Temperature of talks 思惑の温度

第81話 凍結 act.3-side story「陽はまた昇る」
黄金ゆれるグラスに光さし照らす、この風景は2カ月前も見た。
けれど座っている椅子は4年越しで、銀のカトラリーも青絵の皿も同じに久しい。
ここで食事する自体が4年に隔てて、それでも足もと寄りそう温もりは変わらない。
ふわり、時おり尻尾ふれて遠慮がちねだってくれる。この愛犬に英二は微笑んだ。
「中森さん、ヴァイゼのお皿を出してもらえますか?一緒に食事したがってる、」
こんな申し出は行儀が悪いのだろう?
それでも敢えて言いだした提案に銀髪やわらかな笑顔は頷いた。
「ヴァイゼの食事もお持ちします、」
「ありがとう、」
笑いかけながら信頼やわらかに篤くなる。
この家宰がいたから今日も「帰られた」のだろう、そんな想いに祖父が言った。
「相変わらずヴァイゼは英二から離れんな、忠誠心を誓うのは唯一人という貌だ、」
さっきも似たようなことを言われたな?
こんな繰返しが少しだけ温かく想えて、この素直に笑いかけた。
「ヴァイゼと食事するのが迷惑なら俺、向こうに行きますけど、」
こんな台詞を4年前も言った。
あの日まで訪問は単独でしていない、このテーブルにも同席者がいた。
けれど今は独り訪れて祖父と二人きり向かいあう、その足元やさしい温もりに深い低い声が笑った。
「ヴァイゼもここで食事したら良い、美貴子がいたら煩いだろうが私は構わん、」
「ありがとうございます、」
微笑んで応えながら少しまた認められる。
いま向きあっている相手が自分の誰なのか?その現実が今は近しい。
“英二さんが分籍されたと知って遺言を書き直されたのです。ヴァイゼも私もお帰りを待っています、克憲様もお待ちです、だから次は食事にお戻りください”
二ヵ月前に家宰から教えられたこと、それが今この食卓に載っている。
この事も確かめたくて今日ここに来た、そのための時間に微笑んだ。
「中森さんから聴きました、この屋敷を俺に相続させるんですか?」
そんなこと本当に大丈夫なのか?
そんな意味も笑いかけたテーブル、端正な笑顔はワイングラスとった。
「正確には生前贈与だ、もう手続きは済んでいる、」
こんな返事くると思わなかったな?
また意外で、この不意打ち可笑しくてワイングラスとり笑った。
「納税額が増えますね、でも俺は普通の地方公務員ですよ?維持できません、」
この立地と敷地を維持するなら固定資産税も並みでは無い。
けれどこの男なら配慮しているだろう、そんな予想どおり即答された。
「納税の手配もしてある、知りたければ中森に訊いたら良い、」
答えながらグラスを掲げてみせる。
マナー通りな乾杯の仕草にこちらも応えて、グラスくちつけ微笑んだ。
「それなら今、この屋敷は俺が家主ということですか?」
「そうだ、私とは賃貸契約がされてある、」
さらり答えてグラスまた含む。
その端正な貌から可笑しくてつい笑った。
―この祖父が借家人って可笑しいよな?
外貌から家柄中身まで全てがサラブレッド。
そんな男の選択はあまりに予想外で、それも愉しくて笑った。
「あなたが孫に家を借りるなんて不思議ですね。何故そこまでして俺に屋敷をくれるんですか、征彦伯父さん達も納得しないのではありませんか?」
伯父とその娘が納得すると想えない。
それでも組込む算段があるのだろう、その考案者は微笑んだ。
「それなりの援助は以前からしてある、納得せざるを得ん、」
「本当に納得されているでしょうか?」
問いかけて、でも本当は答なんか解かっている。
この祖父が「せざるを得ん」と言う時は既成事実でしかない、そう見たまま端正な瞳は笑った。
「征彦には文句を言えん、あれの弱点は美貴子だからな。英二も屋敷ひとつくらい迷惑がらずに受けとれ、」
迷惑がられるって自覚はあるんだな?
こんなふうに解かってくれている、それを今更に教えられてしまった。
こんな時に知ることも運命じみているようで、すこしだけ反抗心と微笑んだ。
「俺が今すぐ売り飛ばしたらどうするつもりですか?住む場所だけの問題じゃないでしょう、あなたは、」
これくらいの意地悪は言ってみたい。
けれど対処されていることも解っている、そんな推測のまま涼やかな顔は言った、
「ヴァイゼが哀しむことを英二は好まんだろう?中森のこともな、」
ほら、分析なんてとっくにされている。
この理解が前は嫌いだった、でも今は少し違う感情と笑いかけた。
「ヴァイゼと中森さんは俺の人質ですか?」
「元は意図していなかったがな、でも結果は利用すべきだ、」
低く透る声が笑ってグラス傾ける。
黄金あわくゆれる芳香に祖父の貌は若い、そんな視界の向こうネクタイ姿が戻った。
「お待たせいたしました、」
ワゴン停めて、銀のトレイから食事が並べられる。
野菜と魚の冷菜は彩り豊かに美しい、けれど順番が可笑しくて笑った。
「俺から先に皿を置いて良いんですか?ここの主は祖父なのに、」
「はい、克憲様からの言いつけです、」
深い声やわらかに答えてワゴンの下段へ手をのばす。
白い陶器ふたつ並んだトレイひきだして、傍らの黒い大犬に微笑んだ。
「ヴァイゼ、英二さんから許可を頂いたので今夜はここで食事しなさい。いいですね?」
「おん、」
一声うなずいて茶色い瞳が見あげてくれる。
その視線に笑いかけワインひとくち飲むと愛犬に告げた。
「ヴァイゼ、中森さんにお辞儀は?」
「くん、」
三角耳ゆるやかに頷いて頭下げてみせる。
それから差出した黒い手そっと左手に受けると笑いかけた。
「ヴァイゼ、食べていいよ?」
「おんっ、」
ひとこえ嬉しそうに鳴いて食事へ鼻づら向ける。
きちんと座って行儀が良い、相変わらずの姿が嬉しくて笑いかけた。
「中森さん、思ったより食欲あるよ?」
「はい、英二さんが傍にいるからでしょう、」
穏やかに微笑んでくれる、その言葉に理由すこし解かってしまう。
なぜ愛犬が食欲をすこし落としていたのか?そんな思案とテーブルに向きあった。
「ヴァイゼは英二の言葉を全て解っていそうだな、視線からよく見ている、」
低く透る声は笑っている、手元のフォークも楽しげに料理を運ぶ。
その声も仕草も九十の老人に見えない、こんな祖父だから不思議で尋ねた。
「なぜ屋敷からヴァイゼまで今すぐ継がせたいんですか?体はどこも悪くなそうですけど、」
正確には生前贈与だ、もう手続きは済んでいる。
そう今も祖父は言った、だから既に「今すぐ継がせた」のだろう。
そして継がせたのは実質この屋敷だけじゃない、そんな推定に祖父は微笑んだ。
「私は九十の老人だ、明日の朝を覚悟して生きるのは当り前だろう?」
明日の朝、死ぬかもしれない。
それが当り前の年齢に祖父は生きている、そんな現実は解っていた。
解っていた、それでも声に言われたまま鼓動は軋んで意固地が微笑んだ。
「明日の朝が解からないのは俺こそですよ?警察官で山岳救助隊員なんていつ死んでも不思議はありません、」
そういう場所にあなたの孫は生きている。
この現実ストレートに告げたのは初めてだ?こんな初体験に祖父は笑った。
「そうだ、私より英二の方がリスクが高い。だから今継がせたいのだ、結婚も早くと願っている、」
また意外なこと言われたな?
―今ここで本当のこと話したら驚くのかな、それも面白そうだけど?
このまま告げてしまおうか、自分の本当の現実を?
その思案すこし廻らせたくて別の話題に口開いた。
「結婚なら俺より先に姉です、でも屋敷を相続したのなら姉の結婚も俺に決定権があるんですか?あなたや征彦伯父さんよりも、」
この家の権力者は誰なのか?
それが姉の人生も決めるだろう、そして自分こそ多くが影響する。
こういう「家」だから嫌で遠ざかっていた、けれど今はもう逃げ回るわけにいかない。
だって姉の選んだ相手は「家」が望まないと知っている、それ以上に自分こそ唯ひとり護りたい。
「この屋敷の主人が俺なら決定権も俺ですよね、そういう相続だという理解で良いんですか?」
姉は何とかなるだろう、でも大切な人は何とかならない、だって時間が残されていない。
それでも幸せにしたいなら最短距離を選ぶしかない、その途が与えられるなら受けとれば良い。
叶えたいなら権力を掴めばいい、本当は望まなくても。
(to be continued)
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第81話 凍結 act.3-side story「陽はまた昇る」
黄金ゆれるグラスに光さし照らす、この風景は2カ月前も見た。
けれど座っている椅子は4年越しで、銀のカトラリーも青絵の皿も同じに久しい。
ここで食事する自体が4年に隔てて、それでも足もと寄りそう温もりは変わらない。
ふわり、時おり尻尾ふれて遠慮がちねだってくれる。この愛犬に英二は微笑んだ。
「中森さん、ヴァイゼのお皿を出してもらえますか?一緒に食事したがってる、」
こんな申し出は行儀が悪いのだろう?
それでも敢えて言いだした提案に銀髪やわらかな笑顔は頷いた。
「ヴァイゼの食事もお持ちします、」
「ありがとう、」
笑いかけながら信頼やわらかに篤くなる。
この家宰がいたから今日も「帰られた」のだろう、そんな想いに祖父が言った。
「相変わらずヴァイゼは英二から離れんな、忠誠心を誓うのは唯一人という貌だ、」
さっきも似たようなことを言われたな?
こんな繰返しが少しだけ温かく想えて、この素直に笑いかけた。
「ヴァイゼと食事するのが迷惑なら俺、向こうに行きますけど、」
こんな台詞を4年前も言った。
あの日まで訪問は単独でしていない、このテーブルにも同席者がいた。
けれど今は独り訪れて祖父と二人きり向かいあう、その足元やさしい温もりに深い低い声が笑った。
「ヴァイゼもここで食事したら良い、美貴子がいたら煩いだろうが私は構わん、」
「ありがとうございます、」
微笑んで応えながら少しまた認められる。
いま向きあっている相手が自分の誰なのか?その現実が今は近しい。
“英二さんが分籍されたと知って遺言を書き直されたのです。ヴァイゼも私もお帰りを待っています、克憲様もお待ちです、だから次は食事にお戻りください”
二ヵ月前に家宰から教えられたこと、それが今この食卓に載っている。
この事も確かめたくて今日ここに来た、そのための時間に微笑んだ。
「中森さんから聴きました、この屋敷を俺に相続させるんですか?」
そんなこと本当に大丈夫なのか?
そんな意味も笑いかけたテーブル、端正な笑顔はワイングラスとった。
「正確には生前贈与だ、もう手続きは済んでいる、」
こんな返事くると思わなかったな?
また意外で、この不意打ち可笑しくてワイングラスとり笑った。
「納税額が増えますね、でも俺は普通の地方公務員ですよ?維持できません、」
この立地と敷地を維持するなら固定資産税も並みでは無い。
けれどこの男なら配慮しているだろう、そんな予想どおり即答された。
「納税の手配もしてある、知りたければ中森に訊いたら良い、」
答えながらグラスを掲げてみせる。
マナー通りな乾杯の仕草にこちらも応えて、グラスくちつけ微笑んだ。
「それなら今、この屋敷は俺が家主ということですか?」
「そうだ、私とは賃貸契約がされてある、」
さらり答えてグラスまた含む。
その端正な貌から可笑しくてつい笑った。
―この祖父が借家人って可笑しいよな?
外貌から家柄中身まで全てがサラブレッド。
そんな男の選択はあまりに予想外で、それも愉しくて笑った。
「あなたが孫に家を借りるなんて不思議ですね。何故そこまでして俺に屋敷をくれるんですか、征彦伯父さん達も納得しないのではありませんか?」
伯父とその娘が納得すると想えない。
それでも組込む算段があるのだろう、その考案者は微笑んだ。
「それなりの援助は以前からしてある、納得せざるを得ん、」
「本当に納得されているでしょうか?」
問いかけて、でも本当は答なんか解かっている。
この祖父が「せざるを得ん」と言う時は既成事実でしかない、そう見たまま端正な瞳は笑った。
「征彦には文句を言えん、あれの弱点は美貴子だからな。英二も屋敷ひとつくらい迷惑がらずに受けとれ、」
迷惑がられるって自覚はあるんだな?
こんなふうに解かってくれている、それを今更に教えられてしまった。
こんな時に知ることも運命じみているようで、すこしだけ反抗心と微笑んだ。
「俺が今すぐ売り飛ばしたらどうするつもりですか?住む場所だけの問題じゃないでしょう、あなたは、」
これくらいの意地悪は言ってみたい。
けれど対処されていることも解っている、そんな推測のまま涼やかな顔は言った、
「ヴァイゼが哀しむことを英二は好まんだろう?中森のこともな、」
ほら、分析なんてとっくにされている。
この理解が前は嫌いだった、でも今は少し違う感情と笑いかけた。
「ヴァイゼと中森さんは俺の人質ですか?」
「元は意図していなかったがな、でも結果は利用すべきだ、」
低く透る声が笑ってグラス傾ける。
黄金あわくゆれる芳香に祖父の貌は若い、そんな視界の向こうネクタイ姿が戻った。
「お待たせいたしました、」
ワゴン停めて、銀のトレイから食事が並べられる。
野菜と魚の冷菜は彩り豊かに美しい、けれど順番が可笑しくて笑った。
「俺から先に皿を置いて良いんですか?ここの主は祖父なのに、」
「はい、克憲様からの言いつけです、」
深い声やわらかに答えてワゴンの下段へ手をのばす。
白い陶器ふたつ並んだトレイひきだして、傍らの黒い大犬に微笑んだ。
「ヴァイゼ、英二さんから許可を頂いたので今夜はここで食事しなさい。いいですね?」
「おん、」
一声うなずいて茶色い瞳が見あげてくれる。
その視線に笑いかけワインひとくち飲むと愛犬に告げた。
「ヴァイゼ、中森さんにお辞儀は?」
「くん、」
三角耳ゆるやかに頷いて頭下げてみせる。
それから差出した黒い手そっと左手に受けると笑いかけた。
「ヴァイゼ、食べていいよ?」
「おんっ、」
ひとこえ嬉しそうに鳴いて食事へ鼻づら向ける。
きちんと座って行儀が良い、相変わらずの姿が嬉しくて笑いかけた。
「中森さん、思ったより食欲あるよ?」
「はい、英二さんが傍にいるからでしょう、」
穏やかに微笑んでくれる、その言葉に理由すこし解かってしまう。
なぜ愛犬が食欲をすこし落としていたのか?そんな思案とテーブルに向きあった。
「ヴァイゼは英二の言葉を全て解っていそうだな、視線からよく見ている、」
低く透る声は笑っている、手元のフォークも楽しげに料理を運ぶ。
その声も仕草も九十の老人に見えない、こんな祖父だから不思議で尋ねた。
「なぜ屋敷からヴァイゼまで今すぐ継がせたいんですか?体はどこも悪くなそうですけど、」
正確には生前贈与だ、もう手続きは済んでいる。
そう今も祖父は言った、だから既に「今すぐ継がせた」のだろう。
そして継がせたのは実質この屋敷だけじゃない、そんな推定に祖父は微笑んだ。
「私は九十の老人だ、明日の朝を覚悟して生きるのは当り前だろう?」
明日の朝、死ぬかもしれない。
それが当り前の年齢に祖父は生きている、そんな現実は解っていた。
解っていた、それでも声に言われたまま鼓動は軋んで意固地が微笑んだ。
「明日の朝が解からないのは俺こそですよ?警察官で山岳救助隊員なんていつ死んでも不思議はありません、」
そういう場所にあなたの孫は生きている。
この現実ストレートに告げたのは初めてだ?こんな初体験に祖父は笑った。
「そうだ、私より英二の方がリスクが高い。だから今継がせたいのだ、結婚も早くと願っている、」
また意外なこと言われたな?
―今ここで本当のこと話したら驚くのかな、それも面白そうだけど?
このまま告げてしまおうか、自分の本当の現実を?
その思案すこし廻らせたくて別の話題に口開いた。
「結婚なら俺より先に姉です、でも屋敷を相続したのなら姉の結婚も俺に決定権があるんですか?あなたや征彦伯父さんよりも、」
この家の権力者は誰なのか?
それが姉の人生も決めるだろう、そして自分こそ多くが影響する。
こういう「家」だから嫌で遠ざかっていた、けれど今はもう逃げ回るわけにいかない。
だって姉の選んだ相手は「家」が望まないと知っている、それ以上に自分こそ唯ひとり護りたい。
「この屋敷の主人が俺なら決定権も俺ですよね、そういう相続だという理解で良いんですか?」
姉は何とかなるだろう、でも大切な人は何とかならない、だって時間が残されていない。
それでも幸せにしたいなら最短距離を選ぶしかない、その途が与えられるなら受けとれば良い。
叶えたいなら権力を掴めばいい、本当は望まなくても。
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