全英連参加者のブログ

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流れをくむ

2015-08-21 04:00:00 | 気になる 地方自治・行政

 平成27年夏の甲子園は、8月20日、神奈川代表・東海大相模の優勝で幕をとじた。
 今夏の京都代表は、京都府立伏見高等学校。同校は旧制京都府立京都第二中学校の「流れをくむ」学校と紹介される。この言い方、埼玉県の県立高校の先生としては、なんだか奥歯にものが挟まったように聞こえた。何が「流れをくむ」なのか、調べてみることにした。
 同校ウェブサイトの「鳥羽高校の歴史」を読むと、以下のようにまとめられている。

 明治33年(1900年)4月1日
 京都府第二中学校として創立。
 同年9月
 京都府立第二中学校と改称。
 大正4年(1915年)8月23日
 第一回全国中等学校優勝野球大会で優勝。
 大正7年(1918年)4月1日
 京都府立京都第二中学校と改称。
 昭和6年(1931年)
 創立30周年。

 (第二次世界大戦後、学制改革)

 昭和23年(1948年)4月1日
 京都府立洛南高等学校設置。
 京都府立鳥羽高等学校〔夜間〕(旧校名京都府立上鳥羽中学校)設置。
 同年10月15日
 新制高等学校の再編成にともない京都府立洛南高等学校廃止。
 同・鳥羽高等学校廃止。

 この段階で旧制第二中学の後継学校である府立洛南高校は消滅したことになる。調べてみたが、同校の統合先は見つからなかった。
 府立鳥羽高等学校は府立朱雀高等学校に移管。鳥羽分校定時制課程に。府立朱雀高校は旧制府立第二高等女学校の後継学校である。昭和23年度に設置されている。
 府立鳥羽高等学校は昭和10年(1935年)設置の京都府立夜間中学を元とするもの。(この部分現鳥羽高校・定時制課程ウェブサイト「鳥羽定の歴史」より)

 現在の鳥羽高校は、昭和58年(1983年)に京都市地区・府立新設高校の設置が決まり、開設準備をスタート。昭和59年(1984年)に京都府立鳥羽高等学校が開校。30年以上の空白期間を経て、旧府立鳥羽高校の名称が、全日制課程の学校名として復活した。同時に朱雀高校鳥羽分校を廃止、府立鳥羽高校定時制課程を設置、現在に続いている。
 なお、同校は平成12年(2000年)に京二中・鳥羽高校創立百周年記念式典、平成25年(2013年)に鳥羽高校としての創立30周年記念式典を挙行している。

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 公立学校ならばどこでもとは言い切れないが、埼玉県ならば事務引継校というものがある。複数学校統合により新校が設置される場合、統合された学校は、統合前の生徒が卒業した段階で「廃校」になる。廃校後も学校が永久保存するべき書類は、統合後発足する新校が事務引継校になる。ただ、これはあくまでも事務の引継であり、学校が継続していることにはならない。
 第二次世界大戦後の学制改革で旧制中学校・高等女学校が、現在制度の高校に移行された場合などは、後継校として一般的には学校が継続していると見做されることが多いのではないか。沿革史に、こんな風に書かれているのをよく見かける。

 本校は旧制〇〇中学校と〇〇高等女学校が昭和23年に統合開校した。本校はこれらを前身とし、本年度で創立〇〇である。
 本校は旧制〇〇中学校を前身とする学校である。等々

 京都府の府立高校の設置がどうなっているか、埼玉県の公立高校教諭にはわからない。
 洛南高校(廃校)と鳥羽高校の事務引継校は、埼玉県の県立高校再編時の扱いで考えれば、朱雀高校である。洛南高校の分は朱雀高校の全日制、鳥羽高校の分は、朱雀高校(本校)でもよさそうだが、場所が離れているので、そのまま分校として引き継いだのかもしれない。ひょっとすると、洛南高校の分も鳥羽分校がそのまま引き継いだのかもしれない。いずれにしても、沿革を読む限り、かなりめずらしい例だと思う。

 勉強になりました。

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