萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第81話 凍結 act.3-side story「陽はまた昇る」

2014-12-21 22:00:00 | 陽はまた昇るside story
Temperature of talks 思惑の温度



第81話 凍結 act.3-side story「陽はまた昇る」

黄金ゆれるグラスに光さし照らす、この風景は2カ月前も見た。

けれど座っている椅子は4年越しで、銀のカトラリーも青絵の皿も同じに久しい。
ここで食事する自体が4年に隔てて、それでも足もと寄りそう温もりは変わらない。
ふわり、時おり尻尾ふれて遠慮がちねだってくれる。この愛犬に英二は微笑んだ。

「中森さん、ヴァイゼのお皿を出してもらえますか?一緒に食事したがってる、」

こんな申し出は行儀が悪いのだろう?
それでも敢えて言いだした提案に銀髪やわらかな笑顔は頷いた。

「ヴァイゼの食事もお持ちします、」
「ありがとう、」

笑いかけながら信頼やわらかに篤くなる。
この家宰がいたから今日も「帰られた」のだろう、そんな想いに祖父が言った。

「相変わらずヴァイゼは英二から離れんな、忠誠心を誓うのは唯一人という貌だ、」

さっきも似たようなことを言われたな?
こんな繰返しが少しだけ温かく想えて、この素直に笑いかけた。

「ヴァイゼと食事するのが迷惑なら俺、向こうに行きますけど、」

こんな台詞を4年前も言った。
あの日まで訪問は単独でしていない、このテーブルにも同席者がいた。
けれど今は独り訪れて祖父と二人きり向かいあう、その足元やさしい温もりに深い低い声が笑った。

「ヴァイゼもここで食事したら良い、美貴子がいたら煩いだろうが私は構わん、」
「ありがとうございます、」

微笑んで応えながら少しまた認められる。
いま向きあっている相手が自分の誰なのか?その現実が今は近しい。

“英二さんが分籍されたと知って遺言を書き直されたのです。ヴァイゼも私もお帰りを待っています、克憲様もお待ちです、だから次は食事にお戻りください”

二ヵ月前に家宰から教えられたこと、それが今この食卓に載っている。
この事も確かめたくて今日ここに来た、そのための時間に微笑んだ。

「中森さんから聴きました、この屋敷を俺に相続させるんですか?」

そんなこと本当に大丈夫なのか?
そんな意味も笑いかけたテーブル、端正な笑顔はワイングラスとった。

「正確には生前贈与だ、もう手続きは済んでいる、」

こんな返事くると思わなかったな?
また意外で、この不意打ち可笑しくてワイングラスとり笑った。

「納税額が増えますね、でも俺は普通の地方公務員ですよ?維持できません、」

この立地と敷地を維持するなら固定資産税も並みでは無い。
けれどこの男なら配慮しているだろう、そんな予想どおり即答された。

「納税の手配もしてある、知りたければ中森に訊いたら良い、」

答えながらグラスを掲げてみせる。
マナー通りな乾杯の仕草にこちらも応えて、グラスくちつけ微笑んだ。

「それなら今、この屋敷は俺が家主ということですか?」
「そうだ、私とは賃貸契約がされてある、」

さらり答えてグラスまた含む。
その端正な貌から可笑しくてつい笑った。

―この祖父が借家人って可笑しいよな?

外貌から家柄中身まで全てがサラブレッド。
そんな男の選択はあまりに予想外で、それも愉しくて笑った。

「あなたが孫に家を借りるなんて不思議ですね。何故そこまでして俺に屋敷をくれるんですか、征彦伯父さん達も納得しないのではありませんか?」

伯父とその娘が納得すると想えない。
それでも組込む算段があるのだろう、その考案者は微笑んだ。

「それなりの援助は以前からしてある、納得せざるを得ん、」
「本当に納得されているでしょうか?」

問いかけて、でも本当は答なんか解かっている。
この祖父が「せざるを得ん」と言う時は既成事実でしかない、そう見たまま端正な瞳は笑った。

「征彦には文句を言えん、あれの弱点は美貴子だからな。英二も屋敷ひとつくらい迷惑がらずに受けとれ、」

迷惑がられるって自覚はあるんだな?

こんなふうに解かってくれている、それを今更に教えられてしまった。
こんな時に知ることも運命じみているようで、すこしだけ反抗心と微笑んだ。

「俺が今すぐ売り飛ばしたらどうするつもりですか?住む場所だけの問題じゃないでしょう、あなたは、」

これくらいの意地悪は言ってみたい。
けれど対処されていることも解っている、そんな推測のまま涼やかな顔は言った、

「ヴァイゼが哀しむことを英二は好まんだろう?中森のこともな、」

ほら、分析なんてとっくにされている。
この理解が前は嫌いだった、でも今は少し違う感情と笑いかけた。

「ヴァイゼと中森さんは俺の人質ですか?」
「元は意図していなかったがな、でも結果は利用すべきだ、」

低く透る声が笑ってグラス傾ける。
黄金あわくゆれる芳香に祖父の貌は若い、そんな視界の向こうネクタイ姿が戻った。

「お待たせいたしました、」

ワゴン停めて、銀のトレイから食事が並べられる。
野菜と魚の冷菜は彩り豊かに美しい、けれど順番が可笑しくて笑った。

「俺から先に皿を置いて良いんですか?ここの主は祖父なのに、」
「はい、克憲様からの言いつけです、」

深い声やわらかに答えてワゴンの下段へ手をのばす。
白い陶器ふたつ並んだトレイひきだして、傍らの黒い大犬に微笑んだ。

「ヴァイゼ、英二さんから許可を頂いたので今夜はここで食事しなさい。いいですね?」
「おん、」

一声うなずいて茶色い瞳が見あげてくれる。
その視線に笑いかけワインひとくち飲むと愛犬に告げた。

「ヴァイゼ、中森さんにお辞儀は?」
「くん、」

三角耳ゆるやかに頷いて頭下げてみせる。
それから差出した黒い手そっと左手に受けると笑いかけた。

「ヴァイゼ、食べていいよ?」
「おんっ、」

ひとこえ嬉しそうに鳴いて食事へ鼻づら向ける。
きちんと座って行儀が良い、相変わらずの姿が嬉しくて笑いかけた。

「中森さん、思ったより食欲あるよ?」
「はい、英二さんが傍にいるからでしょう、」

穏やかに微笑んでくれる、その言葉に理由すこし解かってしまう。
なぜ愛犬が食欲をすこし落としていたのか?そんな思案とテーブルに向きあった。

「ヴァイゼは英二の言葉を全て解っていそうだな、視線からよく見ている、」

低く透る声は笑っている、手元のフォークも楽しげに料理を運ぶ。
その声も仕草も九十の老人に見えない、こんな祖父だから不思議で尋ねた。

「なぜ屋敷からヴァイゼまで今すぐ継がせたいんですか?体はどこも悪くなそうですけど、」

正確には生前贈与だ、もう手続きは済んでいる。

そう今も祖父は言った、だから既に「今すぐ継がせた」のだろう。
そして継がせたのは実質この屋敷だけじゃない、そんな推定に祖父は微笑んだ。

「私は九十の老人だ、明日の朝を覚悟して生きるのは当り前だろう?」

明日の朝、死ぬかもしれない。

それが当り前の年齢に祖父は生きている、そんな現実は解っていた。
解っていた、それでも声に言われたまま鼓動は軋んで意固地が微笑んだ。

「明日の朝が解からないのは俺こそですよ?警察官で山岳救助隊員なんていつ死んでも不思議はありません、」

そういう場所にあなたの孫は生きている。
この現実ストレートに告げたのは初めてだ?こんな初体験に祖父は笑った。

「そうだ、私より英二の方がリスクが高い。だから今継がせたいのだ、結婚も早くと願っている、」

また意外なこと言われたな?

―今ここで本当のこと話したら驚くのかな、それも面白そうだけど?

このまま告げてしまおうか、自分の本当の現実を?
その思案すこし廻らせたくて別の話題に口開いた。

「結婚なら俺より先に姉です、でも屋敷を相続したのなら姉の結婚も俺に決定権があるんですか?あなたや征彦伯父さんよりも、」

この家の権力者は誰なのか?

それが姉の人生も決めるだろう、そして自分こそ多くが影響する。
こういう「家」だから嫌で遠ざかっていた、けれど今はもう逃げ回るわけにいかない。
だって姉の選んだ相手は「家」が望まないと知っている、それ以上に自分こそ唯ひとり護りたい。

「この屋敷の主人が俺なら決定権も俺ですよね、そういう相続だという理解で良いんですか?」

姉は何とかなるだろう、でも大切な人は何とかならない、だって時間が残されていない。
それでも幸せにしたいなら最短距離を選ぶしかない、その途が与えられるなら受けとれば良い。

叶えたいなら権力を掴めばいい、本当は望まなくても。


(to be continued)

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雑談寓話:或るフィクション&ノンフィクション@御曹司譚302

2014-12-21 00:38:09 | 雑談寓話
七月半ば金曜日=最終出勤日、
最後の職場挨拶まわりで菓子折の菓子を配りながらいろんな人と話して、
ホントに今日で最後だなーなんて想いながら職場あちこち歩き回って、で、御曹司クンの席に来た、

「お疲れさまです、挨拶に来たんですけど、笑」

で、振向いた御曹司クンの眼は赤かった、

「あ…おつかれさまです、今まで、どうも…」

なんてカンジに返事してくれた顔は明白で、
こんな場所こんな反応に困りながらも笑ってやった、

「なに泣いてんですか?笑」
「…泣いてませんからお気になさらずで、」

って意地張ってくれて、
こんな貌される事はホントのとこ解っていたから、持ってきたモンをデスクに置いてやった、

「これあげます、前に欲しがってたから、笑」

置いたもの=残業または昼いけない対策の菓子ボックス(中身入り)

いつもデスクの抽斗に入れておいた非常食ボックス=元なんかの空き箱はデスクとサイズが調度いい、
だからソレイイナーよく言われていて、だからあげたら少しだけ笑ってくれた、

「中身まだ入ってるじゃん、オールブランとかうまいっすよねコレ…でもチョコとか溶けるしイジメすか?」

ちょっとだけ冗談交えて返してくれる、
それでも赤いままの眼に笑って軽くSった、

「要らないんなら他にあげますけど?田中サンとか欲しがってたし、笑」

田中さん=花サン、
で、御曹司クンは菓子ボックス(中身入り)を抽斗にしまった、

「いります、そっちの菓子折もください、」
「もちろんどうぞ?笑」

笑って菓子いっこ渡して、それから写真ひとつ見せた、

「デスクのトコ置いてたやつですけど、前に欲しいって言ってましたけど要ります?」
「え、ホントにくれるの?」

ちょっと驚いた顔で訊き返してくれる、そのまま訊き返した、

「フレームもいれないで置きっぱなしだから傷んでますけど、ホントに欲しいんですか?笑」
「ほしい、頂戴ありがとう、」

ってカンジに受けとってくれて、赤い目は少しうれしそうに笑った、

「これ良い写真だよな、まっすぐな道と空のカンジがすごい好き。撮るの巧いですよね?」

なんて褒めてくれて、その職場モード喋りがナンカ可笑しくてつい弄った、

「似たようなやつ前にあげたじゃないですか?なのにコレも欲しいって目的ちょっと怖いですね、笑」
「はーーもう最後までイジワルかよ?ほんとSですよね、」

すこし笑って言い返してくれて、その貌は少しだけ元気になってた、
この後も仕事に差支えたら困るから泣き止んでくれよとか想いながら、でも言った、

「いろいろお世話になりました、ありがとうございました、笑」

笑って頭下げて、そして顔上げたら赤い目は潤み始めていて、
こんなんじゃ送別会とかドウナルンダろ想いながら踵返した、



ウィルキンソン炭酸水(甘くない)のキツメ炭酸飲んでも眠い+朝早いので短めです、笑

Favonius「少年時譚78」+Aesculapius「Dryad12」+第81話「凍結2」読み直したら校了です、
コレや小説ほか楽しんでもらえてたらコメント&バナーお願いします、

取り急ぎ、



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