くノ一その一今のうち
『申し訳ございません、竈(かまど)に松ぼっくりが入ってしまいました』『人騒がせな!』『気をつけよ!』
食堂(じきどう)の役僧と警備の僧のやり取りが聞こえたのは、嫁持ちさんに続いて経堂の破風から忍び込もうとしている時だ。
―― 社長も古い手を使う ――
たしかに、松ぼっくりを爆ぜさせて人の注意を引くのは超古い。お祖母ちゃんも「役小角(えんのおづね)の前からあった」と言っていた。しかし、爆ぜるタイミングを操るのが難しく、ご先祖の風魔小太郎も、めったにやらなかったという。凄い、さすがは百地流総帥。
ムギュ
―― わたしに化けるのはいいですけど、そんなにお尻大きくないです ――
破風から潜り込む、一瞬、わたしに化けた嫁持ちさんのお尻がつかえた。
それには応えずに、先を進む嫁持ちさん。
ウ(⊙ꇴ⊙)?
自分のお尻もつかえたが、黙って嫁持ちさんの後に続く。
梁から下を覗くと、王子の前には……まずい、警備の僧が蹲踞している。
―― あれは社長だよ ――
―― え、いつの間に? ――
―― 早い うまい 安くない……社長のモットーだよ ――
なんだか、某牛丼屋のようなことを言う。
―― まだ行かないんですか? ――
―― 王子が怪しんでいる ――
「……待ってくれよ、今の今まで怖い顔をして僕を閉じ込めておいて、松ぼっくりがパンパン鳴ったと思ったら『お助けします』って。外に出たとたんに脱走を図ったとかで殺されたんじゃたまらない」
「いえ、けして怪しいものでは……」
「怪しいよ、しっかり怪しいよ! この国は、昔から権謀術数が絶えない。うちのご初代様も、前王朝を『お助けします』って言って城門を開かせて皆殺しにして滅ぼしたんだからね!」
「それは、前の王朝が悪逆非道であったので、ご初代様が謀をめぐらされたのでございます」
「黙れ、もともと城から誘拐したのは、お前たちの親分の大僧正じゃないか。その手下の坊主が、今の今まで経蔵の前で見張っていた人相の悪い坊主が『助けてやる』と言って、誰が信じる!」
「これはしたり、変装を解くのを忘れておりました(;'∀')」
クルリ
エフェクトを付けたら、まさにクルリという感じで、社長は僧の変装を解いた。
ウ……(*゚O゚*)
変装を解いて一つ前のわたしの姿。それはいいんだけど、どうして三秒間の素っ裸!?
―― 社長ズボラだから、変態術の更新が遅れてるんだ ――
「我らは日本の忍者です、さる筋のお方から殿下を救出するように仰せつかってまいりました」
「日本の忍者!?」
王子の声が弾んだ。
―― 日本製は信用が高い ――
「身に寸鉄も帯びておらぬことは、たった今、お見せした通りでございます」
―― よく言うよ、更新してないからフリーズしただけじゃん! ――
「あ、ああ。確かに、若い女子が全裸になってまでの身の証、感動したぞ……待て、いま『我ら』と申したな? 他にも仲間が居るのか?」
「いかにも」
スタン
「わ!?」
嫁持ちさんと揃って梁から飛び降りる。無音でも下りられるんだけど、これ以上王子さまを驚かせてはいけないので、子ネコが下りてきたほどの音を、わざとたてる。
パン パパパパーン
―― え、なに!? ――
「また松ぼっくりか?」
「いえ、あれは門の蝶番に仕掛けておいた爆薬が爆ぜたのでございます。いくぞ!」
「「おお!」」
嫁持ちさんが王子の手を引き、その前と後ろを社長とわたしで固めて走る。
ドン
門は、一見なんともないんだけど、社長が体当たりをかけると、あっさり外側に倒れた。
また松ぼっくりかと思ったのはわたしと王子様だけではなく、警備の者たちも出足が遅れている。
でも、街を出るには、もうちょっと時間を稼がなくっちゃ。
ドドオオオオン!
お寺を挟んだ反対側で大きな爆発音。
街中の関心がそこに集まる。
数秒間だけ路地裏に隠れ、警備兵たちが爆発地点に走るのをやり過ごして、易々と街を抜けだした。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍)
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者