銀河太平記・086
村長、ほんとうにありがとう!
社長は深々と頭を下げた。
本業が扶桑幕府の小姓なので、篤実な礼儀作法に特別に感心することはない。
でも、日ごろから島中が友達付き合いのような西ノ島では、社長の礼儀は際立っている。
「よしてくれ、同じ島の開拓者だ、困った時はアイミタガイ……あってるよな、兵二?」
「はい、お互い様、英語では『We're faced with the same deifficuity』です。それで合っています」
「ということだから、気にしないで使ってやってくれ。お前らも自分の村だと思って働いてくれよ」
「合点だ、村長!」
サブが拳を突き上げ、三十人ほどのお助け隊が「おお!」と声をあげる。
「ありがとう、感謝の仕方というのは、こういう感じのしか知らないので、申し訳ないです」
「ほら、また頭を下げる」
「あ、これは……」
ワハハハハハ
お助け隊を出迎えた広場は暖かい笑いに満ちた。
落盤事故で、かなりの死者と怪我人を出したので、ナバホ村もフートンも、それぞれ三十人ほどの人とロボットを貸してくれることになった。
昼前にフートンのお助け隊がきて、同じように礼を言って主席に笑われたところなので、社長は顔を赤くして頭を掻くしかない。
「将軍や森ノ宮さまと同じ感じね」
「そうだね」
恵の感想に相槌を打つ。
ヒムロ社長は、遡れば、伝統的に礼儀にうるさい家系の出なのかもしれない。
しかし、礼儀と言うのは型に過ぎないから、心が籠っていなければ、ただの慇懃無礼。
かえって反発や不信を買ってしまう。
まだ、この人を知って一か月にならないが、ヒムロ社長は「本物なのかも」しれない。
「本物か……」
「ん?」
「フフ、声に出てたわよ」
「え、そう?」
「おや、あれは……」
メグミが顔を向けた先には、三人の少年を引き連れたお岩さんが食堂に向かっている。
食材を猫車や台車に載せて運んでいる様子だ。
「お岩婆さん、三人を手下にしやがった」
隣の岩場でシゲさんが、不足そうに腕を組んでいる。
「手下ですか」
「おうよ、作業体と……なんてったけ、オートマ体? 二つに使い分けられるようになってから、子分みたいに使ってやがる」
「わたしのせいじゃないわよ」
「わーってるよ。パチパチは働きもんだからよ」
シゲさんなりに感心しているんだ。照れ隠しなんだろう、石ころを蹴飛ばし、鉢巻を締め直しながら鉱区の方へ行ってしまった。
「兵二も、こっちに居続け?」
「うん、村長が『なんなら移籍してもいいぞ』って」
「ふうん……お互い、火星から因縁の仲ね」
「ああ、そうだね」
「あたし、本性は天狗党なんだけど……兵二は、そういうとこ聞いてこないね?」
「君のことは、お城に居る時に調べまくったからね……」
「え、あ……その目つき、なんだかヤラシイんですけど」
「でも、一つだけ」
「なによ?」
「メグミの外見、緒方未来だろ?」
「これはね……」
「まさか……ひょっとして固着してる?」
「うっさい! あたし、食堂の手伝い行って来る、パチパチは夕方には作業機械に戻っちゃうからね……」
いちどゆっくり話してみるか。
そう思って、僕も午後の作業の準備にかかる。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
- 村長 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地