ライトノベルベスト
あれ?
あまりの軽さに、ケイの腕は五センチほど浮いてしまった。
その文庫サイズの本を手に取ったのは、数あるライトノベルが並んでいる中で、タイトルが意表を突いたからだった。
『ライトノベル』
それしか背表紙には書いていなかった。
膝の高さには、売り出し中の『魔法学校』や『ぼくの妹』なんかのシリ-ズ物の新刊本が平積みになっていた。いずれもケイは途中でつまらなくなって、投げ出した物ばかりである。
だいたい、ライトノベルというのは、表紙で騙される。
体は大人、顔は小学生みたいなヒロインのアップと、ポップなタイトルとキャッチコピー。で、読むと、たいがい半分くらいで飽きてしまう。『二宮ハルカの憂鬱』なんか、そのムチャクチャなストーリーと、話の飛躍に憂鬱になったが、ケイはたとえ図書館でただで借りたものでも「なにかの縁」と思って読んでしまう。
それに、ごくタマにだけど、飯室冴子や大橋むつおのような当たりがある。そこでケイは、面白げなものがあれば、書名、出版社を記憶しておいて図書館に希望図書として登録する。
で、まあ、八割の確率で読むことが出来る。むろん時間はかかるが、ケイのラノベへの興味は、その程度のものである。たとえ十七歳の女子高生であっても、やることは他に一杯ある。
何かって?
それは、この話を読み始めたばかりの貴方にはナイショ。
で、その『ライトノベル』はあまりに軽すぎた。
350ページはあろうかという、その本は、普通200グラムぐらいはある。だから、それだけの覚悟で書架から抜き出すと、100グラムあるかないかで、思わず手が浮いてしまったのである。
表紙を見て、また驚いた。
タイトルは背表紙のまま『ライトノベル』。で、表紙の絵に驚いた。ケイと同じような制服を着た女の子が、書架からラノベを取りだして、あまりの軽さにのけ反っている絵だった。
キャッチコピーは、「驚くほど、あなたのライトノベル!」であった。
――主人公は、そのラノベの、あまりの軽さにのけ反った――
最初の一行に書いてあった。
「ハハ、まるであたしのことだ」
小さい声で、呟いてしまった。そのときレジのオネエサンと目が合って、ニッコリ微笑まれたので、おもわず頬笑み返ししてしまった。
裏をひっくり返すと、値段は480円。なんと心憎い値段ではないか。ワンコインより、たった20円安いだけなんだけど、とってもお得な気にさせてくれる。
「これください」
気が付いたら、レジのオネエサンに500円玉といっしょに渡していた。
「この本、これが最後の本なんですよ。ラッキーですね」
オネエサンは、我がことののように嬉しそうな顔になった。
「これ、オマケのシオリです」
「あ……」
ケイは、またまた驚いた。
「あ、あなたも、そう思う?」
「このシオリの女の人オネエサンにソックリ!」
「そうなの、まあ、わたしって、どこにでも居そうな顔だけどね」
「そんなことないです。とってもステキ!」
セミロングの髪が、鎖骨のあたりでワンカールしていて、程よくオネエサンだった。
「カバーも専用のにしときますね」
そのカバーはプラスチックで出来ていて、ほとんど透明。人物のところだけ、表紙と同じように人型があるのが裏からでも分かった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ケイは思わずニンマリしてしまった。
ショッピングモールの通路に出て気づいた。カバーがかけられた表紙の女の子は、似たようなではなく、ケイ自身をイラストにしたようにそっくりだった。
表情だけじゃない。制服も校章までいっしょだった。髪も、カバーをかけるまではボブだったけど、プラスチックのカバーを掛けたそれは、ケイと同じポニーテールで、シュシュの柄までいっしょだった。
思わず振り返った。
レジには、服装はいっしょだったが、ショ-トヘアで丸ぽちゃの別の女の人がいた。
「あの、いままでこのレジに立っていたオネエサンは?」
「え……一時間前からずっと、わたしが立っていたけど」
「あ……そうですか」
ケイは、なんだか気圧されたような気になって、モールの出入り口に向かった。
そして、振り返ると……書店そのものが無くなっていた……。
つづく