We will grieve not, rather find 愛惜と再会

第82話 声紋 act.1-another,side story「陽はまた昇る」
頬、そっと伝わる雫はシャワーの痕跡。
タオル被ったままの髪まだ濡れている、その湿度こもらせ温かい。
ニットはおるパジャマの体ベッドに載って、膝そっと抱えこんで携帯電話を見つめてしまう。
この番号に自分から掛けることは久しぶり、もう最後に掛けた日がいつか憶えてすらいない。
「…英二、出てくれる?」
呼びかけて見つめる着信履歴、あの人の名前が少ない。
この一年前は毎日毎晩を架けていた、あれから一年で今すこし遠くなった想いに水仙が甘い。
オレンジあわい明かりに芳香たおやかな花は咲く、純白から黄色やわらかな華奢を見つめて周太は発信ボタン押した。
「…、」
ほら、コール音やたら響いて聞える。
それは今独りの部屋なせいだろうか、それとも夜が鎮まる為だろうか。
なんだか無性に静かで、黙りこくった世界の片隅ベッドの上でカーテンそっと開きかけ繋がった。
「周太?」
呼ばれた、それだけで鼓動ひっくりかえる。
こんな本音に気恥ずかしくて、けれど幸せな瞬間に笑いかけた。
「ん…こんばんは英二、富士山の写メールありがとう?」
送ってくれたメールと写真に返事まだしていない。
その言葉に綺麗な低い声が笑ってくれた。
「こっちこそ電話ありがとな、周太。すごく嬉しいよ?」
「ん…ありがと、」
返事しながら言葉もう反芻してしまう。
だって今「すごく」と言ってくれた、それだけで自分こそ嬉しい。
―どうしよう、こんなに嬉しいなんて…僕、
どうしよう今、こんなに嬉しくて電話を放せない。
そんな本音にベッドの上から見つめる真中、小さなテーブルで花は香あまやかに潔い。
あの花を贈ってくれた笑顔は女神のよう優しかった、それなのに今この電話ごしの笑顔だけが逢いたい。
どうしよう逢いたい、けれど声にしない想いを綺麗な低い声が微笑んだ。
「逢いたいな周太、休みの予定って無いのか?」
ほら先回りしてしまうんだ?
こんな見透かされる想いに首すじ熱い、もう赤いだろう頬ふれながら告げた。
「僕はお休みあまり無くて…英二は休みの日は山でしょう?雪山のシーズンだし、」
逢いたい、けれど休日は大学に学ぶと決めている。
その休日は電話ごしの人と違う日ばかりで、たぶん偶然に同じでも予定に無理だ。
―でも英二、大学に行くのも信じているからなんだ…いつかがあるって、
いつか、
そう英二は約束してくれた。
あの約束を今も本気なら「逢えない」でも信じてくれるはず。
そんな想いに綺麗な低い声が教えてくれた。
「うん、来月も登ってくる。北岳の予定だけど黒木さんと原さんも一緒なんだ、」
そのメンバーって意外だな?
そこにあった変化を聴いてみたくなる、そのまま大好きな声が笑った。
「周太、いま意外だなって思ったろ?黒木さんと原さんも一緒って、」
「ん…思った、」
素直に頷きながら懐かしくなる。
こんな会話の日常は楽しかった、そのままに今も微笑んだ。
「光一も一緒に行くんでしょ、どうして4人で行くことになったの?」
「黒木さんが北岳に詳しいんだ、原さんは黒木さんとザイル組むから4人で登ることになってさ、」
綺麗な低い声が教えてくれる、そのトーン穏やかに明るい。
こんなふう山の話する笑顔が好きだ、だから今も見たくて困らされる。
―逢いたい、ね…英二?
呼びかけて、けれど声に出来ない。
もし言ってしまったら泣きそうで言えない、今は泣きたくないから言えない。
こんな意固地はれるほど自分はまだ耐えられる、そんな想いに大好きな声が笑った。
「周太、黒木さんに北岳草のポイント教わってくるな?」
約束、憶えてくれてるんだ?
「…北岳草の、」
ほら声もう零れてしまった、この言葉で伝わってしまう。
これだけで約束は続いていると解って、そして逢いたい人が微笑んだ。
「今年の夏は北岳草を見せてあげるよ、周太。その下見に行ってくるな?」
こんなこと言うなんて英二、本気で夏を信じているの?
「英二…ほんとうに今年の夏なの?」
いつか、見に行けたら幸せだ。
そう自分は思っていた、けれど電話相手は「今年の」と言う。
そして安易に約束する人じゃない、この物堅い人は綺麗な低い声で笑った。
「ほんとに今年の夏だよ、周太?きっと見せるから、」
本当に今年の夏だと約束してくれる、それは根拠があるのだろうか?
そこに何をするつもりなのか心配で尋ねた。
「でも英二、僕は夏に休めるか解らないよ?今も休みとり難いのに…ね?」
この正月も実家に一晩泊っただけだ。
それに来秋は退職する心算でいる、その直前かかる夏は休暇を取れるだろうか?
そんな思案に「今年の夏」は約束しがたくて、けれど綺麗な深い声は穏やかに告げた。
「大丈夫だよ、北岳草を見ような?」

あの電話は本当だろうか?
つい考えて困ってしまう、だって今は職務中なのに?
いまデスクに向かい過去データ編纂する、それは神経も遣う作業で集中が欲しい。
けれど心が勝手に考えこむ、それくらい先月の電話は本当に嬉しくて、そして謎だらけだ。
『ほんとに今年の夏だよ、周太?』
英二、どうして今年の夏だと言えるの?
―僕を確実に辞めさせる方法を思いついたのかな、英二は…でも勝手にされたら困るよ?
パソコン画面たしかめながら考えてしまう。
こんな四六時中つい考えて、それでも頭脳も視界も職務を見つめてくれる。
―あ、ここ時間がおかしい…エクセルやっぱりずれてる、元の資料もずれてるな?
広げた資料とパソコンに考えながらキーボード敲いてゆく。
かたかた打ちこむ音あちこち響く、その共鳴は整然とデスク並んで静かだ。
この空気も最初は途惑っていた、けれど5ヵ月に馴染んだ作業を続けて終業時間が無事に来た。
「湯原、さっきの終ったか?」
「終りました、伊達さんのメールにも送りましたが今チェックしますか?」
尋ねながら資料ファイル閉じる隣、もう思案顔が画面を見つめている。
視線すばやくデータを追う、そのスピードに感心するまま怜悧な瞳が笑った。
「これで大丈夫だ、帰るぞ?」
「はい、」
素直に頷きながらパソコンを閉じて立ちあがる。
いつものよう帰り支度して、ならんで退出すると伊達が微笑んだ。
「湯原、ちょっと寄り道しないか?」
寄り道、
そんな言い回しがいつもと違う。
なにか意図があるのだろうか、推し量りながら尋ねた。
「寄り道って、どちらにですか?」
「どこだと想う?」
訊き返されて途惑わされる。
こんな言い方は伊達に珍しい、その横顔を見つめてしまう。
―ごはんなら夕飯いくぞって言うよね、本屋なら本屋って言うし…ぼかす言い方はらしくない、ね?
なぜ今は「ぼかす」のだろう?
その意図を考えながらエレベーター乗ろうとして、けれど腕掴まれた。
「湯原、寄り道って言ったろ?」
言ったけど、でもどうして?
「言いましたけど伊達さん、外じゃないんですか?」
ここで寄り道ってどういう意味だろう?
解らなくて見つめたまま周太は掴まれた腕を曳かれた。
「とりあえず来い、」
(to be continued)
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第82話 声紋 act.1-another,side story「陽はまた昇る」
頬、そっと伝わる雫はシャワーの痕跡。
タオル被ったままの髪まだ濡れている、その湿度こもらせ温かい。
ニットはおるパジャマの体ベッドに載って、膝そっと抱えこんで携帯電話を見つめてしまう。
この番号に自分から掛けることは久しぶり、もう最後に掛けた日がいつか憶えてすらいない。
「…英二、出てくれる?」
呼びかけて見つめる着信履歴、あの人の名前が少ない。
この一年前は毎日毎晩を架けていた、あれから一年で今すこし遠くなった想いに水仙が甘い。
オレンジあわい明かりに芳香たおやかな花は咲く、純白から黄色やわらかな華奢を見つめて周太は発信ボタン押した。
「…、」
ほら、コール音やたら響いて聞える。
それは今独りの部屋なせいだろうか、それとも夜が鎮まる為だろうか。
なんだか無性に静かで、黙りこくった世界の片隅ベッドの上でカーテンそっと開きかけ繋がった。
「周太?」
呼ばれた、それだけで鼓動ひっくりかえる。
こんな本音に気恥ずかしくて、けれど幸せな瞬間に笑いかけた。
「ん…こんばんは英二、富士山の写メールありがとう?」
送ってくれたメールと写真に返事まだしていない。
その言葉に綺麗な低い声が笑ってくれた。
「こっちこそ電話ありがとな、周太。すごく嬉しいよ?」
「ん…ありがと、」
返事しながら言葉もう反芻してしまう。
だって今「すごく」と言ってくれた、それだけで自分こそ嬉しい。
―どうしよう、こんなに嬉しいなんて…僕、
どうしよう今、こんなに嬉しくて電話を放せない。
そんな本音にベッドの上から見つめる真中、小さなテーブルで花は香あまやかに潔い。
あの花を贈ってくれた笑顔は女神のよう優しかった、それなのに今この電話ごしの笑顔だけが逢いたい。
どうしよう逢いたい、けれど声にしない想いを綺麗な低い声が微笑んだ。
「逢いたいな周太、休みの予定って無いのか?」
ほら先回りしてしまうんだ?
こんな見透かされる想いに首すじ熱い、もう赤いだろう頬ふれながら告げた。
「僕はお休みあまり無くて…英二は休みの日は山でしょう?雪山のシーズンだし、」
逢いたい、けれど休日は大学に学ぶと決めている。
その休日は電話ごしの人と違う日ばかりで、たぶん偶然に同じでも予定に無理だ。
―でも英二、大学に行くのも信じているからなんだ…いつかがあるって、
いつか、
そう英二は約束してくれた。
あの約束を今も本気なら「逢えない」でも信じてくれるはず。
そんな想いに綺麗な低い声が教えてくれた。
「うん、来月も登ってくる。北岳の予定だけど黒木さんと原さんも一緒なんだ、」
そのメンバーって意外だな?
そこにあった変化を聴いてみたくなる、そのまま大好きな声が笑った。
「周太、いま意外だなって思ったろ?黒木さんと原さんも一緒って、」
「ん…思った、」
素直に頷きながら懐かしくなる。
こんな会話の日常は楽しかった、そのままに今も微笑んだ。
「光一も一緒に行くんでしょ、どうして4人で行くことになったの?」
「黒木さんが北岳に詳しいんだ、原さんは黒木さんとザイル組むから4人で登ることになってさ、」
綺麗な低い声が教えてくれる、そのトーン穏やかに明るい。
こんなふう山の話する笑顔が好きだ、だから今も見たくて困らされる。
―逢いたい、ね…英二?
呼びかけて、けれど声に出来ない。
もし言ってしまったら泣きそうで言えない、今は泣きたくないから言えない。
こんな意固地はれるほど自分はまだ耐えられる、そんな想いに大好きな声が笑った。
「周太、黒木さんに北岳草のポイント教わってくるな?」
約束、憶えてくれてるんだ?
「…北岳草の、」
ほら声もう零れてしまった、この言葉で伝わってしまう。
これだけで約束は続いていると解って、そして逢いたい人が微笑んだ。
「今年の夏は北岳草を見せてあげるよ、周太。その下見に行ってくるな?」
こんなこと言うなんて英二、本気で夏を信じているの?
「英二…ほんとうに今年の夏なの?」
いつか、見に行けたら幸せだ。
そう自分は思っていた、けれど電話相手は「今年の」と言う。
そして安易に約束する人じゃない、この物堅い人は綺麗な低い声で笑った。
「ほんとに今年の夏だよ、周太?きっと見せるから、」
本当に今年の夏だと約束してくれる、それは根拠があるのだろうか?
そこに何をするつもりなのか心配で尋ねた。
「でも英二、僕は夏に休めるか解らないよ?今も休みとり難いのに…ね?」
この正月も実家に一晩泊っただけだ。
それに来秋は退職する心算でいる、その直前かかる夏は休暇を取れるだろうか?
そんな思案に「今年の夏」は約束しがたくて、けれど綺麗な深い声は穏やかに告げた。
「大丈夫だよ、北岳草を見ような?」

あの電話は本当だろうか?
つい考えて困ってしまう、だって今は職務中なのに?
いまデスクに向かい過去データ編纂する、それは神経も遣う作業で集中が欲しい。
けれど心が勝手に考えこむ、それくらい先月の電話は本当に嬉しくて、そして謎だらけだ。
『ほんとに今年の夏だよ、周太?』
英二、どうして今年の夏だと言えるの?
―僕を確実に辞めさせる方法を思いついたのかな、英二は…でも勝手にされたら困るよ?
パソコン画面たしかめながら考えてしまう。
こんな四六時中つい考えて、それでも頭脳も視界も職務を見つめてくれる。
―あ、ここ時間がおかしい…エクセルやっぱりずれてる、元の資料もずれてるな?
広げた資料とパソコンに考えながらキーボード敲いてゆく。
かたかた打ちこむ音あちこち響く、その共鳴は整然とデスク並んで静かだ。
この空気も最初は途惑っていた、けれど5ヵ月に馴染んだ作業を続けて終業時間が無事に来た。
「湯原、さっきの終ったか?」
「終りました、伊達さんのメールにも送りましたが今チェックしますか?」
尋ねながら資料ファイル閉じる隣、もう思案顔が画面を見つめている。
視線すばやくデータを追う、そのスピードに感心するまま怜悧な瞳が笑った。
「これで大丈夫だ、帰るぞ?」
「はい、」
素直に頷きながらパソコンを閉じて立ちあがる。
いつものよう帰り支度して、ならんで退出すると伊達が微笑んだ。
「湯原、ちょっと寄り道しないか?」
寄り道、
そんな言い回しがいつもと違う。
なにか意図があるのだろうか、推し量りながら尋ねた。
「寄り道って、どちらにですか?」
「どこだと想う?」
訊き返されて途惑わされる。
こんな言い方は伊達に珍しい、その横顔を見つめてしまう。
―ごはんなら夕飯いくぞって言うよね、本屋なら本屋って言うし…ぼかす言い方はらしくない、ね?
なぜ今は「ぼかす」のだろう?
その意図を考えながらエレベーター乗ろうとして、けれど腕掴まれた。
「湯原、寄り道って言ったろ?」
言ったけど、でもどうして?
「言いましたけど伊達さん、外じゃないんですか?」
ここで寄り道ってどういう意味だろう?
解らなくて見つめたまま周太は掴まれた腕を曳かれた。
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