大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい19〔ああ 辞めてやった!〕

2021-12-23 08:26:35 | 小説6

19〔ああ 辞めてやった!〕  

 


 さすがに当日切り出すのは気が引けた。

 なにがって? 

 クラブ辞めることだよ。

 

 芸文祭は、意外にいけた。

『ドリーム カム トゥルー』は、女子高生の恋心を描いたラブコメ。

 で、一人芝居なもので、主役のあたしは、舞台には登場しない彼氏に恋心を抱いてなくっちゃならない。

 それも片思い。

 そのリリカルな描写が良かったと、講師の先生からも誉められた。

 瞬間、いい気持ち。

 

 この芸文祭、ちょっと気になることがあった。

 なにか言うと、お客さんの入りが良かったこと。

 いいことなんやけど、気になる。

 誰に聞いても、こんなに入ったことはないそうだ。ホールはキャパ434だけど、いつもはせいぜい80人ぐらいしか入らない。それが倍近くの150人ほど入っていた。

 あの美咲先輩でさえ、嬉しそうにしていた。

 もちろん役者のあたしとして、嬉しくないはずはない。

 

 ところが、この奇跡は、T高校のお陰だ言うことが、よく分かった。

 T高校は、一昨年都大会で一等賞になり、関東大会でも一等賞。

 で、全国大会でも一等賞。

 審査委員長の平目オリダのオッサンも大激賞! 旭新聞が文化欄三段記事で誉め倒していた。ちなみに他の新聞は、どこも書いていない。去年の本選の審査員に来ていたのが旭新聞の文芸部のオバチャン。

 その繋がりなんだろうなあ。

 しかし考えたら、それだけ大騒ぎして、434のキャパが一杯にはならない。まあ、世間の高校演劇のとらまえかたというか関心はこの程度。

 やっぱり部活としてはトレンドではない。

 それで、T高校の芝居が終わったら、潮が引くように観客が減っていく。最後のあたしたちの芝居の時は100人を切った。それでも例年の三割り増しぐらいにはなっているらしい。

 もう一つ分かったこと。

 うちの『ドリーム カム トゥルー』は井上むさしさんの作品なんだけど、この作品に教育委員会は書き直しを言ってきたらしい。

 別に差別的な表現があった訳では無い。Hな表現があったわけでもない。

 なんでも「死を連想させるような表現はNG」いうことで、連絡を受けた井上むさしさんは激おこぷんぷん丸だったらしい。教育委員会は「死なさないで、海外留学に行ったいうようなことで」と言ったらしい。

 それまでは「チャコの一周忌」いう言葉が「チャコが眠り姫(植物状態)になってから一年」に変わった。ちょっとした言葉の変更だから気にもとめなかった。

 井上さんのツイートで初めて分かった。年末にS高校で、生徒が自殺するいう事件があった。あれからというか、あれを過剰に意識してんのんかと思った。

 そりゃあ、S高校の自殺をネタにしたのなら、まだ四十九日にもならないから問題だろう。

 でも、この芝居はS高校とは関係ないし、取り組みはそれ以前から。

 それに、うちの芝居に出てくる死は病死、自殺じゃない。それも、話の背景として出てくるだけだ。

 羹に懲りてなますを吹く……この例えあってるかな?

 

 今日は、反省会と後かたづけ。

 まず、後かたづけ。

 これは真面目にやった。立つ鳥跡を濁さずです。

 で、美咲先輩が言う前に宣言した。


「あたし、今日で演劇部辞めさせてもらいます!」

 先輩らも東風先生もびっくりしていた。しばらく沈黙が続いたあと、先生が口を開いた。

「美咲も辞めるって言ってる。明日香も辞めたら、四月から部員ゼロになる」

 承知の上です。

「ま、それはいいんだ」

 え、なんでサラリと言えるわけ?

「新入生を二三人入れて鍛えたら、いまぐらいの演劇部はなんとかなる」

 え、え、そうなの?

「しかし、クラブ辞めたら、三年なったときに調査書のクラブの欄は空白になる。損するでえ」

 ほんと!? そんなことぜんぜん考えてなかった。

「だから、籍だけは置いときな。部活に来る来ないは勝手にしたらいい。じゃ反省してもしかたないか。今日はこれで解散!」

 まるで、急な出張が入って授業中断するような気楽さで、南風先生は言った……。

 まあ、ええわ。

 辞めることに違いは無い。

 ああ、辞めてやった!

 

 帰り道、拝殿前に立って明神さまにご報告。

 

―― 坂 降りる時は気を付けるんだよ ――

 

 え、明神さま怒ってる?

 言われた通り、気を付けて降りる。

 気を付けたせいか、なんとも無かった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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ライトノベルベスト『メゾン ナナソ・7』

2021-12-23 06:28:24 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

『メゾン ナナソ・7』   

 

 

 

 志忠屋の多恵さんから葉書が来た。

 

 なんとか大学に入って半年、志忠屋にもご無沙汰だ。

 

―― たまにはお越しください、奈菜さんも、どうしてるのかなあってカウンターで呟いてますよ ――

 

 奈菜さんに会いたい!

 

 思いが付き上げてきて、スマホでここんとこの予定を確認した。

 週三回のバイトと、前期にどうしても出ておかなければならない講義を確認。

 文学論と国史概説……選択教科だし、講義はつまらないし、レポートの締め切りは迫ってるし、この二つをブッチすれば時間のやりくりはつく。

 

 あくる日、一講時目だけ受けて志忠屋に急いだ。

 

「あら、残念、たった今まで奈菜さん居たのよ」

 ランチのピークを過ぎて洗い物に精を出していた多恵さんが残念そうに言う。

「あ、じゃ、追いかけてみる」

「あ、待って。お昼まだなんでしょ、オニギリ持ってきなさい」

「あ、すみません」

 お代を払おうとしたら「まかないだから」と言ってサービスしてくれた。ペコリとお辞儀をして、川沿いの道を急ぐ。

 あれから、何度かメゾン・ナナソを探りに、ここいらを歩いてみたけど、いっこうにたどり着けないでいる。でも、女の足だ、速く歩けば追いつけないことも無いだろう。

 しかし、追いつくと言うのは道が分かっていて言えることだ。

 不案内な道をやみくもに歩いていては追いつけるもないだろう。

 

 諦めの気持ちが空腹感と共に湧いてくる。

 

 曲がったところに小公園が見えたので、ブランコに腰かけてオニギリの包みをあける。

 オニギリ二個にお新香、焼きのりが別になっていて、これで巻いて食べろということだ。

 ソヨソヨとブランコを揺らしながらオニギリを頬張る。

 焼きのりの香りと食感、ヒンヤリしたご飯が心地い。具は肉厚の塩昆布。肉厚だけど、柔らかいので食べやすい。

 もう一個のオニギリは、多分焼き鮭だ。

 そう思って咀嚼していると、植え込みの向こうに道が開け、道の向こうにメゾン・ナナソが見えた!

 

 見つけた!

 

 感動して立ち上がると、包みのオニギリが地面に落ちて、数回転がったかと思うとバラバラになって、中の具が出てしまった。予想通りの焼き鮭なので『当たった!』とは思ったが、砂粒とゴミにまみれては食べられないだろう。

 と、そこに一匹の猫が飛び出してきて、焼き鮭をかっさらって行ってしまった。

 あーーーーーついてねえ。

 ため息ついて顔をあげると、ついさっきまで見えていたメゾン・ナナソが道ごと見えなくなってしまっている。

 幻だったのか……?

 

 ニャーーー

 

 さっきの猫が、公園の入り口で鳴いている。思わず殺気のこもった目で見てしまう。

『まあ、怒るな。ナナソへの道なら教えてやる』

 猫が喋る不思議さも忘れて時めいてしまう。

「ほんとか!?」

『今日は急ぎの用がある、こんど教えてやるから、楽しみにしてろ。じゃ、焼き鮭おいししかったぜ』

 それだけ言うと、クルンと身をひるがえして消えてしまった。

 仕方なく、あたりの写真を撮って家に帰った。

 

 

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