美しすぎて、映画に使ったら画面を絶対食ってしまうであろう…
車がまた動きました。ところが子供の云ったやうにすぐ小さな川があったのです。二本の松木が橋になってゐました。
ははあ、この子供がくさびをはめない方がいゝと云ったのは車輪が下で寄さってこの橋を通れるといふのだな、ハーシュはひとりで考へて笑ひました。
水は二寸ぐらゐしかありませんでしたからハーシュは車を引いて川をわたりました。砂利ががりがり云ひ子供はいよいよ一生けん命にしがみ附いてゐました。
そして松林のはづれに小さなテレピン油の工場が見えて来ました。松やにの匂がしぃんとして青い煙はあがり日光はさんさんと降ってゐました。その戸口にハーシュは車をとめて叫びました。
「兵営からテレピン油を取りに来ました。」
技師長兼職工が笑って顔を出しました。
――宮澤賢治「車」
その人は骨組ががっしりして大柄な樫の木造りの扉のような感じのする男で、橙色がかったチョコレート色の洋服が、日本人にしては珍らしく似合うという柄の人でした。豊な顎を内へ引いて髭はなく、鼻の根の両脇に瞳を正しく揃え、ごく僅か上眼使いに相手を正視するという態度でした。左の手はしょっちゅう洋袴のポケットへ入れていましたが、胸のハンカチを取出すとき、案外白い大きい手の無名指にエンゲージリングの黄ろい細金がきらりと光ったのを覚えています。
その人が帰ったあと、私は母に何気なく
「あの方、結婚してなさるの」と訊きますと、母は
「してなさるが、どうも奥さんと面白くない噂でね」と云いました。
ー岡本かの子「扉の彼方へ」
この篇は事実らしく書き流してあるが、実のところ過半想像的の文字であるから、見る人はその心で読まれん事を希望する、塔の歴史に関して時々戯曲的に面白そうな事柄を撰んで綴り込んで見たが、甘く行かんので所々不自然の痕迹が見えるのはやむをえない。そのうちエリザベス(エドワード四世の妃)が幽閉中の二王子に逢いに来る場と、二王子を殺した刺客の述懐の場は沙翁の歴史劇リチャード三世のうちにもある。沙翁はクラレンス公爵の塔中で殺さるる場を写すには正筆を用い、王子を絞殺する模様をあらわすには仄筆を使って、刺客の語を藉り裏面からその様子を描出している。
――夏目漱石「倫敦塔」
大学にメールでも回ってきたんだが
http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/no_violence_act/
税金闘争の西原神が内閣府の尖兵に……というのは冗談であるが……案外、西原氏も、鴨氏の所業についてはこういうところ(広報誌「共同参画」2013年11月号)でしかちゃんとしゃべれないかもしれない。国家が駆け込み寺であってほしいと思うこの頃です。国家が人を追う立場になったらだめです……
http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/no_violence_act/
税金闘争の西原神が内閣府の尖兵に……というのは冗談であるが……案外、西原氏も、鴨氏の所業についてはこういうところ(広報誌「共同参画」2013年11月号)でしかちゃんとしゃべれないかもしれない。国家が駆け込み寺であってほしいと思うこの頃です。国家が人を追う立場になったらだめです……
「何をする」
クラネクは驚いて揮りかえった。二人は顔を見合した。
「貴様は警察の署長だな、署長ともあろう者が、その容は何事だ」
「貴様は何人だ」
「名を云う必要はない、その女を知っておる者だ」
「では、貴様と、媾曳に来たところだな、この女は」
「黙れ」
「不埒者奴、貴様が黙れ」
「何」
署長の右の手が動くと共に激しい音がして、壮い男はそのままに仰向けに倒れてしまった。
クラネクは嘲笑いの顔をして立っていた。その手にはピストルがあった。
死んだようになっている女の体が動いて頭があがりかけた。
――田中貢太郎「警察署長」
今日は東かがわ市での出張講義。高校生たちの1ミリも深くない雑談を聴きながら電車に揺られて東かがわに着く。「二十四の瞳」の左翼性についてしゃべくり倒す。映像についても、高峰秀子版と松下奈緒版を比較してなんやかんやしゃべる。題名が「四国のプロレタリア文学」とかでも受講するする方がおられたのはよかったよかった……
「伴奏させるのは歌だけなの」Begleitenということばを使ったのである。伴奏ともなれば同行ともなる。「銀座であなたにお目にかかったといったら、是非お目にかかりたいというの」
「まっぴらだ」
「大丈夫よ。まだお金はたくさんあるのだから」
「たくさんあったって、使えばなくなるだろう。これからどうするのだ」
「アメリカへ行くの。日本は駄目だって、ウラヂオで聞いて来たのだから、あてにはしなくってよ」
「それがいい。ロシアの次はアメリカがよかろう。日本はまだそんなに進んでいないからなあ。日本はまだ普請中だ」
「あら。そんなことをおっしゃると、日本の紳士がこういったと、アメリカで話してよ。日本の官吏がといいましょうか。あなた官吏でしょう」
「うむ。官吏だ」
「お行儀がよくって」
「おそろしくいい。本当のフィリステルになりすましている。きょうの晩飯だけが破格なのだ」
――森鷗外「普請中」
AVENUE DE L'OERA の数千の街灯が遠見の書割の様に並んで見える。芝居がへりの群衆が派手な衣裳に黒い DOMINO を引つかけて右にゆき、左に行く。僕は薄い外套の襟を立てて、このまま画室へ帰らうか、SOUPER でも喰はうか、と METRO の入口の欄干の大理石によりかかつて考へた。
五六日、夜ふかしが続くので、今夜は帰つて善く眠らうと心を極めて、METRO の地下の停車場へ降りかけた。籠つて湿つた空気の臭ひと薄暗い隧道とが人を吸ひ込まうとしてゐる。十燭の電灯が隧道の曲り角にぼんやりと光つてゐる。其の下をちらと絹帽が黒く光つて通つた。僕は降りかけた足を停めた。画室の寒い薄暗い窖の様な寝室がまざまざと眼に見えて、今、此の PLACE に波をうつてゐる群衆から離れて、一人あんな遠くへ帰つてゆくのが、如何にも INHUMAIN の事の様に思へてならなかつた。
――高村光太郎「珈琲店」