萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第82話 声紋 act.1-another,side story「陽はまた昇る」

2015-01-17 22:00:00 | 陽はまた昇るanother,side story
We will grieve not, rather find 愛惜と再会



第82話 声紋 act.1-another,side story「陽はまた昇る」

頬、そっと伝わる雫はシャワーの痕跡。

タオル被ったままの髪まだ濡れている、その湿度こもらせ温かい。
ニットはおるパジャマの体ベッドに載って、膝そっと抱えこんで携帯電話を見つめてしまう。
この番号に自分から掛けることは久しぶり、もう最後に掛けた日がいつか憶えてすらいない。

「…英二、出てくれる?」

呼びかけて見つめる着信履歴、あの人の名前が少ない。
この一年前は毎日毎晩を架けていた、あれから一年で今すこし遠くなった想いに水仙が甘い。
オレンジあわい明かりに芳香たおやかな花は咲く、純白から黄色やわらかな華奢を見つめて周太は発信ボタン押した。

「…、」

ほら、コール音やたら響いて聞える。
それは今独りの部屋なせいだろうか、それとも夜が鎮まる為だろうか。
なんだか無性に静かで、黙りこくった世界の片隅ベッドの上でカーテンそっと開きかけ繋がった。

「周太?」

呼ばれた、それだけで鼓動ひっくりかえる。
こんな本音に気恥ずかしくて、けれど幸せな瞬間に笑いかけた。

「ん…こんばんは英二、富士山の写メールありがとう?」

送ってくれたメールと写真に返事まだしていない。
その言葉に綺麗な低い声が笑ってくれた。

「こっちこそ電話ありがとな、周太。すごく嬉しいよ?」
「ん…ありがと、」

返事しながら言葉もう反芻してしまう。
だって今「すごく」と言ってくれた、それだけで自分こそ嬉しい。

―どうしよう、こんなに嬉しいなんて…僕、

どうしよう今、こんなに嬉しくて電話を放せない。
そんな本音にベッドの上から見つめる真中、小さなテーブルで花は香あまやかに潔い。
あの花を贈ってくれた笑顔は女神のよう優しかった、それなのに今この電話ごしの笑顔だけが逢いたい。

どうしよう逢いたい、けれど声にしない想いを綺麗な低い声が微笑んだ。

「逢いたいな周太、休みの予定って無いのか?」

ほら先回りしてしまうんだ?
こんな見透かされる想いに首すじ熱い、もう赤いだろう頬ふれながら告げた。

「僕はお休みあまり無くて…英二は休みの日は山でしょう?雪山のシーズンだし、」

逢いたい、けれど休日は大学に学ぶと決めている。
その休日は電話ごしの人と違う日ばかりで、たぶん偶然に同じでも予定に無理だ。

―でも英二、大学に行くのも信じているからなんだ…いつかがあるって、

いつか、

そう英二は約束してくれた。
あの約束を今も本気なら「逢えない」でも信じてくれるはず。
そんな想いに綺麗な低い声が教えてくれた。

「うん、来月も登ってくる。北岳の予定だけど黒木さんと原さんも一緒なんだ、」

そのメンバーって意外だな?
そこにあった変化を聴いてみたくなる、そのまま大好きな声が笑った。

「周太、いま意外だなって思ったろ?黒木さんと原さんも一緒って、」
「ん…思った、」

素直に頷きながら懐かしくなる。
こんな会話の日常は楽しかった、そのままに今も微笑んだ。

「光一も一緒に行くんでしょ、どうして4人で行くことになったの?」
「黒木さんが北岳に詳しいんだ、原さんは黒木さんとザイル組むから4人で登ることになってさ、」

綺麗な低い声が教えてくれる、そのトーン穏やかに明るい。
こんなふう山の話する笑顔が好きだ、だから今も見たくて困らされる。

―逢いたい、ね…英二?

呼びかけて、けれど声に出来ない。
もし言ってしまったら泣きそうで言えない、今は泣きたくないから言えない。
こんな意固地はれるほど自分はまだ耐えられる、そんな想いに大好きな声が笑った。

「周太、黒木さんに北岳草のポイント教わってくるな?」

約束、憶えてくれてるんだ?

「…北岳草の、」

ほら声もう零れてしまった、この言葉で伝わってしまう。
これだけで約束は続いていると解って、そして逢いたい人が微笑んだ。

「今年の夏は北岳草を見せてあげるよ、周太。その下見に行ってくるな?」

こんなこと言うなんて英二、本気で夏を信じているの?

「英二…ほんとうに今年の夏なの?」

いつか、見に行けたら幸せだ。

そう自分は思っていた、けれど電話相手は「今年の」と言う。
そして安易に約束する人じゃない、この物堅い人は綺麗な低い声で笑った。

「ほんとに今年の夏だよ、周太?きっと見せるから、」

本当に今年の夏だと約束してくれる、それは根拠があるのだろうか?
そこに何をするつもりなのか心配で尋ねた。

「でも英二、僕は夏に休めるか解らないよ?今も休みとり難いのに…ね?」

この正月も実家に一晩泊っただけだ。
それに来秋は退職する心算でいる、その直前かかる夏は休暇を取れるだろうか?
そんな思案に「今年の夏」は約束しがたくて、けれど綺麗な深い声は穏やかに告げた。

「大丈夫だよ、北岳草を見ような?」




あの電話は本当だろうか?

つい考えて困ってしまう、だって今は職務中なのに?
いまデスクに向かい過去データ編纂する、それは神経も遣う作業で集中が欲しい。
けれど心が勝手に考えこむ、それくらい先月の電話は本当に嬉しくて、そして謎だらけだ。

『ほんとに今年の夏だよ、周太?』

英二、どうして今年の夏だと言えるの?

―僕を確実に辞めさせる方法を思いついたのかな、英二は…でも勝手にされたら困るよ?

パソコン画面たしかめながら考えてしまう。
こんな四六時中つい考えて、それでも頭脳も視界も職務を見つめてくれる。

―あ、ここ時間がおかしい…エクセルやっぱりずれてる、元の資料もずれてるな?

広げた資料とパソコンに考えながらキーボード敲いてゆく。
かたかた打ちこむ音あちこち響く、その共鳴は整然とデスク並んで静かだ。
この空気も最初は途惑っていた、けれど5ヵ月に馴染んだ作業を続けて終業時間が無事に来た。

「湯原、さっきの終ったか?」
「終りました、伊達さんのメールにも送りましたが今チェックしますか?」

尋ねながら資料ファイル閉じる隣、もう思案顔が画面を見つめている。
視線すばやくデータを追う、そのスピードに感心するまま怜悧な瞳が笑った。

「これで大丈夫だ、帰るぞ?」
「はい、」

素直に頷きながらパソコンを閉じて立ちあがる。
いつものよう帰り支度して、ならんで退出すると伊達が微笑んだ。

「湯原、ちょっと寄り道しないか?」

寄り道、

そんな言い回しがいつもと違う。
なにか意図があるのだろうか、推し量りながら尋ねた。

「寄り道って、どちらにですか?」
「どこだと想う?」

訊き返されて途惑わされる。
こんな言い方は伊達に珍しい、その横顔を見つめてしまう。

―ごはんなら夕飯いくぞって言うよね、本屋なら本屋って言うし…ぼかす言い方はらしくない、ね?

なぜ今は「ぼかす」のだろう?
その意図を考えながらエレベーター乗ろうとして、けれど腕掴まれた。

「湯原、寄り道って言ったろ?」

言ったけど、でもどうして?

「言いましたけど伊達さん、外じゃないんですか?」

ここで寄り道ってどういう意味だろう?
解らなくて見つめたまま周太は掴まれた腕を曳かれた。

「とりあえず来い、」



(to be continued)

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山岳点景:音の凍結

2015-01-17 21:15:00 | 写真:山岳点景
冬の結晶



山岳点景:音の凍結

三十槌@埼玉県秩父にて、河岸から染みだした水の凍結です。
細い幾条もの滝が零下になり氷柱となるわけですが、この場所は毎冬に凍ります。



撮っているうち小雪が舞い始めた渓谷は静かでした。
見物客は他にもいたんですけど、雪ふる静謐にときおり氷柱が砕ける音が響きました。
雪と氷に凍てついた世界、なんだか好きで今年は三度めの冬です、笑

第65回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント



なんて写真を撮っていたので加筆校正ほか遅れています。
雑談ぽいのもUPしたいですけど・トリアエズ取り急ぎ、



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山岳点景:墨彩の冬

2015-01-17 21:00:12 | 写真:山岳点景
凍結の色



山岳点景:墨彩の冬

秩父湖@埼玉県秩父、ダム湖の全面凍結です。
手前の割れているのは調査船の軌跡らしく撮っている時も船は動いていました。

美しすぎる景色ブログトーナメント




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