簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
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高富山瑠璃光院石薬師寺(東海道歩き旅・伊勢の国)

2023-05-26 | Weblog

 佐々木信綱記念館から500mほど歩き、国道1号線を跨ぐ瑠璃光橋でこ
れを越える。やがて街道は右に曲がる下り坂となり、右手の鬱蒼と茂る
深い森が見えてくる。
 地名の謂れとなった「高富山瑠璃光院石薬師寺」の裏門で、ここらが
宿の外れとなるらしい。街道の坂を下りた右手に山門が見えてくる。



 この辺り嘗ては寺の山号ともなっている高富と称された村であった。
寺のあらたかな霊験が広く世間に知れ渡ると、俄に有名となり、やがて
宿場町は門前町としても栄え賑わうことになる。
何時しか村名も寺を賞じて石薬師と改められ、高富は寺の山号として残
ることになる。



 寺の縁起はこう伝えられている。
「山岳修験者がこの地の森の中で、地鳴りを伴って出現した霊光を放つ
巨石を見付けた。
それをお堂に祀りし、衆生の救済に当たったのが創建」という。



 「その後弘法大師・空海が、一夜の内に自の爪で彫ったと言われる秘
仏の石仏・薬師如来立像が御本尊として安置された」
仏像の多くが木造で有るなか、花崗岩の石造は大変珍しいと言う。



 天正年間に織田軍による兵火で、諸堂は悉く焼失している。今日目に
する本堂は、神戸の城主、一柳監物の寄進により再建されたものだ。

 東海道に面していることから、街道を行き来する諸大名が、財物を寄
進して、道中の安全を祈願する寺としても知られていた。



 境内には、時折観光客も訪れるという。
今では本堂を中心に、鐘楼堂、お大師堂、地蔵堂、水子地蔵堂などが整
備され、観光客を迎え入れている。

 今は観光客の姿も無く、豊かな自然に包まれた境内は、静謐でひっそ
りと佇んでいる。よく手入れされた庭では、四季折々に草花が咲き乱れ
るが、特に秋の紅葉が美しいという。(続)





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