ライトノベルベスト
ケイは佐藤先輩と杉野さんカップルの共通のカワイイ後輩という、妙な位置に落ち着いた。
杉野さんも、生徒会の会計をやっているので、ケイの働きぶりや、人柄をよく知っていた。だから人間としてケイのことが嫌いなわけではない。むしろ目端の利く働き者のかわいい子という認識では、一致していた。
ただ、自分の恋敵としてのケイの存在が許せないのである。
「じゃ、二人の妹ぐらいのところで手を打てよ」
生徒会長の、なんとも玉虫色のような結論に落ち着いてしまった。
しかし、生徒会をバックにつけたようなものなので、なにかと便利。
クラブの稽古場は、今まで、普通教室の渡り鳥で、舞台の実寸通りの稽古ができず。始めに机を片づけ、終わったら机を元に戻すという厄介な作業に時間と労力をとられていた。
それが、なんと同窓会館が使えるようになった。
一度椅子やら机を片づけてしまえば、本番が終わるまで、そのまま使えた。エアコンの効きも良く、なんと言っても舞台と同じスケールで稽古できるのは嬉しかった。
家に帰って、ライトノベルを読むと、そのことがオモシロおかしく書かれていて、ここんとこ毎日読んでいる。読み返してみると、ケイは、いつも誰かに助けられてというか、利用して、あるいはギブアンドテイクでやってきたことが分かる。
で、これがヒントになった。
いま稽古している『すみれの花さくころ』はネットで検索したら、名古屋の音楽大学がオペレッタにして上演したことが分かった。
「アタックしてみたら」
シオリのオネエサンも、そうけしかけてきたので、佐藤先輩に頼んで、その音楽大学に電話をしてもらった。だって、音大の教授なんておっかなくって、まともに話なんか出来ない。
で、さすがは文化部長。楽譜と上演のDVDまで仕入れてしまった。
「いいねえ~」
と、沙也加。
「すてきねえ~」
と、利恵。
「でもねえ……」
と、三人。
音大のオペレッタは素敵だったけど、グレードが違う。とても、この素敵さでは歌えない。
「そうだ、あたしたちが歌ってあげよう!」
杉野さんの頭に電球が灯った!
杉野さんは引退こそしたけど、元音楽部の部長だ。現役の中から演劇部三人の声に似た子に歌わせ、もちろんピアノのやらの伴奏付きで。
それをバックでやってもらいながら、次第に自分たちの声を大きくするという手法をとった。
大成功だった。地区大会は大反響だった。
「高校演劇に新風を吹き込んだ!」
審査員の一人は激賞だった。
「でもね、音楽部の手を借りるのはルール違反じゃないかしら」
常勝校ゴヒイキの女審査員は痛いところをついてきた。
「それは、ちがいます」
佐藤先輩が手を挙げた。
「我が校は、演劇部、音楽部、軽音楽部、ダンス部をまとめて、舞台芸術部と称しております。つまり、逆さに言えば全員が演劇部というわけで、そういう点では、貴連盟の規約を尊重しました。部員数だけパンフレットを買わなければならないとされてもいますので、そのようにいたしました。ボクの勘違いかもしれませんが某校はうちの近所の中高一貫校の中学生がスタッフをやっていたやに見受けましたが……」
これで、審査員は黙り込んだ。
その日『ライトノベル』を読むと、佐藤先輩の爽やかな弁舌がイラスト入りで載っていた。最後の行が気になった。
――それからの主役は自分自身であると、ケイは、思い直すのであった――
で、『ライトノベル』の残りのページは、もう十ページほどしかなかった。
いよいよ、中央大会である。
みんな張り切った。沙也加が主役のすみれ。わたしがもう一方の準主役・咲花かおる。で、おっとりの利恵は由香と予選に変わらぬ布陣であったが、ダンス部がのってきて、ダンスシーンはAKBか宝塚かという具合になってきた。
ラストシーンの、かおるが幽霊として川の中に消えていくシーンでは、感涙にむせぶ観客まで居た。
問題は、全てのプログラムが終わって、審査発表前の、講評で起こった。
「ええ、都立乃木坂高校ですが……問題点から言います」
でっぷりした、審査委員長クラスのオッサンが、上から目線で言った。
「作品に血が通っていない……というか、行動原理、思考回路が、オホン。高校生のそれではありません」
頭に血が上った。この審査員は、かねてから某常連校の顧問とも親しく、はなから、結論をもって審査に臨んでいる……という、噂だった。
――ケイ、あなたが主役よ!――
シオリのオネエサンが、初めて口をきいた。
ケイは、背中を押されたようにして立ち上がった。
「今の言葉、もう一回言ってみてください」
一瞬シーンとしたあと、オッサンは、肩をそびやかせて、くり返した。
「作品に血が通っていない……というか、行動原理、思考回路が、オホン。高校生のそれではありません」
「あなたは、テープレコーダーですか!?」
「は……?」
「仮にも、中央大会の審査員。もう一回と言われて、そのままくり返すバ(カの字は飲み込んだ)アイがあるんですか。もう一度と言われたら、前の発言を補強するだけの論理性と整合性がなきゃ、イケマセン」
そうだ、そうだの声が上がった。
「え……」
「つまりい! どこをもって血が通っていないというのか!? どこをもって、行動原理、思考回路のそれが、高校生のそれと違うっていえるのか、ようく分かるように言ってもらおうじゃありませんか!」
「それはね、キミ……」
「それから、その後に書いてある、主役の女子高生をババアの設定にすればいいかも? それ、いったいなんですか!?」
「な、なんで知ってんの?」
「ボクが後ろから、ずっと見てました。先生がこの舞台をご覧になっていたのは、十四分二十五秒しかありませんでした。残りの時間は、ずっと目をつぶっていらっしゃいました。だよね計時係り?」
「はい、そうです」
佐藤・杉野コンビも冴えている。
「今は、講評で審査結果の発表ではありませんよね。どうぞ、審査員室で、審査の続きをなさってください」
審査は事実上のやり直しになった。
結果的には、ケイの乃木坂は二位で、関東大会に出ることになった。しかし、それから連盟のサイトは炎上することになった……。
――そして、ケイは自分の足で歩き始めた。もちろんケイ自身の道を――
『ライトノベル』はそうしめくくられ、完、となっていた。
ケイは無性にお礼が言いたくて、無駄と思いながら、あのショッピングモールに行ってみた。
ショッピングモールは、クリスマス一色だったが、そこだけ、我関せずと店が開いていた。そしてレジにはシオリのオネエサンが居て、一瞬目が合った。お互いにニッコリした。
ケイはお礼がいえると思ってカバンから『ライトノベル』を出した……すると、もう店は無くなっていた。
あの軽かった『ライトノベル』はズッシリと重くなっていた……。