artifice 虚実の現

第76話 霜雪act.7-side story「陽はまた昇る」
缶コーヒーつけた唇から温めの冷感すべりこむ。
ほろ苦い香の向こうテーブルは書類を眺めて話し合う。
スーツ姿たち4人と空いている1席、その待ち人が扉を開いた。
「お待たせしてすいません、」
穏やかに快活な声が入ってくる、そのトーン普段と変わらない。
いつもながら穏やかで実直な公人に山ヤの警察官が笑いかけた。
「待ちくたびれたよ蒔田、缶コーヒー温くなったんじゃないかい?せっかく宮田が買ってきてくれたのに、」
「え、?」
短く声こぼれて蒔田がこちら見る。
その一瞬の驚愕に英二は微笑んだ。
「お疲れさまです、蒔田さん。缶コーヒー、買い直してきましょうか?」
今ここに自分が居ることは蒔田にとって意外だろう?
けれど「意外だ」と周りに知られたくない、そんな意志に官僚は瞬きひとつ笑ってくれた。
「ありがとう宮田くん、ちょうど喉乾いていたんです。これも飲むけど、もう一本冷たいのもあると嬉しいです、」
笑ってくれる瞳はもう落着いている。
この程度の対応力が無かったらノンキャリアから伸上れないだろう、そんな信頼に笑いかけた。
「じゃあ買ってきます、ブラックでよろしかったですか?」
「ブラックでいいよ、ついでにコピーもお願い出来ますか?いま原本を渡すから、」
携えてきたファイル開きながら此方へ来てくれる。
けれど日焼あわい貌すこし首傾げ、困ったよう笑った。
「すみません、部屋に置いて来たようです。悪いが一緒に来てくれますか?」
「はい、」
応えて直ぐ立ち上がりながら意図もう解っている。
そんな隣席から澄んだテノールが笑った。
「蒔田さん、俺の可愛い部下をドコ連れてくんですか?」
部下をどこに連れて行く?
そんな言い回しに知らされる、きっと気づいているのだろう。
―光一は誤魔化せないな、やっぱり、
この男は自分に並んでしまう、そう解っているからパートナーに自分こそ望んだ。
だから惹きこんで利用してしまった、けれどもう離れる約束に英二は綺麗に笑った。
「ちょっと行ってきます、国村さんが話し進めていてくれますか?」
「すぐ戻るんならイイよ、」
ちゃんと戻ってこいよ?
そんな言葉で笑ってくれる瞳は底抜けに明るい。
こういう眼差しくれるから好きになった、だから負った罪悪感ごと笑いかけた。
「はい、すぐ戻ります。中座をすみません、」
会議の席へ頭下げてすぐ歩きだす。
扉開いて廊下へ出、肩並んだ官僚はこちら見て笑った。
「先を越されていると思わなかったですよ、宮田くん?」
どうして自分より先に戻っているのか?
そんな疑問は当然だろう、その問いかけに微笑んでエレベーターボタン押した。
「どうぞ、」
開かれた扉へ入り笑いかけて、すぐ上司も乗りこみエレベーター動き出す。
けれど互いに言葉ないまま階に着き降りて、また同じ部屋に入ると英二は微笑んだ。
「蒔田部長、書類はそちらですか?」
問いかける視線にスーツ姿の腕を見る。
そこにある書類ファイルを開き官僚は笑った。
「やっぱりバレてたか、これを6部お願いします、」
笑ってファイルから書類3通とり出してくれる。
受けとって目を通しながら意図の解答を笑いかけた。
「先回りの方法を聴きたいんですか?」
きっと聴きたいだろう、蒔田なら。
その推測に眼差しの鋭利が笑った。
「セキュリティの為に教えてくれ、どうやって君は出たんだ。ここは密室だったはずだろう、俺が扉の前に立っていたんだからな?」
種明かししてほしい、そう視線に言葉に求めてくれる。
けれど解答すべて言う必要もない、そんな相手に微笑んで英二は部屋の窓へ歩みよった。
そこに一ヶ所だけあるレバーハンドルを目視で確認する、その背後に靴音は来て問われた。
「この窓から出たのか?でも…さっきも施錠されていたぞ、どうやって、」
地上はるか数十メートルの窓は今、施錠されている。
硝子には罅一つ無い、この現状に微笑んだまま振り向き問いかけた。
「蒔田部長、建築基準法施行令をご存知ですか?第126条の7の四、」
建築基準法施行令
第126条の6 建築物の高さ31m以下の部分にある3階以上の階には、非常用の進入口を設けなければならない
第126条の7 前条の非常用の進入口は、次の各号に定める構造としなければならない
一 進入口は、道又は道に通ずる幅員4m以上の通路その他の空地に面する各階の外壁面に設けること
二 進入口の間隔は、40m以下であること
三 進入口の幅、高さ及び下端の床面からの高さが、それぞれ、75cm以上、1.2m以上及び80cm以下であること
四 進入口は、外部から開放し、又は破壊して室内に進入できる構造とすること
五 進入口には、奥行き1m以上、長さ4m以上のバルコニーを設けること
六 進入口又はその近くに、外部から見やすい方法で赤色灯の標識を掲示し、及び非常用の進入口である旨を赤色で表示すること
七 前各号に定めるもののほか国土交通大臣が非常用の進入口としての機能を確保するため必要があると認めて定める基準に適合する構造とすること
この「非常用の進入口」は設置条件のクリアが難しい。
その場合「非常用進入口に代わる窓」通称「代用進入口」の設置で代えることも多いが第126条の7の四は同じでいる。
また31m超のビルには非常用エレベータの設置義務があるが、その場合も進入口の設置を消防から要望されることも多い。
そして近年は45m級のはしご車を装備する消防署も増えており、これに応じて45mまで進入口の設置も要請すると教わっている。
こうした現状と法令から今この窓に脱出は叶えられた、この知識をくれた経歴と偶然に微笑んで佇む前、警察官僚はため息と笑った。
「それを読めばヒントだってことか、そんなことまで知ってるなんて本当に勉強家だな?後藤さん達が言う通りだ、」
「教えてくれる人に恵まれてるだけです、」
素直に答えながら自分の幸運を信じたくなる。
この「消防の要請」を知ることが出来たのは偶然の貌した運命だろう?
―落雷があったから教えてもらえたんだ、山火事のお蔭だな?
秋、第七機動隊第2小隊での現場訓練で落雷に遭った。
そのとき被雷した木を消火している、それが消防から表彰され対談する機会をくれた。
そこで何げなく聴いた話が自分を援けてくれる、こんな偶然の廻りに山ヤの警察官僚は笑ってくれた。
「それにしても、よくこの高さから降りたな?人目も気にならなかったのかい、」
「街路樹が隠してくれます、良い角度です、」
問いかけの一部だけ答えて眺める眼下、冬枯れの梢は道路を遮らす。
あの樹影が視界を遮って死角を作ることは先月、もう確認しておいた。
『もうすぐ誕生日だな、周太?…もう少し待ってて、』
大切なあのひとが居るかもしれない、逢いたい。
そんな想いと見あげた高層の建造物は街路樹に遮られていた。
あのときは黄金まばゆい梢、けれど今は黒い枝がモノトーンに翳を編む。
それでも今こうして佇んだ空間と繋がるどこかに居るのだろうか?そう願い辿る横から低い声が笑った。
「先月の時に下見しておいたのか?本当に君は食えない男だな、こんな所でボルダリングしたんだろう?度胸も技術も普通じゃない、参ったよ、」
普通じゃない、確かにそうだろう?
あの祖父の孫であること自体が普通じゃない、それが嫌でずっと逃げていた。
けれど今日ここで使ってしまったIDとパスワードに退路を自分で絶っている、それでも後悔は無いまま微笑んだ。
「本当に参ったと思うなら蒔田さん、俺の言う事に従ってくれますか?ご迷惑はもう掛けていますけど、」
「迷惑ってパソコンを貸したことか?」
さらり答えてくれる声が笑っている。
覚悟の上で貸してくれた、そんな笑顔に笑いかけた。
「アクセスした端末の跡は残ります、たぶんメンテナンスだと言って蒔田さんのパソコンは回収されるでしょう。でもキーボードを拭くとかしないで下さい、」
ファイルにアクセスした端末はどれなのか?
その痕跡は何の対処もしなければデータ上に残ってしまう。
だからこそ御岳駐在所では技術のある光一に頼んでいた、けれど今は隠す必要がない。
「むしろ痕跡を見せろと言うことか、」
「はい、」
問われて頷いた前、穏やかな瞳が見つめてくる。
静かで凪いだ眼差し、けれど鋭利な底に英二は綺麗に笑いかけた。
「このまま見せれば蒔田さんの疑いは消えます、さっきシャットダウンしなかった理由を訊かれたら確かに切ったはずだと言い張って下さい、
休止状態やスリープにしても切れないことは良くあるから大丈夫です、後は相手が勝手に理由を考えてくれます。蒔田さんには証人も多いですから、」
蒔田は部屋の前で立ち話をしていた。
その相手は確実な証人になる、廊下を通った人間もいた。
それに監視カメラも有利を運んでくれる、そんな推測に上司は尋ねてくれた。
「俺のことは良い、でも君こそ廊下のカメラに映っているんじゃないのか?」
きっと自分も映っているだろう?
それこそ目的の近づける幸運に英二は微笑んだ。
「その方が面白いです、」
ノックせず入室した姿、蒔田に連れられて入室して、そして退出する姿。
監視カメラに映った3つのスーツ姿を、あの男は誰の姿だと見てくれるだろう?
あるべき画像がひとつ欠けている、そんな現実からあの男は「誰」に結論づけるその貌は?
―執着が強いほど自滅してくれる、だから、
そんな想像に可笑しくて笑いたくなる、どんな貌するのか観てやりたい。
こんなふう面白がってしまう自分と佇んだ窓の眼下、黒い樹翳はアスファルト長く日暮れてゆく。
今は冬、そう思い知らされる眼下の墨彩にもう時が近い、そんな現実の真中で願いひとつ微笑んだ。
今夜、電話したら出てくれる?
(to be continued)
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第76話 霜雪act.7-side story「陽はまた昇る」
缶コーヒーつけた唇から温めの冷感すべりこむ。
ほろ苦い香の向こうテーブルは書類を眺めて話し合う。
スーツ姿たち4人と空いている1席、その待ち人が扉を開いた。
「お待たせしてすいません、」
穏やかに快活な声が入ってくる、そのトーン普段と変わらない。
いつもながら穏やかで実直な公人に山ヤの警察官が笑いかけた。
「待ちくたびれたよ蒔田、缶コーヒー温くなったんじゃないかい?せっかく宮田が買ってきてくれたのに、」
「え、?」
短く声こぼれて蒔田がこちら見る。
その一瞬の驚愕に英二は微笑んだ。
「お疲れさまです、蒔田さん。缶コーヒー、買い直してきましょうか?」
今ここに自分が居ることは蒔田にとって意外だろう?
けれど「意外だ」と周りに知られたくない、そんな意志に官僚は瞬きひとつ笑ってくれた。
「ありがとう宮田くん、ちょうど喉乾いていたんです。これも飲むけど、もう一本冷たいのもあると嬉しいです、」
笑ってくれる瞳はもう落着いている。
この程度の対応力が無かったらノンキャリアから伸上れないだろう、そんな信頼に笑いかけた。
「じゃあ買ってきます、ブラックでよろしかったですか?」
「ブラックでいいよ、ついでにコピーもお願い出来ますか?いま原本を渡すから、」
携えてきたファイル開きながら此方へ来てくれる。
けれど日焼あわい貌すこし首傾げ、困ったよう笑った。
「すみません、部屋に置いて来たようです。悪いが一緒に来てくれますか?」
「はい、」
応えて直ぐ立ち上がりながら意図もう解っている。
そんな隣席から澄んだテノールが笑った。
「蒔田さん、俺の可愛い部下をドコ連れてくんですか?」
部下をどこに連れて行く?
そんな言い回しに知らされる、きっと気づいているのだろう。
―光一は誤魔化せないな、やっぱり、
この男は自分に並んでしまう、そう解っているからパートナーに自分こそ望んだ。
だから惹きこんで利用してしまった、けれどもう離れる約束に英二は綺麗に笑った。
「ちょっと行ってきます、国村さんが話し進めていてくれますか?」
「すぐ戻るんならイイよ、」
ちゃんと戻ってこいよ?
そんな言葉で笑ってくれる瞳は底抜けに明るい。
こういう眼差しくれるから好きになった、だから負った罪悪感ごと笑いかけた。
「はい、すぐ戻ります。中座をすみません、」
会議の席へ頭下げてすぐ歩きだす。
扉開いて廊下へ出、肩並んだ官僚はこちら見て笑った。
「先を越されていると思わなかったですよ、宮田くん?」
どうして自分より先に戻っているのか?
そんな疑問は当然だろう、その問いかけに微笑んでエレベーターボタン押した。
「どうぞ、」
開かれた扉へ入り笑いかけて、すぐ上司も乗りこみエレベーター動き出す。
けれど互いに言葉ないまま階に着き降りて、また同じ部屋に入ると英二は微笑んだ。
「蒔田部長、書類はそちらですか?」
問いかける視線にスーツ姿の腕を見る。
そこにある書類ファイルを開き官僚は笑った。
「やっぱりバレてたか、これを6部お願いします、」
笑ってファイルから書類3通とり出してくれる。
受けとって目を通しながら意図の解答を笑いかけた。
「先回りの方法を聴きたいんですか?」
きっと聴きたいだろう、蒔田なら。
その推測に眼差しの鋭利が笑った。
「セキュリティの為に教えてくれ、どうやって君は出たんだ。ここは密室だったはずだろう、俺が扉の前に立っていたんだからな?」
種明かししてほしい、そう視線に言葉に求めてくれる。
けれど解答すべて言う必要もない、そんな相手に微笑んで英二は部屋の窓へ歩みよった。
そこに一ヶ所だけあるレバーハンドルを目視で確認する、その背後に靴音は来て問われた。
「この窓から出たのか?でも…さっきも施錠されていたぞ、どうやって、」
地上はるか数十メートルの窓は今、施錠されている。
硝子には罅一つ無い、この現状に微笑んだまま振り向き問いかけた。
「蒔田部長、建築基準法施行令をご存知ですか?第126条の7の四、」
建築基準法施行令
第126条の6 建築物の高さ31m以下の部分にある3階以上の階には、非常用の進入口を設けなければならない
第126条の7 前条の非常用の進入口は、次の各号に定める構造としなければならない
一 進入口は、道又は道に通ずる幅員4m以上の通路その他の空地に面する各階の外壁面に設けること
二 進入口の間隔は、40m以下であること
三 進入口の幅、高さ及び下端の床面からの高さが、それぞれ、75cm以上、1.2m以上及び80cm以下であること
四 進入口は、外部から開放し、又は破壊して室内に進入できる構造とすること
五 進入口には、奥行き1m以上、長さ4m以上のバルコニーを設けること
六 進入口又はその近くに、外部から見やすい方法で赤色灯の標識を掲示し、及び非常用の進入口である旨を赤色で表示すること
七 前各号に定めるもののほか国土交通大臣が非常用の進入口としての機能を確保するため必要があると認めて定める基準に適合する構造とすること
この「非常用の進入口」は設置条件のクリアが難しい。
その場合「非常用進入口に代わる窓」通称「代用進入口」の設置で代えることも多いが第126条の7の四は同じでいる。
また31m超のビルには非常用エレベータの設置義務があるが、その場合も進入口の設置を消防から要望されることも多い。
そして近年は45m級のはしご車を装備する消防署も増えており、これに応じて45mまで進入口の設置も要請すると教わっている。
こうした現状と法令から今この窓に脱出は叶えられた、この知識をくれた経歴と偶然に微笑んで佇む前、警察官僚はため息と笑った。
「それを読めばヒントだってことか、そんなことまで知ってるなんて本当に勉強家だな?後藤さん達が言う通りだ、」
「教えてくれる人に恵まれてるだけです、」
素直に答えながら自分の幸運を信じたくなる。
この「消防の要請」を知ることが出来たのは偶然の貌した運命だろう?
―落雷があったから教えてもらえたんだ、山火事のお蔭だな?
秋、第七機動隊第2小隊での現場訓練で落雷に遭った。
そのとき被雷した木を消火している、それが消防から表彰され対談する機会をくれた。
そこで何げなく聴いた話が自分を援けてくれる、こんな偶然の廻りに山ヤの警察官僚は笑ってくれた。
「それにしても、よくこの高さから降りたな?人目も気にならなかったのかい、」
「街路樹が隠してくれます、良い角度です、」
問いかけの一部だけ答えて眺める眼下、冬枯れの梢は道路を遮らす。
あの樹影が視界を遮って死角を作ることは先月、もう確認しておいた。
『もうすぐ誕生日だな、周太?…もう少し待ってて、』
大切なあのひとが居るかもしれない、逢いたい。
そんな想いと見あげた高層の建造物は街路樹に遮られていた。
あのときは黄金まばゆい梢、けれど今は黒い枝がモノトーンに翳を編む。
それでも今こうして佇んだ空間と繋がるどこかに居るのだろうか?そう願い辿る横から低い声が笑った。
「先月の時に下見しておいたのか?本当に君は食えない男だな、こんな所でボルダリングしたんだろう?度胸も技術も普通じゃない、参ったよ、」
普通じゃない、確かにそうだろう?
あの祖父の孫であること自体が普通じゃない、それが嫌でずっと逃げていた。
けれど今日ここで使ってしまったIDとパスワードに退路を自分で絶っている、それでも後悔は無いまま微笑んだ。
「本当に参ったと思うなら蒔田さん、俺の言う事に従ってくれますか?ご迷惑はもう掛けていますけど、」
「迷惑ってパソコンを貸したことか?」
さらり答えてくれる声が笑っている。
覚悟の上で貸してくれた、そんな笑顔に笑いかけた。
「アクセスした端末の跡は残ります、たぶんメンテナンスだと言って蒔田さんのパソコンは回収されるでしょう。でもキーボードを拭くとかしないで下さい、」
ファイルにアクセスした端末はどれなのか?
その痕跡は何の対処もしなければデータ上に残ってしまう。
だからこそ御岳駐在所では技術のある光一に頼んでいた、けれど今は隠す必要がない。
「むしろ痕跡を見せろと言うことか、」
「はい、」
問われて頷いた前、穏やかな瞳が見つめてくる。
静かで凪いだ眼差し、けれど鋭利な底に英二は綺麗に笑いかけた。
「このまま見せれば蒔田さんの疑いは消えます、さっきシャットダウンしなかった理由を訊かれたら確かに切ったはずだと言い張って下さい、
休止状態やスリープにしても切れないことは良くあるから大丈夫です、後は相手が勝手に理由を考えてくれます。蒔田さんには証人も多いですから、」
蒔田は部屋の前で立ち話をしていた。
その相手は確実な証人になる、廊下を通った人間もいた。
それに監視カメラも有利を運んでくれる、そんな推測に上司は尋ねてくれた。
「俺のことは良い、でも君こそ廊下のカメラに映っているんじゃないのか?」
きっと自分も映っているだろう?
それこそ目的の近づける幸運に英二は微笑んだ。
「その方が面白いです、」
ノックせず入室した姿、蒔田に連れられて入室して、そして退出する姿。
監視カメラに映った3つのスーツ姿を、あの男は誰の姿だと見てくれるだろう?
あるべき画像がひとつ欠けている、そんな現実からあの男は「誰」に結論づけるその貌は?
―執着が強いほど自滅してくれる、だから、
そんな想像に可笑しくて笑いたくなる、どんな貌するのか観てやりたい。
こんなふう面白がってしまう自分と佇んだ窓の眼下、黒い樹翳はアスファルト長く日暮れてゆく。
今は冬、そう思い知らされる眼下の墨彩にもう時が近い、そんな現実の真中で願いひとつ微笑んだ。
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