簾 満月「バスの助手席」

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土手上の線路 (岡山臨港鉄道・廃線跡を歩く)

2023-04-10 | Weblog


 岡南福田駅を出た臨港鉄道の廃線跡は、浦安本町の交差点を越えると
遊歩道風に整備された道となる。
北側は田畑の中に所々に細かく区画された住宅地が有り密集している。

 反対の南側は沿道に民家などが建つものの、その奥は干拓地らしく、
整然と大きく直線的に区画された地で、所々に民家が点在している。



 周辺には十番川や相生川を始め、大小様々な用水路が縦横に何本も引
かれ、用水が交差する場所には、樋門が設けられていて、それらは廃線
跡からも見る事が出来る。
塩分の多い干拓地を、新田に変えようと腐心した先人達の苦労の跡だ。



 岡山県の南部にはこうした干拓地が広がり、用水路が多く橋の多い県
として知られている。橋長2m以上の橋は、全国に凡そ70万橋有るが、
県内では約3万橋をかぞえると言う。

 市内には約9,600の橋があり全国第一位、倉敷市も約5,900の橋があり
第三位に着けている。そんな橋の一つ「第三福田橋」を越えると、周囲
の視界が開け、広大な農地の広がりが見えてくる。



 その先の臨港鉄道線は、「岡南福田駅」から1㎞程進んだ辺りで大き
く右に曲がり北に進路を変える。丁度この辺りまでが江戸時代に笹ヶ瀬
川東岸の当新田から、旭川西岸の福島にかけて築かれた土手の跡地で、
線路は国有地であるその上に敷設されていた。



 北側は元々の古地で、昔からの集落も点在していた地である。
南側は明治から昭和にかけて干拓された新地で、幾本もの用水路が縦横に
走り、それにより広大に区画されている。

 今では農地のみならず、所々に新しい住宅地も開かれている。
線路跡を隔てた北側と南側では、明らかに住宅の分布状況が異なっている
のがよく解る。(続)





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