Trace of the voice 沈黙の行方
第82話 声紋 act.2-another,side story「陽はまた昇る」
靴音かすかに鳴りそうで、けれど無音が歩く。
革靴ならソールが響くだろう、それでも前ゆくスーツの背は静謐を破らない。
コンクリートめぐらす廊下は冷たく澱んで、その奥に警察官は扉を開けた。
「入れ、湯原、」
呼びかけスーツの腕を掴まれる。
まるで捕まえられるようで、その緊張ごと部屋に押し込まれ鎖された。
…たん、
閉じる音が重量より小さい。
こんなところにも技術を示す相手に尋ねた。
「…伊達さん?勝手に入って良いんですか、ここって、」
「俺は良いんだ、」
低い声が告げて精悍な瞳が笑う。
この眼差しは信じて良い、そう解っているけど異様な状況に問いかけた。
「伊達さんは良くても僕はダメじゃないんですか?こんな…いかにもな部屋、」
こんな、いかにも極秘な場所に新人を入れたらダメだろう?
まだ配属4ヵ月半では極秘を知る立場に無い。
だから連れて来られたのも伊達の独断だろう、そんな勝手する沈毅な貌が笑った。
「ふっ、」
可笑しい、そう目が笑って口許も笑う。
そんな貌にまた緊張しかけた背を軽くひとつ敲かれた。
「ここは盗聴器もカメラも無い、俺と湯原が黙っていれば良いから気にするな、」
気にするなって言われても困るよね?
だって自分はペナルティが既にある、その現実に口開いた。
「僕は気にします、規則違反なんて処分されますよね?…僕はもう命令違反のペナルティもあるんです、伊達さんもご存知でしょう?」
違反して、また違反したら今度は除隊処分かもしれない。
それは今日ここまで来た全てを無駄にしてしまう。
―まだ一番大事なことが解ってない、誰がお父さんを撃ったのか、
父を狙撃した弾丸は佐山の銃弾じゃない、もう一人の「狙撃手」だ。
それが誰なのか知るまで除隊したくない、だって今はもう父だけの問題じゃないと知っている。
「伊達さん、僕はまだ除隊するわけにいきません。父を撃った犯人を知るだけじゃないんです、冤罪を証さないと終わりません、」
父の死は「人を死亡させた罪」のうち法定刑の上限が死刑である犯罪、刑法第199条 殺人罪に該当する。
そして殺人罪は2010年4月に公訴時効が廃止された、だから「犯人」が罰せられるまで終わりなど無い。
「もう殺人罪は公訴時効が無くなったんです、改正法の施行前に犯された犯罪でも施行のとき公訴時効が完成しなければ適用されます、父の死も時効成立前です…冤罪を、佐山さんを救わないと何も終わりません。だから規則違反のリスクは怖いんです、伊達さんなら解かりますよね?」
何も終わっていない、父の死も佐山の冤罪も。
この退けない現実に精悍な瞳が困ったよう微笑んだ。
「解ってる、だから湯原に確かめてほしいんだ、」
薄暗い部屋で機材のスイッチ入れていく、その指先は爪で押す。
指紋つけない配慮している、そんな動作に開かれた画面で息呑んだ。
「伊達さん、これ…監視カメラですか?」
廊下、エレベーター、執務室、映される光景は見憶えがある。
どこなのか解かるから鼓動ひっぱたかれた前、沈毅な横顔がすこし笑った。
「そんな驚くことじゃない、監視室が2つあるのは当たり前の用心だろ?」
「…あたりまえって、」
状況に声こぼれながら今居る場所が怖くなる。
こんな場所いくつも庁舎内にあるのだろうか?途惑うまま先輩が笑った。
「警察自体が狙われる可能性もある、表が占拠されてもコントロール出来る備えは当たり前だ、」
言う通りなのだろうと納得できる。
それなら伊達はどうして入室権限を持っているのだろう?その推測を尋ねた。
「この部屋のシステム管理は伊達さんがしているでんすか?」
任官4年目でSAT入隊3年目、それで権限を持つなら管理担当が妥当だ。
それにヒントはとっくに与えられている、その解答を口にした。
「僕の入隊テストもずっと見てたと言ってましたよね、それは訓練場だけじゃなくてテスト期間ずっとここで監視していたんですか?」
並んだ画面は訓練場も映しだす。
切り替えれば単身寮の廊下も映るだろう、そんな推測に先輩はすこし笑った。
「そう思いたいなら思っておけ、これ見てくれないか?」
言いながら画面切り替わって廊下が映る。
その日時表示に見つめた真中、スーツ姿ひとつ現れた。
「…ぉ、」
お父さん?
呼びかけて声ごと飲下す、だって有得ない。
だって父は死んでしまった、もう14年以上前だ、それなのに表示の日時は。
「去年12月の映像だ、湯原、窓の外に見えるモノは何だって俺に訊いたこと憶えてるか?」
伊達さんはそこに見えるのなんだと思いますか?
確かに自分はそう訊いた、そして「本人」に問い詰めてもいる。
けれど何も返されなかった答を伊達は画面に示した。
「この男は入室した後、出てきていない。湯原が見た窓の誰かさんはこの男だろう、」
低い声が冷静に告げてゆく。
この事実まっすぐ見つめながら問いかけた。
「伊達さん、この映像はどこですか?」
たぶん推測どおりだろう、だって本人もそこは認めていた。
『コピー取りに蒔田さんの部屋に行ったよ、コーヒーも買いに出たけど。俺は普通に廊下を歩いてエレベータに乗ったよ、周太?』
新宿のビジネスホテルあの部屋でそう言った。
あれは12月だから2ヶ月ほど前になる、そのままに答が言われた。
「地域部長の執務室だ、蒔田部長は湯原の父親と同期だな?」
ほら、君はやっぱり沈黙していたんだ。
―どうしよう、伊達さんが英二に気づいたら、
蒔田と父の関係は明らかだ、けれど英二の血縁はまだ気づかれていない。
それでも伊達は英二の画像を見つけてしまった、同じように「あの男」も気づいている可能性はある。
「はい…蒔田さんは父の同期です、」
事実は頷くしかない、ここで知らないフリをしても無駄だ。
そんな肯定に沈毅な瞳がすこし笑った。
「蒔田部長は警視庁山岳会に所属している、山岳会のアルパインクライマーなら外壁を降りることも可能だ。出入りは非常用の侵入口で出来る、」
建築基準法施行令
第126条の6 建築物の高さ31m以下の部分にある3階以上の階には、非常用の進入口を設けなければならない
第126条の7 四 進入口は、外部から開放し、又は破壊して室内に進入できる構造とすること
これを伊達は知っていて話している。
そう解かるから次の言葉もう見えて、そのまま訊かれた。
「この日は午前に山岳警備隊全体の研修会があった、そのあと警視庁だけで合同訓練の打合せをしている、青梅署の後藤さんも蒔田部長も参加でな。湯原は後藤さんと親しいな?後藤さんは警視庁山岳会の会長だ、後藤さん繋がりで山岳会の人間とも面識あるならこの男に見覚えないか?」
ほら、全てが知らされる。
―もう伊達さんは調べて誰か解かったのかもしれない、どうしよう、
どうしよう、今どう答えたら良いのだろう?
この質問自体が自分への試験かもしれない、もし伊達が「あの男」の部下だとしたら?
そんな可能性が否めない、そして解からない伊達のポジションに呼吸ひとつ質問を返した。
「伊達さん、なぜこんなこと調べてるんですか?」
調べる理由を聞きたい、そして自分に何をさせたいのか?
この返答次第では信頼など出来なくなる、そんな想いの真中で沈毅な瞳ふっと笑った。
「前も言った通りだよ、俺も本当のことを知りたいだけだ、」
本当に?
「湯原、いま俺を疑ってるだろ?怖いのか、」
ほら視線だけで心読んでくる。
こんな相手だから怖い、それでも信じたい本音に肯いた。
「こんな場所でこんな訊き方されたら怖いです、尋問だって思うの当り前だと思いませんか?」
コンクリートの廊下、部屋、薄暗い照明に並んだ機材たち。
いかにも極秘だと解ってしまう一室、シャープな顔が笑った。
「そうだよな、いきなり悪かった。詫びに夕飯おごらせてくれ、」
(to be continued)
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第82話 声紋 act.2-another,side story「陽はまた昇る」
靴音かすかに鳴りそうで、けれど無音が歩く。
革靴ならソールが響くだろう、それでも前ゆくスーツの背は静謐を破らない。
コンクリートめぐらす廊下は冷たく澱んで、その奥に警察官は扉を開けた。
「入れ、湯原、」
呼びかけスーツの腕を掴まれる。
まるで捕まえられるようで、その緊張ごと部屋に押し込まれ鎖された。
…たん、
閉じる音が重量より小さい。
こんなところにも技術を示す相手に尋ねた。
「…伊達さん?勝手に入って良いんですか、ここって、」
「俺は良いんだ、」
低い声が告げて精悍な瞳が笑う。
この眼差しは信じて良い、そう解っているけど異様な状況に問いかけた。
「伊達さんは良くても僕はダメじゃないんですか?こんな…いかにもな部屋、」
こんな、いかにも極秘な場所に新人を入れたらダメだろう?
まだ配属4ヵ月半では極秘を知る立場に無い。
だから連れて来られたのも伊達の独断だろう、そんな勝手する沈毅な貌が笑った。
「ふっ、」
可笑しい、そう目が笑って口許も笑う。
そんな貌にまた緊張しかけた背を軽くひとつ敲かれた。
「ここは盗聴器もカメラも無い、俺と湯原が黙っていれば良いから気にするな、」
気にするなって言われても困るよね?
だって自分はペナルティが既にある、その現実に口開いた。
「僕は気にします、規則違反なんて処分されますよね?…僕はもう命令違反のペナルティもあるんです、伊達さんもご存知でしょう?」
違反して、また違反したら今度は除隊処分かもしれない。
それは今日ここまで来た全てを無駄にしてしまう。
―まだ一番大事なことが解ってない、誰がお父さんを撃ったのか、
父を狙撃した弾丸は佐山の銃弾じゃない、もう一人の「狙撃手」だ。
それが誰なのか知るまで除隊したくない、だって今はもう父だけの問題じゃないと知っている。
「伊達さん、僕はまだ除隊するわけにいきません。父を撃った犯人を知るだけじゃないんです、冤罪を証さないと終わりません、」
父の死は「人を死亡させた罪」のうち法定刑の上限が死刑である犯罪、刑法第199条 殺人罪に該当する。
そして殺人罪は2010年4月に公訴時効が廃止された、だから「犯人」が罰せられるまで終わりなど無い。
「もう殺人罪は公訴時効が無くなったんです、改正法の施行前に犯された犯罪でも施行のとき公訴時効が完成しなければ適用されます、父の死も時効成立前です…冤罪を、佐山さんを救わないと何も終わりません。だから規則違反のリスクは怖いんです、伊達さんなら解かりますよね?」
何も終わっていない、父の死も佐山の冤罪も。
この退けない現実に精悍な瞳が困ったよう微笑んだ。
「解ってる、だから湯原に確かめてほしいんだ、」
薄暗い部屋で機材のスイッチ入れていく、その指先は爪で押す。
指紋つけない配慮している、そんな動作に開かれた画面で息呑んだ。
「伊達さん、これ…監視カメラですか?」
廊下、エレベーター、執務室、映される光景は見憶えがある。
どこなのか解かるから鼓動ひっぱたかれた前、沈毅な横顔がすこし笑った。
「そんな驚くことじゃない、監視室が2つあるのは当たり前の用心だろ?」
「…あたりまえって、」
状況に声こぼれながら今居る場所が怖くなる。
こんな場所いくつも庁舎内にあるのだろうか?途惑うまま先輩が笑った。
「警察自体が狙われる可能性もある、表が占拠されてもコントロール出来る備えは当たり前だ、」
言う通りなのだろうと納得できる。
それなら伊達はどうして入室権限を持っているのだろう?その推測を尋ねた。
「この部屋のシステム管理は伊達さんがしているでんすか?」
任官4年目でSAT入隊3年目、それで権限を持つなら管理担当が妥当だ。
それにヒントはとっくに与えられている、その解答を口にした。
「僕の入隊テストもずっと見てたと言ってましたよね、それは訓練場だけじゃなくてテスト期間ずっとここで監視していたんですか?」
並んだ画面は訓練場も映しだす。
切り替えれば単身寮の廊下も映るだろう、そんな推測に先輩はすこし笑った。
「そう思いたいなら思っておけ、これ見てくれないか?」
言いながら画面切り替わって廊下が映る。
その日時表示に見つめた真中、スーツ姿ひとつ現れた。
「…ぉ、」
お父さん?
呼びかけて声ごと飲下す、だって有得ない。
だって父は死んでしまった、もう14年以上前だ、それなのに表示の日時は。
「去年12月の映像だ、湯原、窓の外に見えるモノは何だって俺に訊いたこと憶えてるか?」
伊達さんはそこに見えるのなんだと思いますか?
確かに自分はそう訊いた、そして「本人」に問い詰めてもいる。
けれど何も返されなかった答を伊達は画面に示した。
「この男は入室した後、出てきていない。湯原が見た窓の誰かさんはこの男だろう、」
低い声が冷静に告げてゆく。
この事実まっすぐ見つめながら問いかけた。
「伊達さん、この映像はどこですか?」
たぶん推測どおりだろう、だって本人もそこは認めていた。
『コピー取りに蒔田さんの部屋に行ったよ、コーヒーも買いに出たけど。俺は普通に廊下を歩いてエレベータに乗ったよ、周太?』
新宿のビジネスホテルあの部屋でそう言った。
あれは12月だから2ヶ月ほど前になる、そのままに答が言われた。
「地域部長の執務室だ、蒔田部長は湯原の父親と同期だな?」
ほら、君はやっぱり沈黙していたんだ。
―どうしよう、伊達さんが英二に気づいたら、
蒔田と父の関係は明らかだ、けれど英二の血縁はまだ気づかれていない。
それでも伊達は英二の画像を見つけてしまった、同じように「あの男」も気づいている可能性はある。
「はい…蒔田さんは父の同期です、」
事実は頷くしかない、ここで知らないフリをしても無駄だ。
そんな肯定に沈毅な瞳がすこし笑った。
「蒔田部長は警視庁山岳会に所属している、山岳会のアルパインクライマーなら外壁を降りることも可能だ。出入りは非常用の侵入口で出来る、」
建築基準法施行令
第126条の6 建築物の高さ31m以下の部分にある3階以上の階には、非常用の進入口を設けなければならない
第126条の7 四 進入口は、外部から開放し、又は破壊して室内に進入できる構造とすること
これを伊達は知っていて話している。
そう解かるから次の言葉もう見えて、そのまま訊かれた。
「この日は午前に山岳警備隊全体の研修会があった、そのあと警視庁だけで合同訓練の打合せをしている、青梅署の後藤さんも蒔田部長も参加でな。湯原は後藤さんと親しいな?後藤さんは警視庁山岳会の会長だ、後藤さん繋がりで山岳会の人間とも面識あるならこの男に見覚えないか?」
ほら、全てが知らされる。
―もう伊達さんは調べて誰か解かったのかもしれない、どうしよう、
どうしよう、今どう答えたら良いのだろう?
この質問自体が自分への試験かもしれない、もし伊達が「あの男」の部下だとしたら?
そんな可能性が否めない、そして解からない伊達のポジションに呼吸ひとつ質問を返した。
「伊達さん、なぜこんなこと調べてるんですか?」
調べる理由を聞きたい、そして自分に何をさせたいのか?
この返答次第では信頼など出来なくなる、そんな想いの真中で沈毅な瞳ふっと笑った。
「前も言った通りだよ、俺も本当のことを知りたいだけだ、」
本当に?
「湯原、いま俺を疑ってるだろ?怖いのか、」
ほら視線だけで心読んでくる。
こんな相手だから怖い、それでも信じたい本音に肯いた。
「こんな場所でこんな訊き方されたら怖いです、尋問だって思うの当り前だと思いませんか?」
コンクリートの廊下、部屋、薄暗い照明に並んだ機材たち。
いかにも極秘だと解ってしまう一室、シャープな顔が笑った。
「そうだよな、いきなり悪かった。詫びに夕飯おごらせてくれ、」
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