
賭けた命を 笑わば笑え
うまれ浪花の 八百八橋
月も知ってる 俺らの意気地
あの手この手の 思案を胸に
やぶれ長屋で 今年も暮れた
愚痴も言わずに 女房の小春
つくる笑顔が いじらしい
明日は東京に 出て行くからは
なにがなんでも 勝たねばならぬ
空に灯がつく 通天閣に
おれの闘志が また燃える
(作詞:西條八十、歌:村田英雄、1961年発売)
![]() | 歌謡浪曲 王将 /無法松の一生 |
堀信義,花園かほる | |
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阪田 三吉(さかた さんきち)である。
1870年7月1日~1946年7月23日。
大阪府堺市出身で明治から昭和初期にかけて活躍した棋士。
生業の草履表づくりを手伝いながら将棋を覚え、
1886年頃、町角の縁台将棋で大人を負かすなど、
早熟の天才振りを見せて賭け将棋で腕を磨き有名になった。
1899年、永遠のライバル:関根金次郎(将棋の父)との初対決で
惨敗したことからプロになることを決意したと言われている。
没後の1955年、生前の偉業を称えられ日本将棋連盟から、
名人・王将の称号が贈られた。通天閣の近くにこの石碑がある。

「翁によって大阪人の土根性の偉大さをしらしめたる功績は、
私たちの追慕しやまざるところ、
ここ由縁のち通天閣下にこれを顕彰する。」
毎年7月の王将まつりには、
多くの将棋ファンが集まるそうだ。


大阪城。
通天閣。

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