大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・265『特別給付金の話題』

2021-12-13 20:20:02 | ノベル

・265

『特別給付金の話題』さくら     

 

 

 自分らはええなあ~

 

 リビングに入るなり、テイ兄ちゃん。

「家のもんが帰ってきたら『おかえりい』やろが」

 うちも留美ちゃんも、玄関入った時に「ただいまあ~」って言ってるから、ちょっとムカつく。

「なにが、いいんですか?」

 留美ちゃんは人格者やさかい、嫌な顔もせんと穏やかに聞き返す。

「特別給付金やがな」

「え」

「ああ」

「なんや、気ぃのない返事やなあ」

「せやかて、まだまだ先やろ? ちょ、じゃま」

「こんな狭いとこ通らんでもぉ」

「お茶が飲みたいのん」

 テイ兄ちゃんを跨いで、テーブルのヤカンをとる。気配で分かった留美ちゃんが、キッチンに湯呑をとりにいく。

 うちは、冬でも麦茶とか湧かして、リビングのテーブルに置いてある。

「さくら、制服の肘のとこ光ってるなあ」

「そら、学校で、いっしょけんめい勉強してるさかいね……」

 留美ちゃんが持ってきてくれた湯呑にお茶を淹れる。

 クポクポクポ……

 ちなみに、湯呑は三つ。

「勉強したら、肘のとこが光るんか?」

「そら光るよ」

「そうか……」

 クソ坊主は、ムックリ起きると、テーブルに向かって勉強の姿勢をとりよる。

「……光るというか……擦り切れるのは袖口とちゃうか?」

「うっさいなあ、お茶飲んだら、さっさと檀家周りに行っといで!」

「まだ、三十分ある」

 うっとい従兄や。

 お茶のんださかい、さっさと自分の部屋いこと思たら、留美ちゃんがソファーに落ち着いてしもてるし。

「給付金、頂けたら高校の入学資金の一部にあてたいんです」

「「そんなあ」」

 これだけは従兄妹同士で声が揃う。

「え、ダメですか?」

「ダメやよ、そんなん、自分の好きなように使わなら」

「せやせや、親父もお祖父ちゃんも、そのつもりやで」

「えと、だから……」

「お父さんから、毎月、キチンとお金入れてもろてるし、進学に関わる分は、別に入れるて言うてはるらしいで」

「ええ、でも……」

「あたしは、オキュラス買おとか思てるねんよ」

「「ああ、VR!?」」

 今度は、留美ちゃんとテイ兄ちゃんが揃う。

「うん、あれでグーグルアースやったら、完全3D! 360度景色やさかい、世界旅行ができるし!」

「そうなんだ」

「あ、うちひとりが買うても、留美ちゃんにも貸したげるし」

「あ、嬉しい(^▽^)」

 胸の前で手を合わせて喜ぶ留美ちゃん。

 留美ちゃんも、反射的に喜びとか表せるようになってきた。

「見ろ、さくら! これが、三年間勉強してきた制服や!」

 テイ兄ちゃんが、大げさに留美ちゃんの袖口を指さす。

 指ささんでも、テストの最終日に確認し合ったとこやさかい、驚きとか衝撃はない。

「そんな、大げさに言わんでもぉ」

「…………」

 ほら、留美ちゃん、赤い顔して俯いてしもた。

「ほんで、支給のお知らせとか来たん?」

「あ、いや、山形市とかは、来週早々やとか、お参りに行って噂やったし、堺も早いんちゃうか」

「なんや、まだ噂話なん!? ああぬか喜びやし、留美ちゃん、着替えに行こ」

「うん」

 クソ坊主は放っておいて、部屋に向かう。

「ねえ、さくらぁ」

「なに?」

「給付金の話、詩(ことは)ちゃんの前ではしないほうがいいよ」

「え、なんで?」

「だって、詩ちゃん……十九だから、給付金無いよ」

「え……ああ」

 なんちゅう気ぃのつく……せやけど、うちは言うた。

「そんなん気にせんでええのん!」

 なれることも、気配りも大事やと思う。

 留美ちゃんは、まだ、そのバランスがしっくりとは行ってへん感じ。

 せやけど、気ぃつかいながらでも、ちょっとずつ家族になってきてる。

 

 給付金でオキュラス買うても、まだまだ残る。

 残りは、留美ちゃんを含め、なんか家族のために使えたらと思う。

 そう言えば、もうじきクリスマス。

 関係ないけど。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明神男坂のぼりたい09〔明日香の神さま〕

2021-12-13 09:28:02 | 小説6

09〔明日香の神さま〕  

 


         


 今日もS君が来てない……。

 

 まだ新学期が始まって三日目だけど、二学期もよく休んでいたので気になる。

 クラスの何人かは心配してるみたいだけど、大半の子は「Sは、もうダメだ」と思ってる。

「放課後は、あしいないから」

 担任の毒島(ぶすじま)先生は、昨日も、そう言ってた。

 きっとS君とこの家庭訪問。

 お父さんが元高校の先生だから、よく分かる。

 毒島先生は、S君を切りにかかってる。

 ダメな生徒には無事に自主退学してもらうために家庭訪問が増える。

 正直S君は弱いと思う。

 苗字が『宇宙戦艦ヤマト』に出てくるキャラクターと同じなんで、一学期に、ちょっとからかわれた。だけど、イジメなんちゅうものではないと思ってる。

 クラスには鳩山君いうのもいてて、この子もずいぶんからかわれた。だけど、そんなのはほんの一カ月ほど。案外しっかりした子で、学級委員長にも選ばれて、周りからは、こう呼ばれてる。

「鳩山の皮を被った阿倍」

 S君は、ちょっとからかわれたことを理由に引きこもってるだけ。

 あんまり同情はしないけども、どうにかせいと思う。

 名前と言うと、うちの担任もたいがい。

「毒島」だもんね。

 ついでに、先生の一人称は「あし」だけど、立派な、どっちか言うとベッピンの部類に入る女先生。

 喋り方がせっかちなんで、『あたし』が『あし』に縮まってしまう。

 お母さんに言うと「明日香もそうだよ」って返事が返ってきてショックだったのは、一学期の始業式でおもしろいと思って話した時。

 え!?

 それから気を付けてるし、先生の『あし』も好感度。

 

 そうそう、お父さんには、いらないことを教えられる。

 

 保育所のころなんだけど。

 しょ 処女じゃない♪ 処女じゃない証拠には♪ つん つん 月のものが 三月も ナイナイナイ♪

 これを四つの明日香に『しょじょ寺の狸ばやし』で覚えさせた。

 保育所で歌っていたら先生が目を回して、お母さんに連絡されて、我が家には珍しい夫婦喧嘩になった。

 他にも、『インターナショナル』と『愛国行進曲』とか歌えるよ。これも、お父さんが保育所の行き帰りで、無垢なあたしに覚えさせたもの。

「おおきくなったら、右翼にも左翼にもつぶしがきく」

 というのが名目だけど、ようは「おもろい子ぉ」にしてやろうというイチビリ根性。

 で、お父さんの言うことは、あんまり信用していない。

 だけど、一つだけ、あたしの中で定着したものがある。

 

『神田明神は偉くて悲しい神さま』

 

 神田明神には五柱の神さまがいるんだけど、有名なのは平将門。

 将門は平安時代の武将なんだけど、国司として赴任してきた関東地方が、他の国司や豪族の為にいいようにされていたのに義憤を感じて挙兵して、今でいう住民のための政治をしようとした。

 それは、当然都に対する反逆ってことで討伐されてしまって、首をちょん切られた。

 首は都で晒し首になったんだけど、ある晩、轟音と共に飛び立って関東に戻ろうとした。

 でも、力尽きて、いまの丸の内あたりに落ちて、それは『将門の首塚』と大事にされ。

 その御霊は神田明神に祀られて、千年の後にも江戸の総鎮守として崇敬を集めて今日に至っている。

 

 お父さんも、ここ、明神男坂の生まれだし、ま、そういうところが明日香の中にもあるってことでさ。

 あたしの神さまってことですよ。

 

 今朝も、「三学期はじまりました、よろしくお願いします」と手を合わせてきた。

 

 で、S君は今日も来ていない。

 まあ、ええけど。

 クラブの稽古では、ダメ出しばっかりされて凹んでしまう。まあ、本番まで三週間しかないから、しかたない。

 けど、胃が痛いよ~。

 これは、何か食べないと直らない……そういう理屈で食堂を目指す。

「鈴木君、改めてモデルを頼みたいんだけど」

「え!?」

 すると、美術部のイケメン馬場さんに呼び止められた。

  これって、神さまの御利益……!?

 

 休みの日に家に居るのは好きじゃない。

 

 住まいとしての家には不足はないよ。二十五坪の三階建てで、三階にあたしの六畳の部屋がある。

  お母さんは、学校辞めてから、テレビドラマをレコーダーに録って、まとめて観るのが趣味。半沢直樹やらニゲハジやら映画を録り溜めしたのを家事の合間に観てばっかり。

 で、家事のほとんどは洗濯を除いて二階のリビングダイニング。

 お父さんは自称作家。

 ある程度名前は通ってるけど、本が売れて食べられるほどじゃない。

 共著こみで十何冊本出してるけど、みんな初版第一刷でお終い。

 印税は第二刷から10%。印税の割合だけは一流作家だけど、初版で終わってたら、いつまでたっても印税は入ってけこない。

 劇作もやってるから上演料が、たまに入ってくるけど、たいてい高校の演劇部だから、高校の先生辞めてから、やっと五十万あったかどうか。

 で、毎日一階の元は店舗だった部屋に籠もって小説書いてはブログで流してる。

 

 当たり前だけど、あたしには四人のジジババがいる。

 

 お父さんの方のジジババは亡くなったけど、お母さんの方のお祖母ちゃんは、あちこち具合が悪いと言いながら元気。

 練馬の石神井の方に家があるので、ときどき行く。

 お祖父ちゃんが元気だったころは、石神井(しゃくじい)というのは、お祖父ちゃんのことだと思っていた。

 お母さんも『しゃくじい』って、お祖父ちゃんのこと呼んでたしね。

『石神井のお祖父ちゃん』というのは、長いから、つづめたというか省略したというか『しゃくじい』で通していた。

 小一の時に『しゃくじい』が亡くなって『しゃくばあ』になった。

 

『しゃくばあ』んち、行って来る。

 

 そう言って家を出た。

 うちから石神井は、ちょっと遠い。

 中央線で池袋に出て、西武池袋線に乗り換えて、準急なら二駅、普通なら九駅。

 お母さんも、ちょくちょく行くのは億劫なので、わたしが行くのは、ちょっと渡りに船だったりする。

 特にあれこれ持っていけとは言わない。

 還暦が過ぎた娘が行くよりは、JKの孫が言った方が喜ぶしね。

 ときどきお小遣いもらえるのも嬉しいんだけど、そんな即物的な目的だけじゃない。

 駅を出て南に行くと、武蔵野の雰囲気をよく残した石神井公園がある。

 大きな石神井池を中心にした公園で、休憩所を兼ねたボート乗り場があって、しゃくじいが生きていたころは、よくボートに載せてもらった。

 普通のボートと白鳥のボートがあって、両方とも好き。

 お母さんは、子どものころから乗り飽きてるので、いつも、あたしがしゃくじいといっしょ。

 お父さんも、しゃくじいは明日香と乗りたいって分かってたから、自分は乗らずに池の周りを散歩することが多かった。

 

 今日はね、もうひとつ目的というかお役目がある。

 

 石神井戎神社の十日戎(とおかえびす)。

 東京で商売繁盛のお祭といったら、秋の酉の市なんだけど、戎祭もあるんだよ。

 有名なのは、浅草神社の二十日戎。

 二十日まで待っていられるか! かどうかは分からない(^_^;)んだけど、十日戎。

 浅草がやってるなら、やってやろうじゃねえかってんで、浅草戎と並んで復活した。

 しゃくばあが、こういう縁起物には目が無いんで、孫の明日香が代参。

 

 明神さまに――石神井戎いってきます――とご挨拶して、今日は正面の大鳥居から出る。

「おや、珍しい」

 だんご屋のおばちゃんに言われるのは、いつもと違って大鳥居から出てきただけじゃなく、なんか雰囲気が違うのかもしれない。

「お祖母ちゃんの代参で石神井戎行くの(^▽^)」

「なんだか、森の石松だね」

「あはは(^_^)?」

 適当に笑っておいたけど、意味は分かってない。

 

 十日戎というと、大阪とかの関西。

 検索して、今宮戎とか見たんだけど、まあ、賑やか。

―― 商売繁盛で笹持ってこい 日本一のエベッサン 買うて買うて福買うて~(^^♪ ――

 鳴り物入りで、囃し歌? なんてのも流れててフェスティバル。

 石神井戎は、流行り病のこともあるんだろうけど、穏やかなもので、御神楽が聞こえてくるぐらいのもの。

 まずは、手水舎(ちょうずや)で作法通り左手から洗い、右手、口をすすぐのを省略するとアルコール消毒のボトルが置いてある。神社も工夫している。

 拝殿へ。

 ガラガラ鳴らしてお賽銭投げて、まずは感謝。いろいろ不満はあるけど感謝。これもしゃくばあの伝授。それから願い事。芸文祭の芝居が上手いこといきますように、それから……あとはナイショ。

 それから、笹は高いしかさばるので、千円の鏑矢を買う。

 福娘の巫女さんは三人いてるけど、みんなそれぞれちがう個性なんだけど、美人という冠で揃ってる。でも、明日香的には明神さまの巫女さんが一番に思えるよ。

 ふと、きのうのあれからを思い出す。

 馬場さんは追いかけてきて「やっぱり、モデルになってくれないか」と言った。

 冷静に考えたら、単なる気配りのフォローだと分かるから、生返事で帰ってきたんだけどね。

 ひょっとしたら……社務所の窓に映る自分が見える。

 明日香って、意外にイケてる?

 ふと岸田 劉生の麗子像を思い浮んでしまった。

――モデルは美人とは限らんなあ……――

 そう思って落ち込む。

 参道を鳥居に向かって歩いていると、ベビーカステラの露店の中で座ってるS君に気づく。学校休んで、こんなことしてんだ……目が死んでる。

「佐渡君……」

 後先考えないで声をかけてしまった。

「鈴木……」

 こんな時に「学校おいで」は逆効果。

「元気そうじゃん……思ったより」

 佐渡君は、なに言っていいからわからないようで、目を泳がせた。

 あとの言葉が出てこない。

 濁った後悔が胸にせきあがってくる。

「これ、あげる。佐渡君に運が来るように!」

 買ったばっかりの鏑矢を佐渡君に渡すと、あたしは駆け出した。

 

「いいじゃないの、たまには他人様に福分けたげるのも」

 

 事情を説明したら、お婆ちゃんは、そう言ってくれた。

「ごめんね、お婆ちゃん」

「世も末っていうような顔でくるもんだから、お祖母ちゃん心配したよ」

「たまにしか来ないのに、世も末でごめん」

「まあ、いいじゃない。明日香、案外商売人に向いてるかもしれないよ」

「なんで?」

「ここだというときに、人に情けかけられるのは、商売人の第一条件さ」

 お婆ちゃんは、お祖父ちゃんが生きてる頃までは、数珠屋を構えて商売してた。子どもがうちのお母さんと伯母ちゃんの二人で、二人とも結婚が遅かったから、店はたたんでしまったけど、根性は商売人。

「ほら、お婆ちゃんからの福笹」

 お婆ちゃんは諭吉を一枚くれた。

「なんで……」

「顔見せてくれたし、いい話聞かせてくれた」

 年寄りの気持ちは、よく分からないけど、今日のあたしは、結果的にいいことしたみたい。

 チンチンチン

「これ」

 景気づけにお仏壇の鈴(りん)三回叩いたら、叱られた。

 ものには程というもんがあることを覚えた一日だった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベルベスト〔ゴジラのため息・2〕

2021-12-13 04:58:40 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

ため息・2〕   




 ゴジラはため息をついた。

 女の子らしい、ホワっとした吐息になって、一言主(ひとことぬし)のお蔭で、女の子の姿も板についたようだ。

「でも、これじゃ朝ごはんがつくれない」

 ちょっと気合いを入れて息を吐くと、程よい火が出た。その火で敦子のゴジラは、朝ごはんを作った。

 ご飯炊いて、ベーコンとスクランブルエッグ。匂いにつられて高校生たちが起きてきて、仲良く朝ごはんを食べた。

「あっちゃん、またね!」

 高校生たちは、スマホでアドレスの交換をしたがったが、「スマホはお父さんの所に置いてきた」と言って残念そうな顔をしておいた。

 スマホぐらい、そこらへんの葉っぱを使えば作れるんだけど、本性はゴジラ。友達になってはいけないと思った。

「どうだった、夕べは楽しかったかい?」

 一言主が聞いた。

 

「うん、楽しかった。でも、やっぱため息って出ちゃうのよね」

「出たっていいさ。もうカッとしたりしなきゃ火を吐いたりはしないから、で、これから、どうするんだい?」

「うん、ちょっとキングコングのとこでも行ってみる。あの人とも長いこと会ってないから」

「じゃ、これ使っていけよ」

 一言主は、倒木をクーペに変えてプレゼントしてくれた。

 敦子のゴジラは、高速をかっとばして街まで出た。

 キングコングは、もう引退したも同然で、南森町というところで志忠屋というコジャレた多国籍料理の店をやっていた。

「おう、珍しいじゃねえか。アイドル風のゴジラも、なかなかなもんだぜ」

 絵に描いたようなオッサンのなりをして、キングコングはカウンターの中から声を掛けた。一発で正体を見破られたことが、残念でもあり、嬉しくもあった。

「バレたんなら、気取ることもないわね。なんか元気の出るの一杯ちょうだい」

「あいよ」

 滝川浩一と偽名を使ってるといいながら、キングコングは50年もののプルトニウムをなみなみと注いでくれた。

 敦子のゴジラは、一口飲んで、ホッと吐息をついた。

「なんだ、まるで女の子みたいな、吐息ついて。ゴジラらしく火は吐かねえのかよ」

 言われて、ゴジラは小さく火を吐いた。

「なんだ、チンケな火だな」

「本気で吐いたら、店丸焼けになっちゃう。それよりもさ……」

「なんだい?」

「あたしのため息ってなんだったんだろう……?」

 アンニュイに頬杖つきながら、ゴジラは呟くように言った。

「それはさ……キザなこと言うようだけど、受け手の気持ちだと思うぜ……悲しみ……怒り……孤独……取りようしだいさ」

 キングコングの滝川は、二杯目には、ウランの炭酸割りを出してくれた。

「昔は、もっとはっきりした意志ってか、気持ちがあったような気がするんだけどね……」

「しかたないさ、お前さんは、元来拡散していく運命なんだ。名前だってゴジラって、複数形だもんな」

「アハハ、座布団一枚!」

 ゴジラはキングコングとバカ話ばかりして、店を出ようとした。

「すまん、ライターがきれちまった。タバコに火ぃ点けてってくれよ」

 敦子のゴジラは、フッと息を吹いてやった。タバコに程よい火が点いた。

 帰り道、敦子のゴジラは少し歩いてから、駐車場のクーペに向かった。その間に、消えかかった若い夫婦の心に、職業意識を失いかけている教師の心に火を点け、絡みかけてきたチンピラ4人を焼き殺したことは自覚していなかった。

 クーペのキーを開けながら「やっぱ、ゴジラに戻ろうか……」そう思ったが、一言主の魔法が強いのか、長く敦子になりすぎたせいか、もとには戻れなかった。

「ホ……」

 夜空に吐息一つついて、敦子になりきってクーペを発進させた。

 クーペは自動車の波の中に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする