映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

草の響き

2021年10月25日 | 映画(か行)

自分の存在を確かめられるとき

* * * * * * * * * * * *

夭逝の作家・佐藤泰志さんの小説を原作としています。
氏の原作の映画化としては5作目。
本作は一番重いかもしれません・・・。

心のバランスを崩して、妻・純子(奈緒)とともに
故郷の函館へ戻ってきた工藤和雄(東出昌大)。
仕事はしばらく休業することにして、
医師の勧めで治療のため街を走り始めます。

その効果があってか、少しずつ心の平穏を取り戻し始める和雄。
そんなある日、路上でいつもスケートボードをしている若者たち3人と知り合います。
特に挨拶も会話も交わすわけでもないけれど、
3人もつられたように和雄と走るようになります。
ところがあるとき、そのうちの1人の姿が見えなくなります・・・。

本作では和雄の様子の合間に、この3人の様子が挿入されていて、
同時進行でストーリーが進んでいきます。
和雄が走っているシーンに公園で3人が遊んでいるのが重なるシーンがあって、
すごくステキな演出だなあと感服しました。
このときはまだ互いの存在には気づいていないのです。

スケボーが得意なアキラは高校を転校してきたばかりということもあり、
人を寄せ付けないような影を抱いています。
そこに、学校を不登校気味というヒロトがすり寄ってきて、
スケートボードを教わっていたのです。
このアキラの雰囲気がどことなく和雄と似通っているので、
始めのうち私は、この若者3人のシーンは和雄の過去のシーンなのかと思ったくらいです。

でも、そうではなかった。
アキラに翳りがあったのは確かだけれども、特別に大きな難しいできごとがあったわけでもない。
それなのにある日突然アキラは自分の生を止めてしまった・・・。
そして同じ闇が和雄にも広がっていくようです・・・。

夫がこんな様子だったとき、妻・純子はできる限りの援助をしていたと思います。
それでも夫の心をすくい上げることが出来ない。
もしかすると自分の存在が夫を追い詰めているのか・・・
そう思うと余計に辛い。
ラストの彼女の決断は無理もないと思います。

そして和雄にはいい友人もいるのです。
この函館で高校時代からの友人で教師をしている佐久間(大東駿介)。
和雄の様子を分かっていて、決して押しつけがましくなく寄り添おうとする頼もしい友人。

しかし、こんな妻や友人がいてさえも、心の虚ろは埋められないものなのか・・・。
ただただ走って、なにも考えないことだけが心の救いだとは・・・。
心の虚ろを空白で埋めるようなものだなあ・・・
でも自分自身の存在を最も実感できる時ではあるのでしょう。

なんだか見ているのが辛い。
佐藤泰志さんの心の闇に呑み込まれそうになります・・・。
なんと生きにくい世の中なのか。
自分自身が沈みがちと思うときは、本作は見ないほうがいいかもしれません。

お久しぶりの東出昌大さん。
もう、いいんじゃないでしょうか。
また活躍を拝見したいです・・・。

<シアターキノにて>

「草の響き」

2021年/日本/116分

監督:斎藤久志

原作:佐藤泰志

脚本:加瀬仁美

出演:東出昌大、奈緒、大東駿介、Kaya、林裕太、室井滋

心の崩壊度★★★★☆
息苦しさ★★★★★
満足度★★★.5

 



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