大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

RE・乃木坂学院高校演劇部物語・50『 罠 』

2022-12-11 07:18:38 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

50『 罠 』  

 

 

 罠だとは分かっていた。


 理事長に会った明くる日、バーコードに呼び出された放課後の校長室。

 普通教室まる一つ分のスペースには、校長用の大きな机と、指導要録なんかの重要書類の入った金庫。それに、応接セットを置いても半分のスペースが残る。そこには大きなテーブルが十数個の肘掛け付き椅子を従えて鎮座している。運営委員会など、学校の重要な小会議が開けるようになっている。

 校長や教頭が保護者や教師に「折り入っての話し」をする時にも使われる。

 バーコードは、その折り入ってのカタチでわたしを呼び出した。

「失礼します」

 ノックと同時に声をかける。ややマナー違反だが構わないだろう。

「どうぞ」

 返事と同時にドアを開けた。

 バーコードは、わざとらしく観葉植物のゴムの木に水なんかやっていた。観葉植物の鉢の受け皿には、五分目ほども水が溜まっている。 

 罠にかける緊張から、水をやりすぎていることにも気づかない。分かりやすい小心者だ。

「いやあ、お忙しいところすみませんなあ」

 バーコードは鷹揚に応接のソファーを示した。

 バーコードが座ったのは、いつも校長が座る東側のソファー。背後の壁には歴代校長のとりすました肖像画や写真が並んでいる。バーコードが、初代校長と同じポーズで座っているのがおかしかった。

「実は、この度の件、早く決着させておこうと思いましてね。いや、今回の度重なる事故は、先生の責任ではないことは重々承知しております。校長さんも気の毒に思っておいでです。今日は校長会で直接お話できないので、くれぐれも宜しくとのことでした」

「緊急の校長会なんですね。定例は奇数月の最終土曜……来週三十日が定例ですよね」

「え……あ、いや。なんか都合があったんでしょうな」

―― そちらの都合でしょうが ――

「申し上げにくいことですが、今回の件につきましては、残念ながら、くちさがない噂をする者もおりまして……」

―― だれかしら、その先頭に立っているのは ――

「で、理不尽とお感じになるかもしれませんが、そういう者たちの気持ちもなだめにゃならんと……なんせ、職員だけでも百人近い大所帯ですからなあ……」

「みなまでおっしゃらないでください。間に入って苦労されている教頭先生のお気持ちも分かっているつもりです」

「貴崎先生……」

「わたしに非がないと思って庇ってくださる先生のお言葉は、身にしみてありがたいと思っています。しかし噂が立つこと自体わたしに甘えや、日頃の行いに問題があるからだと思います。生徒二人を命の危険に晒したことは、やはり教師としての資質の問題であると感じています」

「貴崎先生、そんなに思い詰められなくても……」

「いいえ、やはりこれはケジメをつけなければならないことだと思います。一義的には、生徒を命の危険に晒したこと。二義的には、学校の名誉を傷つけてしまったこと。そして、もう一つ。わたし自身のためにも……ここで、教頭先生のお言葉に甘えて自分を許してしまっては、ろくな教師……人間になりません。どうか、これをお受け取りください」

 わたしは懐から封筒を出して、そっとバーコードの前に差し出した……校長の机の上に不自然に置かれた万年筆形の隠しカメラのフレームに封筒の表が自然に見えるように気を配りながら。

 封筒の表には「辞表」の二文字が書かれている。

 バーコードは、一呼吸おいて静かに、しかし熱意をこめてこう言った。

「いや、これは。あ、あくまでもくちさがない者どもの気を静める為だけの方便でありますから、理事会のみなさんにお見せして、そのあと直ぐに却下という運びになろうかと、どうかご安心して、ご自宅で待機なさっていてください」

「ご高配、ありがとうございます……」

 と言って、わたしも一呼吸置く……バーコードが演技過剰で、カメラに被ってしまう。

 わたしは、腰半分窓ぎわに寄り、臭いアドリブをカマした。

「こうやって、わたしの心は、やっとあの青空のように晴れやかになれるんです……」

「貴崎先生……貴女のお気持ちはけして忘れはしませんぞ!」

 感極まったバーコードはわたしの手を取った(気持ち悪いんだってば、オッサン)

「では、これで失礼します」

 カメラ目線にならないように気をつけながら、わたしは程よく頭を下げた。

 カメラのアングルの中に入っているので、部屋を出るまで気が抜けない。

 ドアのところで振り返り、トドメの一礼をしようとしたら、バーコードが、またゴムの木に水をやっているのが目に入った。

「教頭先生……水が溢れます」

「ワ、アワワワ……」

 と、バーコードが泡を食ったところでドアを閉めた。

 あれだけ、台詞の間を開けてやれば動画の編集もやりやすいだろう。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・099『屋上の微睡み』

2022-12-10 15:31:15 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

099『屋上の微睡み』   

 

 

 おーい、玉ちゃーーん!

 

 地上から声がかかった玉ちゃんは「おお! いっき行っど!」と薩摩弁丸出しで屋上の階段を降りて行った。

 屋上でお弁当を食べ、並んで昼寝でもしようかと思ったら、フェンスにもたれた背中で正体が知れたのか、下級生たちに―― いっしょに遊ぼう! ――と、声を掛けられたところだ。

 玉ちゃんは人徳があって、子どもがやるような遊びで人を和ませ、熱中させてしまう。

 鬼ごっこ、かくれんぼ、石けり、馬飛び、だるまさんがころんだ……今では幼稚園の子どもでもやらないような遊びで、下級生や同級生と無邪気に遊んでいる。

 ひところは、なんとか標準語を喋らなくてはと気を張っていた玉ちゃんだが、遊びの最中には、どうしても薩摩弁が出てしまう。今では、お仲間たちも薩摩弁に慣れてしまい、玉ちゃんは日常生活でも、ほとんど薩摩弁で通すようになった。

 

 孤高というほどではないが、わたしは一人でいることの方が多い。

 

 ヴァルキリアで戦に明け暮れていたころもこうだったから、これは戦乙女の習い性だろう。

 付き従っていたのは従卒のレイア一人だった。

 レイアは元々はヴァルハラ(父オーディンの居城、つまりわたしの家)での、わたしの侍女だった。

 いつもニコニコして気難しいわたしを和ませてくれていた。戦に出るようになると、自分も鎧兜に身を包んで従者として付き従ってくれた。

 回復魔法が得意で、少々の傷ならば数秒手をかざすだけで治してしまう。

 特に、わたしには効果があって、普通の怪我人なら、ポーションを使ったうえ、数分かかるものが数秒で済んでしまう。

 さほど変わらぬ歳なんだが、顔も見たことが無い母とは、レイアのような者なのかと思ったりしたぞ。

 そのレイアでさえ、霊水であるエルベの水をもってでしか手に負えない傷を負ってしまった。

 レイアの能力が落ちたのではない、度重なる戦の傷で治りが遅くなってきた。

 

 それに、あのエルベの水に移ってしまったレイアの思念だ。

 

 レイアは、父オーディンとトール元帥の話を聞いてしまっていたのだ。

―― 姫が選ぶ戦死者は……のちに蘇ってラグナロク(最終戦争)の戦士になるのだ。あれの本当の使命は戦に勝つことではない、ラグナロクの戦士を選ぶことなのだ ――

 レイアは、それを聞いてしまい、胸の奥底に仕舞っておいた。

―― お可哀そうに……姫は、最後の戦いを終えて安息の地に送ってやるために戦死者を選んでおられたのに、戦死者は再び蘇ってラグナロク(最終戦争)の戦士にならされる ――

 それが、エルベの水に移ってしまったのだ。

 

 歴戦の勇士たちに、ようやくの安息を与えてやるつもりが、さらなるラグナロクの苦難を与えていたのだ。

 体中の血が逆流し、父と対決した末に、この世界に来てしまった。

 この世界では、大陸からやってきた魔性の者と対決したこともあったが、主に、名前も失うほどに迷った霊魂を救ってやっている。

 その大方は、先の大戦で命を落とした者たち。その大半は1945年3月の大空襲で、自分の名前も思い出せぬほどに身を焼かれた者たちだ。

 公称6万、実数は10万を超える。まだまだ道半ば……まあいい、因果なことだが戦乙女は歳を取らん。

 

 ぼんさんが屁をこいた……? 

 キャハハ なにそれ!? へんなの! やだあ! あ、動いちゃった! 見づげだ見づげだ! アハハハ

 

 ああ、『だるまさんがころんだ』の関西バージョンか。

 

 同窓の嬌声も、屋上に居れば子守唄に聞こえなくもない。

 これにレイマが小さく子守唄など口ずさんでくれたら……熟睡できそうだ……ぞ……

 

 それは、しっこくじゃのう。

 

 隣で声がして、いっぺんに目が覚めてしまった( ゚Д゚)!

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

 

 

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宇宙戦艦三笠14[ヘラクレアの信号旗]

2022-12-10 11:47:21 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

14[ヘラクレアの信号旗]   

 

 

 

 テキサスも三笠も修理が終わってもやいを解く。

 ボーーーーーーー ボーーーーーーー

 出航を告げる汽笛が響く。

 空気の無い宇宙空間に汽笛が響くはずもないんだけど、テキサスも三笠も儀礼用の衝撃波を起こして汽笛の代わりにしている。衝撃波は近くにいる船や星にぶつかって汽笛にそっくりな音を響かせるというわけだ。二隻の宇宙戦艦はもやいのロープをたなびかせながら5ノットの微速でヘラクレアを離れていく。

 だいたい、宇宙船が微速で出港する必要なんてない。いきなりのワープをすることもできるんだけど、長い宇宙旅行、こういう演出も必要なんだ。

 ヘラクレアは、テキサスの廃材と、代わりにテキサスに使った材料を整理するために、星全体がガチャガチャと音を立てて形を変えている。小惑星とは言え、長径30キロ、短径10キロもある星である。テキサスの修理ぐらいで形が変わるはずもないんだけど、ヘラクレアのオッサンにはこだわりがあるようで、全てのスクラップをあるべき場所に収めなければ気が済まないようだ。テキサスという異質物を取り込んでそのままにせず、全体の調和の中に収めているんだとみかさんは言った。

「あんな面倒なこと、わたしにはできないわ」

 みかさんは天照大神の分身でありながら、言うことが、片付けが苦手な女子高生みたいだ。

 パッと見は変わらないんだけど、モニターにテキサスと三笠が来る前と、今のヘラクレアを重ねてみると微妙に細部が違う。星全体を覆っている外板と鋲の位置が違うし、デコボコした張り出しもセンチ単位で位置や形が異なっている。

「まるで『ハウルの動く城』ね」

 天音が言った。

「それならソフィーがいなくっちゃ。ヘラクレアのオッサン一人じゃね」

 と、樟葉がチャチャを入れる。

「いっそ、天音さんが居てあげれば」

 みかさんも尻馬に乗る。

「あたしがいなきゃ、三笠の射撃ができなくなるぞ」

「及ばずながら、わたしが帰りに通りかかるまで代わってあげてもいいことよ」

「いいや、三笠の砲術長はあたしだから!」

 天音はムキになった。

「それなら、それでいいのよ。ただね、ヘラクレアのおじさん……」

「なんですか?」

「娘さんを亡くしてるの……」

「ほんと……!?」

「あなたと逆ね。娘さんは戦争で、仲間を庇って亡くなってるわ」

 トシも樟葉もみかさんの言葉に驚いた。

「あんな風に、スクラップを集めているのは、あの星の中心に娘さんが乗っていた戦艦の残骸があるから……それが捨てられずにね、ああやってスクラップで囲んで思い出を守っているのよ」

「あ、信号旗が上がった」

「航海の無事を祈る……か」

 天音は、ずっと信号旗を見ていた。

「どう、お父さんを見直す気になった?」

「あたし、お父さんのことなんか……」

 天音のお父さんは、天音一人を残して中東で死んでいる(8[思い出エナジー・2])

「ヘラクレアのおじさん、天音ちゃんのお父さんに似てる……直観でそう思ったんでしょ?」

「……いいんだ。おかげで横須賀に来られて、みんなに出会えたから。物事には表と裏が……」

 ドーン ドーン ドーン ドーン ドーン ドーン ドーン

 天音が言い終わる前に7発の礼砲が鳴った。

「え、なんで礼砲?」

 天音が訝しむ。

「通じたと思ったんでしょ……それで、遅まきながら……礼砲?……弔砲?……祝砲かな?」

 ドーン

「あ、テキサスも」

「あ、じゃ、三笠も撃たなきゃ! 祝砲って、やっぱ主砲?」

「副砲よ」

「えと、右舷にヘラクレア、左舷にテキサス どっちで撃つの?」

「ぼくも行きます! 両舷で撃っちゃいましょう!」

 トシも手を挙げて、慌てながら、でも、ちょっと嬉しそうにラッタルを駆け上がる二人だった。

 やってみなければ分からないだろうが、テキサスの艦尾は均整がとれていて、180度曲がることも無く急制動もかけられるだろうと思った。
 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・49『メリークリスマス……』

2022-12-10 07:15:34 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

49『メリークリスマス……』  

 

 

「わたし、八月に一度戻ってきたじゃない」

「うん、あとで聞いて淋しかったよ。分かってたら、クラブ休んだのに」

「あれは、わたしのタクラミだったの。だれにも内緒のね……旅費稼ぐのに、エッセーの懸賞募集まで応募したんだよ」

「さすが、はるかちゃん!」

「でも、わたしって、いつも二等賞以下の子だから」

「乃木坂でも準ミスだったもんね。じゃ二等賞?」

「フフ……三等賞の佳作。賞金二万円よ。これじゃ足んないから、お母さんがパートやってるお店のマスターにお金貸してもらってね。むろんお母さんには内緒でね」

 はるかちゃんは、二つ目のミカンを口にした。さっきより顔が酸っぱくなった。

「帰ったお家に黄色いハンカチは掛かってなかった……」

「じゃ……」

 わたしもミカンを頬ばった。申しわけないほど甘かった。

「機械と油の匂いが……うちは輪転機とインクの匂いだけど、しなかった。その代わりに……あの人がいた」

 はるかちゃん、遠くを見る目になった。その隙にミカンをすり替えてあげた。

「あの……その……」

「今は、うまくいってるよ……当たり前じゃない、そうでなかったらここに戻ってこられるわけないでしょ。今は秀美さんのこと東京のお母さんだと思ってる」

 はるかちゃんは涙目。でも、しっかり微笑んでる。

「ところで、まどかちゃん。あんた演劇部うまくいってないんだって?」

 すり替えたミカンは、やっぱ酸っぱかった。

「二十九人いた部員……四人に減っちゃって」

「乃木坂の演劇部が、たったの四人!?」

「潤香先輩は入院中。で、残りの三人はわたしと、二階で寝てるあの二人……」

「そうなんだ……やっと、おまじないが効いたみたい。甘くなってきた」

 はるかちゃんのミカンが甘くなったところで、ここに至った経緯を、かいつまんで話した。

 相手がはるかちゃんだったので心のブレーキが効かなくなって、涙があふれてきた。

「そう……まどかちゃんも大変だったのね」

「マリ先生は辞めちゃうし、倉庫も焼けて何にも無しだし……部室も、年度末までに五人以上にしなきゃ出てかなきゃなんないの」

「そうなんだ……でも、やってやれないことはないと思うよ」

「ほんと……?」

「うん。だって、うちのクラブね、たった五人で府大会までいったんだよ。それも五人たって、二人以外は兼業部員と見習い部員」

「ん……兼業部員?」

「うん。他のクラブや、バイトなんかと掛け持ちの子」

「じゃ、見習い部員てのは……?」

「わ・た・し」

「はるかちゃん、見習いだったの?」

「うん、わたしは夏頃からは正規部員になりたかったんだけど、コーチが頑固でね。本選に落ちてやっと正規部員にしてもらったの」

「なんだか、わけ分かんない」

「でしょうね。語れば長いお話になるのよ……ね、これからはパソコンとかで話そうよ。カメラ付けたらテレビ会議みたく顔見ながら話せるし」

「うん。やろうやろう……でも……」

「ハハ、自信ないんだ。ま、無理もないよね。天下の乃木高演劇部が、実質三人の裸一貫だもんね」

「うん、だから今日はヤケクソのクリスマスパーティー」

「でも、まどかちゃんのやり方って、いいセンいってる思うよ」

「ほんと?」

「うん。今日みんなで『幸せの黄色いハンカチ』観たのって大正解」

「あれって、さっきも言ったけど、テーブルクロス洗って干してたら、理事長先生に言われて……」

「意味わかんないから、うちのお父さんからDVD借りて……で、感動したもんだから。あの二人にも観せようって……でしょ?」

「うん、景気づけの意味もあるんだけどね」

「次のハルサイの公演まで、五ヶ月もあるんでしょ?」

「うん、上演作品決めんのは、まだ余裕なんだけどね。それまで何やったらいいのか……」

「今日みたくでいいんだよ。お芝居って、演るだけじゃないんだよ。観ることも大切なんだ……お芝居でなくてもいい、映画でもいいのよ。いい作品観て自分の肥やしにすることは、とても大事なことなんだよ。だって、そうでしょ。野球部やってて、野球観ないやつなんている? サッカーの試合観ないサッカー部ってないでしょ」

「うん、そう言われれば……」

「演劇部って、自分じゃ演るくせに、人のはあんまり観ないんだよね」

 コンクールでよその学校のは見てたけど、あれはただ睥睨(へいげい=見下す)してただけだもんね。

「芝居は、高いし。ハズレも多いから今日みたく映画のDVDでいいのよ。それと、人の本を読むこと。そうやってると、観る目が肥えるし。演技や演出の勉強にもなるのよ。それに、なによりいいものを演りたいって、高いテンションを持つことができる!……って、うちのコーチの受け売りだけどね」

「じゃあ、今日『幸せの黄色いハンカチ』観たのは……」

「うん、自然にそれをやってたのよ。まどかちゃん、無意識に分かってたんだよ!」

「はるかちゃん……!」

 二人同時にお盆に手を出して気がついた。

 ミカンがきれいになくなっていること。ふたりとも口の周りがミカンの汁だらけになっていること……二人で大笑いになっちゃった。

 はるかちゃんがポケテイッシュを出して口を拭った。

「はい、まどかちゃんも」

 差し出されたポケティッシュにはNOZOMIプロのロゴが入っている。

「あ、これってNOZOMIプロじゃない」

「あ……あ、東京駅でキャンペーンやってたから」

 その時、はるかちゃんの携帯の着メロが鳴った。

 画面を見て一瞬ためらって、はるかちゃんは受話器のボタンを押した。

「はい、はるかです……」

 少し改まった言い方に、思わず聞き耳ずきん。

「え……あれ、流れるんですか……それは……はい、母がそう言うのなら……わたしは……はい、失礼します」

 切れた携帯を、はるかちゃんはしばらく見つめていた。

「どうかした……?」

「え、ああ……まどかちゃん」

「うん……?」

「相談にのってくれるかなあ……」

 この時、はるかちゃんは、彼女の一生に関わるかもしれない大事な話しをしてくれた。

 ポケティッシュは、東京駅でのキャンペーンなんかじゃなかった。

 わたしは、ただびっくり。まともな返事ができなかった。

 ただ、ミカンの柑橘系の香りとともに、わたしの一生の中で忘れられない思い出になった。


 はるかちゃんが三軒となりの「実家」に帰ると、入れ違いに兄貴が帰ってきた。


「だめじゃないよ、雪払わなくっちゃ」

「あ、ああ……」

 兄貴は、意外と素直に外に出て、ダッフルコートを揺すった。いつもなら一言二言アンニュイな皮肉が返ってくるのに。

「兄ちゃん……」

 兄貴は、なにも答えず明かりの消えた茶の間に上がって、そのまま二階の自分の部屋に行く気配。

 兄貴らしくもない、乱暴に脱ぎ捨てた靴。

 それに、なにより、今見たばかりの頬の赤い手形……。

 兄貴は、どうやらクリスマスデートでフライングしたようだ。

 再建が始まったばかりのわたしたちの演劇部。フライングするわけにはいかない。

 一歩ずつ、少しずつ、しっかりと歩き出すしかないのよね……。

 兄貴が閉め忘れた玄関を閉めにいく……表は、東京では珍しい大雪が降り続いていた。

「メリークリスマス……」

 静かに、そう呟いた……忠クンの顔が浮かんで、ポッっと頬が赤らむ。

 ワオーーン 

 それを聞きとがめるように、ワンコの遠吠えがした。

 わけもなくウロタエて、わたしは身震い一つして玄関の戸を閉めました……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母

 

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銀河太平記・135『大文字のPIと小文字のpi』

2022-12-09 11:02:43 | 小説4

・135

『大文字のPIと小文字のpi』越萌マイ  

 

 


 劉宏大統領は傀儡です。


 切り出したのは、北京から帰って、首相官邸に入ってからだ。

 北京では、どこに目や枝が張られているか分からず口に出来なかった。帰りの輸送機の中でも口にすることは憚られた。

 東京と北京の往復にはアメリカ政府の擬装輸送機を使った。同盟国のアメリカだが、機密情報の全てを知らせてやることもない。機内では、総理のお孫さんの誕生日プレゼントと、最近気にしている胃下垂の対策について話しただけだ。

「ほんとうですか!?」

 執務室の施錠がグリーンになると同時に、岩田首相の顔は首相としては落第の赤信号に変わった。

「フェイントをかまして、王春華に挨拶しようと戻ったら、気づいたんでしょう、春華も向こうからやってきました」

「ああ、直接大統領にというわけではないんですね」

 情報の確かさを気にしたのではない、大統領に失礼なことがなかったことに安堵しているのだ。もう少しシャンとしてもらいたいものだが、それはおくびにも出さない。

「王春華の体温が七度二分もありました」

「七度二分……風邪気味とかだったんでしょうか?」

「piの直後だったのではないかと思います」

「PI……パーフェクトインストールですか!?」

「いいえ、小文字の方のpiです」

「あ、ああ……」

 大文字のPIは文字通りのパーフェクトインストールのことで、二十三世紀の錬金術とも言われる。

 人の能力や知識だけではなくソウル(魂)そのものをインストールすることで、いわば、人の魂をそのままに義体に移し替えることで、不可能とされている。やれば、元の肉体は死んでしまうし、それに耐えられる義体も作れないとされている。道義的な問題もあって、国によっては研究することさえ法律で禁止している。

 満州戦争で瀕死の重傷を負ったわたしは、正念場の戦闘指揮をするためにJQにPIさせた。奇跡的な成功なのだが、元の体は直後に死亡しているので、厳密には成功例としては扱われない。PIした方の義体も先年死亡(回復不能の故障)したことにして、ダミーをモスボール保存してある。天文学的な確率で成功したわたしでも、寿命は二十年余りということにしてある。

 小文字のpiはパーソナルインストールという意味で、その個人に特有の性格や行動様式をインストールすることで、大文字PIの初期作業でもある。

 病気や怪我などで身動きが取れない時に、代わりに仕事をさせたりする。大文字のPIと違って、ルーチンワークや通り一遍のコミニケーションしかできない。つまり、新しく人に会って人間関係を築いたり、未体験の状況に対応することができない。言ってみれば、出来のいい留守録のようなものだ。

 だから、岩田総理は「あ、ああ……」と安堵した声を上げる。

「ちがうんですよ、総理」

「え?」

「王春華の体に劉宏大統領のパーソナリティーを刷り込んでも、気持ちの悪いオッサンギャルができるだけです」

「あ、そうですね。大統領のパーソナリティーは、大統領そっくりの義体に写さなければ意味が無い……え、ということは?」

「わたしが戻ってくることに気付いて小文字のpiで停まってしまったんでしょう、劉宏大統領と王春華は頻繁に大文字のPIを繰り返しています」

「つまり、どういうことなんでしょう? わたしが会ったのは?」

「本人です。ここ一番という時は元の劉宏ですが、それ以外は王春華の体に入っています。おそらくは負担のかからないように休眠させています」

「そうなんですか……」

 まだ分かっていない。

「元の体に戻っている時も、思考能力はかなり落ちています。耳の補聴器はマイクロCPです。あれで補完して、やっと正常に近い思考と振舞いができるんです。制御しているのは王春華です。ですから、ほとんど、あれは傀儡です」

「ということは、いずれは、王春華に完全にPIして政務をとる……そんなことが……」

 やっと、総理の頭が回り始めた。

「はい、漢明はメンツを重んじる国です。王春華の姿をした劉宏には抵抗があると思います」

「しかし、いずれは……」

「はい、相当ドラマチックな筋立てを用意して実行に移すと思います」

「たとえば……大統領自らが前線の戦闘指揮を執る。児玉元帥おやりになったように」

 劉宏は優秀な軍人で、満州戦争においてはわたしのカウンターパートナーであった。彼の進言や作戦は的確であったが、軍の主流に属していなかった彼のプランが採用されることは稀だった。

 戦後、壊滅した軍の秩序が回復したのは、いつにかかって彼の働きがあったればこそで、その功績で政治家に転身し、苦労の末に二期連続の大統領職を務めている。

「それで勝利を収めれば、劉宏は終身大統領になれるでしょう」

「官房長官を呼びます」

 総理は、内閣専用のハンベをオンにした。


 もう一つ懸念がある。


 あれだけのPIを繰り返して、劉宏の頭脳、春華のPCが正常であろうか?

 PIに耐えられる義体は、相当スペックに余剰がある。

 言い換えれば、その余剰の部分が繰り返されるPIで、どう変化しているか。

 

 気が付くと執務室の窓から南南西の空を見上げている。

 あの空の下では風雲急を告げる西之島が、薄情な母国に愛想をつかし始めているのかもしれない。
 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  •  

   

 

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・48『大雪のクリスマス』

2022-12-09 07:00:29 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

48『大雪のクリスマス』  

 

 

 

 松竹の富士山がド-ンと出て映画が始まった。やっぱ五十二型は迫力が違う。


 網走刑務所の朝から幕が開く。


 健さん演じる島勇作。彼の葛藤の旅路がここから始まるのだ。

 網走駅前で、ナンパしている欣也、されている朱美に出会って旅は三人連れになる。

 互いに、助け、助けられ。あきれ、あきれられ。泣いて、笑って。そうしているうちに三人の距離は縮まっていく。

 そして、勇作を待っている……待っているはずの(いつか、欣也と朱美という二人の若者の、観客の願望になる)妻との距離が……。

 そして、見えてきた……夕張の炭住にはためく何十枚もの黄色いハンカチが!

 それは約束のしるし、あなたを待ち続けているという妻の心にいっぱいはためく愛のしるし!

 エンドロールは、涙で滲んでよく見えない……。

 バスタオルがあってよかった、ティッシュだったら何箱あっても足りないもん。


 そのあと、二階のわたしの部屋でクリスマスパーティーを開いた。

 むろん、はるかちゃんも一緒。

 六畳の部屋に四人は窮屈なんだけど、その窮屈さがいいんだよ(^_^;)。

 あらためて、はるかちゃんに二人を、二人にはるかちゃんを紹介した。もう互いに初対面という感じはしないようだ。同じ映画を観て感動したってこともあるけど、わたし自身が双方のことを話したり、メールに書いていたりしていたしね。

 クラブのことはあまり話さなかった。いま観たばかりの映画の話や大阪の話に花が咲いた。

 同じ日本なのに、文化がまるで違う。

 例えば、日本橋という文字で書いたら同じ地名。東京じゃニホンバシと読み、大阪ではニッポンバシ。むろんアクセントも違う。

 タコ焼きの食べ方の違いも愉快だった。東京の人間は、フーフー吹いて冷ましながら端っこの方からかじっていくように食べる。大阪の人間は熱いまま口に放り込み、器用に口の中でホロホロさせながら食べるらしい。それでさっき、はるかちゃん食べるの早かったんだ。はるかちゃんは、すっかり大阪の文化が身に付いたようだ。

 それから、例の『スカートひらり』の話になった。このへんから里沙と夏鈴は聞き役、わたしと、はるかちゃんは懐かしい共通の思い出話になった。

「あ、寝ちゃった……」

 小学校のシマッタンこと島田先生の話で盛り上がっている最中に、里沙と夏鈴が眠っていることに気がついた……。


 二人にそっと毛布を掛けて、わたし達は下に降りた。


 茶の間では、さっきの宴会の跡はすっかり片づけられ、おばあちゃんとお母さんがお正月の話の真っ最中。お父さんは、その横で鼾をかいていた。おじいちゃんは早々に寝てしまったようだ。

「遅くまですみません」

「ううん、まだ宵の口だわよ。あんたたちもこっちいらっしゃいよ」

 お母さんが、炬燵に変わった座卓の半分を開けてくれた。

「あの、よかったら工場で話してもいいですか?」

「構わないけど、冷えるわよ」

「わたし、工場の匂いが好きなんです。わたしんち、工場やめて事務所になっちゃったでしょ。まどかちゃんいい?」

「うん、じゃ工場のストーブつけるね」

 わたしは工場の奥から、石油ストーブを持ってきて火をつけた。

「あいよ……」

 おばあちゃんが、ミカンと膝掛けを持ってきて、そっとガラス戸を閉めてくれた。

「懐かしいね……この機械と油の匂い」

「……はるかちゃん、ほんとに懐かしいのね?」

「そうだよ。なんで?」

「なんか、内緒話があるのかと思っちゃった」

「……それもあるんだけどね」

 はるかちゃんは、両手でミカンを慈しむように揉んだ。これもはるかちゃんの懐かしいクセの一つ。このおまじないをやるとミカンが甘くなるそうだ。

「……う、酸っぱい」

 おまじないは効かなかったようだ。

「フフ……」

「その、笑うと鼻がひくひくするとこ、ガキンチョのときのまんまだね」

 半年のおわかれが淡雪のように溶けていった。溶けすぎてガキンチョの頃に戻りそう……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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せやさかい・367『真鈴の誘いを断る』

2022-12-08 16:53:08 | ノベル

・367

『真鈴の誘いを断る』さくら    

 

 

 十二月の頭という時期に「ごめん、試験が近いから(^_^;)」と断られたら、たいていの場合ウソ。

 

 泊りがけの旅行とかだったら、さすがにNGだろうけど、気の置けない仲間が集まって二三時間、長くても四五時間のパーティー。ノープロブレム、問題なし。

 だのに、その言い訳を、わたしはしてしまった。

『そっか、来春は正式に王女就任だもんね……うん、じゃ、また今度ね(^▽^)』

 百武真鈴は、好意的な深読みをして察してくれた。

 

 日本がドイツのみならず、スペインまで破ったことを日本人の90%くらいは喜んでいると思う。

 残りの10%は――ロッカールームや観客席の掃除をやっていい気になって、ほんとは呆れられてる――掃除を職業にしている人たちの仕事を奪ってる――なんて、根性の曲がってる人。あるいは、凡人には想いも付かない理由で、サッカーを嫌いな人。

 

「殿下、これを見てください」

 そう言ってスマホを見せたのは、ほんの三十秒前「リッチ、遅いぞ!」と眉間にしわを寄せていたソフィー。

 彼女は、学校の中ではご学友モードだから、平気でタメ口をきく。校門を出たら本来のガードにスイッチが切り替わるから、扱いが180度変わって、呼び方も「殿下」ですよ。

 校門を出ると、いつも筋向いに停まっている青色ナンバーの車が見えない。

 ガードモードに切り替わったソフィーは、ただちに運転手のジョン・スミスに連絡をとる。

 すると――渋滞に巻き込まれた、5分程度遅れる模様――と連絡が入ったところ。

 ガードモードのソフィーは無駄口をきかない。

 かと言って、サングラスかけて、あちこちガンをとばすような無粋な真似もしない。こういうエマージェンシ―とも言えないイレギュラーな時は、妹のソニーがカバーに入る…………居た。いつの間にか電柱の向こう、自販機の陰で待機してる。

 で、ソフィーはスマホを見続けている。寸暇を惜しんで情報をとっているんだ。

 学食のメニュー改定の噂から天気予報や国際情勢まで。将来、ヤマセンブルグ情報局を背負って立つソフィーの関心の幅は広い。

 そのソフィーが「殿下、これを見てください」と差し出したスマホには、この二月から世界中が心配しまくっているウクライナの戦場写真が映っている。

「この女性です」

 ウクライナの兵士がなにやら相談をぶっている静止画。

 兵士たちの後ろに外国人と思われる四五人の戦闘服が居て、ズームされた女性はキャップを被っているけど、どうやらアジア人。

「この人が、なにか?」

「さくらのお母さんです」

「え…………」

「警備の必要から、殿下と付き合いの深い人たちは、全員調査してあります。さくらは、お父さんに続いて、お母さんも失踪。ちょっと力を入れてフォローしていました」

「これって……」

「あとは、車の中で」

 ソフィーの目の焦点が変わったと思ったら、通りの向こうから車が来るところだ。

 

「さくらのご両親は、日本の特務機関員です」

「え、日本に、そんなものがあるの?」

「レベル1からレベル5の特務機関員が居て、さくらの父はレベル4、母はレベル3の指導特務員です。3以上は戸籍を捨て、4以上は死亡の扱いになります」

「じゃ、お父さんの失踪宣告って……」

「レベル4になった時です」

「でも、特務機関員が、こんな易々と動画に撮られる?」

「これは、遠まわしのメッセージです」

「メッセージ?」

「はい――さくらのことをよろしく――というメッセージです。この写真はユーチューブでもインスタグラムでもありません。イギリスの情報部がヤマセンブルグの情報部に送ってきたものです」

「そうなんだ……」

「さくらは、素質的には両親の血を引いています」

「……なにが言いたいの?」

「ご両親は、さくらが小さいころから野球やサッカーなどの競技に関心を示さないように気を付けていました」

「それって?」

「はい、ご両親以上に向いているんです、諜報部員に」

「ああ…………でも、さくらって、おっちょこちょいで、お調子者で、世話好きで、涙もろくて……そういうのに向いてないと思うよ」

「日本の特務は、そういった者をリクルートするんです。むろん、任務に就くようになると、そういう心は殺します。だから、常日頃は、他国の諜報部員と変わりがありません」 

 すると、ハンドルを握ったまま、ジョン・スミスが口を挟んできた。

「しかし、最後の最後は、そういう心がモノを言うんです。日本の指導者は三流ですが、特務は超一流です」

「そうなの……」

 それ以上は、ソフィーもジョン・スミスも言わなかった。

 

 そして、百武真鈴に電話した。

 

 ワールドカップ祝勝パーティー開いたら、さくらを呼ばないわけにはいかないからね。

 今日、日本チームが成田空港に帰ってきた。

 動画を見たら、真鈴たちがキャーキャー言いながらお出迎えに参加していた。

 きっと、パーティーやってるうちに「出迎えに行こう!」と話しが大きくなったんだ。

 こういうノリは好きなんだけどね(^_^;)

 

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら     この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌       さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観      さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念      さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一      さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは)  さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保      さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美      さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子      さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
  • ソニー        ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
  • 月島さやか      さくらの担任の先生
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
  • 百武真鈴(田中真央) 高校生声優の生徒会長
  • 女王陛下       頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首  

 

 

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・47『匂いの正体』

2022-12-08 07:48:18 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

47『匂いの正体』  

 

 

 茶の間に入って、匂いの正体が分かった。

 真ん中の座卓の上で二鍋のすき焼きが頃合いに煮たっている。

 その横の小さいお膳の上でタコ焼きが焼かれている……そして、かいがいしくタコ焼きを焼いているその人は……。

「はるかちゃん……!」

「……まどかちゃん!」

 ハッシと抱き合う幼なじみ。わたしは危うくタコ焼きをデングリガエシする千枚通しみたいなので刺されるとこだった……これは、感激の瞬間を撮っていたお父さんのデジカメを再生して分かったこと。

 みんなの笑顔、拍手……千枚通しみたいなのが、わたしが半身になって寄っていく胸のとこをスレスレで通っていく。お父さんたら、そこをアップにしてスローで三回も再生した!

 半身になったのは、いっぱい人が集まって茶の間が狭いから。思わず我を忘れて抱き合ったのは、お父さんがわたしにも、はるかちゃんにもナイショにして劇的な再会にしたから。

 これ見て喜んでるオヤジもオヤジ。

「まどかの胸が、潤香先輩ほどあったら刺さってた」

 しつこいんだよ夏鈴!

 もし刺さっていたら、この物語は、ここでジ・エンドだわよ!

 すき焼きの本体は一時間もしないうちに無くなちゃった。鍋一つは、わたし達食べ盛り四人組でいただきました。

「さて、シメにうどん入れてくれろや」

 おじいちゃんが呟く。

「おまいさんは、日頃は『うどんなんて、ナマッチロイものが食えるか』って言うのに、すき焼きだけはべつなんだよね」

 おばあちゃんが、うどんを入れながら冷やかす。

「バーロー、すき焼きは横浜で御維新のころに発明されてから、シメはうどんと決まったもんなんだい。何年オイラの女房やってんだ。なあ、恭子さん」

 振られたお母さんは、にこやかに笑っているだけ。

「お袋は、そうやってオヤジがボケてないか確かめてんだよ」

「てやんでい、やっと八十路の坂にさしかかったとこだい。ボケてたまるかい。だいたい甚一、おめえが還暦も近いってのに、ボンヤリしてっから、オイラいつまでも気が抜けねえのよ」

「おお、やぶへび、やぶへび……」

「なあ、サブ……あ、もう成仏してやがる」

 サブっていうのは従業員の柳井のおいちゃん。ずっとうちにいてくれている最後の集団就職組。

「はい、焼けました」

 ドン

 はるかちゃんが八皿目のタコ焼きを置いた。

「はるかちゃんのタコ焼きおいしいね」

 お母さんが真っ先に手を出す。

「ハハ、芋、蛸、南京だ」

 おじいちゃんの合いの手。

「なんですか、それ?」

 夏鈴が聞く。

「昔から、女の好物ってことになってんの。でも、あたしは芋と南京はどうもね……」

 おばあちゃんの解説。里沙が口まで持ってきたタコ焼きを止めて聞く。

「どうしてですか。わたし達、お芋は好きですよ」

「そりゃ、あんた、戦時中は芋と南京ばっかだったもの」

「ポテトとピーナツですか?」

 ワハハハハ(^O^)(^Д^)(≧▽≦)

「え? え?」

 ひとしきり賑やかにタコ焼きを頂きました。

 はるかちゃんが一番食べるのが早い。さすがに、タコ焼きの本場大阪で鍛えただけのことはある。

 そうこうしてるうちに、おうどんが煮上がって最後のシメとなりました。

「じゃ、ひとっ風呂入ってくるわ。若え女が三人も入ったあとの二番風呂。お肌もツヤツヤってなもんだい。どうだいバアサン、何十年かぶりで一緒に入んねえか?」

「よしとくれよ。あたしゃこれからこの子たちと一緒に健さん観るんだよ」

 おばあちゃんが水を向けてくれた。

「え、茶の間のテレビで観てもいいの?」

 それまで、食後は、わたしの部屋の22型のちっこいので観ようと思っていた。それが茶の間の52型5・1チャンネルサラウンド……だったと思う。ちょっとした映画館の雰囲気で観られるのだ!

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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魔法少女マヂカ・299『テディ―が飛行石を持ってきてくれる』

2022-12-07 10:17:54 | 小説

魔法少女マヂカ・299

『テディ―が飛行石を持ってきてくれる語り手:マヂカ 

 

 

 さて、関東大震災からの百年余りをどう説明したものか……腕組みして空を仰ぐ。

 

 ん?

 

 クマさんの頭の上、舞鶴の空に小さなクマが探し物をするようにクルクル回っているのに気が付いた。

「まあ、クマのぬいぐるみが空を飛んでる!」

「あ、テディ―!?」

 

 あ、マジカさーーーん!

 

 テディ―の方でも気が付いて、不細工な弧を描きながら桟橋に下りてくる。

「慣れないもんで、ちょっと迷いました(^_^;)」

「オートマルタが無くても空を飛べるのか?」

「バージョンアップしたんで、短距離なら。オートマルタはまだ山の向こうです」

「クマのぬいぐるみが喋るんですか!?」

「こいつは特別でね、運転手の松本さんのようなものなんだ」

「まあ、クマのお抱え運転手!」

 お屋敷の使用人に例えると分かりやすいようだ。

「で、急な連絡なのか?」

「はい、新しい飛行石を司令から預かってきました」

 背中に背負っているのは、いざという時のパラシュートかと思ったらリュックで、そこから待ち望んだ飛行石を取り出した。

「おお、待っていたぞ! これで電車を使わずに東京に戻れる!」

「はい、マジカさんがこれを持ってオートマルタに乗れば、そのメイドさんも乗せて空を飛べます」

 そうなのだ、オートマルタは空飛ぶ電動自転車のようなもので、定員は運転のテディ―を除けば一人しか乗れない。

 

 さあ、出発しましょう!

 

 オートマルタが到着すると、テディ―は自分の体を平たく伸ばしてクッションと言おうか、二人分のシートになってわたしとクマさんを乗せてくれた。頭だけはクッションにならずにマルタの先にあるので、大人二人が遊園地の遊具に乗っているようだ。

「ニ十一世紀では、こんな便利なことができるようになっているんですね!」

「いや、これは魔法少女をこき使う陸軍の特務師団というのがあって……」

 クマさんに事情を説明し、魔法少女やタイムリープ、ファントムたち悪党の事を説明し終わったころには琵琶湖の上空に達していた。

「そうか……そうだったんですね」

 クマさんは、もともと聡明なメイドさんで、わたしの説明よりも眼下に見えるニ十一世紀の日本の姿を眺めて、事情が理解できたようだ。

「それで、わたしは、元の大正十二年に戻れるんでしょうか?」

「そうだな、大正十二年の原宿で箕作巡査が待っているんだものな」

 大正時代に戻ると、18年後には大東亜戦争が始まり、その四年後には関東大震災が可愛く見えてしまうような東京大空襲がある。もし、箕作巡査との間に男の子が生まれれば……いや、遠まわしにではあるが、戦争の事は話した。

 その上での「戻れるんでしょうか?」なのだ、正直に答えよう。

 息を呑んで答えようとすると、テディ―に先を越される。

「あのう……その件につきましては、来栖司令が位相変換と時空変換を調整しておられます、このまま原宿に飛べば行けると思います……というか、位相と時空の針を同期させておくのは、この半日ぐらいが限度ですので、それしかないと思います(^_^;)」

「……そうか、段取りは組まれているんだな」

 日ごろ迫力の無い司令だが、ここ一番だと奮励努力の真っ最中なのか。

「よかった……」

 静かに、でも、しっかりとクマさんは答えた。

 この令和の日本に戻って、久々に肩の荷が下りる。久々の飛行石の自由飛行と相まって、ゆるゆると体中のこわばりが解れていくのを感じた。

 

「でも……」

「ん?」

 

 関が原を過ぎ、眼下に濃尾平野が広がると、一安心したわたしに、クマさんは凄いことを言い出した……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女
  • 孫悟嬢          中国の魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・46『雪の三丁目』

2022-12-07 06:28:43 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

46『雪の三丁目』  

 

 

 家についたらまた雪だるま。

 

 駅でビニール傘を買おうかと思ったんだけど、里沙も夏鈴も両手に荷物。女の子のお泊まりって大変なんだ。

 で、わたし一人傘ってのも気が引けるので、三人そろって「エイヤ!」ってノリで駅から駆け出した。

 大ざっぱに言って、駅から四つ角を曲がると我が家。再開発の進んだ南千住の中でこの一角だけが、昭和の下町の匂いを残している。

 キャーキャー言いながら四つ目の角を曲がった。

 すぐそこが家なんだけど、立ち止まってしまう。

「わあ、三丁目の夕日だ!」

 里沙と夏鈴が感動して立ち止まる。

 で、わたしも二人の感動がむず痒くって立ち止まる。

 ちなみに、ここも三丁目なんだよ~。フンイキ~!

「何やってんだ、そこの雪だるま。さっさと入れよ」

 兄貴が顔を出した。

「はーい!」

 小学生みたく返事して、三人揃って工場の入り口兼玄関前の庇の下に。

「あれ、兄ちゃんお出かけ……あ、クリスマスイブだもんね。香里さんとデート!」

「わあ、クリスマスデート!?」

 夏鈴が正直に驚く。

「雪はらってから入ってね。うち工場だから湿気嫌うの。機械多いから」

「そっちは年に一度の機会だから。がんばれ、兄ちゃん!」

「ばか」

 と、一言残し、ダッフルコートの肩を揺すっていく兄貴。

 ドサドサっと、玄関前で雪を落として家の中に入った。

「ただいま~」

「「おじゃましま~す」」

 トリオで挨拶すると――ハハハハと、みんなに笑われた。

 カシャッ……とデジカメの音。あとでその写真を五十二型のテレビで映してみた。

 ホッペと鼻の頭を赤くして、体中から湯気をたてているタヨリナ三人組が真抜けた顔で突っ立ている。

「そのまんまじゃ風邪ひいちゃうぞ、早く風呂入っちまいな」

 お父さんがデジカメを構えながら言った。

「もうー」

 と、わたしは牛のような返事をした。

 

「フー、ゴクラク、ゴクラク……」

 夏鈴が幸せそうに、お湯につかっている。

「こんな~に、キミを好きでいるのに……♪」

 その横で、里沙が、やっと覚えた曲を口ずさんでいる。

 里沙は、たいていのことは一度で覚えてしまうのに、こと音楽に関しては例外。

 そんな二人がおかしくて、つい含み笑いしながら、わたしは体を洗っている。

「なにがおかしいのよ?」

 里沙が、あやしくなった歌詞の途中で振り返る。

「ううん、なんでも……」

 シャワーでボディーソープを流してごまかす。

「でも、まどかんちのお風呂すごいね……」

「うん。昔は従業員の人とか多かったからね」

「それに……この湯船、ヒノキじゃないの……いい香り」

「うん、家ボロだけど、お風呂だけはね。おじいちゃんのこだわり……ごめん、詰めて」

 タオルを絞って、湯船に漬かろうとした……視線を感じる。

「やっぱ……」

「寄せて、上げたのかなあ……」

「こらあ、どこ見てんのよ!」

 楽しく、賑やかで、少し……ハラダタシイ三人のお風呂でした。


 脱衣所で服を着ていると、いい匂いがしてきた。


「すき焼き……だね」

「ん……なんだか、もう一つ別の匂いが……」

 ん、これは……?

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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くノ一その一今のうち・29『潜入・2・忍者の臆病虫』

2022-12-06 16:42:34 | 小説3

くノ一その一今のうち

29『潜入・2・忍者の臆病虫』 

 

 

 草原と言っても見渡すかぎりが草に覆われているわけではない。

 

 製作途中で投げ出されたジオラマのように、所どころに木が生え、場所によっては小さな林のようになっているところがある。平らな草原のように見えても微妙な高低差があって、短い雨期や雪融けなどの時に水が流れたり溜まったりして、恒常的な川や池を形成するほどでは無くとも、比較的水分に恵まれたところがあって、そこに木が生えているんだろう。

 そういう小さな林の木に登って街の様子を観察する。

 百歳の老人の歯茎のような土塁の崩れが街を取り囲んでいる。

 土塁の幅は山手線のホームの幅ほど……所どころに教室一つ分ほどに大きくなっているところがあって、おそらくは防塁が建っていたんだろう。相応の規模だから、その昔、シルクロード的なものが通っていたころは、いっぱしの交易都市で、それなりに栄えていたのかもしれない。でも、シルクロードがどこを通っていたかなんて知らないし。

 土塁は自然に崩壊したのが半分。残りは人の手で崩されているように見える。

 世界史の知識が無いから想像するしかない。

 ソビエトか中国か、そういう化け物みたいな国家に隷属するときに、隷属の証に破壊されたんだろうか。

 このご時世だから監視カメラは覚悟しなければならない。

 それでも、北京やモスクワのど真ん中ではないので、映った映像がただちに解析されて警察や軍隊に追われることもないだろう。

 まあ、常識的に仕掛けられているであろう監視カメラを避けるのは、それほど難しくはないけどね。

 

―― よし、あれが例の寺院だな ――

 

 目標を発見すると、五秒で、おおよその侵入経路を確定。

 木を飛び降りると、道を避けて草叢を拾いながら土塁の裂け目を目指す。そこからは水路の暗渠、住宅地の裏路地を縫って、洗濯物の外套、トーガとかヒジャブとか名前は分からないけど、それをひっかぶって、大胆にもバザールの真ん中を悠然と歩いて、寺院の隣のブロックへ。

 そうやって、大胆と慎重を使い分け、寺院の壁が見える路地にさしかかった。

 

 !?

 

 寺院の内外に剣呑な気配。おそらくは、警備のプロたちだ。

 ここに来るまでにも、優れたのやボンクラなのやら、警備の兵隊や制服私服の警察官が居て、そういうのは、そう苦も無く避けてきたけど、こいつらはグレードが違う。訓練された警備犬も連れているようだし、五割の確率で発見されてしまう。

 臆病の虫が這い出てきて、わたしの足を止める。

 忍者の臆病虫は武器だ。優れた忍者は、臆病虫をなだめて、成功の確率を八割ほどに上げなければ、次の行動には出ない。

 臭いと気配……隣の路地に脱糞中の犬がいる。

 これだ!

 思いついたわたしは、姿勢を五十センチの高さに保持したまま走って、隣の路地の犬の背後にまわる。

 グフ

 僅かに声を上げさせてしまったけど、何とか成功。

 犬の四肢と口を掴んで、寺院の壁が見えるところまで走って、犬を投げ飛ばす。

 キャイン!

 犬は、ぶざまに最後の一ちぎりをぶら下げたまま、塀の際で腹ばいの姿勢で落ちる。

 ワンワンワン! ワンワンワン!

 警備犬が寺院の内外で吠え始めて、警備のプロたちが走り出す。

 

 よし、今のうち!

 

 その三分後、無事に什器倉庫の屋根裏にたどり着くことができた。

 あれ?

 わたしが一番?

 風魔流忍法免許皆伝とは云え、駆け出しのわたしが一番とは、微妙に意外。

 嫁持ちさん、ノホホンとしてるけど、技量はわたしより上だ。

 社長……普段は、いぎたない初老の親父だけど、わたしに化けた腕の良さや、街はずれまでの行動を見ると、やっぱり風魔流忍術の総帥というだけのことはある。

 九割五分の確率で、わたしに後れを取るようなことはない。

 

 なにかあったか……?

 

 一分もたつと、またまた臆病虫が這い出てくる。

 今度は脱糞中の犬を投げるわけにもいかない……

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍)
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者

 

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宇宙戦艦三笠13[小惑星ヘラクレア]

2022-12-06 14:02:45 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

13[小惑星ヘラクレア]   

 

 

 テキサスの修理は大変、いや不可能だった。

 なんせ艦体の1/4を失っている。修理というレベルではなくて、艦尾を新造して接合するという大工事になる。とても備蓄の修理用資材では足りない。

 

 それに、一口で艦尾を新造すると言っても簡単なことじゃない。

 戦前、扶桑級戦艦の速度を上げようとして艦尾を七メートル延長する工事をやった。改装後に公試をやると、速力は上がったものの急制動を掛けると、左に旋回して、停止した時には180度艦体が回ってしまうという事態になって、修正に苦労するということがあった……って、なんで、こんなマニアックな知識が頭にあるんだ? やっぱ、ミカさんにインストールされたんだろうな。ま、いいけどな。

 困うじ果てていると、ヘラクレアという未確認の小惑星から連絡があった。

 ―― よかったら、うちで直せよ ――という内容だった。


 ズゥイーーーン


 警戒してアナライズしようとしたら、なんとヘラクレア自身がワープして三笠の前に現れた。


 ガチャガチャ キュイン トントン コンコン ガガガ グガガガ パチパチ

 長径30キロ短径10キロほど、様々な宇宙船のパーツがめり込むように一体化した変な星だ。なにか工事か建造しているような音をまき散らし、あちこちで溶接やリベット打ちの火花が散って、絶えず星のどこかが姿を変えている。
 
「やあ、ようこそ。わたしが星のオーナーのヘラクレアだ。趣味が高じて気に入った宇宙船のスクラップの引取りやら、修理をやっとる。ああ、みなまで言わんでもいいよ。目的地はピレウスだろ。あれは宇宙でも数少ない希望の星だからね。ここにあるスクラップのほとんども、ピレウスを目指して目的を果たせなかった船たちだ。中にはグリンヘルドやシュトルハーヘンの船もある」

「おじさん、どっちの味方なの!?」

 アメリカ人らしく白黒を付けたそうに、ジェーンが指を立てる。

 俺たちは、ただ、星のグロテスクさに圧倒され、みかさん一人ニコニコしている。

「自分の星を守ろうとするやつの味方……と言えば聞こえはいいが、その気持ちや修理できた時の喜びを糧にして宇宙を漂っている、ケッタイな惑星さ」

「あの、惑星とおっしゃる割には、恒星はないんですね?」

 天音が、素朴な質問をした。

「君らが思うような恒星は無い。だが、ちゃんと恒星の周りを不規則だが周回している。みかさんは分かるようだね?」

「フフ、なんとなくですけど」

「それは全て知っているのと同じことだね」

「なんのことだか、分かんねえよ!」

 トシが子供のようなことを言うが、樟葉も天音も、船霊であるジェーンも聞きたそうな顔をしている。


「ここに、点があるとしよう。仮に座標はX=1 Y=1 Z=1としよう……」


 ヘラクレアのオッサンが耳に挟んだ鉛筆で、虚空をさすと、座標軸とともに、座標が示す点が現れた。

「これが、なにを……」

「この光る点は暗示にすぎない。そうだろ……点というのは面積も体積も無いものだ。目に見えるわけがない。君らは、この暗示を通して、頭の中で点の存在位置を想像しているのに過ぎない。だろう……世の中には、概念でしか分からないものがある。それが答えだ……ひどくやられたねぇテキサスは」

「直る、おじいちゃん?」

 ジェーンが、心配げに答えた。

「直すのは、この三笠の乗組員たちだ。材料は山ほどある。好きなものを使えばいいさ」

「遠慮なく」

「うん……トシと天音くんは、自分のことを分かっているようだが、修一と樟葉は半分も分かっていないようだなあ」

 俺も天音も驚いた。

 こないだ、みんなで自分のことを思い出したとき、二人は肝心なことを思い出していないような気がしていたからだ。

「ヒントだけ見せてあげよう」

 ヘラクレアのオッサンが、鉛筆を一振りすると、0・5秒ほど激しく爆発する振動と閃光が見えた。ハッと閃くものがあったが、それは小さな夢の断片のように、直ぐに意識の底に沈んでしまった。

 気づくとすぐ近くを、定遠と遼寧が先を越して行ってしまった……。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・45『四本のミサンガ』

2022-12-06 06:36:55 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

45『四本のミサンガ』  

 

 

「あの、これ持ってきたんです!」

 やっと紙袋を差し出した。

「これは?」

「潤夏先輩が、コンクールで着るはずだった衣装です」

「あ!? まどかちゃんが火事の中、命がけで取りに行ってくれてた……!」

「エヘヘ、まあ。本番じゃわたしが着たんで、丈を少し詰めてありますけど」

「丈だけ?」

 夏鈴が、また混ぜっ返す。

「丈だけよ!」

「ああ、寄せて上げたんだ。イトちゃんがそんなこと言ってた」

 里沙までも……。

「あんた達ね……!」

「アハハハ……」

 お姉さんは楽しそうに笑った。それはそれでいいんだけどね……。

「こんなのも持ってきました……」

 里沙が写真を出した。


「……まあ、これって『幸せの黄色いハンカチ』ね!」


 勘のいいお姉さんは、一発で分かってくれた。

 部室にぶら下がった三枚の黄色いハンカチ。その下にタヨリナ三人娘。それが往年の名作映画『幸せの黄色いハンカチ』のオマージュだってことを。

 わたしは理事長先生の言葉に閃くものがあったけど、ネットで調べるまで分からなかった。

 伍代のおじさんが大の映画ファンだと知っていたので、当たりを付けて聞いてみた。大当たり。おじさんは、そのDVDを持っていた。はるかちゃんもお気に入りだったそうだ。

 深夜、自分の部屋で一人で観た……ティッシュの箱が一つ空になった。

 それを、お姉さんは一発で理解。さすがだ(*・ω・)。

「ティッシュ一箱使いました?」

 と聞きたい衝動はおさえました。

「これ、ちゃんと写真が入るように、写真立てです」

 里沙が写真立てを出した。あいかわらずダンドリのいい子だ。

 写真は、すぐにお姉さんが写真立てに入れ、部員一同の集合写真と並べられた。

「あ、雪……」


 写真立てを置いたお姉さんがつぶやくように言った。

 窓から見える景色は一変していた。

 スカイツリーはおろか、向かいのビルも見えないくらいの大雪になっていた。

「これ、交通機関にも影響でるかもしれないよ……」

 里沙が気象予報士のように言う。

「いけない。じゃ、これで失礼します」

「そうね、この雪じゃね」

「また、年が明けたら、お伺いします」

「ありがとう、潤香も喜ぶわ」

「では、良いお年を……」

 ドアまで行きかけると……。

「あ、忘れるとこだった!」

 夏鈴、声が大きいってば……カバンから、何かごそごそ取り出した。

「ミサンガ作り直したんです」

 夏鈴の手には四本のミサンガが乗っていた。

「先輩のにはゴールドを混ぜときました。演劇部の最上級生ですから」

「……ありがとう、ありがとう!」

 お姉さんが、初めて涙声で言った。

「わたしたちこそ……ありがとうございました」

「あなたたちも良いお年を……そして、メリークリスマス」


 ナースステーションの角を曲がって見えなくなるまで、お姉さんは見送ってくださった。


 結局トンチンカンの夏鈴が一番いいとこを持ってちゃった。ま、心温まるトンチンカン。芝居なら、ちょっとした中盤のヤマ。

 こういうのをお芝居ではチョイサラっていうんだ。ちょこっと出て、いいとこさらっていくって意味。


 わたし達は地下鉄の駅に向かった。


 そのわずか二三百メートルを歩いただけで、雪だるまになりかけた。駅の階段のところでキャーキャー言いながら雪の落としっこ。

 こんなことでじゃれ合えるのは、今のうちの女子高生特権なんだろうな。

 里沙と夏鈴は、駅のコインロッカーから荷物を出した。

 今夜は、わたしんちで、クリスマスパーティーを兼ねて、あるタクラミがある。

 それは、合宿みたいなものなんだけど、タヨリナ三人組の……潤香先輩も入れて四人の演劇部のささやかな第二歩目。

 第一歩は部室の片づけをやって、黄色いハンカチ三枚の下で写真を撮ったこと。

 心温まる第二歩は、次の章でホカホカと湯気をたてて待っておりますよ~(*´ω`*)。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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鳴かぬなら 信長転生記 96『豊盃羽沙壽(ほうはいぱさじゅ)』

2022-12-05 13:56:52 | ノベル2

ら 信長転生記

96『豊盃羽沙壽(ほうはいぱさじゅ)』織部 

 

 これはパサージュだ!

 

 大橋(だいきょう)に「情報量と物量では豊盃ね」と誘われて豊盃に来ている。

 三国志の三都と言えば、魏の洛陽、呉の建業(南京)、蜀の成都だが、豊盃の賑わいはその上をいく勢いだ。

 三国志北辺の主邑で、古くから西域や扶桑との交易で栄えていた商業都市だ。街の運営は商人たちの代表が担っており、封建諸侯が君臨することもないので、自由闊達な空気が漲っている。

 堺のように――大名であっても護衛以上の家来を連れてはいけない――という不文律があり、三国は、街の空気を尊重し、兵たちが狼藉を働くことを戒めている。

 信長が妹の市と共に偵察に入ったころ、魏の曹素が慣例を破って大部隊で入城してきたことがある。輜重という輸送部隊ではあったが、物々しく装備を見せびらかしての行進だったので、大いにヒンシュクをかった。

 町の中心を豊大街(ほうたいが)という。

 広場を中心に東西南北に大路が伸びて、その大路の両側に大小の酒店・飯店・公司・劇場などが並んでいる。

 大橋がその南大路に面して建つ四階建ての豊盃楼(豊盃ビル)を買い取って、ケーキを切るようにビルの中央を切り取り、切り取ったところにガラス屋根を付けてパサージュにしたのだ。

 パサージュは商店街に近いものだが、建物の中にある点が商店街とは異なる。

 南北の入り口には『豊盃羽沙壽(ほうはいぱさじゅ)』と当て字のデコレーション。

「いきなりフランス語で書いても分かってもらえないですからね」

 とにこやかに先導してくれる大橋。ガラス張りの屋根からは細工ガラスや色ガラスを透過した柔らかい光が差し込んでいる。

「とってもオシャレですね……店の数も多いようですが、全部、大橋さまのお店なのですか?」

「いいえ、テナント。わたしのお店は……ほら、あそこ」

 パサージュの中央部分は、さらに高い吹き抜けになっている。東西の小路にも入り口があって、この中央部分でクロスして他よりもガラス屋根が高く、ちょっとした広場になっていて、行き届いたことに舞台が設えられている。

 大橋の店は、その広場に面した角店だ。他の三つの角店は本屋と飲茶店と喫茶店、繁盛しそうな場所だ。

『グランポット アンティケール』

 大橋骨董店を意味するフランス文字の看板が出ている。

 

「「「お早うございます、大橋さま」」」

 

 飾りつけや陳列をやっていたスタッフが手を停めて挨拶する。わたしも、リュドミラの頭を押えながら挨拶。

「こちら、お仕事のパートナーの越後屋さんと、劉度さん」

 劉度はリュドミラの略なんだろうが、わたしは越後屋かぁ(^_^;)。

「「「よろしくお願いします!」」」

「こちらこそ、ほら、劉度も」

「よろしく」

「いろいろチェックしてるので、どうぞ自由に見てくださいな」

「お言葉に甘えて……」

 ざっと店内を見渡し、ゆっくりと商品を見る。

 まだ半分近くが荷ほどきされていない様子だけど、梱包の仕方や荷主の名前から想像がつく。

 骨董ばかりではなく、レトロ調の小間物なども充実していて、ダテに角店を構えたのではないことが窺える。

 同種の店舗に比べて、少々値の張るものが多いが品物は確かだ。

 パサージュの造りも、お洒落であか抜けている。スタッフも、チーフの女性は屋敷で見かけた小女の一人。このパサージュでは本気で商売をやるつもりのようだ。

 しかし、手堅く商売をやるということは、あまり冒険的な商品にはお目にかかれないのかもしれない。

「そういうことは、皆虎の市でやります。骨董のいいものは、なかなか表のルートからは入ってきませんからね」

 未開封の伝票を見ていると、後ろから大橋さんが注釈をつける。

「ここではお金儲けと情報集め、それから……」

「それから?」

「フフ、内緒です」

 いたずら好きの少女のように、鼻にしわを寄せて奥の事務所に入って行った。

 さて、もう少しパサージュの中を歩いてみようか。

 店の外に出るとリュドミラが、難しい顔でパサージュの天井を見つめている。

「始末したい奴がいたら、ここに連れてくるといい。狙撃するにはもってこいの構造だぞ……」

 難しい顔をほぐしてわたしの顔を見る。

 ちょっと、怖い……

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・44『お見舞い本番』

2022-12-05 06:47:29 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

44『お見舞い本番』  

 

 

「まあ……まどかちゃん! 里沙ちゃん! 夏鈴ちゃん!」

 予想に反して、お姉さんはモグラ叩きのテンションでわたし達を迎えて下さった。

 ちょっぴりカックン。

「「「オジャマします」」」

 三人の声がそろった。礼儀作法のレベルが同程度の証拠。

「アポ無しの、いきなりですみません」

 と、わたし。頭一つの差でおとなの感覚。

「クリスマスに相応しいお花ってことで見たててもらいました」

「お花のことなんて分からないもんで、お気にいっていただけるといいんですけど……」

「わたし達の気持ちばかりのお見舞いのしるしです」

 三人で、やっとイッチョマエのご挨拶。だれが、どの言葉を言ったか当たったら出版社から特別賞……はありません(^_^;)。

「まあ嬉しい、クリスマスロ-ズじゃない!」

「わあ、そういう名前だったんですか!?」

 ……この正直な反応は夏鈴です、はい。

「嬉しいわ。この花はね、キリストが生まれた時に立ち会った羊飼いの少女が、お祝いにキリストにあげるものが何も無くて困っていたの。そうしたら、天使が現れてね。馬小屋いっぱいに咲かせたのが、この花」

「わあ、すてき(≧∇≦)!」

 ……この声の大きいのも夏鈴です(汗)

「で、花言葉は……いたわり」

「ぴったしですね……」

 と、感動してメモってるのは里沙です(汗)

「お花に詳しいんですね」

 わたしは、ひたすら感心。

「フフフ。付いてるカードにそう書いてあるもの」

「「「え……」」」

 そろって声を上げた。

 だってお姉さんは、ずっと花束を観ていて、カードなんかどこにも見えない。

「ここよ」

 お姉さんは、クルリと花束を百八十度回して、花束に隠れていたカードが現れた。

 なるほど、これなら花を愛(め)でるふりして、カードが読める。しかし、いつのまにカードをそんなとこに回したんだろう?

「わたし、大学でマジックのサークルに入ってんの。これくらいのものは朝飯前……というか、もらったときには、カードこっち向いてたから……ね、潤香」

 お姉さんの視線に誘われて、わたしたちは自然に潤香先輩の顔を見た。

「あ、マスク取れたんですね」

「ええ、自発呼吸。これで意識さえ戻れば、点滴だって外せるんだけどね。あ、どうぞ椅子に掛けて」

「ありがとうございます……潤香先輩、色白になりましたねぇ」

「もともと色白なの、この子。休みの日には、外出歩いたり、ジョギングしたりして焼けてたけどね。新陳代謝が早いのね、メラニン色素が抜けるのも早いみたい。この春に入院してた時にもね……」

「え、春にも入院されてたんですか?」

 夏鈴は、一学期の中間テスト開けに入部したから知らないってか、わたしも、あんまし記憶には無かったんだけど、潤香先輩は、春スキーに行って右脚を骨折した。

 連休前までは休んでいたんだけど、お医者さんのいうことも聞かずに登校し始め。当然部活にも精を出していた。

 ハルサイが近いんで、居ても立ってもいられなかったんだ。

 その無理がたたって、五月の終わり頃までは、午前中病院でリハビリのやり直し、午後からクラブだけやりに登校してた時期もあったみたい。

 だから色白に戻るヒマも無かったってわけ。そういや、コンクール前に階段から落ちて、救急で行った病院でも、お母さんとマリ先生が、そんな話をしていたっけ。

「小さい頃は、色の白いの気にして、パンツ一丁でベランダで日に焼いて、そのまんま居眠っちゃって、体半分の生焼けになったり。ほんと、せっかちで間が抜けてんのよね」

「いいえ、先輩って美白ですよ。羨ましいくらいの美肌美人……」

 里沙がため息ついた。

「見て、髪ももう二センチくらい伸びちゃった」

 お姉さんは、先輩の頭のネットを少しずらして見せてくれた。

「ネット全部とったら、腕白ボーズみたいなのよ。今、意識がもどったらショックでしょうね。せめて、里沙ちゃんぐらいのショートヘアーぐらいならって思うんだけど。それだと春までかかっちゃう」

「どっちがいいんでしょうね?」

 単細胞の夏鈴が、バカな質問をする。

「……そりゃ、意識が戻る方よ」

 お姉さんが、抑制した答えをした。

 とっさにフォローしようとしたけど、気の利いた台詞なんてアドリブじゃ、なかなか言えない。

「だって、『やーい、クソボーズ!』とか言って、からかう楽しみが無いじゃない」

 お姉さんが、話を上手くつくろった。妹が意識不明のままで平気なわけないよね……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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