映画と本の『たんぽぽ館』

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「氷山の南」池澤夏樹

2017年11月25日 | 本(その他)
南極の海から時を超えて、宇宙を超えて

氷山の南 (文春文庫)
池澤 夏樹
文藝春秋


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アイヌの血を引くジンは、
南極海での氷山曳航計画を担う船シンディバード号に密航し、
露見するもなんとか滞在を認められた。
ジンは厨房で働く一方、船内新聞の記者として乗船者たちを取材して親交を深めていくが、
やがてプロジェクトを妨害する「敵」の存在が浮かび上がる―。
21世紀の新しい海洋冒険小説。


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ちょっとワクワクする冒険小説が読みたくなりました。


18歳、日本人(アイヌの血を引く)ジンが、
ある船に密航するところから話は始まります。
その船は、南極海から巨大な氷山をオーストラリアの渇水地域まで曳航し、
灌漑用水として利用しようという壮大なプロジェクトに当たるシンディバード号。
シンディバードとは、「シンドバッド」のことで、
いかにも冒険の臭いがしますね。


そう長く隠れていないうちにジンは見つかってしまいますが、
厨房の仕事と船内新聞を作るという仕事を得て、乗船を認められます。
新聞の取材のために、ジンは船内の様々な人にインタビュー。
この船には多くの国の様々な宗教の人々が乗船しているのです。
このプロジェクトのことばかりでなく、海洋生物の研究者や、ヘリの整備士など、
多様な人と仕事のことが語られていくのも大変興味深い。


そんな中で、ジンはこのプロジェクトのことについて考えます。
確かに壮大で有意義なことだけれど・・・。
それは例えれば、人が太古から自然のものを採取して生きてきたことと同じ。
だから、それはそれでいい。
でも、それこそ何億年をかけて出来上がった氷山を、
人間が消費してしまうことに、引っ掛かりを感じなくもない・・・。


そうした問題に本作は結論をつけず、なかなか絶妙な結末を用意しています。
なるほど~という感じ。


さて、18歳というのは「少年」というべきか「青年」というべきか微妙なところ、
ということが本作の初めの方に書いてあるのですが、
そのことが本作の伏線ともなっていて、
最後の方に、ジンと彼の友人ジムが成人の儀式のようなことをするところがあるのです。
ジムはオーストラリアの原住民アボリジニなのですが、
アボリジニは以前、成人と認められるためにかなり過酷な「儀式」を経なければならなかったといいます。
そこで2人は共にその「成人の儀式」的なことをやろうとします。
ちょっとムチャではありますが・・・。


南極の海から、時を超え、宇宙を超えて・・・広がる世界が素晴らしい。
私にとっても素敵な冒険でした。


図書館蔵書にて(単行本)
「氷山の南」池澤夏樹 文藝春秋
満足度★★★★.5