大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・263『Oh Princess!』

2021-12-05 20:24:57 | ノベル

・263

『Oh Princess!』頼子       

 

 

 比較するんじゃないわよ!

 ……って言えたらいいんだけど。

 

 ほんとうに言ったら、以下のどれかだと思われてしまう。

 

(1) 17歳のヒステリー

(2) 自意識過剰

(3) 自覚が足りない

(4) おいたわしい

(5) そっとしてあげよう

(6) そんな顔してお散歩には行かれませんように

(7) なにか美味しいものを作ってさしあげよう

(8) 如来寺に電話して、ご学友に来ていただこう

 

 ガタン  ドテ!

 Oh Princess!

 ソファーに躓いて、みんなが母国語で叫ぶ。

 

 ああ、ほんとうに思われてしまった(^_^;)

 

 原因はね、愛子さまよ。

 ネットでもテレビでも、愛子さまが成人されたお祝いのVやら、有名人やらコメンテーターのお喋りでいっぱい。

 清子さんからお借りになったティアラ、新調されたドレス、にこやかで控え目な微笑み、100点満点と言っていいご挨拶。

「天皇皇后両陛下のお力になれるようになればと願っております」

 プリンセススマイルで、奥ゆかしく、それでいて生き生きとお言葉を述べられて、もう完ぺき。

 そして、新成人になられたお言葉は、来年の三月に持ち越し……理由は、例のKくんの弁護士試験の結果が出るのが二月だから。その結果次第で、日本国内の世論や皇室を見る目が大きく揺れるから。

 愛子さまのお考えばかりじゃないでしょ、両陛下や侍従の皆さん、宮内庁とのやりとりで決まったこと。

 でも、それらを呑み込んで、みんなを納得の笑顔にしてしまう。

 彼女が、ヤマセンブルグの王女なら、お祖母ちゃんの皴が100本は減って、血圧も20くらいは下がるでしょうよ。

 みんなの心配は(1)~(6)によく現れてる。

 

 今日はね、午後のお茶を領事以下の職員のみなさんと、サロンで頂きながら愛子さまの一連のVを観ていたのよ。

 そしたらね、(1)~(8)の反応よ。

(7)に期待しつつ、「これから、お散歩に行くから、お客様とかあっても会えないと思うので、よろしく」と言葉を残して裏口へ向かう。さくらたちは自分で会いに行くわよ、ただ、それは今日ではないというだけよ。

(8)も無し!

 領事館に呼ばれたさくらたちと会っても、ギクシャクするだけ、落ち着いたら、こっちから出向いて、あの本堂裏の部室で、ダミアをモフモフして、焼き芋とか食べながら無駄話するのがいいの。

 

 あれ?

 

 裏口を出たというのに、ソフィアの姿が無い。

 仏頂面で付いてこられるのもナニなんだけど、いつもいるソフィアがいないと気持ちが悪い。

 付いてこなきゃ、ソフィアのミスになる。

 それは可哀想だから、優しいわたしは裏口まで戻って、裏口インタホンに手を伸ばす(オートロックだから、中から開けてもらわないと入れない)。

 やめるんですか?

 キャーー!

 耳元で声がして飛び上がる。

 振り返ると、30センチの距離にソフィアの顔。

 それもね、いっそう磨きのかかった仏頂面……で、なんだか目が三白眼。

 なんだか怖い。

「いかがでしょう」

「な、なにが?」

「ちょっと、ゴルゴ13風に気合いを入れてみたんですが」

 

 あ…………(-_-;)

 今日は散歩も止めて、早く寝ることにする。

 

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やくもあやかし物語・113『教頭先生に将門の事を聞く』

2021-12-05 15:05:54 | ライトノベルセレクト

やく物語・113

『教頭先生に将門の事を聞く』   

 

 

 びっくりしたけど、よく分かっていない。

 

 なにが分かっていないのかというと、平将門。

 なんとなく、禍々しい感じはする。

 八房が、わたしを騙して背中に張り紙するし。その八房は、将門と戦って車いすに乗ってるし。

 

 だから調べてみた。

 

 最初はパソコンとスマホでググってみたんだけど、なぜか『平将門』って打ち込むとフリーズしてしまう。

「ねえ、教えてよ」

 コタツに向かって言うんだけど、チカコも御息所もコタツの中に潜って出てこない。

「なによ、居候のくせに!」

 頭に来てコタツを持ち上げる……が、いない。

 どこかに逃げたか、ステルスっぽくなって見えなくなったか?

 アノマロカリスに聞いても縫いぐるみのふりして、これもダンマリ。

「そうだ」

 受話器を取って黒電話の交換手さんに聞いてみる。

「教えて、平将門って?」

『……………』

 ちょっと沈黙だったけど、さすがは、豊原の電話局で最後まで任務を遂行した人だ。

 神妙な声で、こう言った。

『みんな恐ろしくて言えないんだと思います。言えば、八雲家や、この町に災いが降りかかります』

「でも、これじゃラチが明かないわ」

『でも…………解決にはならないかもしれませんが、教頭先生にお聞きになれば、あるいは……』

 そうか、教頭先生は見える人だった。

 我が家にも、この町にも関係が無い人なんだ。聞けば教えてくれるかもしれない。

「ありがとう、そうしてみる!」

 

 あくる日、朝一番で学校に行って、教頭先生に聞いてみた。

 教頭先生は、学校で一番早くから仕事をしているんだ。

『教頭先生なら、講堂裏の花壇の水やりをしているわ』

 正門にさしかかると、染井さん(学校で一番古い桜の木)が教えてくれる。

「え、あ、ありがとう」

 助かった、学校は結構広いから、職員室にいなかったらどうしようかと、ちょっと心配になっていたところだった。

『このへんの妖は、みんな、今度のこと知ってるわ。なんの手助けもできないけど、頑張ってね』

「うん、ありがとう」

 

 講堂裏に行くと、北向きで日照時間の少ない草花の手入れをしている教頭先生が見えた。

 

「やれやれ、やっぱり、わたしの所に来たか」

「はい、先生もご存知なんですか?」

「そりゃ、僕は見えるからね……染井さんも心配していただろう?」

「はい、ここも染井さんに教えてもらいました」

「将門のことだね」

「はい」

「将門というのは、平安時代の昔、東国で反乱を起こして、朝廷に楯突いた武将だよ」

「平清盛とかの親類なんですか?」

 平氏の武将って清盛しか知らない。

「うん、繋がっているけど、清盛よりも古い。将門は、東国を支配下に収めると、新皇を名乗って、朝廷の支配から離れようとしたんだ。新皇というのも『新しい天皇』って響きがあるからね」

 ちょっと恐ろしい気がした。天皇を名乗るって、とんでもないことだよ(;'∀')。

「そして、都から差し遣わされた軍勢に負けてさらし首になるんだけどね、首だけが空を飛んで行って、いまの東京の真ん中に落ちるんだ。それが、千代田区にある首塚だし、将門の霊を祀ったのが神田明神なんだよ」

「えと、どっちに行ったらいいんでしょ?」

「首塚は止しなさい。神田明神がいいでしょ、大黒様とか他の神さまも祀られてるから、まだ話が通じると思うよ」

「はい、神田明神ですね」

 忘れないように、手のひらに書いた。

「ハハ、子どもみたいなことを」

「アハハ、てか、まだ子どもですから(^_^;)」

 謙遜のつもりで言ったら、教頭先生の顔が曇った。

「そうだよ、八雲さんは、まだ中学生なんだ……味方なしでは……」

 先生は知ってるんだ、みんなソッポを向いていることを。

「そうだ、君の新しい仲間に六条の御息所がいたよね」

「は、はい……」

 コタツに潜って姿をくらましたとは言いにくい。

「彼女の弱点を教えてあげよう、弱点をちらつかせれば、嫌でも味方になるよ」

「え、なんなんですか、御息所の弱点て?」

「耳を貸しなさい」

「はい」

「…………………」

「え、そうなんですか!?」

「家に帰って直接言うまでは、口にしちゃいけないよ、御息所は聞き耳頭巾だからね」

「はい」

「それと、くれぐれも準備は怠らないで」

「はい」

 先生は、コルト・ガバメントのこともカップ麺のことも知っている様子。

 でも、教頭という立場とか言霊とかがあるから、それ以上は言えないんだ

 わたしは、御息所の弱点を頭の中で繰り返しながら一日の授業が終わるのを待った。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝

 

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明神男坂のぼりたい・01〔それは三日前に始まった〕

2021-12-05 11:15:21 | 小説6

01〔それは三日前に始まった〕      

 

 


 それは三日前の12月27日に始まった。

 

―― アスカ、ちょっと学校出ておいで ――

―― え、なんでですか? ――

―― 期末の国語何点だったかしら? ――

 

 これだけのメールの遣り取りで、あたしは年内最後の営業日である学校に行かざるを得なくなった。

 東風(こち)先生は、あたしの国語の先生でもあり、演劇部の顧問でもある。

 数学と英語が欠点で、国語がかつかつの四十点。それでなんとか特別補習と懇談を免れた。四十点というのは実力……とは思っていたけど、素点では三十六点。四点はゲタで、そのさじ加減は先生次第。

 きたるべき学年末を考えると行かざるを得ない。

 

 一分で制服に着替え、手袋しただけで家を飛び出す。

 

 玄関を出て左を向くと、明神男坂。

 68段の石段をトントン駆け上がり、神田明神の境内を西に突っ切ってショートカット。

 拝殿の前を通過する時には、どんなに急いでいても、一礼するのを忘れない。

 馴染みの巫女さんが――あれ?――って顔をしている。

 テヘって笑顔だけ返して、三十秒で突き抜けて神田の街を、さらに西に向かってまっしぐら。

 水道歴史観が見えたところで外堀通りに出て、そのままの勢いで学校に着く。

 

 東風先生の名前は爽子。

 

 名前から受ける印象は、とても若々しく爽やかだけど、歳は四十八(秘密だけど)。 

 見かけはショートがよく似合うハツラツオネエサン。アンテナの感度もよく、いろんなことに気のつく先生だけど、悪く言えば計算高く、取りようによっては今日みたいに意地悪な人の使い方もする。

 

「香里奈が、健康上の理由で芸文祭に出られなくなった。アスカが代わりに出るんだ」

「あ、あたしが!?」

 見当はついていたけど、一応は驚いておく。

「三年生出しても、来年に繋がらんだろ」

「だけど、あたし、まだ一年生……」

「なに言ってんの。三年以外っていったら、香里奈とアスカしかいない。で、香里奈がダメになったら、アスカがやるしかしょうがない。だろ?」

「……そりゃ、そうですけど」

「ハンパな裏方専門という名の幽霊部員から、このTGH演劇部の将来を担える生徒になんなさい。鈴木アスカ!」

「は、はい……」

「一年でダラダラしてたら、高校生活棒にフルぞ。もう三か月もしたらアスカも二年。ここらで、一発シャキッとしとようぜ!」

 と、愛情をこめて頭を撫でられた(ほとんどシバカレた)

 あたしの学校は、都立Tokyo Global high school(和名=東京グローバル高校。意訳すると東京国際総合高校……なんともいかめしく中味のない名称であることか!)

 二年前に三つの総合科の高校が統合されて一つになった。あたしは、その二期生で、三年生は、もとの学校の名前と制服を引き継いでいる。

 統合と共にやってきた校長は、いわゆる民間人校長でTGHを含め四つの校長を兼ねて張り切っている。これは四倍の給料が出る? と思ったら、四校分の給料が出るわけではないらしい。

 なんだか火中の栗を拾うって感じで、入学式で見た時は期待した。

 あたしは、新設校は生徒への手当が厚いという中学の先生の薦めでこの学校にきたけど、どうも総合病院みたいに、ただ白っぽくてでかいだけの校舎はとりとめがなく、三校寄せ集めの落ち着きのない雰囲気にもなじめない。

 演劇部は、勧誘のAKBの歌とダンスがいけてたことと、東風先生の熱心な(下町言葉では『しつこい』)勧誘で入ってしまった。本当は軽音がよかった……とは、口が裂けても言えません。

 

『ドリームズ カム トゥルー』という一人芝居の台本をもらった。

「早めに目を通して、新年五日の稽古には台詞入れてくること!」

  ドン!

 背中をドヤされて職員室を出る。

 新設校のドアは、区立中学と違って、ピタリと閉まる。

 どうでもいいんだけど、銀行で用事を済ませて「ありがとうございました」って、行儀よく――でも、これでおしまい――って頭下げる銀行のオネーサンみたい。

 成績について色よい返事を期待したけど「もう三か月もしたらアスカも二年」という先生の言葉に脈ありのシグナルと、大人しく帰る。

 帰りは外堀通りを神田川沿いに東に向かう。

 いつもは、登校してきたルートを逆に帰るんだけどね、ちょっとシミジミの時は、少し遠回りの外堀通り。

 石柱とステンレスの柵の向こうは川沿いに結構な緑、緑の底には川が流れていて、時々電車の音。

 放電か充電か……ちょっと落ち着くんで、ま、こんな時には通るんだ。

 通り沿いにはお茶の水にかけて大学とかあって、学生さんとかも歩いてる。

 高校生や勤め人の群れの中を歩いているよりもいい。

  

 ボーっと歩いているうちに聖橋が見えてくる。

 聖橋を潜る手前に階段があって、そこを上がって403号線(都道)。

 うっかり聖橋を潜ってしまうと湯島の聖堂を大周りして200メートルほど余計に歩かなくてはならない。

 北に向かって、ちょっと行くと明神の大鳥居。

 気分によって、鳥居を潜ったり、パスして横っちょから家に帰ったり。

 

 ちょっと迷って、家に帰る。

 

 台本を読もうとするんだけど、ついテレビの特番を観てしまう。

 外国人の喉自慢にしびれ、衝撃映像百連発、ドッキリなんか観てると夜は完全に潰れ、昼間は、家の手伝いやら友だちとのメールの遣り取りなんかでつぶれてしまう。

 今日こそは……そう思ていると連ドラの総集編を観てしまって、大晦日の朝になる。

―― 台本読んでるかい? ――

 東風先生のメールで、ようやく台本を読み始める。

 かくして、この年末のクソ忙しいときに、我が『明神男坂のぼりたい』が始まってしまった!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問

 

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ライトノベルベスト『クリスマスには還る』

2021-12-05 06:32:45 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『クリスマスには還る』    




 還るって字に期待した。帰るというお気楽な字ではないから。

 帰還の還だぜ。昔なら兵隊さんが戦争に行って、男の戦いをやって帰って来るときに使った言葉だぜ。

 ネットで調べたんだけど、昔シベリアに抑留されていた軍人や軍属の人たちが日本にかえってくるときに『シベリア帰還兵』なんかに使った言葉だ。帰を前座に、真打ちにドッシリと構えた『還』だ。「還御=天皇・上皇などの貴人が外出先から居所に帰還することを言う」ってのもあった。とにかく、強い決心、尊い存在、切望される帰還、帰ってきたら、みんな旗振って迎えてくれる。そんなプラスのイメージをいっぱいまとった言葉だ。

 その言葉を使って、あんたは言ったんだ。「クリスマスには還る」って……。

 あれから、もう十か月。

 でも、あんたは還ってこない。連絡もアネキにだけだ。

 なんで、あのクソアネキにだけは連絡してんだよ。もう二十四にもなろうって女が、セーラー服まがいのチャラチャラしたの着て、短いスカートひらりさせてパンツなんか見せやがって。弟として恥ずかしい。

 昨日はブログの更新の日だったんで、思いっきり書いてやったぜ『セーラー婆あとオレ』ってさ。どうしようもねえ姉の有ること無いこと書いてやったら、アクセスPV:2500、IP:875だぜ。さすがに、イニシャルにしてやったけどさ。こんないかれた姉弟ねえもんな。

 世間は、自分よりアホな奴と、ひでえ境遇を見たり読んだりして喜んでんだよ。

 チ……またあいつが覗いてやがる。

 三つ隣の田中って家の黒猫。

 子猫のときはかわいがってやった。あそこの美紀とはクラスがいっしょだったから。

「もらってきたネコなんだけどカワイイでしょ!」

「お、やっと目が開いたぐらいじゃん。あ、名前当ててやろうか!?」

「え、アッチャンにわかるかなあ?」

「あのな、前から言ってるけど、その呼び方すんなよな。オレは昔のAKBじゃねえんだから」

「だって、敦夫君なんて、小学生みたいでしょ? アー君……」

「アハハハ!」

 思わず笑っちまった。あのころのオレは隙だらけの目出度い男だったからな。

 で、子猫の名前は一発で分かった。

『ジジ』だ。美紀はジブリファンだったから、黒の子猫と言えば、それしかない。

「当たった、すごい。アッチャン!」

 で、名前の由来を説明してやると、笑いやがんの。

「いつまでも、魔女の宅急便じゃないわよ。この子ね、鳴き声がオジイチャンみたいなの。それで『ジジ』」

「ほ-」

 そう言って、頭を撫でてやると、なるほど年寄りみたいな声で鳴きやがる。

 そいつが、大きくなって、ベランダづたいに時々通る。

 そして、おれが、その気配に気づくのを待ってやがる。

 それからは、にらみ合いだ。

 おれは、ジジの「なにもかも知ってるぞ」という目が嫌いだ。

 一度ブチギレて、ベランダの手すりから帚で落としてやったことがある。

 残酷? 死にやしない。ここは一階だもん。

 飼い主とは、この一年ほど口をきいていない。ゴミホリなんかで一緒になっても(オレって、割にきれい好きなんだぜ)微妙にタイミングずらして、目を合わせないようにしやがる。フェリペなんて、名前だけのお嬢学校に行くからだ。

 オレは、二回目の二年生、それも留年確定。

 ま、いいじゃん、選挙権持ってる高校二年生なんて、そうザラにはいない。そこまで勝負してやるぜ。

 めずらしくアネキが早帰り。

 キャップ目深に被って、やっぱ世間の目が気になるんだろうな。二十四にもなって、セーラー服まがい。まともにお天道様おがめねえんだろ。でも、アネキといえど女だ。オレは優しく声を掛ける。

「お姉ちゃん、風呂入るんだったら、用意するけど」

「ありがと、お願いするわ」

 で、オレは、セーラー婆あのために風呂掃除して、湯を張ってやる。

 入浴剤を入れて完ぺきに仕上げて洗面にいくと、アネキが早くも、ほぼスッポッンポン。

「いくら姉弟でも、たしなみってのがあるだろ」

「だったら、ジロジロ見ない」

「もう、今の稼業考えなよ」

 閉めたカーテン越しに言う。

「アッチャンには、分かんないの、お姉ちゃんなりに……」

 あとは、くぐもった鼻歌とシャワーの音で聞こえない。

「明日から博多、二日は帰らないから、アッチャンお願いね」

「ああ、いいよ」

「それから、あのブログ傑作だったね!?」

「あ、バレた?」

「バレるよ。イニシャル出てんだもん。文才あるって、秋吉先生も言ってた。今夜、セーラー婆あってバラして、ブログにしとくわね……」

 そう、オレ……いや、ボクは文章にだけは自信があった。

 定期考査の問題を添削して国語の先生に見せたら嫌がられた。あのときも……翻りて、と、翻してで顧問ともめた。で、あれが、学校から足が遠のく原因になった。ボクは、もう演劇部はこりごりだ……。

「ねえ、聞いてる。今度ブログまとめて単行本にするの。アッチャンのも載せていいよね。出典が明らかにならないと面白くないもんね。並のアイドルの本にはしたくないのよ……」

 ピンポーーン

 その時、ドアのチャイムが鳴った。

「アッチャン出てよ」

「え、あ、うん」

 玄関ホールには、一年遅れのサンタクロースが立っていた。
 
 南西諸島を日夜警備している、白にブルーのストライプを入れた船の船長が還ってきた……。

 この人には、並の言葉は通じない。

 本当は、もっとたくさんの言葉をシャウトしたいのに。

「ただいま」

「おかえりなさい……」

 親子の会話は、それだけだった。

 リビングでは父と娘が邂逅を喜び合っていた……。

 

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