will trust 君の聲に
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第82話 声紋 act.5-another,side story「陽はまた昇る」
ほら、君のメールは写真から僕を攫う。
「ん…きれいだね、英二?」
白銀まばゆい稜線の涯、昇らす雲に空が青い。
この道を登ってゆくのだろう、そんな写真の言葉を周太は開いた。
From :英二
Subject:哲人
本 文 :北岳にいるよ、穏やかだけど気温が低い。
山肌は地面から凍ってるよ、アイゼンの感覚に帰ってきたって嬉しくなる。
四人で登るのは初めてだけど夜が凄そうだよ、でも沈黙は守るから心配しないで?
夜が凄そうってなんだろう?
言葉に首傾げさせられる、雪山の夜は何が凄いのだろう。
考えてみても経験サンプルが無くて解らない、そのまま返信つづりながら考えてしまう。
「…雪山の夜は初めてじゃないよね、英二は…四人だから?」
ひとりごと零れながら指先は文字つづる。
こんな他愛ない時間も何度目だろう、幸せで、けれど言葉また戻る。
『親子でも指紋一致は無いが、まったく無縁のヤツが14年前に亡くなった指紋を残すなんか不可能だろ?あとは本人の幽霊だ、』
低く透る声が告げた推定は、このメール相手を示してしまう。
示すのは正体と、そして意図だ。
「…幽霊になるつもりなの、英二?」
声こぼれて溜息そっと部屋に融ける。
独りの自室は夜に鎮まらす、この静寂に考えてしまう時間は無駄だろうか?
―お父さんの指紋まで付けられるのかな、いくら英二でも?
十四年、その時の長さにも父の指紋は遺る?
遺るとしても入手する方法はあるだろうか?
―家に出入りしているから指紋はあるだろうけど、でもお父さんだけの指紋をどうやって?
書斎に父の指紋は遺るだろう、けれど十四年間に自分と母の指紋と交ざっている。
そこから父だけの指紋を特定して十指すべて再現するなど出来るだろうか?
考えるごと解らなくなる、なぜ君はここまでするのだろう?
『警視庁に証拠があると考えている。その根拠が何か解らないが、蒔田部長も同じ考えだからパソコンを使わせたんだろ、』
蒔田地域部長、父の同期と英二はパソコンで何をしたのか?
それは共通目的「証拠」のためだろう、だから解らなくなる。
英二と蒔田、どちらが主導なのだろう?
「…英二、あなたは誰…?」
そっと溜息ひとつ呼びかけて本音、すこし怖い。
あの端正な美しい笑顔の素顔はどこにあるのか、知りたいけれど解らない。
だって再会しても何も話してくれなかった、それほど自分は評価も信頼も無いのだろうか?
「英二にとって僕は…なにかな?」
ひとりごと微笑んで送信ボタンそっと押す。
このメールいつ読んでもらえるか解らない、だって相手は雪の高峰にいる。
あの場所では携帯電話も切って電力温存が普通だ、そう解るから無い物ねだりしたくなる。
―今知ってること話せたら何か変わるのかな、それとも…やっぱり話してくれないかな、
今知っていることで英二が知らないことは何だろう?
田嶋教授の存在は英二も知っている、だって「幽霊」は東京大学にも現れた。
祖父の小説も英二は知っているのだろう、だから仏文研究室に訪れたし祖父の拳銃は消えた。
蒔田と父の関係も当然よく知っている、そうじゃなきゃ庁舎の監視カメラに幽霊は写らない。
でも多分きっと、樋本清志ともう一人の狙撃手は知らない。
「でも…話しても話してもらえないかも、ね、」
つぶやき声から想い、あの笑顔ひとつに廻ってしまう。
こんなふう誰かを考えこむ時間は2年前に無い、だから尚更に今を途惑ってしまう。
なぜ自分はこんなにも拘るのだろう、あのひとに?
途惑い独りの部屋ため息ひとつ、そっと音が聞えてしまう。
この静けさ今は寂しくなる、そんな本音を気づかれていたのかもしれない。
「…だから伊達さん、ご馳走してくれたのかな?」
ひとりごと微笑んで台所に立ち、マグカップひとつ紅茶を淹れてみる。
馥郁ゆるやかな湯気やさしい、花のような香ごと抱えてソファ座りテレビ点けた。
「続いてのニュースです、先月に起きた…の容疑者が逮捕されました、否認するも……季節の便りです、新宿御苑の梅が咲きはじめました…」
流れだすアナウンスと画面なにげなく白梅に惹きつけられる。
あのベンチも暫く座っていない、その懐かしさに白梅ひとつ懐かしい。
―そういえば梅の季節は一緒に行ってないよね、えいじと、
ほら、懐かしんで笑顔また想ってしまう。
あの笑顔に逢いたい、あの声を聴いて話したい、そんな願いに水仙あまく香った。
「ん…きれいだね?」
小さなテーブルの上に白と黄色あわく咲く。
星のような花に翡翠色やわらかな葉が凛と涼しい、この花に想いまた途惑う。
『私の名前は由希よ、由縁の由に希望の希って書くの。雪の朝に生まれたからって父が付けたのよ?』
ほら色白の笑顔がまぶしい、あの笑顔に花が明るます。
そう明るく想う本音はメール相手への孤独感だろうか?
「ね、英二…もう秘密にする理由なんて無いのに、なぜ?」
湯気ゆるやかなマグカップに問いかけて、そっと啜りこんだ紅茶が熱い。
こんなふう雪山にも紅茶を飲むだろう、そう偲んでしまう時間に今あなたが遠い。
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T o :英二
Subject:Re:哲人
本 文 :写真すごくきれいでした、ありがとう。
都心も冷えこんでいます、鍋料理がおいしかったです。
沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ?
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第82話 声紋 act.5-another,side story「陽はまた昇る」
ほら、君のメールは写真から僕を攫う。
「ん…きれいだね、英二?」
白銀まばゆい稜線の涯、昇らす雲に空が青い。
この道を登ってゆくのだろう、そんな写真の言葉を周太は開いた。
From :英二
Subject:哲人
本 文 :北岳にいるよ、穏やかだけど気温が低い。
山肌は地面から凍ってるよ、アイゼンの感覚に帰ってきたって嬉しくなる。
四人で登るのは初めてだけど夜が凄そうだよ、でも沈黙は守るから心配しないで?
夜が凄そうってなんだろう?
言葉に首傾げさせられる、雪山の夜は何が凄いのだろう。
考えてみても経験サンプルが無くて解らない、そのまま返信つづりながら考えてしまう。
「…雪山の夜は初めてじゃないよね、英二は…四人だから?」
ひとりごと零れながら指先は文字つづる。
こんな他愛ない時間も何度目だろう、幸せで、けれど言葉また戻る。
『親子でも指紋一致は無いが、まったく無縁のヤツが14年前に亡くなった指紋を残すなんか不可能だろ?あとは本人の幽霊だ、』
低く透る声が告げた推定は、このメール相手を示してしまう。
示すのは正体と、そして意図だ。
「…幽霊になるつもりなの、英二?」
声こぼれて溜息そっと部屋に融ける。
独りの自室は夜に鎮まらす、この静寂に考えてしまう時間は無駄だろうか?
―お父さんの指紋まで付けられるのかな、いくら英二でも?
十四年、その時の長さにも父の指紋は遺る?
遺るとしても入手する方法はあるだろうか?
―家に出入りしているから指紋はあるだろうけど、でもお父さんだけの指紋をどうやって?
書斎に父の指紋は遺るだろう、けれど十四年間に自分と母の指紋と交ざっている。
そこから父だけの指紋を特定して十指すべて再現するなど出来るだろうか?
考えるごと解らなくなる、なぜ君はここまでするのだろう?
『警視庁に証拠があると考えている。その根拠が何か解らないが、蒔田部長も同じ考えだからパソコンを使わせたんだろ、』
蒔田地域部長、父の同期と英二はパソコンで何をしたのか?
それは共通目的「証拠」のためだろう、だから解らなくなる。
英二と蒔田、どちらが主導なのだろう?
「…英二、あなたは誰…?」
そっと溜息ひとつ呼びかけて本音、すこし怖い。
あの端正な美しい笑顔の素顔はどこにあるのか、知りたいけれど解らない。
だって再会しても何も話してくれなかった、それほど自分は評価も信頼も無いのだろうか?
「英二にとって僕は…なにかな?」
ひとりごと微笑んで送信ボタンそっと押す。
このメールいつ読んでもらえるか解らない、だって相手は雪の高峰にいる。
あの場所では携帯電話も切って電力温存が普通だ、そう解るから無い物ねだりしたくなる。
―今知ってること話せたら何か変わるのかな、それとも…やっぱり話してくれないかな、
今知っていることで英二が知らないことは何だろう?
田嶋教授の存在は英二も知っている、だって「幽霊」は東京大学にも現れた。
祖父の小説も英二は知っているのだろう、だから仏文研究室に訪れたし祖父の拳銃は消えた。
蒔田と父の関係も当然よく知っている、そうじゃなきゃ庁舎の監視カメラに幽霊は写らない。
でも多分きっと、樋本清志ともう一人の狙撃手は知らない。
「でも…話しても話してもらえないかも、ね、」
つぶやき声から想い、あの笑顔ひとつに廻ってしまう。
こんなふう誰かを考えこむ時間は2年前に無い、だから尚更に今を途惑ってしまう。
なぜ自分はこんなにも拘るのだろう、あのひとに?
途惑い独りの部屋ため息ひとつ、そっと音が聞えてしまう。
この静けさ今は寂しくなる、そんな本音を気づかれていたのかもしれない。
「…だから伊達さん、ご馳走してくれたのかな?」
ひとりごと微笑んで台所に立ち、マグカップひとつ紅茶を淹れてみる。
馥郁ゆるやかな湯気やさしい、花のような香ごと抱えてソファ座りテレビ点けた。
「続いてのニュースです、先月に起きた…の容疑者が逮捕されました、否認するも……季節の便りです、新宿御苑の梅が咲きはじめました…」
流れだすアナウンスと画面なにげなく白梅に惹きつけられる。
あのベンチも暫く座っていない、その懐かしさに白梅ひとつ懐かしい。
―そういえば梅の季節は一緒に行ってないよね、えいじと、
ほら、懐かしんで笑顔また想ってしまう。
あの笑顔に逢いたい、あの声を聴いて話したい、そんな願いに水仙あまく香った。
「ん…きれいだね?」
小さなテーブルの上に白と黄色あわく咲く。
星のような花に翡翠色やわらかな葉が凛と涼しい、この花に想いまた途惑う。
『私の名前は由希よ、由縁の由に希望の希って書くの。雪の朝に生まれたからって父が付けたのよ?』
ほら色白の笑顔がまぶしい、あの笑顔に花が明るます。
そう明るく想う本音はメール相手への孤独感だろうか?
「ね、英二…もう秘密にする理由なんて無いのに、なぜ?」
湯気ゆるやかなマグカップに問いかけて、そっと啜りこんだ紅茶が熱い。
こんなふう雪山にも紅茶を飲むだろう、そう偲んでしまう時間に今あなたが遠い。
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T o :英二
Subject:Re:哲人
本 文 :写真すごくきれいでした、ありがとう。
都心も冷えこんでいます、鍋料理がおいしかったです。
沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ?
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