construct 場面造形

第76話 霜雪act.4-side story「陽はまた昇る」
硝子に雫きらめいて濡れてゆく。
朝は降っていない、けれど張りだしていた雲は窓をグレーに変えた。
いま雨音は聞えない、それでも時おり光る水滴を眺めるテーブルに英二は微笑んだ。
―あと少しだな、
あと少しで定刻になる。
そんな感覚にも時計は見ていない、けれど時間は解かる。
いま空は曇って、それでも日中南時から過ぎてゆく席に笑いかけられた。
「宮田、長野の藤本さんに気に入られたようだなあ?何の話をしていたんだい、」
囲んだ折詰の向こうから大らかなトーン尋ねてくれる。
その笑顔が元気そうで嬉しい、ただ微笑んだ前でスーツ姿ひとり立ち上がった。
「中座をすみません、」
立ちながら携帯電話を背広のポケットから出す。
そのまま会議室から扉向うへ消えた背中に後藤が笑った。
「相変わらず蒔田は忙しいなあ、でも原はほっとしたろう?」
言われた浅黒い顔は眉すこしだけ顰めだす。
一見は仏頂面、けれど本当は困っている男は正直に頷いた。
「はい、部長の同席はさすがに、」
「普通そうだろうよ、蒔田は気さくなヤツだがなあ。国村や宮田みたいのは珍しいよ、」
可笑しそうに深い瞳が笑って箸運ぶ。
その笑顔こちら向けてまた訊いてくれた。
「それで宮田、何の話で盛り上がっていたんだい?マンガがどうとか言ってたろう、」
「風評被害ってところでしょうか?」
「風評被害?」
どういうことだろう?
そんなトーン訊き返された横から原が口開いた。
「滑落事故のクレーマーのこと話してたよな?」
「はい、原さんに聴いた話からイメージが困るって話になったんです、」
答えながら箸動かす席を視界に確かめる。
スーツ姿の4人とも顔馴染で立場それぞれ違う、そんな一人が可笑しそうに笑った。
「もしかしてマンガってアレかね、長野の山岳レスキューのヤツ?」
「やっぱり光一は知ってたんだ、」
プライベートの呼び方した隣、雪白の貌が笑ってくれる。
その眼差し一瞬だけ壁時計を見、かすかに瞳頷かせ続けてくれた。
「地元のヤツラに訊かれたからね、遭難者を救けられなかったら土下座なんかするのかってさ?」
こんなこと質問されるだけでも嫌だろう?
相手に悪気はない、けれど現場の人間に嬉しい筈もないまま低い声が尋ねた。
「そんなこと国村さんに訊いた人がいるんですか?」
「いたねえ、」
短い答えかた、けれど堪えているのだと解かる。
その堪忍が解かるから英二は微笑んで口開いた。
「レスキューの仕事に敬意を持って描いてくれているのだとは思います、でも、救えなかったら土下座が当り前な描き方は俺も抵抗感があります、」
確かに山岳レスキューは人命救助が第一義だろう。
でも「山」は厳しい、その現実に山ヤの医師が微笑んだ。
「そうですね、山に登るという行為自体がリスクを負うことですからね?」
山に登るという行為自体がリスクを負うこと。
そんな現実を告げる笑顔は穏やかに想い声にした。
「冒険するなら危険を冒す責任の自覚が必要です、だからこそ救助してくれた人を恨むのは違います。グループ登山でも最後の判断責任は結局本人です、
その責任を救助してくれた人に押しつけてしまったら、遭難者本人こそ無責任な人間だと侮辱するのに同じです。安易に庇えば冒涜だと私は思っています、」
冒険はリスクを冒すこと、そのリスク認識があるから山ヤは安全な山行に努力する。
そうした自助の努力を認めるからこそ責任は本人に認めて、だからこそ悼む想い笑いかけた。
「吉村先生、俺も同じです。俺も庇ってほしいと思いません、努力が足りなかったと叱られる方が嬉しいです、」
山に向かうのは自分自身、だから自分が叱られる方が誇らしい。
自分のミスを誰かの責任に押しつける、そんなことプライドが赦せない。
山に登りたいのは自分、その権利を手に入れる技術と力を努力で掴み登っている。
そこに自分のプライドと自由を懸けている、だからこそ何も知らない同情に庇われたくなんか無い。
―あの3月の時だって怒られて嬉しかったんだ、光一にも周太にも、
馬鹿野郎、ばかっ、
そう言って二人は怒ってくれた、それが嬉しかった。
春3月の雪の日に巡回ルートで遭難した、あのころ雪山登山に自信を抱き始めていた。
山の経歴など無いまま志願した山岳救助隊、そこで誇れる実績いくつか積んだばかりの遭難事故は屈辱だった。
悔しかった、
本当は辞めたくなるほど悔しくて、だからこそ山ヤの責任ごと叱られて嬉しかった。
自分のザイルパートナーも恋人も真直ぐ叱って泣いて無事を笑ってくれた、それが誇らしかった。
だから自分は同情なんかしない、庇いたくない、そんな想いに山ヤの医師は穏かに笑ってくれた。
「そうですね、全てを負うのは自分自身だからこそ登れたら誇らしくて、無事の帰りが幸せですね?」
無事の帰りが幸せだ、
そんな言葉に吉村の願いは温かい、そして哀しい。
この願いなぜ叶わなかったのだろう?その答え探すままテノールが微笑んだ。
「吉村先生、雅樹さんはカッコイイね?」
「うん、そうだね光ちゃん、」
穏やかに深い声が笑って答えて、その呼び方が親しい。
いま公人の場所に居る、それでも二人通う繋がりを見ながら折詰を空けて笑いかけた。
「缶コーヒー買ってきます、皆さんブラックで良かったですか?」

誰も通らない廊下、自分の靴音すら今は聞えない。
何も持たないまま無人の扉に立止る、そのままノックせず開いた先もう待っていた。
「お待たせしました、」
扉閉めて笑いかけた向こうスーツ姿が振り返る。
その篤実な眼差し困ったよう笑って警察官僚は告げた。
「宮田くん、冷蔵庫のモン忘れないでくれよ?持ち込むの一苦労だったからな、」
ちょっと困らされたよ?
そんな貌に歩み寄りながら笑いかけた。
「ありがとうございます、そんなにご苦労でしたか?」
「堂々と手に下げてくるわけにもいかんからな、俺が6本も缶コーヒー買って出勤なんて変だろう?どうぞ、」
可笑しそうに笑いながらデスクを勧めてくれる。
本来なら二年目の自分など座れない席、けれど置かれたパソコンを前に英二は感染防止グローブ嵌めて微笑んだ。
「お席を失礼します、蒔田さん?」
(to be continued)
にほんブログ村
にほんブログ村
blogramランキング参加中!

第76話 霜雪act.4-side story「陽はまた昇る」
硝子に雫きらめいて濡れてゆく。
朝は降っていない、けれど張りだしていた雲は窓をグレーに変えた。
いま雨音は聞えない、それでも時おり光る水滴を眺めるテーブルに英二は微笑んだ。
―あと少しだな、
あと少しで定刻になる。
そんな感覚にも時計は見ていない、けれど時間は解かる。
いま空は曇って、それでも日中南時から過ぎてゆく席に笑いかけられた。
「宮田、長野の藤本さんに気に入られたようだなあ?何の話をしていたんだい、」
囲んだ折詰の向こうから大らかなトーン尋ねてくれる。
その笑顔が元気そうで嬉しい、ただ微笑んだ前でスーツ姿ひとり立ち上がった。
「中座をすみません、」
立ちながら携帯電話を背広のポケットから出す。
そのまま会議室から扉向うへ消えた背中に後藤が笑った。
「相変わらず蒔田は忙しいなあ、でも原はほっとしたろう?」
言われた浅黒い顔は眉すこしだけ顰めだす。
一見は仏頂面、けれど本当は困っている男は正直に頷いた。
「はい、部長の同席はさすがに、」
「普通そうだろうよ、蒔田は気さくなヤツだがなあ。国村や宮田みたいのは珍しいよ、」
可笑しそうに深い瞳が笑って箸運ぶ。
その笑顔こちら向けてまた訊いてくれた。
「それで宮田、何の話で盛り上がっていたんだい?マンガがどうとか言ってたろう、」
「風評被害ってところでしょうか?」
「風評被害?」
どういうことだろう?
そんなトーン訊き返された横から原が口開いた。
「滑落事故のクレーマーのこと話してたよな?」
「はい、原さんに聴いた話からイメージが困るって話になったんです、」
答えながら箸動かす席を視界に確かめる。
スーツ姿の4人とも顔馴染で立場それぞれ違う、そんな一人が可笑しそうに笑った。
「もしかしてマンガってアレかね、長野の山岳レスキューのヤツ?」
「やっぱり光一は知ってたんだ、」
プライベートの呼び方した隣、雪白の貌が笑ってくれる。
その眼差し一瞬だけ壁時計を見、かすかに瞳頷かせ続けてくれた。
「地元のヤツラに訊かれたからね、遭難者を救けられなかったら土下座なんかするのかってさ?」
こんなこと質問されるだけでも嫌だろう?
相手に悪気はない、けれど現場の人間に嬉しい筈もないまま低い声が尋ねた。
「そんなこと国村さんに訊いた人がいるんですか?」
「いたねえ、」
短い答えかた、けれど堪えているのだと解かる。
その堪忍が解かるから英二は微笑んで口開いた。
「レスキューの仕事に敬意を持って描いてくれているのだとは思います、でも、救えなかったら土下座が当り前な描き方は俺も抵抗感があります、」
確かに山岳レスキューは人命救助が第一義だろう。
でも「山」は厳しい、その現実に山ヤの医師が微笑んだ。
「そうですね、山に登るという行為自体がリスクを負うことですからね?」
山に登るという行為自体がリスクを負うこと。
そんな現実を告げる笑顔は穏やかに想い声にした。
「冒険するなら危険を冒す責任の自覚が必要です、だからこそ救助してくれた人を恨むのは違います。グループ登山でも最後の判断責任は結局本人です、
その責任を救助してくれた人に押しつけてしまったら、遭難者本人こそ無責任な人間だと侮辱するのに同じです。安易に庇えば冒涜だと私は思っています、」
冒険はリスクを冒すこと、そのリスク認識があるから山ヤは安全な山行に努力する。
そうした自助の努力を認めるからこそ責任は本人に認めて、だからこそ悼む想い笑いかけた。
「吉村先生、俺も同じです。俺も庇ってほしいと思いません、努力が足りなかったと叱られる方が嬉しいです、」
山に向かうのは自分自身、だから自分が叱られる方が誇らしい。
自分のミスを誰かの責任に押しつける、そんなことプライドが赦せない。
山に登りたいのは自分、その権利を手に入れる技術と力を努力で掴み登っている。
そこに自分のプライドと自由を懸けている、だからこそ何も知らない同情に庇われたくなんか無い。
―あの3月の時だって怒られて嬉しかったんだ、光一にも周太にも、
馬鹿野郎、ばかっ、
そう言って二人は怒ってくれた、それが嬉しかった。
春3月の雪の日に巡回ルートで遭難した、あのころ雪山登山に自信を抱き始めていた。
山の経歴など無いまま志願した山岳救助隊、そこで誇れる実績いくつか積んだばかりの遭難事故は屈辱だった。
悔しかった、
本当は辞めたくなるほど悔しくて、だからこそ山ヤの責任ごと叱られて嬉しかった。
自分のザイルパートナーも恋人も真直ぐ叱って泣いて無事を笑ってくれた、それが誇らしかった。
だから自分は同情なんかしない、庇いたくない、そんな想いに山ヤの医師は穏かに笑ってくれた。
「そうですね、全てを負うのは自分自身だからこそ登れたら誇らしくて、無事の帰りが幸せですね?」
無事の帰りが幸せだ、
そんな言葉に吉村の願いは温かい、そして哀しい。
この願いなぜ叶わなかったのだろう?その答え探すままテノールが微笑んだ。
「吉村先生、雅樹さんはカッコイイね?」
「うん、そうだね光ちゃん、」
穏やかに深い声が笑って答えて、その呼び方が親しい。
いま公人の場所に居る、それでも二人通う繋がりを見ながら折詰を空けて笑いかけた。
「缶コーヒー買ってきます、皆さんブラックで良かったですか?」

誰も通らない廊下、自分の靴音すら今は聞えない。
何も持たないまま無人の扉に立止る、そのままノックせず開いた先もう待っていた。
「お待たせしました、」
扉閉めて笑いかけた向こうスーツ姿が振り返る。
その篤実な眼差し困ったよう笑って警察官僚は告げた。
「宮田くん、冷蔵庫のモン忘れないでくれよ?持ち込むの一苦労だったからな、」
ちょっと困らされたよ?
そんな貌に歩み寄りながら笑いかけた。
「ありがとうございます、そんなにご苦労でしたか?」
「堂々と手に下げてくるわけにもいかんからな、俺が6本も缶コーヒー買って出勤なんて変だろう?どうぞ、」
可笑しそうに笑いながらデスクを勧めてくれる。
本来なら二年目の自分など座れない席、けれど置かれたパソコンを前に英二は感染防止グローブ嵌めて微笑んだ。
「お席を失礼します、蒔田さん?」
(to be continued)


blogramランキング参加中!
