魔法少女マヂカ・171
ええと……わたしが西郷なんだけど
綾香姉のお尻をツンツンしながらJS(女子小学生)が上目遣いに言う。
「あ、あ……え?」
「こっちのお姉さんは魔法少女のマヂカさんね、根岸で会って以来ね。その節はお世話になったわ」
わたしを認識しているんだから西郷さん?
「あ、マヂカのお守をやっている綾香……だけど、本当に西郷さん? 七代後の子孫とか?」
「あなたの召喚力が弱いから、この子の体を借りてるの。魂の三割しか入れないから、言語中枢は、この子のを使ってる。ちょっと勘狂うかもしれないけど我慢して、ヨッコイショっと」
西郷さんは銅像を取り囲む柵に腰を下ろす。なんか可愛い(*ノωノ)。
他にも集合の声がかかるのを待っている小学生はいっぱいいるのに、チラ見したところ、いちばん可愛い子に憑依したようだ。
「この子がいちばん憑きやすかったから、ごく自然にね。えと、御用があるのはお姉さんの方ね?」
「あ、ああ」
「あの、せっかくきれいなお姉さんになってるんだから、擬態の言葉で話してくれない?」
「あ、おほん……そうね。じゃ、率直に聞くけど、諱(いみな)にこだわった理由が、もう一つ分からないのよ。西郷さんの諱が『隆永』だったことは、地獄の門番やってたわたしでも知ってる」
「え、そうだったの?」
「うん、ゲートの門番で出入りのチェックしてたから、端末には魔法少女以上の情報が入っているのよ。壬申戸籍を作る時に……」
「ジンシンコセキ?」
「明治五年に作られた、近代日本最初の戸籍よ。西郷さんは明治の元勲で、めっちゃ忙しかったから、鹿児島出身のおともだちが、かわりに届けたのよ。その時に『それで西郷さんの諱はなんと申される?』とお役人が聞かれたのよ。諱なんてめったに使わないから、そのお友だちは考えたの……たしか西郷家の男子は、代々諱に『隆』の字が付いていたはず……ええと……さよう、西郷隆盛であった! それで、お役人は『西郷隆盛』を正式な戸籍名として記録した。あとで知った西郷さんは『隆盛は爺さんの諱じゃっで、おいの諱は隆永じゃっど』と笑っちゃって、お友だちは訂正に行こうとしたんだけど『まあ、諱なんぞは使わんから、こいでよかよか』ということで、隆盛が定着したってお話、そうよね、西郷さん?」
「あははは」
JS西郷は可愛らしくも朗らかに笑った。
「あ、でも、弟の西郷さんは、たしか西郷従道、『隆』の字は付かないわよ。あのころは東京に居て、よく新聞とか読んでたから、記憶は確かよ」
「弟は『隆道』というのが正しいの。弟のほうも同じ友だちに頼んでいたから」
「え、弟の諱まで間違って届けたの?」
「あ、それは、そのお友だちの名誉の為にゆっとくけど、正しく担当のお役人には伝えたのよ。でもね、薩摩弁て、他の地方の人には分かりづらいでしょ。それで、お役人が何度も『もう一回』と聞き直すのよ。お友だちは『音読みでジュウドウでごわす!』と言ったのを『なるほどリュウドウ、漢字では『従道』でござるな』となって、邪魔くさくなったお友だちも『そいで、よか!』ってことになって、間違った名前が世の中に広まったってわけなのよ。プリッツ食べる、おねえちゃん?」
「あ、ああ、ありがとう」
三人仲良くプリッツをいただく。ポリポリポリと西郷さんの銅像前に小気味いい音が響く。
二本目に手を出そうとして、わたしは思い至った。
「え、じゃ、諱なんて、どうでもよかった?」
ツンは、西郷さんの本当の諱を取り戻すのに命を懸けて日光まで付いてきたんだ、そして、わたしといっしょに妖の頭目である東京タワーをなんとかやっつけて、根岸じゃ西郷さんも、ずいぶん喜んでくれたはず。
「口実だったのね……西郷さん?」
わたしも一言かまそうと思ったら、向こうの方から声が掛かった。
「みんなあ、集合の時間ですよお!」
引率の先生が小学生たちに集合をかけている。
「ハーーーイ、せんせい!」
元気よく返事して西郷さんは集合場所に駆けていく。
なんのための口実だったか聞けなかったけど、聞かずとも分かった。
「ねえ、帰ったら詰子と食事に出ようよ、渡辺三姉妹のお祝いにしよ」
「ああ、それがいいな」
ようやく暮れ始めた上野公園を駅に向かって歩き始めた。