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ファンの熱い声援に支えられ、戦いつづけた男がいる
恵まれない子供たちの夢を背負い、戦いつづけた男がいる
坂本博之36歳、ラストファイト
2007年1月、彼は最後の戦いへ挑む
(坂本選手のHPより引用)
これほどまでに心をうつ選手がいただろうか・・・・
元日本ライト級、元東洋太平洋ライト級チャンピオンの
坂本博之選手が引退する。(写真左側:白色にゴールドのベルトライン)
今夜は、その男の生き様を・・・最後のその雄姿を見に行った。
世界タイトルに4回挑戦するも、夢は実現できなかった。
しかし・・みんなの記憶の中で、
坂本選手はいつまでも鮮明に生き続けるだろう。
私は決して忘れない。
■ 世界タイトル挑戦の記録 ■
1997年7月 対 スティーブ・ジョンストン (米国) WBC 判定負け
1998年8月 対 セサール・バサン (メキシコ) WBC 判定負け
2000年3月 対 ヒルベルト・セラノ (ベネズエラ) WBA 5回TKO負け
2000年10月 対 畑山隆則 (横浜光)WBA 10回KO負け
タイ国ライト級1位
坂本博之(角海老) カノーンスック・シットジャープライ
39勝(29KO)7敗 6勝(2KO)4敗
入場曲のドボルザークの「新世界」が流れ始めたと同時に、
私の涙腺はゆるみ始めた・・。
坂本選手が登場すると、超満員の場内に大歓声がこだました。
なんたって・・・引退試合である。
3回くらいに坂本選手の右フックが炸裂して、
タイ人がダウン・・・・見事なKO勝ち・・の予定だった。
間違いなく大多数の人がそう思っていたに違いない。
・・・ビックリした。
シットジャープライ選手はやる気満々だった。
さすがはタイのライト級1位だった。
1~2ラウンドは、坂本選手も身体にキレがあり、
左右のフックで追い込んで優勢だった。
3ラウンドになって、スタミナ切れか坂本選手の動きが鈍った。
シットジャープライ選手の右アッパーを食って、
ロープにつまり連打を浴びる・・・。
5ラウンド、坂本選手はバッティングで左目を切ってしまった。
ますます動きが鈍り、手も出なくなってしまった・・。
危ない・・・。大ピンチ
「ガンバレ坂本」
7ラウンド、シットジャープライ選手が、
プッシングの反則で減点1。
このラウンドは坂本選手が力を振り絞って、
左右のフックとボディーでポイントを奪った。
ラウンド終了後、坂本選手の左目の傷が広がっていたため、
浦谷レフェリーが試合をストップした。
ここまでの私の採点は、66-66のドロー。
公式採点は、ジャッジ吉田68-67(シットジャープライト選手)、
福地と島川が67-67。かろうじて引き分けた。
このマッチメイク・・・どうしたのだろう。
坂本選手が強い相手を望んだのか?
それとも坂本選手の体調が思ったより悪かったのか
最後の試合は、47戦で1度もなかった引き分けだった。
坂本選手、感動をありがとう。
坂本選手、勇気をありがとう。
今夜26:20より、日本テレビで放送があるので、
坂本選手を知っている人も、知らなかった人も、
一緒に感動しましょう!
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