召喚の呪を唱える。
もう少し気合いを入れなければ出るものも出ない気がするんだけど、暑さにやられたのか、ほとんど呟きにしか聞こえない呪では効力が薄いのか、いっこうに現れる気配がない。
エロイムエッサイム……エロイムエッサイム…………
何度目かの呪を唱えて、綾香姉の声がフツリと停まる。
「綾香姉?」
すると後ろに気配、半身で振り返るとお巡りさんがうろんな表情で通り過ぎていく。
「わたしがやろうか?」
「いや、魔法陣を描いたのはわたしだから……エロイムエッサイム……エロイムエッサイム……」
ますます声を小さくして綾香姉の呪が続く……すると、また後ろで気配。さっきのお巡りさんが戻ってきたか……?
振り返ると黄色い帽子をかぶった女子小学生が立っていた。