鳴かぬなら 信長転生記
草原(くさはら)に降り立った俺と市は、ツナギの飛行服を脱ぐと、すぐに紙飛行機を解した。
一枚の紙に解したのに飛行服を包んで、紙紐で十文字に縛ってしまう。
穴を掘って埋めてしまえば、めったなことでは見つからない。
―― 隠密用の特別製なので、土に埋めれば三日で消えてしまいます ――
忠八に言われた通りに、紙飛行機の埋葬を終えると、月と星の位置で方位を確認して、南西に向かって歩き出した。
「ちょっと東に寄れたんじゃない?」
市が立ち止まった。
「地図では、豊盃に通じる道に出くわすはずだ」
「どうするの?」
「南に向かうぞ」
「うん、分かった」
予想はしていたが、市の素直さは少し拍子抜けだ。
こと作戦行動では兄の俺には敵わないと思っている。
なんといっても、桶狭間からこっち、壊滅的な敗北を喫したことのない俺だからな。大嫌いな兄でも、敵地での行動は、俺に従うのが一番だと割り切っているのだろう。
「あれ?」
しばらく行って道が見えてきたところで、再び市が立ち止まる。
「どうした?」
「方角が合わない」
どうやら、頭に描いた風景と現実のそれが合わないので戸惑っている。
すぐに正解を言ってやってもいいのだが、ちょっと放置してみる。
おもしろいからな。
「そうか、歩いてるうちに方位がズレたのよ」
完全な勘違いだ、目の前に伸びている道を豊盃に向かう南北街道だと思っている。
実際は西の酉盃(ゆうはい)から豊盃に伸びる東西街道だ。
自分たちは南北街道を目指していたはずなので、方角を間違えたと感じているのだ。
しかし、俺は正解を言わない。
やがて、白み始めた夜の底に、黒々と楼門が浮かび上がってきた。
「三国志って、実は大したことないんじゃない?」
「どうしてだ?」
「だって、あれ、豊盃の楼門でしょ。豊盃って、たしか国境地区の主邑、いわば県庁所在地。それにしちゃ、ちょっと貧弱」
「まあ、完全に夜が明けなければ街には入れん。その祠の陰で開門をまとう」
「うん」
信長は意地悪だ?
逆だ。
このトンチンカンが家来だったら、俺は許さん。
さっさと放逐するか、腹を切らせる。ちょっと調べてみれば分かるだろ。
たとえば、佐久間信盛。勝家と並ぶ織田家の重臣だったが、あまりの無能さに、俺は身一つでやつを放逐してやった。
楼門には、お定まりの扁額(街の表札のようなもの)が掛けられている。
やっと、妹は気づいた。
「え……汚い扁額ぅ…………?盃。上の字が読めない」
え、まだ気づかない?
「あ、そっか」
分かったか?
「豊って字が簡体字なんだ」
あん?
豊……酉……間違えるか?
「あ、門が開いた。行くよアニキ!」
パタパタとお尻をはたくと、市は街道に飛び出していった。
そろそろ言ってやろうか。
いや、面白いから、もう少し放っておこう。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長