リオ・オリンピックもずっと日本勢への追い風が吹いたまま、終ろうとしていますね。
団体戦は勿論ですが、格闘技などの個人戦でも、そこに日本チームとしての団結というものを強く感じさせるものが有りました。
私に初めて、この団体としての戦いの面白さを覚えたのはマンガからでした。
私の好奇心と驚きに満ちた世界が一気に開花した昭和39年、「鉄腕アトム」「鉄人28号」といったロボットマンガと並んで、その世界を彩っていたのは、「鉄人」と同じく横山光輝作の忍者マンガの傑作「伊賀の影丸」です。
確か夢中になってこれを読んでいたのは、その年の夏から秋にかけてだったと思います。
このマンガが如何に後代の作品に影響を与えたか?
例えば大ヒットした、ゆでたまご作「キン肉マン」。この人気に火が付いたのは、数々の超人たちが秘術、必殺技(言うまでも無くプロレスからの影響が濃厚)を引っ提げて、善玉、悪玉に分かれての選抜超人による集団バトルだったのではないでしょうか?
これ以前の車田正美作「リングにかけろ!」には、「キン肉マン」への影響も感じられますが、この作品自体、「影丸」へのオマージュともとれるところが随所に見られます。
最初は普通のボクシングのスポ魂路線だったものが、黄金のジュニアを結成してからというもの、ただのボクサーから超人へと進化してしまい、(ギャラクティカ・マグナムなる必殺ブローが炸裂するとリングにクレーターが出来る!)世界選手権を賭けて、各国の超人ボクサー選抜(決勝ではついに神々と相まみえるに至った!)との対決など、すっかり団体対抗バトルの様相を帯びてきました。
こうした超人たちによる団体対抗戦というのはこの「伊賀の影丸」を抜きにしては語ることが出来ません。(「OOここに参上!」という超人登場の際の口上もお馴染みですね)
ことにその「七つの影法師の巻」は、討幕を目論む薩摩からの刺客、七つの影法師の挑戦を受けて立った影丸ら公儀隠密の選抜七人衆との、それはもう壮絶な両陣、秘術を尽くしての戦いに焦点を当てたもので、私には一際印象に残っているのです。
それが如何に壮絶を極めたか…瀕死の重傷を負った影丸しか生き残らなかったのです!(「リンかけ」の日本ジュニアの全員奇跡の無敗の快進撃のようにはとても行きませぬ…)
決闘のあるべき形は、それぞれの個性、秘術を見せなければならない関係上、基本一対一であるのが原則(先陣を切って登場した影法師の一人など戦う前に絶命してしまいましたが…その「夜霧丸」の顔も術も分からずじまい…)で、相手方が全滅するまで雌雄を決することは無いのです。
私は昔から主人公に対しては、ほとんど思い入れが無く同僚のイケメン忍者(剣士といういでたちですが)催眠術の名手「夢麿」の大ファンなのでした。
これがなかなか強い…。同じ催眠術使いの「死神」との屋根上での同術対決を制した場面は見ごたえがありましたし、「雪風」の毒チョウを操る術も逆操作し、最後は奥の手?の変わり身の術で敗り去ります。火炎術の使い手「魔風」もいったんはその術でロボット同然にして敵方を攪乱することに成功しますが…。隠密側として深手を負って静養を余儀なくされた影丸と共に生き残り、影法師の最後の一人と対決する事になりますが、その相手こそ因縁の魔風なのでした。魔風の放った火炎陣の中で、得意の催眠術を掛けたのは、鏡に映った自分自身だった…術に溺れて自らに刃を向けてしまうのでした…。
こうなると、敗北濃厚の危機に立たされて影丸が取った作戦は、”火には火を…”火薬を巧みに敵陣に撒いておく、火炎返し?で魔風の術を封じ、奥の手の”毒木の葉の術”(影丸の代名詞ともいうべき”木の葉隠れの術”というのは、なんてことは無い木の葉で相手を眩惑して、”ドロン”するだけのものですが、影丸は本来無益な殺生を好まないのです)で辛うじて勝利をおさめたのでした。
このように、この作品には随所に相手の秘術を逆利用する、というカウンター攻撃の妙が見られるのです。
そして”同じ手は食わない…倍返しだ(実に懐かしい)!”リベンジの情念も…(魔風の火炎術で顔面が焼けただれてしまい、復讐の鬼と化した「天鬼」…最後は「幽鬼」と凄絶な相討ちで果てる…)
それにしても7対7という分かり易く、正々堂々とした戦いは実にスリル満点でした。
もっとも、オヤジに言わせると、「そんなスポーツ選手みたいな忍者なんている訳無い!…より多く人数をそろえ、いかに相手の裏をかくかで勝負は決まるのだよ!」とまるで、夢を一瞬にして消し去るような忍術まがいの言葉で私の頭を攪乱させるのでした。
東京オリンピックが開催されたのは、それから間もなくのことです。(昔のように秋にした方が私はいいと思うのですが…)
団体戦は勿論ですが、格闘技などの個人戦でも、そこに日本チームとしての団結というものを強く感じさせるものが有りました。
私に初めて、この団体としての戦いの面白さを覚えたのはマンガからでした。
私の好奇心と驚きに満ちた世界が一気に開花した昭和39年、「鉄腕アトム」「鉄人28号」といったロボットマンガと並んで、その世界を彩っていたのは、「鉄人」と同じく横山光輝作の忍者マンガの傑作「伊賀の影丸」です。
確か夢中になってこれを読んでいたのは、その年の夏から秋にかけてだったと思います。
このマンガが如何に後代の作品に影響を与えたか?
例えば大ヒットした、ゆでたまご作「キン肉マン」。この人気に火が付いたのは、数々の超人たちが秘術、必殺技(言うまでも無くプロレスからの影響が濃厚)を引っ提げて、善玉、悪玉に分かれての選抜超人による集団バトルだったのではないでしょうか?
これ以前の車田正美作「リングにかけろ!」には、「キン肉マン」への影響も感じられますが、この作品自体、「影丸」へのオマージュともとれるところが随所に見られます。
最初は普通のボクシングのスポ魂路線だったものが、黄金のジュニアを結成してからというもの、ただのボクサーから超人へと進化してしまい、(ギャラクティカ・マグナムなる必殺ブローが炸裂するとリングにクレーターが出来る!)世界選手権を賭けて、各国の超人ボクサー選抜(決勝ではついに神々と相まみえるに至った!)との対決など、すっかり団体対抗バトルの様相を帯びてきました。
こうした超人たちによる団体対抗戦というのはこの「伊賀の影丸」を抜きにしては語ることが出来ません。(「OOここに参上!」という超人登場の際の口上もお馴染みですね)
ことにその「七つの影法師の巻」は、討幕を目論む薩摩からの刺客、七つの影法師の挑戦を受けて立った影丸ら公儀隠密の選抜七人衆との、それはもう壮絶な両陣、秘術を尽くしての戦いに焦点を当てたもので、私には一際印象に残っているのです。
それが如何に壮絶を極めたか…瀕死の重傷を負った影丸しか生き残らなかったのです!(「リンかけ」の日本ジュニアの全員奇跡の無敗の快進撃のようにはとても行きませぬ…)
決闘のあるべき形は、それぞれの個性、秘術を見せなければならない関係上、基本一対一であるのが原則(先陣を切って登場した影法師の一人など戦う前に絶命してしまいましたが…その「夜霧丸」の顔も術も分からずじまい…)で、相手方が全滅するまで雌雄を決することは無いのです。
私は昔から主人公に対しては、ほとんど思い入れが無く同僚のイケメン忍者(剣士といういでたちですが)催眠術の名手「夢麿」の大ファンなのでした。
これがなかなか強い…。同じ催眠術使いの「死神」との屋根上での同術対決を制した場面は見ごたえがありましたし、「雪風」の毒チョウを操る術も逆操作し、最後は奥の手?の変わり身の術で敗り去ります。火炎術の使い手「魔風」もいったんはその術でロボット同然にして敵方を攪乱することに成功しますが…。隠密側として深手を負って静養を余儀なくされた影丸と共に生き残り、影法師の最後の一人と対決する事になりますが、その相手こそ因縁の魔風なのでした。魔風の放った火炎陣の中で、得意の催眠術を掛けたのは、鏡に映った自分自身だった…術に溺れて自らに刃を向けてしまうのでした…。
こうなると、敗北濃厚の危機に立たされて影丸が取った作戦は、”火には火を…”火薬を巧みに敵陣に撒いておく、火炎返し?で魔風の術を封じ、奥の手の”毒木の葉の術”(影丸の代名詞ともいうべき”木の葉隠れの術”というのは、なんてことは無い木の葉で相手を眩惑して、”ドロン”するだけのものですが、影丸は本来無益な殺生を好まないのです)で辛うじて勝利をおさめたのでした。
このように、この作品には随所に相手の秘術を逆利用する、というカウンター攻撃の妙が見られるのです。
そして”同じ手は食わない…倍返しだ(実に懐かしい)!”リベンジの情念も…(魔風の火炎術で顔面が焼けただれてしまい、復讐の鬼と化した「天鬼」…最後は「幽鬼」と凄絶な相討ちで果てる…)
それにしても7対7という分かり易く、正々堂々とした戦いは実にスリル満点でした。
もっとも、オヤジに言わせると、「そんなスポーツ選手みたいな忍者なんている訳無い!…より多く人数をそろえ、いかに相手の裏をかくかで勝負は決まるのだよ!」とまるで、夢を一瞬にして消し去るような忍術まがいの言葉で私の頭を攪乱させるのでした。
東京オリンピックが開催されたのは、それから間もなくのことです。(昔のように秋にした方が私はいいと思うのですが…)