★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

狼園

2013-11-07 23:59:25 | 文学


私はあらはに狼狽して激しい視線でたしなめるやうに長平を凝視めながら、「もう暫く。せめて夜がくるときまで一緒にゐてくれ」と哀願せずにゐられなかつた。確たる理由はないのである。宿酔の朝に全く同じ神経的な恐怖であつて、別れることがたまらなかつた。

――坂口安吾「狼園」

おらアメちゃんになりてえ

2013-11-06 10:01:55 | 思想
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131105/k10015802801000.html
米紙「日本もNSA活動対象」……いがった~おら無視されてながった

「おら、アメリカになりでぇ!(立ち上がれ日本、いやあまちゃん
歌って踊って潜ってドル取って上がって食わせる!そんなアメちゃんになりでぇ!」(秋)

(春子のビンタ)

「うー」(秋)
「泣くな!」(春)
「叩くから泣くんだべ!一日2回も」(あ)
「叩かれるような事言うからでしょう」(は)
「何が!?」(あ)
「だって……バカじゃん!歌って踊って潜ってドル取って食わせるアメちゃん?」(は)

秋の口をわしづかみする春子

「んぁ~!」(あ)
「泣くな!この子ね、バカでしょ?バカなんですよ。将来の事真剣に考えろっつってんのに!」(は)
「考えたべ」(あ)
「考えた結果が……墓すぎるっつってんのよ!ねぇ、先生」

「ええ……ヘヘヘッ。旧枢軸国としては、やはりもぐり的な要素も入れてほしかったですね。
あの~みんなで歌って体操して座禅組んでぇ一億総懺悔するアメリカ……」(担任)


広い野の上を掠め

2013-11-05 09:30:05 | 文学


 或る田舎に母と子とが住んでいた。そして或る年の秋、次のようなことがあった。――
「もう本当に天気がよくなったのでしょう。」
「そうね。」
 母と子とは、或る朝そんな会話をした。そして二人共晴々した顔を挙げて、青く澄んだ大空を見上げた。大空を見上げる前彼等の視線は、広い野の上を掠め、野の向うに聳立っている山の頂を掠めた。そして今、視線が更にその上の青い大空のうちに吸い込まれると、彼等は何とはなしに微笑みを洩した。

――豊島與志雄「秋の幻」


山尼の徒が持ち去ってしまった。

2013-11-03 01:43:06 | 文学


「神秘昆虫館」の物語も、数種説明を加えることによって、大団円とすることにする。永世の蝶の持っていた、奇怪の謎は解けただろうか? 山尼の徒が持ち去ってしまった。そうして山尼はどこへ行ったものか、その消息を失ってしまった。自然永世の蝶の謎もどうなったものか解らない。山尼の迫害から遁がれたため、昆虫館は昔にかえり、昆虫館主人はそこに住んで、研究をつづけたということであるが、そもそも昆虫館主人とは、どういう素性の人物なのであろう? ある伝説による時は、家光に亡ぼされた駿河大納言の、正統の血を引いている人物であり、そうして隅田のご前なる人は、同じく妾腹の血を引いた人で、幕府にとっては二人ながら、恐れられていた人達であり、そうして高蔵尼という一女性は、駿河大納言を亡ぼすべく、活躍したところの本多上野介の、血を引いた姫だということである。昆虫館主人と高蔵尼とは、敵同志でありながら、どうしてかつては夫婦などになったのか? これこそ疑問というべきであるが、詳しいところは伝説にもない。
 ところで一式小一郎は、その後どういう生活をしたろう? 桔梗様と結婚したそうである。では君江は気の毒ではないか。いやいや彼女は風変わりの女で、そうして楽天家でもあったため、自分の運命を悲しみもせず、例の愛馬の手綱を取り、故郷へ帰ったということである。

――国枝史郎「神秘昆虫館」

私下半身を好きになるから、アッコは上半身を好きになりなよ

2013-11-02 14:27:22 | 漫画など


政府が、また相変わらず秘密情報を保護する策とかを考えているらしい。法律作らにゃ秘密が漏れるような政体は、歴史の教訓として、だいたいいつも既に肝心なところが漏れていたんだと思うし、スピルバーグの「イーグル・アイ」に描かれているごとく、もはや問題は秘密を隔離することより(もう今時無理だろそもそも……)も、民主主義的意志が監視やテロになってしまうのをどうするかという問題であって、時代錯誤の感は否めん。牢屋型がいいのか箱型がいいのか、長い時間をかけて議論してきた権力形態の問題をなかったことにするのか。昨日NHKは、ハーバードの白色白熱講義――「みんなで権力者にならう」とかいう内容の授業を流していたが、そもそもの問題は、コミュニケーションが権力のやりとりの問題に見えてしまうわれわれの感覚であって、最近そこらへんが症状としてますます猖獗をきわめているのは、権力を持ちたい連中が下々にドングリの背比べをさせることによって保身に走っているからである。「どんぐりと山猫」を見るがよい。権力の発生はコミュニケーション一般の結果ではない。権力を欲するやつだけが権力となるに決まっているように、わたくしには思えるんだが……

まあ、それより問題なのは、秘密を保持したい為政者が、本当に秘密にしとくほど重要なことを保持しているのかという問題であるように私には思われる。議事録もきちんと作っていない(あるいは作る能力がない)組織には、そもそも秘密が空気の中を漂っているので、もうどうしようもない。それに、上のハーバード権力者養成講座でも言っていたが、秘密が問題になるのは、支配力や存在感があるやつの場合であって、日本がしばしば盗聴やスパイの対象にすらなっていないのは、仄聞するところだ。……そういうことである。議会が信用されず、陛下に直訴するような人間がでてくるところをみると、戦前も今も、日本の政治屋や庶民たちは、お互いを全く信用していない。お互いに秘密をもっているからではなく、自分に対する秘密――というより批判が「ある」のが嫌であるに過ぎない。秘密を秘密のままにしておきたい心理は、他人が自分に対して秘密にしておくに足る批判や都合の悪いことを「なかったことにする」、という心理であるにちがいなく、国家安全保障とは何の関係もない可能性すらあると思う。そんな「なかったことにする」ような生き方をお互いにした結果濁ってしまった「空気」のなかで期待されるのは、超越的な理性的な無垢である。そこで出てくるのが陛下などである。むろん、昔も今も陛下はたいした権力ではないのだが、三種の神器と同じで、政治屋や庶民とかと違い「なかったことにする」のではなく「何もない」ことによって、そこに良心とか魂が期待されてしまうのである。――隣人よりも西洋人や天皇や能年玲奈の笑顔に期待する訳だ。これが三島由紀夫が言うのと違った意味での日本での超越的なものの動き方であって、頭のよい連中はそうやって天皇や西洋人を利用してきている。単に天皇に褒められようと思った某棋士の場合は違うだろうが……某棋士は、むしろ会社の重役とか理事とかの機嫌をとるようなかんじで、陛下を利用したのではないか?戦略的に無垢なY本氏よりよほど、幼稚に大人である分だけおそろしく不敬であったといへよう。

日本の場合秘密といったら、「蒲団」とか「ひみつのアッコちゃん」みたいなものであろう。中年の恋とかアッコちゃんのコンパクトとかである。ありふれすぎていて何の秘密もないが、秘められたという事実によって秘密である。「ひみつのアッコちゃん」は確かヤング版というのがあって、アッコちゃんが思春期で「マザコン男」に惚れたり、自慰行為を目撃したり、生理の話をしたり……。友人に「私(彼の)下半身を好きになるから、アッコは上半身を好きになりなよ」とか言われたりする。「パンドラの箱」のように世界を滅ぼしかけたりする秘密の箱はない。まったくありふれた光景である。天皇という箱の場合も同じだ、自明の理はでてくるが、それ以上はない。しかしそれでよいこともあるであろう。天皇を担ごうとする連中が自明の理以下の場合は。

迸出によって生じた脈状あるいは塊状の夾雑物によって

2013-11-01 23:19:39 | 文学


 この方面から考えると、地震というものの背景には我地球の外殻を構成している多様な地層の重畳したものがある。それが皺曲や断層やまた地下熔岩の迸出によって生じた脈状あるいは塊状の夾雑物によって複雑な構造物を形成している。その構造の如何なる部分に如何なる移動が起ったかが第一義的の問題である。従ってその地質的変動によって生じた地震の波が如何なる波動であったかというような事はむしろ第二義以下の問題と見られる傾向がある。この方面の専門家にとっては地震即地変である。またいわゆる震度の分布という問題についても地質学上の見地から見ればいわゆる「地盤」という事をただ地質学的の意味にのみ解釈する事は勿論の事である。

――寺田寅彦「地震雑話」