hideaway 隠し場所
第76話 霜雪act.2-side story「陽はまた昇る」
ここからは俺だけで克たないと終われない、
自分だけで克たなかったら終わらない「罠」この五十年を縛る畸形連鎖は、自分だけで断つしかない。
そう今なら解かる、それは今この1年間に追い続けてきた過去と想いと願いに見つめている。
だから何も言えないまま赤信号に車停めて、その腕を雪白の手に掴まれた。
「どういう意味だ英二、解かるように話せ、」
問いかけるテノールいつもより低い。
そんなザイルパートナーに英二は微笑んだ。
「観碕には何でも話して協力できるパートナーなんかいないだろ?だから光一の援けはフェアじゃない、そういうの俺が嫌なんだ、」
あの男、観碕に相談相手は一人もいない。
利用する部下なら幾らでもいる、けれど対等に信じて協力を頼む相手など誰もいない。
そんな相手を本当に納得させる為に自分も同じ条件で向かいあう、その意志から笑いかけた。
「俺のプライドは高いって光一も言ったよな、その通り俺は傲慢で自信過剰だよ、観碕も俺と同じだ、そんな男に負けを心底認めさせたいんだ。
観碕は自分の正義が世界の正義だと信じ込んでる男だ、それだけ自己中心で自信過剰な男に負けを納得させるには同じ条件で勝つしかない、だろ?」
告げて信号機が青になる。
軽くアクセル踏んで走りだして、けれど腕掴んだまま光一はため息吐いた。
「…おまえの言う通りだろね、でも俺だって周太のことは責任があるんだ、」
責任がある、
そんな言葉に助手席の貌を確かめたい。
今どんな目で自分を見るのだろう?そのフロントガラス越しパートナーに微笑んだ。
「周太を探さなかったことか?光一に責任を感じる必要はないよ、子供には無理だ、」
9歳の冬、光一と周太は再会の約束をした。
けれど馨が亡くなったショックで周太は記憶ごと約束を失って、そのまま孤独に沈みこんだ。
あのとき探しに行っていたら?
そんな仮定に光一は傷と責任を抱いている。
それが解かるから告げて、けれど透明な視線まっすぐ見返した。
「ガキだからだね、あのとき俺が探せば間に合ったんだ、周太と会って記憶を戻させてたら周太は警官にナンカならなかった、そうだろ?」
「その通りかもしれないな、でも解らない、」
思ったまま告げて、その先から澄んだ視線が横面を刺す。
真直ぐな瞳は無垢なままに強い、こんな眼差しだから巻きこみたく無くなった。
それで目的すこし遠ざかるとしても自己満足でも構わない、だから今も笑いかけた。
「光一が周太の記憶を戻させたとしても、あの観碕が諦めると思うか?」
あの男が一度くらいで諦めるだろうか?
その簡単な答えに英二は微笑んだ。
「まだ周太は10歳前だ、それも鍵っ子で一人の時間が多かったろ?もし一度は記憶が戻っても、幾らでも暗示に掛けるチャンスはあったはずだ。
それくらい観碕は執拗だって光一も解かるだろ?そういう執念深い男だから半世紀も狙い続けて逃がさないんだ、個人的なプライドの傷に拘ってな、」
なぜ観碕が周太を、馨を警察官にしたかったのか?
この原点は過去にある、そんな痕跡たちに助手席がため息吐いた。
「…そうだろね、でも俺がいたら何度も思い出させたかもしれないだろ?」
その可能性はあるだろう、だけど今は過去になってしまった。
もう過去は戻せない、それなら関わる範囲すこしでも狭めたくて率直に告げた。
「光一、観碕のことは湯原の家の問題だ、あの家に関わる人間しか踏みこむべきじゃない、光一は部外者だ。それに俺が雅樹さんに意地を張りたい、」
家の問題、雅樹への意地。
この二つ言われたら光一は踏みこめない、そんな予想のまま腕から手が離れた。
「部外者って言われたら俺は何も言えないけど、雅樹さんにって、どういう意味だね?」
「そのままだよ、」
微笑んでハンドル捌き車窓は流れてゆく。
フロントガラスに澄んだ瞳から見つめられて、その眼差しに応えた。
「俺は雅樹さんと会ったこと無いよ、でも奥多摩に来てから俺の一番近くにいるのは雅樹さんだ、今も、」
山ヤの医学生、あの笑顔を毎日ずっと写真に見つめてきた。
青梅署警察医が座るデスク、あの場所に佇み続ける笑顔を今も見つめて英二は笑った。
「俺が山岳救助隊に憧れた最初は光一だよ?だけど俺がいちばん成りたい姿は雅樹さんだ、山ヤとしてレスキューとして男としても俺の前にいる、今も。
青梅署から離れた今も雅樹さんは俺の前にいる、警察官と医者で違っていても、それでも俺は雅樹さんみたいに成りたかった。でも俺は雅樹さんじゃない、」
自分は雅樹のようには成れない、そう認めるしかない。
こんな現実を本当は認めたくなかった、だから逃げ続けていた「血」がある。
そんな自分だからこそ光一の想いも周太の涙も解ってしまう、その想い初めて正直に笑いかけた。
「光一、俺は雅樹さんのことを聴くたび自分を思い知らされるよ?山が好きで故郷が大切で、光一を唯一人ずっと大切に思って護り続けている、
そういう単純で真直ぐな生き方は綺麗だ、そんな人が本当にいるんだって俺はショックだったよ?大切な事だけに懸けて生きられるんだって憧れる、今も、」
山と医学と、そして故郷と大切な人を護る。
それだけの為に生きた男がいた、その道に斃れても惜しまれ跡辿ろうとする人達がいる。
そんなことは夢物語と思っていた、けれど現実に知ってショックだった本音ごと微笑んだ。
「だから顔だけでも似てるって言われるたび嬉しかった、でも俺は違うんだ。雅樹さんみたいな生き方は俺には出来ない、俺は傲慢すぎて狡すぎる、
そういう俺を見ないフリして生きれたらって何度も想ったよ、だけど今は違う。傲慢で狡い俺だから周太を援けられるって今は自慢にすら思ってるんだ。
雅樹さんみたいに大切なものだけ懸ける生き方は俺には出来ない、俺に与えられる大嫌いなものが周太を救う道に繋がるんだ、だから俺は俺で良い、」
大切なもの、大切な人、それだけ真直ぐ見つめる生き方は単純で綺麗だ。
それだけの生き方に自分は憧れた、大切なものだけ真直ぐ見つめる生き方がずっと欲しかった。
だけど自分は結局のところそんな生き方は選べない、その現実を見つめるままフロントガラスの瞳が問いかけた。
「英二…その与えられる大嫌いなものって、おまえの祖父サンに関わるコトか?」
「うん、光一には少し話したよな、」
頷いて笑いかけた先、ガラスの眼差しが自分を見る。
流れてゆく車窓を視線が透かす、そこに映る雲の明滅ごと笑いかけた。
「先月ビバーク訓練したとき話したよな、蒔田さんに会いに行った直後の訓練の夜だ、あのとき俺が何を話したか憶えてるか?」
11月上旬、七機山岳レンジャー第2小隊は奥多摩で訓練している。
あの夜話した記憶に笑いかけた隣、低めたテノールも応えてくれた。
「蒔田さんが周太のオヤジさんを学生の時から知ってた話だったね、その前におふくろさん側の祖父サンに会いに行ったって話をしてくれたろ?」
「ああ、祖父は権力が好きな人間だって話したよな?でも本当はそんな単純な事じゃない、本当は俺も違う、」
言いながら自分の貌は笑っている、けれど自分の言葉に本当は抉られる。
本当は違うなんて認めたくなかった、それでも認めて笑っている今に傷みながら真実のかけら声にした。
「俺が京大に行くことを母がなぜ無理に邪魔したのか、なぜ俺が東大に行きたくなかったのか、その理由も本当は言ったほど単純じゃない、違うんだ。
単純じゃないから逃げて解決するわけ無いって俺も解かってた、それが本当は俺に合ってる生き方なくらい解かってた、それでも俺は逃げたかったよ?
そういう俺だから雅樹さんの生き方に憧れるんだ、でも俺は雅樹さんと違う。だからせめて光一を巻きこみたくないんだ、本当に嫌なんだ、これ以上は、」
なぜ母が京都大学に行かせたくなかったのか?その根底には祖父がいる。
あのとき祖父が自分に望んだ進学先がどこだったのか、そうして与えられる道がどこに向かうのか?
そんなこと18歳の自分にも解っていた、それに父も逆らう事など出来ないと解ったから自分は京都大学も検事も諦めた。
それでも自由が欲しかった、だから最後の希望だと掴んだ警視庁警察官の道を選んで、それすら結局は祖父の道に繋がってしまう。
『内務省に列なる男として知る運命なのかもしれんな、こうして私に訊きに来ることも含めて、英二が望まなくても後継者になるべくして』
祖父がそう言った「知る運命」あの言葉に思い知らされる。
なぜ自分が「知る」ことになったのか、その理由ごとフロントガラスの瞳へ微笑んだ。
「光一、俺が周太を好きになったことも結局は祖父にとって望む道に繋がるってるんだ、祖父にとっても周太はダークホースだけどな?」
周太に恋をした、それだけだった。
恋して大切に想って護りたいと願う、唯それだけが自分の願いで夢でいる。
それなのに護るため出逢ってしまった一冊の本が導いた言葉に、あの単語に支配される。
『英二、私から聴く前に“Fantome”のことは知っていたのだろう?どうやって知ったのだ、』
あの言葉を自分がこんなに速く知るなど、祖父も計算外だった。
そんな計算外に思い知らされる「知る運命」だった言葉を真直ぐな声が問いかけた。
「周太のことが祖父サンの道に繋がるって、その祖父サンも“Fantome”に関わってるのか?」
「観碕とは全く違うけどな、」
肯定と否定ふたつながら笑いかけた先、ガラス越しの瞳すこし安堵する。
その安堵は自分への気遣いが温かい、そんな優しい純粋に笑いかけた。
「光一、俺はプライドが高いって解ってるだろ?このプライドが満足するのは観碕への復讐と周太を幸せにする事なんだ、祖父を利用してな?」
傲慢過ぎるプライドは、自分が一番になれる世界で満たされる。
それは雅樹や光一の生き方には叶わない、単純で美しい生き方が出来る自分じゃない。
単純よりも相手と勝敗を分かつ方が本当は愉しい、本気を懸けて勝利する方が嬉しい、そんな本性をもう隠せない。
過去の復讐すら勝利したい傲慢な自分、こんな自分だから祖父の道が似合ってしまう、そこにある願いの矛盾ごと微笑んだ。
「雅樹さんが吉村先生の息子として山と医学を選んだみたいに俺にも選ぶ道がある、それは雅樹さんとは遠い生き方だよ、光一とも違うんだ。
違うけど同じに生きられる時間もあるって俺は思ってる、それが俺にとっては山なんだ、だから山以外で俺の事は光一に踏みこんでほしくない、」
踏みこんでほしくない、そんな言葉に拒絶する。
どうか今ここで納得してほしい、その願いにフロントガラスの瞳が微笑んだ。
「山でなら同じに生きられるって、俺には殺し文句だね?でも警察官で山岳救助隊ってトコも同じだよ、」
「ああ、光一は俺の上司だからな?」
笑って応えながら眼差しにまた鼓動が軋む。
いま自分は線引きしようとしている、その理由ごと光一は見つめてくれる。
ただ真直ぐに見つめてくれる瞳に改めて願ってしまう、こんな眼差しだから巻きこみたくない。
―光一、おまえは綺麗なまま生きてほしいよ?
自分と違う生き方が出来る男、だからこそ憧れたのだと今なら解かる。
警察学校の資料に見つめたスカイブルーのウィンドブレーカーの背中、あの真直ぐな姿は今も眩しい。
この輝きを欲しくて慾のまま抱いて汚して、それでも穢されない相手だから巻きこみたくないと願う、その想い綺麗に笑った。
「だから光一お願いだ、俺をザイルパートナーとして信じてくれるなら観碕の件は忘れてほしい、周太も俺が救けるって信じてほしいんだ。
俺だけで観碕に克たないと意味がない、観碕に負け認めさせる為に俺が満足する為に、光一のザイルパートナーでいる為にも独りでやりたい、」
こんな自分でも、これだけは信じてくれと肚から告げられる。
隠しごと増えてゆく今の自分は一度外したの仮面を被り始めた、そんな今は寂しいだろう。
それでも今はいつか過去になる、その「いつか」を信じたい本音のままパートナーは笑ってくれた。
「英二、解かったから涙を拭きな?」
「え、」
言われた言葉に左頬ふれて指先が濡らされる。
いま自分は泣いている?そう示す現実の一滴は温かくて、その温もりに澄んだテノール微笑んだ。
「俺は英二を信じて黙秘と黙認する、でもね、泣きたいときは俺を山に誘いな?一緒に山登って一緒に泣いてやる、いいね?」
何も訊かない、何も言わない、だけど山に自分と居てくれる。
そんな約束は自分にとって何よりも信じられる、そんな約束くれる相手だから共犯者にすら望んだ。
だからこそ今もう自由に開放したくて手を離して、それでも居場所ひとつ共有してくれる笑顔に英二は涙ごと笑った。
「光一、50年後も一緒に山を登ってくれな?」
(to be continued)
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第76話 霜雪act.2-side story「陽はまた昇る」
ここからは俺だけで克たないと終われない、
自分だけで克たなかったら終わらない「罠」この五十年を縛る畸形連鎖は、自分だけで断つしかない。
そう今なら解かる、それは今この1年間に追い続けてきた過去と想いと願いに見つめている。
だから何も言えないまま赤信号に車停めて、その腕を雪白の手に掴まれた。
「どういう意味だ英二、解かるように話せ、」
問いかけるテノールいつもより低い。
そんなザイルパートナーに英二は微笑んだ。
「観碕には何でも話して協力できるパートナーなんかいないだろ?だから光一の援けはフェアじゃない、そういうの俺が嫌なんだ、」
あの男、観碕に相談相手は一人もいない。
利用する部下なら幾らでもいる、けれど対等に信じて協力を頼む相手など誰もいない。
そんな相手を本当に納得させる為に自分も同じ条件で向かいあう、その意志から笑いかけた。
「俺のプライドは高いって光一も言ったよな、その通り俺は傲慢で自信過剰だよ、観碕も俺と同じだ、そんな男に負けを心底認めさせたいんだ。
観碕は自分の正義が世界の正義だと信じ込んでる男だ、それだけ自己中心で自信過剰な男に負けを納得させるには同じ条件で勝つしかない、だろ?」
告げて信号機が青になる。
軽くアクセル踏んで走りだして、けれど腕掴んだまま光一はため息吐いた。
「…おまえの言う通りだろね、でも俺だって周太のことは責任があるんだ、」
責任がある、
そんな言葉に助手席の貌を確かめたい。
今どんな目で自分を見るのだろう?そのフロントガラス越しパートナーに微笑んだ。
「周太を探さなかったことか?光一に責任を感じる必要はないよ、子供には無理だ、」
9歳の冬、光一と周太は再会の約束をした。
けれど馨が亡くなったショックで周太は記憶ごと約束を失って、そのまま孤独に沈みこんだ。
あのとき探しに行っていたら?
そんな仮定に光一は傷と責任を抱いている。
それが解かるから告げて、けれど透明な視線まっすぐ見返した。
「ガキだからだね、あのとき俺が探せば間に合ったんだ、周太と会って記憶を戻させてたら周太は警官にナンカならなかった、そうだろ?」
「その通りかもしれないな、でも解らない、」
思ったまま告げて、その先から澄んだ視線が横面を刺す。
真直ぐな瞳は無垢なままに強い、こんな眼差しだから巻きこみたく無くなった。
それで目的すこし遠ざかるとしても自己満足でも構わない、だから今も笑いかけた。
「光一が周太の記憶を戻させたとしても、あの観碕が諦めると思うか?」
あの男が一度くらいで諦めるだろうか?
その簡単な答えに英二は微笑んだ。
「まだ周太は10歳前だ、それも鍵っ子で一人の時間が多かったろ?もし一度は記憶が戻っても、幾らでも暗示に掛けるチャンスはあったはずだ。
それくらい観碕は執拗だって光一も解かるだろ?そういう執念深い男だから半世紀も狙い続けて逃がさないんだ、個人的なプライドの傷に拘ってな、」
なぜ観碕が周太を、馨を警察官にしたかったのか?
この原点は過去にある、そんな痕跡たちに助手席がため息吐いた。
「…そうだろね、でも俺がいたら何度も思い出させたかもしれないだろ?」
その可能性はあるだろう、だけど今は過去になってしまった。
もう過去は戻せない、それなら関わる範囲すこしでも狭めたくて率直に告げた。
「光一、観碕のことは湯原の家の問題だ、あの家に関わる人間しか踏みこむべきじゃない、光一は部外者だ。それに俺が雅樹さんに意地を張りたい、」
家の問題、雅樹への意地。
この二つ言われたら光一は踏みこめない、そんな予想のまま腕から手が離れた。
「部外者って言われたら俺は何も言えないけど、雅樹さんにって、どういう意味だね?」
「そのままだよ、」
微笑んでハンドル捌き車窓は流れてゆく。
フロントガラスに澄んだ瞳から見つめられて、その眼差しに応えた。
「俺は雅樹さんと会ったこと無いよ、でも奥多摩に来てから俺の一番近くにいるのは雅樹さんだ、今も、」
山ヤの医学生、あの笑顔を毎日ずっと写真に見つめてきた。
青梅署警察医が座るデスク、あの場所に佇み続ける笑顔を今も見つめて英二は笑った。
「俺が山岳救助隊に憧れた最初は光一だよ?だけど俺がいちばん成りたい姿は雅樹さんだ、山ヤとしてレスキューとして男としても俺の前にいる、今も。
青梅署から離れた今も雅樹さんは俺の前にいる、警察官と医者で違っていても、それでも俺は雅樹さんみたいに成りたかった。でも俺は雅樹さんじゃない、」
自分は雅樹のようには成れない、そう認めるしかない。
こんな現実を本当は認めたくなかった、だから逃げ続けていた「血」がある。
そんな自分だからこそ光一の想いも周太の涙も解ってしまう、その想い初めて正直に笑いかけた。
「光一、俺は雅樹さんのことを聴くたび自分を思い知らされるよ?山が好きで故郷が大切で、光一を唯一人ずっと大切に思って護り続けている、
そういう単純で真直ぐな生き方は綺麗だ、そんな人が本当にいるんだって俺はショックだったよ?大切な事だけに懸けて生きられるんだって憧れる、今も、」
山と医学と、そして故郷と大切な人を護る。
それだけの為に生きた男がいた、その道に斃れても惜しまれ跡辿ろうとする人達がいる。
そんなことは夢物語と思っていた、けれど現実に知ってショックだった本音ごと微笑んだ。
「だから顔だけでも似てるって言われるたび嬉しかった、でも俺は違うんだ。雅樹さんみたいな生き方は俺には出来ない、俺は傲慢すぎて狡すぎる、
そういう俺を見ないフリして生きれたらって何度も想ったよ、だけど今は違う。傲慢で狡い俺だから周太を援けられるって今は自慢にすら思ってるんだ。
雅樹さんみたいに大切なものだけ懸ける生き方は俺には出来ない、俺に与えられる大嫌いなものが周太を救う道に繋がるんだ、だから俺は俺で良い、」
大切なもの、大切な人、それだけ真直ぐ見つめる生き方は単純で綺麗だ。
それだけの生き方に自分は憧れた、大切なものだけ真直ぐ見つめる生き方がずっと欲しかった。
だけど自分は結局のところそんな生き方は選べない、その現実を見つめるままフロントガラスの瞳が問いかけた。
「英二…その与えられる大嫌いなものって、おまえの祖父サンに関わるコトか?」
「うん、光一には少し話したよな、」
頷いて笑いかけた先、ガラスの眼差しが自分を見る。
流れてゆく車窓を視線が透かす、そこに映る雲の明滅ごと笑いかけた。
「先月ビバーク訓練したとき話したよな、蒔田さんに会いに行った直後の訓練の夜だ、あのとき俺が何を話したか憶えてるか?」
11月上旬、七機山岳レンジャー第2小隊は奥多摩で訓練している。
あの夜話した記憶に笑いかけた隣、低めたテノールも応えてくれた。
「蒔田さんが周太のオヤジさんを学生の時から知ってた話だったね、その前におふくろさん側の祖父サンに会いに行ったって話をしてくれたろ?」
「ああ、祖父は権力が好きな人間だって話したよな?でも本当はそんな単純な事じゃない、本当は俺も違う、」
言いながら自分の貌は笑っている、けれど自分の言葉に本当は抉られる。
本当は違うなんて認めたくなかった、それでも認めて笑っている今に傷みながら真実のかけら声にした。
「俺が京大に行くことを母がなぜ無理に邪魔したのか、なぜ俺が東大に行きたくなかったのか、その理由も本当は言ったほど単純じゃない、違うんだ。
単純じゃないから逃げて解決するわけ無いって俺も解かってた、それが本当は俺に合ってる生き方なくらい解かってた、それでも俺は逃げたかったよ?
そういう俺だから雅樹さんの生き方に憧れるんだ、でも俺は雅樹さんと違う。だからせめて光一を巻きこみたくないんだ、本当に嫌なんだ、これ以上は、」
なぜ母が京都大学に行かせたくなかったのか?その根底には祖父がいる。
あのとき祖父が自分に望んだ進学先がどこだったのか、そうして与えられる道がどこに向かうのか?
そんなこと18歳の自分にも解っていた、それに父も逆らう事など出来ないと解ったから自分は京都大学も検事も諦めた。
それでも自由が欲しかった、だから最後の希望だと掴んだ警視庁警察官の道を選んで、それすら結局は祖父の道に繋がってしまう。
『内務省に列なる男として知る運命なのかもしれんな、こうして私に訊きに来ることも含めて、英二が望まなくても後継者になるべくして』
祖父がそう言った「知る運命」あの言葉に思い知らされる。
なぜ自分が「知る」ことになったのか、その理由ごとフロントガラスの瞳へ微笑んだ。
「光一、俺が周太を好きになったことも結局は祖父にとって望む道に繋がるってるんだ、祖父にとっても周太はダークホースだけどな?」
周太に恋をした、それだけだった。
恋して大切に想って護りたいと願う、唯それだけが自分の願いで夢でいる。
それなのに護るため出逢ってしまった一冊の本が導いた言葉に、あの単語に支配される。
『英二、私から聴く前に“Fantome”のことは知っていたのだろう?どうやって知ったのだ、』
あの言葉を自分がこんなに速く知るなど、祖父も計算外だった。
そんな計算外に思い知らされる「知る運命」だった言葉を真直ぐな声が問いかけた。
「周太のことが祖父サンの道に繋がるって、その祖父サンも“Fantome”に関わってるのか?」
「観碕とは全く違うけどな、」
肯定と否定ふたつながら笑いかけた先、ガラス越しの瞳すこし安堵する。
その安堵は自分への気遣いが温かい、そんな優しい純粋に笑いかけた。
「光一、俺はプライドが高いって解ってるだろ?このプライドが満足するのは観碕への復讐と周太を幸せにする事なんだ、祖父を利用してな?」
傲慢過ぎるプライドは、自分が一番になれる世界で満たされる。
それは雅樹や光一の生き方には叶わない、単純で美しい生き方が出来る自分じゃない。
単純よりも相手と勝敗を分かつ方が本当は愉しい、本気を懸けて勝利する方が嬉しい、そんな本性をもう隠せない。
過去の復讐すら勝利したい傲慢な自分、こんな自分だから祖父の道が似合ってしまう、そこにある願いの矛盾ごと微笑んだ。
「雅樹さんが吉村先生の息子として山と医学を選んだみたいに俺にも選ぶ道がある、それは雅樹さんとは遠い生き方だよ、光一とも違うんだ。
違うけど同じに生きられる時間もあるって俺は思ってる、それが俺にとっては山なんだ、だから山以外で俺の事は光一に踏みこんでほしくない、」
踏みこんでほしくない、そんな言葉に拒絶する。
どうか今ここで納得してほしい、その願いにフロントガラスの瞳が微笑んだ。
「山でなら同じに生きられるって、俺には殺し文句だね?でも警察官で山岳救助隊ってトコも同じだよ、」
「ああ、光一は俺の上司だからな?」
笑って応えながら眼差しにまた鼓動が軋む。
いま自分は線引きしようとしている、その理由ごと光一は見つめてくれる。
ただ真直ぐに見つめてくれる瞳に改めて願ってしまう、こんな眼差しだから巻きこみたくない。
―光一、おまえは綺麗なまま生きてほしいよ?
自分と違う生き方が出来る男、だからこそ憧れたのだと今なら解かる。
警察学校の資料に見つめたスカイブルーのウィンドブレーカーの背中、あの真直ぐな姿は今も眩しい。
この輝きを欲しくて慾のまま抱いて汚して、それでも穢されない相手だから巻きこみたくないと願う、その想い綺麗に笑った。
「だから光一お願いだ、俺をザイルパートナーとして信じてくれるなら観碕の件は忘れてほしい、周太も俺が救けるって信じてほしいんだ。
俺だけで観碕に克たないと意味がない、観碕に負け認めさせる為に俺が満足する為に、光一のザイルパートナーでいる為にも独りでやりたい、」
こんな自分でも、これだけは信じてくれと肚から告げられる。
隠しごと増えてゆく今の自分は一度外したの仮面を被り始めた、そんな今は寂しいだろう。
それでも今はいつか過去になる、その「いつか」を信じたい本音のままパートナーは笑ってくれた。
「英二、解かったから涙を拭きな?」
「え、」
言われた言葉に左頬ふれて指先が濡らされる。
いま自分は泣いている?そう示す現実の一滴は温かくて、その温もりに澄んだテノール微笑んだ。
「俺は英二を信じて黙秘と黙認する、でもね、泣きたいときは俺を山に誘いな?一緒に山登って一緒に泣いてやる、いいね?」
何も訊かない、何も言わない、だけど山に自分と居てくれる。
そんな約束は自分にとって何よりも信じられる、そんな約束くれる相手だから共犯者にすら望んだ。
だからこそ今もう自由に開放したくて手を離して、それでも居場所ひとつ共有してくれる笑顔に英二は涙ごと笑った。
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