大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい13〔小野田少尉〕

2021-12-17 06:57:39 | 小説6

13〔小野田少尉〕          


 

 
 珍しく、お父さんが二階のリビングでスマホを見ている。

「あら、珍しい」


 思ったままが口に出たあたしは、スゥエットの上下にフリ-スいう定番のお家スタイルで朝ご飯。

 今日は、久々に、完全オフの休日。

「小野田さんの映画が出来てたんだ、いやあ、秋のカンヌ映画祭に出てたんだけど、気が付かなかった」

「オノダさん……どこの人?」

 あたしは、お気楽にホットミルクを飲みながら、お父さんのいつになくマジな視線を感じた。うちは鈴木で、お母さんの旧姓は北野。オノダいう親類はいない。淡路恵子やら中村勘三郎が亡くなったときもショボクレてたから、古い芸能人かと思った。

「明日香には分からない人だよ」

 お父さんは、そう言って、一階の仕事部屋に降りていった。

「誰なの、オノダさんて?」

 同じ質問をお母さんにした。

「戦争終わったのも知らずに、ルバング島ってとこでずっと一人で戦争やってた人。それより明日香、家にいるんだったら、洗濯ものの取り込みお願い。洗剤も柔軟剤も変えたから、ちょっと仕上がりが楽しみよ。お母さん、恵比寿で友だちと会ってくるから、ちょっと遅くなる」

「恵比寿!? だったら豚まん買ってきてくれると嬉しい」

「あ、時間あったらね。それより、家に居るにしても、もうちょっとましな格好したら、ちょっとハズイわよ」

「へいへい」

 三階の自分の部屋に戻って、ベランダを開ける。洗濯物のニオイを確認。

「う~~~ん、ちょっと爽やか的な?」

 それから、ストレッチジーンズとセーターに着替えてパソコンのスイッチを入れる。

 なんの気なしに、お父さんが言っていた「オノダ」を検索した。候補のトップに小野田寛郎というのが出てたんでクリックした。

 ビックリした!

 穏やかそうな笑顔なのに目元と口元に強い意志を感じさせるオジイチャンの写真の横に、みすぼらしい戦闘服ながら、バシっときまって敬礼してる中年の兵隊さん。どうやら、新旧二つの小野田さん。

 昭和の偉人さんのようだ。思わずネットの記事やらウィキペディアを読んだ。

 1974年まで、三十年間も、ルバング島で戦争やっていたんだ。

 盗んだラジオで、かなりのことを知っていたみたいだけど、今の日本はアメリカの傀儡政権で、満州……これも調べた。中国の東北地方、そこに亡命日本政府があると思ってたみたい。

 日本に帰ってからは、ブラジルに大きな牧場とか経営して。細かいことは分からないけど、画像で見る小野田さんは衝撃的だった……1974年の日本人は、今のあたしらと変わらない。せやけど小野田さんはタイムスリップしてきたみたいやった。

 その小野田さんの映画がフランス人の監督で作られたんだ。

 ヘーホー……

 あたしの好奇心は続かない。昼過ぎになってお腹が空いてくると、もう小野田さんのことは忘れてしまった。

 で、コンビニにお弁当を買いにいった。

 お父さんは粗食というか、適当にパンやらインスタントラーメン食べて済ましてるけど、あたしはちゃんとしたものが食べたい。

 

「アスカじゃんか」

 

 お弁当を選んでたら、関根先輩に声をかけられた。

 心臓バックン!

「美保先輩はいっしょじゃないんですか?」

 と、ストレートに聞いてしまった。

「美保はインフルエンザ」

 

 で、二人で喫茶店に行ってランチを食べた。コンビニ弁当を選ぶ前でよかった(^▽^)/

 

「アスカと飯食うなんて、中学以来だなあ」

「そ、そですね(;'∀')」

 

 そこから会話が始まった。

 喋ってるうちに小野田さんの顔が浮かんできて、無意識に先輩のイケメンと重ねてしまう。

―― 覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。だが死を意識しないことで日本人は、生きることをおろそかにしてしまっているのではないだろうか ――

 ネットで見た小野田さんの言葉がよみがえる。

 憧れの先輩の顔……なんだけど、取り込むのを言われてた洗濯物を思い出した。

 その時、店に入ってくるお客さんがドアを開け、その角度で一瞬自分の顔が映った。しょぼくれてはいてるけど、先輩と同じ種類の顔をしていた。

 それから、互いに近況報告。二月の一日に芝居するって言ったら「見に行く」て言ってもらえた。

 ラッキー!

 家に帰ってパソコンを開いたら、蓋してただけやから、小野田さんのページが、そのまま出てきた。

―― ありがとう ――

 小野田さんに、そう言われたような気がした。

 

 ※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

 

 

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ライトノベルセレクト『メゾン ナナソ・1』

2021-12-17 05:59:45 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

『メゾン ナナソ・1』   
       


 
 
 気が付いたら彼女はそこに居た。

 サロペットジーンズのスカート。サラリとした髪が、僕の二の腕にかかったので気づいた。
 
「ごめんなさい、せっかく集中してたのに」
 
 化粧気のない、でも十分にきれいな笑顔で彼女は言う。そこはかとなく、懐かしくいい香りがした。
 
「いいですいいです、どうせ暇つぶしのゲームですから……」

 ボクは今時めずらしい浪人生だ。
 
 贅沢を言わなければ入れる大学はあった。
 
 でも、そういう大学は進路実績がイマイチなので、当初の希望校を一般入試で四つ受けて見事に落ちた。
 
 で、今は親の仕送りとバイトで浪人をやっている。

 バイトが終わると、三日に一度くらい、この『志忠屋』に来る。
 
 本店は大阪にあるんだけど、バイトで腕を磨いた多恵さんが東京にブランチを出した。
 
 本店のマスターは親父と古い友達で、バイト時代の多恵さんとも顔なじみだったので、自然と、ここに寄り付くようになった。
 
「スマホ、面白い?」
 
「あ、いや……癖なんでしょうね、女の人が無意識に髪を触るみたいな」
 
 言いながらマズイと思った。彼女が、たった今まで、それをやっていたような気がしたから。
 
「フフフフ……」
 
 図星だったのか、穏やかに笑って。でも、それが魅力的で、内心オタオタしてしまい、言葉の接ぎ穂が無くなってしまう。

 それからサロペットの彼女も黙った。
 
「あの、近所の方ですか?」
 
「そうよ、そこの川沿いの北。500メートルぐらいのところ。メゾンナナソに住んでるの。これでも管理人」
 
「え……」
 
「ハハ、似合わないでしょ。持ち主の伯母さんが亡くなってね、アパートってむつかしいのよ。住んでる人がいるからすぐには処分できない。で、立ち退きとか処理がつくまで、あたしが、親の代わりに管理人。まあ、いい人ばかりだから、あたしでも務まる」

 それからなんだか話し込んで、気づいたら二人で川沿いの生活道路を歩いていた。

 横丁から、お風呂帰りらしいアベックが出てきて、サロペットさんに「こんばんは」と小さく挨拶した。
 
「うちの住人のクミちゃんと大介君。仲いいでしょ」
 
 二人は無言で、先を歩いていく。サロペットさんは気を使って歩調を落とし、ボクも、それに倣った。
 
「あの、お風呂ないんですか、アパート?」
 
「あったらアパートなんて言わない」

 前を歩く二人が、なんだか新鮮だった。無言なんだけどスマホをいじるわけでもなく、それでいてちゃんとコミニケーションがとれている。
 
「あ、あなた方向逆なんじゃない?」
 
「あ、ほんとだ」
 
 ボクは南へ行かなければならないのに北についてきてしまった。

「あたしナナソナナ。また志忠屋で会えるといいわね」
 
「あ、ボクは……」
 
「ボクはボクでいい。じゃあね」
 
 サロペットのナナソさんは、クルリと髪をなびかせて振り返ると、軽やかな足取りで向こうに行った。

 ナナソナナ……ハハ、上から読んでも下から読んでもいっしょだ。でも、どんな字を書くんだろ?

 そんな疑問が、懐かしい香りがシャンプーの香りであることに気づくことと引き換えに残った……。
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