映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

十二単衣を着た悪魔

2021年09月12日 | 映画(あ行)

自分らしく、たくましく

* * * * * * * * * * * *

原作を先に読んでいまして、まだ記憶に新しいところだったのですが、
好きな作品だったので・・・。

就職試験に落ちてばかりで、やむなくフリーター生活の伊藤雷(伊藤健太郎)。
京大に合格した弟・水(細田佳央太)には常に劣等感を抱いています。
雷はある日、バイトで「源氏物語」の世界を模したイベントの設営をします。
その帰り道に激しい雷雨に襲われて意識を失い、
気がつくとそこは「源氏物語」の世界でした! 
雷は、イベントでもらった源氏物語のパンフレットを頼りに、
陰陽師として弘徽殿の女御(三吉彩花)に仕えることになります。
その息子、一の宮は異母弟に当たる光源氏に劣等感を抱いていて・・・。

これはタイムスリップではないのです。
あくまでもフィクションの「源氏物語」の世界。
時空を超えて異次元の世界へ入り込んだとか・・・。
まあ、どちらにしても空想上のことなので、同じようなもんですね。

源氏物語では、弘徽殿の女御は光源氏側から見て敵役。
桐壺帝を挟んで、光の母とはライバル関係でありますので。
本作は、あえてその嫌われ役の弘徽殿の女御サイドからの視点で描かれているのです。
それは、原作者内館牧子さんの、この弘徽殿の女御への思い入れが大きいため。

当時の女性は、男によってその人生が決まってしまう。
生きていくためには、男にすがり愛を受けるほかない・・・というこの社会にあらがい、
ひたすらたくましく自分らしく生きる弘徽殿の女御のパワフルさに圧倒されるわけですね。
それは本作の雷の感情そのままでもあります。 
だから、雷が弘徽殿の女御に恋をするのかと思えばさにあらず。

雷は見た目はあまりぱっとしない(?)倫子(伊藤沙莉)と結婚しますが、
結婚の後ゆっくりと愛を育み、人を愛することを学び、人間として成長していきます。
源氏物語本筋から離れて、こうしたエピソードが入っているところが魅力でもあります。
だから、本作のラストシーンでは泣きそうになってしまいます。

さて、せっかくの黒木瞳さん監督作品なのですが、
伊藤健太郎さんと伊勢谷友介さん(帝役)出演というダブルパンチでしたね。
でもこの配役はどちらもピッタリです。
これで正解だったと思います。
作品自体には罪はない、と。

でも、雷の弟・水が、今人気上昇中の細田佳央太さん、というのが今見てオトクなところ。

 

 

「十二単衣を着た悪魔」

2020年/日本/112分

監督:黒木瞳

原作:内館牧子

脚本:多和田久美

出演:伊藤健太郎、三吉彩花、伊藤沙莉、田中偉登、細田佳央太、伊勢谷友介

 

源氏物語世界感再現度★★★☆☆

満足度★★★★☆

 


博士と狂人

2021年09月11日 | 映画(は行)

偉大な業績の秘話

* * * * * * * * * * * *

初版の発行まで70年を費やしたという、
世界最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」の誕生秘話です。

19世紀イギリス。

貧しい家庭に生まれ、学士号を持たない異端の学者マレー(メル・ギブソン)が、
オックスフォード大学、英語辞典編纂計画の中心人物に指名されます。
シェイクスピアの時代まで遡り、すべての言葉を収録、
その言葉の引用などものせるという壮大なもの。
しかし、そのためにはあまりにも時間も人員も不足していて、さっそく行き詰まるのです。
そんな時、大量の資料を送ってくれる謎の協力者が現れました。
それは、エリートでありながら精神を病み、
殺人を犯して精神病院に収監されている元軍医のマイナー(ショーン・ペン)でした。
マレーとマイナーは辞典作りという果てないロマンを共有し、固い絆で結ばれていきます。

ところが、犯罪者が大英帝国の威信をかけた辞典作りに協力していることが
明るみになり問題に・・・。

本作で驚くのは、その辞書作りの大変さよりも、
こんな曰く付きの人物が編纂に関わっていた、ということです。

マイナー氏は軍医(外科医)ですが、
つまりその戦争での出来事がトラウマとなり、心を煩ったようなのです。
頬に焼き印のある男が自分を殺しに来る、といい、また本人にはその姿が見える。
今で言えば統合失調症ということになります。
そして、彼を襲ってくる男を拳銃で撃ったつもりが、
全く関わりのない一市民を撃ち殺してしまった・・・。

通常であれば、殺人犯は死刑となるところですが、
精神を病んでいることが明らかなので、死刑とはせず、
精神病棟に入れられた、と。
この時代から、こういう考え方があったというのにも、ちょっと驚きました。

マイナー氏は病棟でも、まさに罪人扱いだったのが、
ある事故にあった職員の命を救ったことから、良い待遇を受けるようになります。
そしてさらに、辞書の資料作りに没頭するようになってからは、
精神の状況も良くなるのです。
がしかし、ここの院長が当時の治療法を試み始めると
次第にマイナーは廃人のようになってしまう。
それは治療というより拷問のようなもので・・・。

人の心を救うのはやはり人の心、友愛、ということなのかもしれません。
すごく興味深い作品でした。
メル・ギブソンにショーン・ペン。
配役も豪勢ですしね!

<WOWOW視聴にて>

「博士と狂人」

2019年/イギリス・アイルランド・フランス・アイスランド/124分

監督:P・B・シェムラン

原作:サイモン・ウィンチェスター「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」

出演:メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマー、エディ・マーサン、スティーヴ・クーガン

 

歴史発掘度★★★★★

満足度★★★★☆

 


隣の影

2021年09月10日 | 映画(た行)

隣あう家族の抗争

 

* * * * * * * * * * * *

ちょっと珍しいアイスランド作品。

閑静な住宅地で暮す老夫婦が、隣家の中年夫婦からクレームを付けられます。
老夫婦の庭にそびえ立つ大きな木が、
隣家のポーチの日差しを遮るので、日光浴ができないというのです。
そのことがきっかけで、この二組の夫婦はいがみ合うようになり、
身近で起こる不審な出来事もすべて隣家の嫌がらせと思い込むようになります。

また老夫婦宅に、妻から追い出された息子が戻ってきて、
さらにやっかいなことに・・・。

両家の諍いは次第にエスカレートして・・・

特にここに出てくる老婦人が最も凶暴(?)。
実は詳しくは説明されないのですが、ここの長男が行方不明になっていて、
おそらくすでに亡くなっていると皆は認識しているようなのです。
しかし、この母だけは息子は生きていてきっと帰ってくると信じている。
そんなことのストレスから、若干精神を病んでいるようです。
そんな訳なので、この家でかわいがっていた猫の姿が見えなくなったとき、
彼女は猫は隣家に殺されたに違いないと思い、
その復讐として、隣家の犬をさらい・・・。
ここのところがあまりに残酷でショッキングでした。

一方隣家の妻は不妊治療をしていて、これまたストレスをため込んでいる。
つまりこの両家の諍いは、どちらも妻が主導。
夫は妻に言われてやむなく・・・という感じだったのが、
次第にこちらも感情がエスカレートしてきます。

最後には、スプラッタまがい、血みどろの抗争が・・・。
こうなると逆に笑ってしまいたくなりますが。

それと、妻に追い出された老夫婦の息子の方も、
次第にこれは妻の過剰反応ではないかと思えてきます。
確かにナサケナイ夫ではあるけれど、
即座に離婚しなければならないことだろうか、と。

結局、女たちがストレスをため込むとろくなことにならない
という話であったのかもしれません。
でもこんなストレスはどこにでもありそうな気もする。
現代が普遍的に抱える生きにくさでしょうか。

私、本作を見ながら別のストーリーを思いついてしまいました。
老夫婦の長男は、実は母親が殺して、あの木の下に埋めたのです。
母の長男に対する期待が大きすぎて、長男が反発して争いになったのでしょう。
だから母親は、あの木にはよその人に近づいて欲しくなかった、
というのがそもそもの事情。
母親が病的なまでに心理状態が良くなかったのも、うなずけるではありませんか・・・!!

<WOWOW視聴にて>

2017年/アイスランド・デンマーク・ポーランド・ドイツ/89分

監督・脚本:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン

出演:ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン、エッダ・ビヨルグビンズドッテル、
   シグルヅル・シグルヨンソン、ソウルステイン・バックマン

 

諍い度★★★★★

薄ら寒さ★★★★☆

満足度★★★.5

 


「見知らぬ人」エリー・グリフィス

2021年09月09日 | 本(ミステリ)

ヴィクトリア朝時代の怪異も楽しめる

 

 

* * * * * * * * * * * *

これは伝説的作家の短編の見立て殺人なのか?
――イギリスの中等学校タルガース校の旧館は、
かつてヴィクトリア朝時代の作家ホランドの邸宅だった。
クレアは同校の教師をしながら、ホランドの研究をしている。
ある日、クレアの同僚が自宅で殺害されてしまう。
遺体のそばには“地獄はからだ"と書かれたメモが残されていたが、
それはホランドの幻想怪奇短編「見知らぬ人」に繰り返し出てくるフレーズだった……。
作中作が事件を解く鍵となる、2021年海外ミステリ最高の注目作!
英国推理作家協会(CWA)賞受賞作家が満を持して発表し、
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長編賞受賞へと至った傑作!

* * * * * * * * * * * *

 

英国の人気ミステリ作家というエリー・グリフィスの、日本初上陸作品。

 

中学校教師、クレアが勤務するタルガース校旧館は、
かつてヴィクトリア朝時代の作家ホランドの邸宅であったことや、
クレアは仕事の傍ら、ホランドの研究をしているということで、
現代の物語でありながら、古風なホラー感を味わえるという、
なかなかムードのある作品です。

その、ホランドの短編「見知らぬ人」になぞらえたような連続殺人が、
クレアの身辺で起こります。
捜査に当たる警官ハービンダー・カーはインド人女性、という常にはない設定。
知的で洞察力に優れ、勇気ある彼女を、読者はきっと気に入ると思います。
もちろん、私も。

同じシーンを、クレアや、その娘ジョージ-、時にはハービンダーの視点で
重複して語られることもあって、でき事の裏表が描かれるのも面白い。

そしてその真犯人は、虚を突かれるといいますか、うーん、全く予想していませんでした。
でも確かに、わかってみればそんなに不思議ではない。

これは今後も楽しみな作家さんです!

 

「見知らぬ人」エリー・グリフィス 創元推理文庫

満足度★★★★☆

 


恐竜が教えてくれたこと

2021年09月07日 | 映画(か行)

誰もがいつかは死を迎えるけれど

* * * * * * * * * * * *

11歳のサムは、夏のバカンスで家族とともにオランダ北部の島にやって来ます。
そこでのある日突然、生き物はいつか必ず死を迎えることに気がつきます。
恐竜も、人も。
父も母も、そして自分も。

「地球最後の恐竜は、自分が最後の恐竜だと知っていただろうか・・・。」

サムはその孤独を思います。

そうだ、いつか父も母も兄も死んでしまって自分一人になったときに耐えられるように、
一人でいる訓練をしよう、と計画を立てるサム。
そんな彼が、島のテスという少女と知り合います。
テスは母親と二人暮らし。
12年前に母親が旅先で知り合った男性との間に自分は宿ったらしい。
そして母は、その男とはそれっきり逢いもせず、知らせることもせず、
一人で自分を生んで育てた。
そんなことを最近知ったテスは、父親と会うためにある作戦を考えつき、
サムも協力することに。

さて、このなりゆきは? 
そしてサムの一人でいる訓練は?

少年の一夏の成長の物語、
こういうのはともかく好きですねえ・・・。

誰もが成長の途上で、「死」について意識することがあるのではないでしょうか。
サムは、砂浜に掘った穴に横たわることで、突然そのことに思い至る。
親しい人がいなくなって、ひとりぼっちになってしまったら、
その孤独をどうすればいいのだろう・・・。
その答は、島のある人物が教えてくれることになるのですが。

歌うことが大好きな明るいお父さん。
頭痛持ちのお母さん。
サムをみそっかす扱いするおにいさん。
でも大好きな家族。

大切な思い出がたくさんできた夏。
好きです、こういうの。

<Amazon prime videoにて>

「恐竜が教えてくれたこと」

2019年/オランダ/84分

監督:ステファン・ワウテルロウト

原作:アンア・ウォルツ「ぼくとテスの秘密の七日間」

出演:ソンニ・ファンウッテン、ヨセフィーン・アレンセン、ユリアンヌ・ラス

 

少年の成長度★★★★★

夏休み度★★★★★

満足度★★★★☆

 


初恋

2021年09月06日 | 映画(は行)

血みどろの中のピュア

* * * * * * * * * * * *

なんとも甘酸っぱい題名ですが、三池崇史監督作品ということで、
ロマンチックな作品であるはずがありません。
ということで、公開時の劇場視聴は避けていましたが、
この度、好奇心に負けて拝見。

天涯孤独の天才ボクサー、葛城レオ(窪田正孝)。
しかしある試合でまさかのKO負けで病院に担ぎ込まれ、
脳検査の結果、医師から余命宣告を受けてしまいます。
自暴自棄で歌舞伎町の街をさまようレオは、
男に追われる少女・モニカ(小西桜子)を目にします。

レオは反射的にモニカを追う男を殴り倒してしまいますが、
その男・大伴(大森南朋)はヤクザ・加瀬(染谷将太)と手を組む悪徳警官。
そんなことから、レオはヤクザ同士の抗争の渦に巻き込まれつつ、
モニカを守ることになってしまった。

中国マフィアと地元ヤクザの抗争やら、
応酬した麻薬を横流しする悪徳警官やら、
少女をヤク漬けにして体を売らせるあくどい手口やら・・・、
ナイフ、拳銃、日本刀。
腕が切り落とされたり生首が吹っ飛んだり・・・、
いやというほどどぎついシーンがありながら、つい笑ってしまう。
まあ、これぞ三池監督の真骨頂。

たとえば染谷将太さん演じるヤクザの加瀬は、
組を裏切って大伴と手を組み、麻薬を盗み出して大金を手に入れようとします。
しかし、どこかドジで、計画は頓挫。
図らずも行く先々で人を殺してしまうハメになる・・・。
そしてそんなあげくに・・・・。
いやはや、お気の毒ではありますが、妙におかしい。

中でも傑作だったのは、三下ヤクザの彼女であるベッキー演じるところのジュリ。
ジュリのカレシは加瀬に殺されてしまうのですが、
彼女は復讐を誓い、加瀬に襲いかかります。
なんとも凶暴でクレイジー。
カワイコチャンを脱ぎ捨てたベッキーの覚悟が見えます!
恐るべし。

組の親分・権藤は内野聖陽さんです。
こんな迫力のある内野聖陽さんは久しぶりですねえ。
最近はひょうきんで柔和な内野聖陽さんばかり見慣れていたので。
や~、でもこの親分はかっこよかったです!!

で、こんな血みどろ・どろどろの斬った張ったの混乱の中で、
なんともピュアなレオがいるのです。
単に行きずりのモニカをなんとか助けたいという思いで。

初恋、というのには遅すぎる気もするけれど、
まあその、「初恋」というイメージをこの2人が表出するわけで。

悪くないと思います、こういうのも。

 

<Amazon prime videoにて>

「初恋」

2019年/日本/115分

監督:三池崇史

脚本:中村雅

出演:窪田正孝、小西桜子、大森南朋、染谷将太、ベッキー、三浦貴大、内野聖陽

 

残酷度★★★★☆

ピュア度★★★★★

満足度★★★★☆

 

 


ペイン・アンド・グローリー

2021年09月05日 | 映画(は行)

老いと向き合うドラマ

* * * * * * * * * * * *

ペドロ・アルモドバル監督の自伝的要素を織り交ぜつつ描く、人間ドラマです。

世界的映画監督サルバドール(アントニオ・バンデラス)。
脊椎の痛みの他、体のあちこちの不調・苦痛から心身共に疲れ果て、
仕事は今やほとんど引退状態。
そんな彼は、この頃しきりに幼少時代のことを思い出すのです。

母(ペネロペ・クルス)と共に過ごした幸せの時。
その頃移り住んだバレンシアの村。
貧しい洞窟の家。
そしてまた、若い折のマドリッドでの恋と破局。

そんなあるとき、32年前に手がけた作品の上映依頼があり、
思わぬ人との再会から、またサルバドールの日常に新たな波が・・・。

 

幼い頃の郷愁とともにあるのは、美しく情熱的な母。
そんな母の役に、ペネロペ・クルスがなんとぴったりはまることか。
洞窟の家というのは、家賃が安くていかにも貧乏人の住まいではあるのですが、
壁は白く塗ってあって、ある部屋は天井がくりぬかれてそのまま広く青空とつながっており、
その光の差し込む情景がなんとも美しいのです。
日本で想像するほどには湿気はないのでしょうね。
悪くない感じです。

本作は、老境に入って体調が良くなく、すっかり生きる意欲もなくした者の再生を描いているわけですが、
それは若者の再生とは少し違う。
若者ならそれほど過去に癒されはしないだろうし、
再生の後はさらなる飛躍が待っていることでしょう。

けれどここでは、過去の失敗に向き合い、折り合いを付けることで、
今の傷が癒えていくようでもある。
そして、再生とはいってもせいぜいが以前のレベル程度に戻るくらいで、
そしてそれ以上のものを得ようとも思わない。

これは「老い」と向き合うドラマだなあ・・・としみじみ感じるのは、
やはり私も老境の域にあるからなのかも知れません。

<WOWOW視聴にて>

「ペイン・アンド・グローリー」

2019年/スペイン/113分

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル

出演:アントニオ・バンデラス、アシエル・エチュアンディア、
   レオナルド・スパラーリャ、ノラ・ナバス、ペネロペ・クルス

 

郷愁度★★★★☆

同性愛の表出度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「ひみつのしつもん」岸本佐知子

2021年09月04日 | 本(エッセイ)

エッセイかと思えば、底知れぬ迷宮

 

 

* * * * * * * * * * * *

頭くらくら、胸どきどき、腰がくがく、おどる言葉、はしる妄想、ゆがみだす世界は、なんだか愉快。

いっそうぼんやりとしかし軽やかに現実をはぐらかしていくキシモトさんの技の冴えを見よ!!

『ねにもつタイプ』『なんらかの事情』に続く『ちくま』名物連載「ネにもつタイプ」3巻め。

* * * * * * * * * * * *

 

岸本佐知子さんの「ねにもつタイプ」から始まるシリーズの第三弾。
この独特の雰囲気、やはり読まずにはいられません。
ちょっとした身近な話から始まるエッセイのような導入。
しかし、そのコミカルな導入にだまされてはいけない。
私たちは、いつの間にか気がつくと底知れない迷宮に迷い込んでいる自分に気がつくでしょう。
一体どこまでが実体験で、どこからが妄想あるいは異次元の入り口であったのか・・・。
それにしても、著者の相変わらず果てることのない妄想力にも驚きあきれるばかりです。

 

* * * * * * * * * * *

「不治の病」

著者は、「カードの磁気が必ず弱い」病を持っているという。
ポイントカードやスポーツクラブのカードが、
しばしばエラーとなって読み取れなくなる、と。

そういえば私、時々自動ドアに感知されず、
ドアの前を何度もうろうろしても中へ入れないなどということが起こります・・・。
(ワンタッチ式のドアじゃないですよ。)
次の人が来るとすんなりドアは開いて、すかさずその人のすぐ後ろについて中に入った・・・。

 

* * * * * * * * * * *

「渋滞」

例えば友人から来たハガキに、返事を書こうと思う。
文面もいい感じのものを思いついた。
これを絵はがきに書いて、切手を貼って、近所のポストに入れに行く。
よし。
後はそれを実行すれば良い・・・のだけれど、
手順を思い描いただけですっかりもうやったような気になってしまって、体が動かない・・・。
だからもうハガキをもらってから一ヶ月も経つのにまだ返事を書いてさえもいない。
そのうちにまた別の人からのハガキが来る・・・、
ということで返事を出さない手紙が渋滞してくる、という話。

ああ、なんだか自分にも心当たりがあります。
『グズな人には理由がある』、
岸本様、この本はグズグズしていないで是非とも本当に書いてくださいませ。

 

* * * * * * * * * * *

「シュレディンガーのポスト」

たまに通る廃墟のようなアパートの前に、
これまたものすごく古びたポストがあるのだという。
このポストはまだ実際に使われているのだろうか?というのが著者の疑問。
とうに使われていないのに、知らずに手紙を入れる人がいるのではないか? 
そんな手紙が中にたまっているのではないか・・・。
そこから著者の想像は広がります。

そこに自分宛の手紙を入れたら、何十年もの未来の自分に届いたりして。
時空を超えるポスト・・・。

なんだかいろいろなストーリーができあがりそうですね。
などと夢見ごこちとになったところで、この項のオチがまた傑作なのでした!

 

* * * * * * * * * * *

「ひみつのしつもん」

表題作ですが、これはあの、ネット上でユーザー登録などをするときに
本人確認のために決める「ひみつのしつもん」についてです。

「親友の名前」という質問を設定し、著者には一目瞭然の名前が答のはずだった。
ところが、当然すぎるその答を入れてみても、受け付けてもらえない。
何人か、別の名前で試してみてもダメ。
私は一体誰を親友と思っていたのだろう・・・? 
自分の心の迷宮にはまり込む・・・。
なんだかありそうなことで、薄ら寒い気持ちにさせられるのでした。

 

図書館蔵書にて

「ひみつのしつもん」岸本佐知子 筑摩書房

満足度★★★★☆

 


滑走路

2021年09月03日 | 映画(か行)

心の傷はなくならない

* * * * * * * * * * * *

32歳で命を絶った夭折の歌人、萩原慎一郎の歌集を原作としています。

 

本作は主に3つの舞台でのストーリーが交互に描かれています。

一つは、厚生労働省の若手官僚・鷹野(浅香航大)。
激務の中で仕事への理想を失い、無力感に囚われています。
あるとき、非正規雇用が原因で自死したと思われる人々のリストの中で、
自分と同じ25歳の青年に関心を抱き、彼が死んだ理由を調べ始めます。

もう一つは、将来への不安を抱える30代後半、切り絵作家の翠(水川あさみ)。
そろそろ子供を作りたいと思い始めましたが、
夫との関係に違和感を覚えています。

そしてもう一つは、中学生のストーリー。
いじめにあっている幼なじみを助けたために、
今度は自分がいじめの標的になってしまった学級委員長。
シングルマザーの母に心配をかけまいと、1人で問題を抱え込んでいます。

始めのうちは、この中学生の部分は、鷹野や翠の中学生時代の話なのだろうと見当がついてきます。
でも鷹野はどっち? 
後でいじめの対象になってしまう学級委員長の方?と思ったのですが、
いや、そうではなかった。

ではなぜ、その学級委員長の「大人」になった姿が出てこないのか。
その答はなんとも悲痛なものなのでした。

これが、現実を下敷きにしてあるということで、全く胸が痛みますね。

いじめというのはたとえその時をなんとかくぐり抜けたとしても、
その時の惨めさ、孤独感、恐怖感、無力感・・・
とにかく負の感情が後々にまで残るものなんですね。

私はやはりそんな時はさっさと逃げるに限ると思うのです。
学校なんか行かなくてもいい。
今時、学習できる場は色々あります。
自己肯定感を打ち砕く「いじめ」などというものに、耐える必要なんかありません!
むしろいじめをする側の、心の未成熟さをこそ問題にすべきなのになあ・・・。

 

それと、翠が子供が欲しいかどうか、夫に問うところで、
夫は「どっちでもいい、君のすきなように。」というのです。
翠はそれが釈然としない。
そりゃそうです。
こんなことを言うヤツは、育児に手を貸そうなんて言う気持ちが全然なくて、
妻が育児で大変なときにも「君が欲しいと言ったのだから、オレは関係ない」
なんて言うに決まっています。

だから私は、翠の最後の決断にはすごく納得できるのです。
こんなヘタな夫なんかいない方がよほどマシ・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「滑走路」

2020年/日本/120分

監督:大庭功睦

原作:萩原慎一郎

脚本:桑村さや香

出演:水川あさみ、浅香航大、池田優斗、吉村界人、坂井真紀

 

いじめを考える度★★★★★

命を考える度★★★★☆

満足度★★★.5

 


ミアとホワイトライオン 奇跡の1300日

2021年09月01日 | 映画(ま行)

ライオンの現状を知ろう

* * * * * * * * * * * *

ライオンファーム経営のため、家族でロンドンから南アフリカに移住してきた11歳、ミア。
仕事に追われる父、心の病を抱える兄にかかりきりの母。
新しい学校にはなじめず、友だちもいない。
そんなクリスマスの日、ファームにホワイトライオンのチャーリーが生まれます。
ミアはチャーリーの世話をしながら共に成長。

それから3年後。
囲いの中で野生動物を狩る「缶詰狩り」の業者に、
父がファームのライオンを売っていたことを知ります。
そしてチャーリーも売られてしまうことに。
ミアはチャーリーを救うため、チャーリーと共にティムババティ野生保護区を目指します。

「缶詰狩り」とは聞き慣れない言葉ですが、
まさに、缶詰のように狭い囲みの中の動物を狩り、ハンティング気分を味わうという、
そんなののどこが楽しいのさ!と言いたくなってしまうレジャー(?!)なのですね。
そのために、野生動物を繁殖しているファームがある、という事実。
南アフリカではこのことは合法で、現にそれで多くの収益を得ているというのです・・・。

ミアの父親は、缶詰狩りの業者にライオンは売らず、主に動物園を相手に、
観光目的としてライオンを繁殖させていたのです。
しかし、ファームの経営が悪化し、
お金のためにどうしてもその業者に売らざるを得なくなってしまった・・・。

100年前には25万頭いたライオンも今では9割減少して2万頭なってしまった。
まさに絶滅危惧種です。
繁殖させたものなら殺傷していいというものではないですよね。
しかしそれなら牛や豚はどうなのかと考え出すと、迷宮にはまり込みそうですが。
まあとにかく、そんなことを考えるきっかけにはなる作品です。

 

さてそれにしても本作で驚くのはこのライオン。
3年以上をかけてCGはなし、ということなのですが、
実にこの少女ミアと息が合っていて、全く危なげを感じさせない。
本当に時間をかけて共に過ごしていたのだろうなあ・・・と感じさせます。

ライオンは小さい頃ならなつくけれど、ある程度成長した後は野性に返ってしまう
と聞いたことがあるので、これはなかなかすごいことなのではないでしょうか。
特に終盤のチャーリーは、“アスラン”かと思うほどの聡明なまなざしを見せておりまして、
いや、ホントすごい。

ミアの兄の心の病というのも、あることがトラウマとなっていた
ということが判明するあたりも秀逸です。

 

少女は、始め登場したときに、あららこの子、歯並びがあんまり良くない・・・と思ったら、
次の時には歯列矯正具を装着しており、
そして最後の時にはとても美しい歯並びになっていました。
リアルな時の流れを感じますねえ・・・。

 

シネマ映画.comにて

「ミアとホワイトライオン 奇跡の1300日」

2018年/フランス/98分

監督:ジル・ド・メストル

出演:ダニア・デ・ビラーズ、メラニー・ロラン、ラングレー・カークウッド、ライアン・マック・レナン

 

野生動物の問題度★★★★☆

満足度★★★★☆