明神男坂のぼりたい
生まれて初めて学校をズル休みした。
ズルだというのは、お父さんもお母さんも分かってるみたいだったけど、なにも言わなかった。
夕べ、ネットで近辺の葬儀会館調べまくった。
「そちらで、佐渡さんのご葬儀はありませんか?」
六件掛けて、全部外れ。
自宅葬……いまどき、めったにない。
それに佐渡君の家の様子を察すると絶対無い。あとは、公民館、地区の集会所……これは、調べようがない。
「ほとけさんは、必ず火葬場に行く、あのへんだったら、○○の都営火葬場だろなあ」
お父さんが、呟くようにして言った。時間も普通一時から三時の間だろうって呟いた。
「行ってくる……」
お父さんは、黙って一万円札を机の上に置いた。
「最寄りの駅からはだいぶある。タクシー使え」
「ありがとう。でも、いい」
そう言うと、三階から駆け下りて、坂の上にペコリ。
チャリにまたがると、火葬場を目指した。
佐渡君は、あんな死に方したんだ。タクシーなんてラクチンしちゃダメだ。
家から一時間も漕いだらいけるだろう。
スマホのナビで、五十分で着いた。
補導されるかもしれないけど、ウィンドブレーカーの下に制服を着てきた。
いつもルーズにしているリボンもちゃんとしてきた。
こんなたくさんの人て死ぬのかっていうほど、霊柩車を先頭に葬儀の車列がやってくる。
むろん通勤電車並ではないけど、感覚的にはひっきりなし。
あたしは霊柩車とマイクロバスに貼ってある「なになに家」いうのをしっかり見ていた。
……八台目で見つけた。
霊柩車の助手席に、お母さんが乗っている。事故の日とちがって、ケバイことは無かった。
霊柩車の後ろのマイクロバスは、半分も乗っていない。ワケありなんだろうけど寂しいなあ。
窓ぎわに佐渡君に似た中坊が乗っている。弟なんだろうなあ……。
火葬場に着いたら、だいたい十五分ぐらいで火葬が始まる。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの葬式で見当はつくようになった。
「十五分。いよいよ……」
数珠は持ってけこなかったけど、火葬場の煙突から出る湯気みたいな煙に手を合わせた。待ってる間は自転車漕いできた熱と、見逃してはいけないという緊張感で寒くなかったけど、足許から冷えてきた。
焼けて骨になるのに一時間。一時間は、こうしておこう思った。
佐渡君は、たった一人で逝ってしまたんだから……。
「ありがとう、鈴木」
気がついたら、横に佐渡君が立っていた。
「佐渡君……」
「学校のやつらに来てもらっても嬉しくないけど、鈴木が来てくれたのは嬉しい」
「あたし、なんにもできなかった」
「そんなことないよ。破魔矢くれたし、救急車に乗って最後まで声かけてくれた。女子にあんな近くで名前呼んでもらったの初めてだ。それに、手を握ってくれてたよなあ」
「え、そうだった?」
「そうだよ。鈴木の手、温かくて柔らかくって……しょうもない人生だったけど、終わりは幸せだった。ナイショだけどな、夕べ、オカンが初めて泣いた。オカンはケバイ顔とシバかれた思い出しかなかったんだけどな。オレ、あれでオカンも母親だというのが初めて分かった」
「佐渡君……」
「だけど、ほんの二三秒だよ。オカンらしいよ…………じゃ、そろそろ行くな」
「どこ行くの?」
「さあ、天国か地獄か……無になるのか。とにかく鈴木にお礼が言えてよかった……」
佐渡君の姿は急速に薄れていった。あたしの意識とともに……。
「おう、やっと気がついたか」
気が付いたら、火葬場の事務所で寝かされてた。
「なんか、ワケありの見送りだったんだね。冷たくなってただけだから、救急車も呼ばなかったし、学校にも連絡はしなかったよ。まあ、これでもお飲み。口に合うかどうかわからんけどな」
事務所のオジサンが生姜湯をくれた。
暖かさが染み渡る。
「ありがとう、美味しいです」
「もっとストーブの傍にに寄りな。もう、おっつけご両親も来られるだろうから」
「え、親が?」
「ほっとくわけにもいかんのでなあ、生徒手帳とスマホのアドレス見せてもらった」
「いえ、いいんです。あたしの方こそ、お世話かけました」
オジサンは、それ以上は喋らず、聞きもしなかった。佐渡君も、いろいろあったんだろうけど、それは言なかった。
そして、だんご屋の軽ワゴンで、お父さんとお母さんが迎えに来てくれた。
車の窓から外見たら、心に積もりそうな雪がちらほらと降ってきた……。
※ 主な登場人物
- 鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
- 東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
- 香里奈 部活の仲間
- お父さん
- お母さん 今日子
- 関根先輩 中学の先輩
- 美保先輩 田辺美保
- 馬場先輩 イケメンの美術部
- 佐渡くん 不登校ぎみの同級生