アクシャイ・クマール主演の「TOILET」の子供版。
10歳の少年が自宅にトイレを造るために奮闘する。
今年の初め、新聞に政府の広告が載っていた。
インドの90数%に家にトイレを設置!
家庭にトイレを設置するのはモディ政権の公約である。
しかし、それが真実ではない事は誰もが知っている。
映画の舞台となったグルガオン(現在のグルグラム)は、
デリーの隣の新興住宅地だが、
早朝の列車で通ると数キロにわたって線路端に等間隔でしゃがむ、
男性達を見てしまうのだ・・・・。
首都からわずかしか離れていない場所で・・・である。
90数%と言うのは数字のカラクリである。
政府はトイレのない家庭にトイレ設置の名目でお金を援助している。
それで行くとほとんどに家庭にトイレが設置されているはずなのである。
しかし現実は・・・・そのお金は目的以外の事に流用しているので、
トイレは設置されていない。
NGOでも言われているが、お金を与える事が援助ではない。
お金を稼ぐ手段を教える事がNGOの使命であると。
ただ・・・インド5000年の歴史、先祖代々路上で生活し、
道行く人々に手を出してお金を無心してきた人々が、
今さら額に汗して働くわけがない・・・・。ここに問題があるのだ。
タイトルのハルカーはヒンディー語で行政上の区域とか言う意味。
<ストーリー>
舞台はグルガオンのスラム街。10歳の少年ピチクー(タタストゥ)は、
一間しかない小さな家にサイクルリクシャーで生計を立てる父親
(ランビール・ショーレイ)とお香作りの内職をする母親(パオリ・ダム)と
三人で暮らしている。この辺りの家にはトイレはない。
スラムと言えどもレンガ造り一戸建てだし、
ビニルシートや廃材の材木やコンクリートで造られた家(と言うのか)
よりはいい暮らしをしている。
ピチクーは家の中で隠れて大便をしている。
みんなと一緒に線路端にしゃがんで用を足すのは恥ずかしいし、
公衆トイレもあるが酷く汚れており匂いも相当である。
いつもはお香を焚いて新聞紙の上で用を足しゴミとして捨てていたのだが、
ある日、父親に見つかってしまい、無理やり線路端に連れて行かれる。
みんなが見守る中しゃがむが逃げ出してしまう。
辿り着いた廃工場で同じエリアに住む少年ゴピーに出会う。
ゴピーもまた人前で用を足したくなかった。二人は友達になる。
ピチクーのような子供達はゴミを集めて少しばかりのお金を稼いでいる。
夜になると路上の片隅で勉強を教わっているので読み書きはできる。
ピチクーはゴミ集めでわずかばかりの小銭を稼いでいるが、
服もボロではないし、薄汚れてもいないので、
普通の少年に見える。
政府からトイレを造るためのお金が援助される事になり、
ピチクーの父親も申し込むが、
そのお金でオートリクシャーを買おうとしていた。
まぁお酒を買ったり麻薬につぎ込んだりするよりはいいけど。
ピチクーはゴミ山のそばを通るお金持ちの学校のスクールバスを眺めている。
するとバスの中からピチクー達を眺めている少年に気づく。
いつしかピチクーとその少年の間に友情のような物が芽生える。
ある日、ピチクーとゴピーは学校に忍び込む。
その日は学芸会で生徒達は制服ではない衣装を来て、メイクをしていた。
ピチクーとゴピーは警備員に見つかってしまうが、
その友達のような少年が他の生徒や先生、父兄に向かって、
ゴミを集めているが二人は友達だと言う
ピチクーとゴピーは花園のような清潔なトイレを作りたかった。
学校で使ったセットの木材をもらって帰りトイレの囲いを造る。
グルガオンのトイレのショールームに行きトイレの値段を聞くが
一番高いトイレは2万9千Rs(約44500円)だった。
ガッカリする二人にセールスマンが言う。
顧客登録をすれば15%引きで買える。
そうすれば一番安い1万Rs(約15500円)のトイレが、
7500Rs(約11500円)になる。
二人は積み立てをする事にして、毎日一生懸命にペットボトルや鉄くずなど、
お金になるゴミを集める。もう少しでトイレが買える!と言う所まできて、
店に行くがセールスマンは辞めていた。
こんな幼気な少年を騙してなけなしのお金を巻き上げるとは、
酷いにもほどがある!(怒)
騙されたと愕然とする二人の前にセールスマンが現れる。
騙してはいなかったのだ。大喜びの2人。
そんな時、警察がやって来てトイレ造りの資金を別の目的で使用した罪で、
ピチクーの父親を逮捕しようとする。
ピチクーはトイレを造ったとみんなを連れて行く。
作品的にはそれほどなのかもしれないが、
子役もみんな可愛かったし、ほのぼのとした映画だった。
早くインド全土にトイレが普及する事を願ってやまない。
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