僕の死に方 エンディングダイアリー500日 | |
金子 哲雄 | |
小学館 |
読んだ方も多いだろう、この作品。
遅ればせながら私も読んだ。
前半は彼が経済コメンテーターと言う職業についた経緯が書かれているが、
末期の肺癌で治療方法がないと告知された後半へと進む。
「肺カルチノイド」・・・この聞き覚えのない病名は、
肺がんの一種である。
前半は電車の中で読んだのだが、
後半に差し掛かった所で、こみ上げるものがあり、
それ以上は読めなくなった。
そして・・・自分の精神状態が高まるまで開く事ができなかった。
これは金子さんの最期の叫びである。
だから決心が固まるまでは読めなかった。
癌である事を宣告された場合でもショックを覚えるのに、
それが末期癌だとしたら・・・・
絶望と不安、死への恐怖は計り知れないだろう。
私の母も同じような状況だった。
76歳の誕生日を間近に末期の子宮頚癌を宣告された。
しかも悪性腺腫と言う物で子宮癌の中でも珍しい種類で悪性度は高い。
最初の診断では手がつけられない状態まで進行していて、
もはや手の施しようがない、1ヶ月もつかどうか・・と言われたのだ。
母はそれでも手術を熱望していた。
最期まで生きる事を諦めていなかったのである。
私には金子さんと奥さんの気持ちが解るような気がする。
母の最期を見ているし、私自身も癌であるから。
宣告されてから死ぬまでの期間をどう過ごすかが重要だと思うが、
金子さんも立派だったが奥さんも立派だった。
死の恐怖は大きいが、それに負けてはならない。
死ぬまで仕事を続け、
死んだ後の事までも自分で決めていたとは立派である。
見事な最期、あっぱれである。
彼は仕事柄、病気の事を公開しなかった。
それはかなり辛い事だと思う。
私が公開しているのは、同じ事を何度も言うのは疲れるし、
その度に神経を使うのは避けたいからである。
相手によって伝える内容を変えたくないと言うのもあるし、
病気に対して必要以上に気を使われたくないからでもある。
また知り合いに癌患者がいない人にも、もしもの時の為に、
少しでも関心を持ってもらいたい気持ちもある。
そして自分の経験が誰かのためになるのなら、
知ってほしいのである。
金子さんは4人兄弟で他の3人は若くして亡くなったそうである。
自分はその分も長生きすると思っていたそうだが、
末期癌で余命幾ばくもないと宣告され、
わずか41歳と言う若さでこの世を去った。
私も3人兄弟であった。一番上の兄は3歳で骨肉腫で亡くなり、
その後に誕生した姉はわずか14日でこの世を去った。
私も金子さんと同じように考えていた。
3人分の人生だから自分は150歳まで生きると。
そう、胃癌を患うまでは・・・。
どうやら家系的に病気がちであったり、
短命と言うのはあるのかもしれない。
私はまだ生きているけれど、
恐らく日本人の平均寿命までは生きられないだろう。
だって・・・美人薄命だもん。
(あっここ笑うところね。)
人の命には限りがある。
自分の最期をプロデュースしておく事は必要であろう。
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