萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第75話 懐古act.5-another,side story「陽はまた昇る」

2014-05-01 23:48:00 | 陽はまた昇るanother,side story
In the primal sympathy 時間の共鳴



第75話 懐古act.5-another,side story「陽はまた昇る」

不思議になる、この部屋に誰かがいるなんて?

「でも…なんで伊達さん…?」

声ひとり零れてシャワーの音に流される。
いつも通りの浴室で髪を洗う、けれど扉の向こう気配は温かい。
この感覚は9月の終わり実家に帰って以来だろう、そんな2ヶ月ぶりに周太は首傾げた。

―ほんとに伊達さんが僕の部屋にいるのかな、具合が悪くって幻だったりして、ね?

15分ほど前に聴いた声、見た貌、それから負われた背中の温度。
身長170cmほどの大柄では無い体躯、けれどスーツの背中は広く頼もしくて温かだった。
どこか森と似た香も懐かしくて、そんなどれもが現実なのに意外で、だけど2ヶ月を共にした時間に納得も出来る。

―最初は怖かったよね、いつも厳しい感じして…でもお昼いつも誘ってくれて、

厳しい男、

そんな印象は今も変わらない、けれど温度がもう違う。
事務でも訓練でも謹厳な男、だけど笑った瞳深くから優しくて背中は広く温かい。
その優しさは今までの誰とも違っていて、それなのに俤すこし重ねるのは寂しさだろうか?

―英二が知ったら怒るのかな、今夜のこと…どうしよう、

今夜、伊達は自分の部屋に泊まっていく。
それは看病が目的で他意は無い、そんなこと男同士なら当然だろう?
けれど英二が知ればきっと嫉妬しそうで、その誤解に困らされそうで今から困りだす。

―だってなんて説明したら良いの、今日の事は話せないのに、

今日、自殺未遂を見た。

拳銃による自傷行為は庁舎の洗面所で起きた、その瞬間を目撃して手当てして、それから発作が起きた。
そのまま呼吸困難に墜ちこみ意識を失った、そんな自分を救けてくれたのは伊達だった。
そうして運ばれた医務室での事情聴取にも伊達の証言で援けられ被疑を免れている。
この事実たちに守秘義務は課されて、だから誤解されても解くことが出来ない。

「…でもメディア発表はどうするんだろう」

ひとりごと声こぼれながら蛇口を閉める。
きゅっ、ちいさな音に水音も止まって唇そっと引き締める。
もう水音が無いなら独り言など洩らせない、そんな緊張と体拭い素早く着替えて扉を開けた。

「…あ、」

開いた空気に声が出る、だって醤油の香がする?
なぜ今こんな香がするのだろう?その意外の先ワイシャツ姿が振り向いた。

「冷蔵庫を勝手させてもらった、とりあえず食え、」
「え、」

言われた言葉に途惑ってしまう、今どういう状況なのだろう?

―冷蔵庫を勝手するって伊達さんが?

解らなくてタオル握りしめたまま見つめてしまう。
いま小さなキッチンにワイシャツ姿は袖捲りして立つ、その謹直な貌と台詞が結びつかない。
あまり家事の気配を感じさせない貌、そんな先輩が冷蔵庫を勝手するのは意外で、ただ驚く背中とんと軽く叩かれた。

「ほら、突っ立ってないで座れ、」
「あ、はい…」

言われるまま頷いて小さなテーブルに着く。
80cm角程のダイニングテーブルに来客の想定は無い、だから椅子ひとつしかない。
けれどワイシャツ姿はパソコンデスクの一脚を引き出して向かいに座った。

「無理なら残せ、でも薬を飲める分くらいは腹に入れろ、」

言ってくれるトーンは直截な言葉で、だけど温かい。
そんな食卓に据えられた鍋と御椀と茶碗に周太は瞬ひとつ思わず訊いた。

「あの…鍋ごと置くんですか?」

だってこれは普通の調理用鍋だ?
こんなふう鍋ごとテーブルに出すなんて初めて見た、その驚きに低い声すこし笑った。

「しかたないだろ?土鍋は無いし丼も一個しか無いからな、」

確かにその通り、この部屋には全て一人分しかない。
土鍋はもちろん食器も一組しかなくて、その唯一の御椀を箸と置いてくれる。
香ばしい湯気の椀は白いうどん浸す琥珀色やさしい、ごくシンプルな食膳に周太は微笑んだ。

「いい匂い…ありがとうございます、戴きますね?」
「素うどんだから胃の負担は軽いだろ、茶碗借りるぞ、」

言いながら茶碗へうどんを盛り付けていく。
その手際が想ったより慣れているようで、意外なまま箸つけ微笑んだ。

「おいし…伊達さん、料理上手なんですね?」

このひとが料理するなんて意外だ、けれど今ふくむ味は優しい。
醤油やわらかに香ばしくて出汁もほど良い、この味ならきっと腹に納まってくれる。
そんな膳に気遣いは温かくて、けれど作ってくれたワイシャツ姿の手許に周太は笑ってしまった。

「伊達さん、フォークでうどん食べるんですか?」

こんなことする人は初めて見た。
つい可笑しくて笑ってしまった向かい、生真面目な瞳ふわり和んだ。

「しかたないだろ、箸も一つしかないんだ、スプーンじゃ無理だしな、」

これくらい別に普通だろう?
そんなトーンの眼差しは落着いたまま明るくて、なにか寛いだ想い笑いかけた。

「それはそうですけど、割箸ありましたよね?」
「勝手に使ったら悪いと思ってな、フォークなら洗えばいい、」

なんでもない貌で答えてくれる、その瞳はシャープだけれど温かい。
こんなふう笑ってくれると素直に嬉しくて、笑って箸運ぶうち一碗きれいに空いた。

「お替りあるぞ、食うか?」
「はい、」

素直に頷いた手許から御椀とってくれる。
また慣れたふう盛り付け置いてくれて、その手際につい尋ねた。

「料理とか、好きなんですか?」
「好きっていうか、必要だったからな、」

フォーク動かしながら答えてくれる言葉に鼓動そっと絞められる。
必要だった、そんな言い方に生立ち垣間見えるようで周太は箸を置き頭下げた。

「すみません…僕、また余計なこと訊きました、」

同僚には実家や家族のことを訊くな、解かるだろ?

そう注意されている、言われた「解かるだろ」の理由も解っている。
それなのに今つい気持ちが緩んだ、こんな油断に後悔して、けれど先輩は微笑んだ。

「俺の家は男所帯でな、祖父と父と弟と、毎日4人分の飯を作ってたんだ。母親は出ていった、」

家族のことを話してくれる?
こんなこと意外すぎて途惑うまま低く響く声は続けた。

「古い家でな、嫁に来て馴染めないまま出ていった、弟の喘息のことも居辛い理由だったらしい。もう他に家庭があって、息子二人は無いことになってる、」

離婚して母親がいなくなる、その理由に喘息があった。

そんな現実を聴かされて鼓動そっと軋みだす、喘息に他人事だと想えなくなる。
けれど自分の知っている時間には想像も出来ない、だって自分は「無いことになって」なんかいない。
発病しても気づかぬほど両親に護られ愛されて、父が亡くなっても母は愛して護ってくれた、置き去りになんかされなかった。

「…無いことに、って…喘息が理由でお母さんが、そんな」

そんなこと酷い、そう言いかけて呑みこむ。

これは自分にとっては遠いかもしれない、けれど伊達には寄りそってしまった現実でいる。
それを安易に酷いだなんて言えない、そう想うほど鼓動ゆっくり軋んで瞳の深くもう熱くなる。

―泣いたりなんてダメ、僕が泣くなんて失礼だ、

まだ2ヶ月程度のつきあい、それも職場の同僚で守秘義務を負うパートナーでいる。
そんな間柄で泣いたら安易な同情じみているようで、俯いて堪えた頬ふわりタオル触れた。

「髪まだ濡れてるぞ、風邪ひく、」

タオル被せてくれた影に低い声は柔らかい。
いつのまにか後ろに来てくれた、その深い渋みの香の気配は微笑んだ。

「風邪ひくと発作がひどくなる、だから風邪はひくな。今日みたいな咳することになるぞ、そんなの辛いだろ?」

話しかけながら髪を拭ってくれる、その大きな手の温度がタオルを透かす。
こうしていればお互い顔を合せずに済む、そんな気遣い武骨なようで細やかに温かい。

―泣いているの気づかないふりしてくれるんだ、タオルに隠して…でも傍に来てくれて、

涙に気づないふりをして、けれど傍にいてくれる。
そんな気遣い意地もプライドも壊さない、この優しさに伊達の生立ちと涙が解かってしまう。
きっと何度も泣いてきた、そして泣かせてあげてきた、そんな時間ふれるタオルの翳で涙ひとつ零れた。

―こうやって弟さんの髪を拭いてたんだね、おんぶも…きっと帰りたい、ね、

タオルに髪拭う時間に、背負って連れ帰ってくれた時間に、想い伝わってしまう。
この寮の前にはタクシーを止めることが許されない、だから離れたところで今日も降車した。
そこから歩く距離はそんなに遠くは無い、それでも伊達は背負ってこの部屋まで連れて来てくれた。

『俺の弟も喘息を持ってるんだ、疲れが溜まると発作を起こす。そんな時は歩くだけでも負担らしい、』

背負う背中に笑ってくれた言葉は、望郷の愛情だった。
そのままに今も髪を拭ってくれる、そんな気遣いは今この涙も気づいているだろう。
こんなふうに懐から深い温もりに解かれてゆく、それでも未だ解らない可能性が今こんなに痛い。

―このひとも罠に使われてるかもしれないんだ、お祖父さんの小説が事実なら、

本人が気づいていなくても使われてしまう、そんな「罠」だ。
あの小説が事実なら祖父は「罠」で罪を負わされて、その罪に脅かされていた。
それが父すら追い込んだ可能性がある、そして自分が今ここに居る発端も「罠」から始まった?
そんな推論にはタオルの優しい手すらも疑わなくてはいけなくて、それでも信じたい想いに深い声が尋ねた。

「湯原、なぜお父さんって叫んだ?」

信じたい、けれど言葉に鼓動また停められる。



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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山岳点景:木洩陽一滴

2014-05-01 23:40:00 | 写真:山岳点景
Of splendor in the flower



山岳点景:木洩陽一滴

金蘭が森に咲きだしました、
5月初めの雨上がり、木洩陽ゆれる花は金色の雫みたいです。



この花も1997年に絶滅危惧II類として環境省レッドリストに掲載されました。
原因は他と同じで盗掘→環境変化で枯死っていう人災です、ホント山野草は移植とか無理無駄になります。
キンラン属は菌類との共生がないとダメな植物です、その共生関係が移植により乱された結果として枯死します。
なので写真撮影などで踏みこむのも当然NG、靴裏の雑菌などから土の菌類バランスが変質させられて植生を枯らせます。

で、こういうコト解ってないカメラマンさん最近なんだか増えたなと。
4月からの今シーズンで2、3人ほど自分も声掛けさせてもらいましたけど、林床と花の発芽ポイントを踏み荒らしていました。
本人たちに悪意はない+気軽に楽しんでるダケなんですけど、無知も迷惑になること知ってほしいな思うのでコンナこと書いてみてます。



写真ブロガーも趣味ってカンジでも、ナンデも被写体にしたいなら勉強してからカメラ持ってほしいです。
鳥や小動物の撮影でも生態の邪魔をすればストレスになって棲息地からいなくなります、山岳なども危険地帯の踏みこみ厳禁マジ死にます。
失礼な言いかた敢えてしますけど、こういう勉強もしない自己満足系なんちゃってカメラマンって雰囲気+態度からヤラかす感が出てるなと。
高い機材+三脚を持ってるけどカメラのホールド姿勢カッコ悪い・被写体への光計算をしていない・踏みこみ危険エリアに入ってる、
撮影アングルに入りこんでしまう・撮影中の人に声かけて邪魔になる、なんてカンジの方が多いです。

いまGWで写真を愉しむ方も多いと思うんですけど、三脚使用や踏みこみエリアなど気をつけて良い写真にもなるかなと、
いま咲いている花や飛んでくる鳥が来年もあるか解らない、それでも護りながら写真に残すことは後世の遺産ってヤツでもありますから、笑
なんて言うと湿っぽいですけどね、レッドリストに載っている動植物は人為的原因から減少傾向にあるものが多いって現実は事実です。

写真のウンチクブログトーナメント



Though nothing can bring back the hour
Of splendor in the grass, of glory in the flower,
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind;
In the primal sympathy
Which having been must ever be;
In the soothing thoughts that spring
Out of human suffering;
In the faith that looks through death,
In years that bring the philosophic mind.

時ひとつ戻せない、
草の光一滴も、花の誇らかな輝きも、
でも哀しみ沈まなくていい、見出せるから
後に残れるものに芯はあり、
芽生えさせる共鳴にあり
どこにも永く久しく在り続けるべきもの、
春あふれだす柔らかな眼差しは
人の苦しみの時からこそ顕われる、
運命の涯を見つめる約束に、
理知の精神を歳月が連れてくる。

William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」引用抜粋&自訳




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雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚79

2014-05-01 00:48:05 | 雑談寓話
こんばんわ、雨風の夜です。
この雑談もバナー押して下さる方いらっしゃるならってカンジで続き載せてます、
が、昨日あまり無かったので今回の反応次第でラストにします、楽しんでもらえてたら嬉しいんですけど、笑



雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚79

正月3日、高校の先生+友達2名=合計4人で呑んで、
その最中メール受信したから何げなく開封した、

From:御曹司クン
本文:いま呑んでるとこなんだけど、ちょっとメールしてみた(顔文字笑顔)

何の用もない、ただメールしてみただけ。
そんな短文メールだけど顔文字はご機嫌だった、

とりあえず元気でいるらしい?

それを伝えたいダケなんだろうか、それともコッチの状況を知りたいのか、
よく解らないから放置しようとしたら隣から言われた、

「もしかしてそのメールが今言ってたヤツ?」
「だよ?笑」

正直に答えて携帯電話を閉じて、
またポケットに戻したら斜向かいから言ってきた、

「あのバイってヤツかあ、見せろよーへるもんじゃなし、笑」

こいつ酔っぱらってんの?笑
運転手だからノンアルコールのはず、それなのに御機嫌な貌に言ってみた、

「おまえ酔っぱらってんの?笑」
「ソンナワケ無いですよーボクは運転ありますからねえ、見せろよ?笑」

なんて返答の息は別に酒臭くもなく、
素面でも酔っ払いよりクセ悪くなりかけた相手に軽くSってやった、

「おまえ例の人とは切れたワケ?笑」

この質問いま一番困るんだろな?
そう解ってるから言った先で茶髪はうなだれた、笑

「まあ切れたっていうかナントカなりそうデスケドネー後輩にもう頭あがらんですしね」
「後輩クンのヘルプ巧くいったんだ?良かったね、笑」
「はいオカゲサマデ巧くいきそうです海外単身ですよ、」
「オヒトリサマ気楽で良いじゃん?笑」

笑って仕向けながらジントニック呑んで、
そのグラス越しまた茶髪はツッコまれだした、笑

「小林のソレって残念な恋愛ぽい話だろ、こいつのアドバイスもらって解消ってコト?」

解消してるんなら良いけどね?
なんて思った向こう茶髪うなだれ笑った、

「うーそうなんですだから頭なんかあがらんのですくっそ、凹笑」
「ふうん、だったらオゴッて?笑」

とりあえず言ってみた、で、オゴッテもらった、笑

タダ酒ってイイよね?

そんな感想に容赦なく呑んでやって、
そしてお開きになった帰り道、先生に言われた、

「卒業式の時にやった本、また読んでみたらどうだ?」

おまえも恋愛小説くらい読んでみろ、

そんな台詞と文庫本を卒業式にもらってさ、
それの内容を想いだしながら笑って訊いてみた、

「毛布みたいな相手を探せってコトですか?笑」
「うん、だな、笑」

さらっと肯定して先生はソレ以上特に言わなかった、
だけど言いたい意味は解る、それでも特に自分も言わないでその日は解散した。

で、翌4日=仕事始めで御曹司クンと再会した、


とりあえずココで一旦切りますけどまだ続きます、気が向いたら続篇また。
Aesculapius「Moueion30」読み直し校正ちょっとします、不定期連載「Favonius 少年時譚 act.2」加筆ちょっとします。
この雑談or小説ほかナンカ面白かったらバナーorコメントなど反応お願いします、ソレが理由でWEB公開してるので、笑

深夜に取り急ぎ、



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