大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい17〔志忠屋のリニューアル〕

2021-12-21 08:19:42 | 小説6

17〔志忠屋のリニューアル〕  


        


 メールを見てびっくりした!

 と言っても、お父さんのパソコン。

 小山内先生が、うちのパソコンにメールを打ってきた。

 演技についての長いダメやら注意をスマホで送るのは大変だから。うちで、パソコンのメールは、お父さんのパソコンでしか受けられない。

 なんでか言うと、お父さんはケータイが嫌いで、今時スマホはおろかケータイも持たない原始人。まあ、パソコン相手に仕事して、ほとんど家から出ないので、必要性はあんまりないんだけど。

 で、小山内先生のメールの後に入ってたお父さんのメールを開いてしまった。

―― すみません、なんだかんだで思ったより手間取りましたが、2月3日 月曜日 17時30分よりリオープンいたします。チーフ中村の“ローマ風ピッツア”や小皿料理をラインナップに加え、ラストオーダー24時の夜型営業の店として再スタートします。ランチのお客様には、引き続き ご迷惑をおかけいたしますが、新しい志忠屋に 是非お越し下さい。チーフ中村共々、心よりお待ち申し上げます。尚、お越しのお客様全員、リオープン記念 10%サービスさせていただきます。 志忠屋店主 滝川浩一 ――

「ええ、そんなあ!」

 思わず声が出てしまった。

「ああ……志忠屋か。いよいよリニューアルなんだな。明日香、いきたかったのか?」

 お父さんに聞こえてしまった。

「あ……ランチタイムに行ってみたかった(^_^;)」

「ま、しばらくしたらランチタイムもやるだろ。もうちょっとの辛抱だな」

「うん……」

 志忠屋オーナーの滝川さんと、お父さんは四十年の腐れ縁らしい。二人の関係につぃては。いろいろあるけど、べつの機会に。

 志忠屋へ初めて行ったのは、中学に入ってちょっとしたころ。

 お父さんの退職の挨拶兼ねて、お母さんと三人で行った。志忠屋はシチューとパスタをメインにした客席16のかわいいらしい店。

 文句なく料理は美味しかった(^▽^)/。

 お母さんが逆立ちして百年たってもできないような料理ばっかし。文字通り味を占めたあたしは、何回かランチタイムのときに一人で行った。

 中三のとき、進学でお母さんともめてたときに相談に乗ってくれたのもタキさん。ランチタイム終わってアイドルタイム(準備中)になっても、相談は続いた。

「まあ、どっち行っても、似たり寄ったりだけどな」

 タキさんは、そう言ってたけど、お父さん通じてお母さんを説得してくれて、今のTGH高校に行けた。
 入ってみたら、思ってたほどの学校じゃなかったので、タキさんの言ってたことは、大当たり。

 それから一年。

 近いうちに進路のこと相談しよう思てたんだけど、しかたない。ピッツァやら始めるらしいけど、あたしの好きなパスタは、またやってくれるんだろうか……。

 タキさんに相談したかったのは、クラブ辞める決心付けさせてもらうことと、演劇科のある大学に進学すること。

 高校演劇は、もうダメだと思ってる。

 一年やってよく分かった。本選で観たK高校も、OPFで観たO高校も学芸会。見かけは立派だけど、芝居はヘタ。去年鳴り物入りで全国大会で優勝したT高校も小器用なだけ。関東大会で東京は全滅だった。で、うちのTGH高校は、その予選で落ちている。

 確かに、審査員の浦島太郎はドシガタイけど、あいつを納得させるだけの芝居ができなかったことも確か。

 で、来年クラブを担わなけらばならない美咲先輩も辞めてしまうし、こんな部活でアクセクしてても仕方がない。

 だけど、将来はキチンとした役者にはなりたい。

「なんだ、明日香、そんなに志忠屋のパスタ食いたかったのか?」

「うん!」

 食べたいのは本当だから、素直に頷く。

「それじゃ、また連れてってやるよ」

 お父さん、まるで小学生に言うみたいに優しげに言ってくれた。

 だから小学生みたいに頷いておく。

 本心見破られんのやだから、二階のリビングに。

 

 棚の上にケースに入った江戸城の天守閣。

 

 ちっちゃい頃に親子三人で、よく皇居外苑に行った。

 あたしは天守台が好き。

 よそのお城に比べて、桁違いに大きい、たぶん日本一。

 それでも、建物としての天守閣は無い。

 だから、じっさいに残ってたらどんなだろうって想像できる。

 それにね、天守台の高さって、ちょうど皇居の森の高さと同じなんだよ。

 皇居の宮殿の屋根がチラリと見える程度。けして皇居を見下ろす高さじゃない。

 皇居って天皇陛下が居られるところで、見下ろしちゃいけないんだと思うよ。

 神田明神だってそうで、みんなありがたがって拝んでいるのは拝殿。じっさいの神さまは本殿に居るんだよ。

 天守台は、陛下がいらっしゃる皇居の気配をうかがえるくらいなのがいいと思う。

 

 でも、実際の天守閣がどんなだったんだろうって思うのはワクワクするよ。だから、お父さんはプラモをこさえて飾ってるのはグッド。

 あ、小山内先生のメール。

「ごめん、お父さん、もっかい見せて」

 読んでみると、高度な要求が一杯。

 あたし、芸文祭は適当でいい。

―― 分かりました、ご指導ありがとうございました ――

 そう打って、おしまい。ああ、志忠屋に行きたいなあ!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベルベスト『メゾン ナナソ・5』

2021-12-21 06:27:17 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

『メゾン ナナソ・5』   
 

 

 めずらしく二階からギターの弾き語りが聞こえている。

「ああ、よっちゃんがツアーから帰ってきたの」

 奈菜さんは、お茶を入れながら心持楽しそうに言った。

「ツアーって、ミュージシャンなんですか?」

「そうよ。メジャーじゃないけど、もっと売れてもおかしくない人だと思ってる。どうぞ、相変わらずのお番茶だけど」

 奈菜さんが出してくれた番茶に茶柱が立っていた。

「お、茶柱」

「あら、ほんと。いいことあるかもね」

「いいことが、やってきました」

 気づくと、管理人室の受付の窓に、よっちゃんの顔が覗いている。

「溜まってた三か月分の家賃です」

「どうも、よっちゃん忙しいから、なかなか会えないもんね。ま、入ってよ」

 奈菜さんは、互いの紹介をしながらお茶を淹れなおした。今度は茶柱は立たなかった。

「ツアーって、どんなとこを回るんですか?」

「どこでも。今度は関西中心だったけどね。歌声酒場とか大学の学園祭とか……たまには結婚式の余興ってこともあるけどね。これは実入りがいいの。それが二件あったから、でね、聞いてよ。二件目の結婚披露宴にレコード会社の人がいてさ。今度ゆっくり曲を聞かせて欲しいって!」

「よかったですね!」

 パチパチパチパチ

 ボクと奈菜さんは、揃って拍手した。

 ボクが帰るのに合わせて、よっちゃんはギターを持って付いてきた。

 

「ちょっと遠回りして、大川の土手にいこうよ」

 大川の河川敷は、今にも寅さんや金八先生が出てきそうな、ゆったりした時間が流れていた。

「キミは、大学に入ったら何をしたいの?」

「ええと……」

「まさか勉強なんて言わないでしょうね。そんな名刺みたいな答えだったら軽蔑だよ」

「笑わないでくださいね……作家になりたいんです」

「すごいじゃん。なんとなくなんていったらはり倒してやろうと思った。で、もうなにか書いてるの?」

「まだ、プロット程度のものばっかですけど……」

 ぼくは、二つプロットを話した。その場に合ったものがいいと思って大川の土手が舞台になっている話をした。よっちゃんは、とても喜んでくれた。

「肉付けは大学に入ってからだね。とにかく入らなきゃ話にならないもんね。勉強もしっかりやれよ!」

「なんだか、さっきの言葉と矛盾だ」

「んなことないよ。物事には、順序と程度ってものがあるから。それ胸に刻んでりゃ、きっと開けてくるものがあるわよ……」

 よっちゃんは、遠くを見るような眼差しになった。トンボが、その前をよぎった。

「あたしの歌聞いてくれる?」

 返事をしようと息を吸い込んだら、もうギターの伴奏が始まった。

「よっちゃんの曲って、明るいのが多いですね」

「音が楽しいって書いて音楽だからね。それに明るくなきゃ、結婚式なんかには呼んでもらえません。だけど、あたしは、もう少し情感があればって、目下苦闘中」

「情感て?」

「例えば、こんなの……」

 よっちゃんはイルカの『なごり雪』を歌った。ボクも好きな曲なんで、いっしょに歌った。

 汽車を待つ君の横で 僕は時計を気にしてる……♪

 二日たって、ナナソに行った。よっちゃんの部屋は窓が閉まってカーテンが引かれていた。

「よっちゃん、手紙を置いてった。これ」

――がんばれ、わたしよりずっと!――

 その一言だけが書いてあった。

「彼女、いつ帰ってくるんですか?」

「よっちゃん、ギター買い換えてた……安物に。前のは中古で売っても二十万くらいにはなるやつだった。五年も聞いてれば違いぐらいは分かるわ」

 そう言うと、奈菜さんは「空室」という張り紙を持って二階に上がっていった。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする